またソロ攻略ですか? ――アインズ様の作戦だけが失敗するようです――   作:ブンチョウ

7 / 8
第7話 名前欄

 対象村落住民。

 

 その語は、ナザリックの記録に追加された。

 

 対象村落。観測対象。支援対象。

 

 その中に、住民という語が挟まった。

 

 完全な人間扱いではない。慈悲の表現でもない。個別反応を記録するための分類語である。少なくとも、ナザリックの記録上はそうだった。

 

 アインズ・ウール・ゴウンの命令により、対象村落の個別反応記録が試験的に作成されることになった。

 

 最初に提出された形式は、簡潔だった。

 

 対象村落住民A-01。

 

 対象村落住民A-02。

 

 対象村落住民A-03。

 

 年齢推定。性別。世帯構成。支援物資受領の有無。ナザリック兵への恐怖反応。外部武装者への反応。薬師風の女との接触有無。反応傾向。

 

 個体差を把握するには、それで足りる。

 

 名前は不要である。

 

 名は、誤記が生じる。同名の者もいる。発音差もある。家名を持たない者もいる。番号の方が正確であり、記録としては扱いやすい。

 

 アインズは、そう判断した。

 

「現段階では、識別番号で足りる」

 

 作戦室でそう告げると、デミウルゴスは頷いた。

 

「妥当かと存じます。対象の反応を数値化し、傾向を比較するには、識別番号の方が効率的です」

 

「そうだ」

 

 アインズは答えた。

 

 そういうことだ。

 

 効率。正確性。誤記の防止。理由はいくらでもある。

 

 対象村落住民A-07。

 

 その番号を見た時、アインズは一瞬だけ、寝台の上の子どもを思い出した。

 

 黒い人たちは、悪い人?

 

 分からない。

 

 そう答えた子ども。

 

 発熱から回復中。薬師風の女との接触あり。支援薬使用済み。

 

 対象村落住民A-07。

 

 記録としては、それで足りる。

 

 足りるはずだった。

 

     *

 

 領主側の使者が村へ来たのは、その二日後だった。

 

 馬車は一台。護衛は四名。徴税吏が一名。書記が一名。

 

 どちらも武人ではない。

 

 だが、盗賊よりも厄介だった。

 

 彼らは剣で奪いに来たのではない。封蝋の押された書状と、領主の名が記された台帳を持って来た。

 

 ナザリックの監視は、すぐにその動きを拾った。

 

 報告は、アインズのもとへ送られる。

 

 領主側関係者、対象村落へ接近。

 

 目的、支援物資確認および臨時徴収の可能性。

 

 武装衝突の危険、低。

 

 行政的干渉の危険、中。

 

 デミウルゴスは、それを見て薄く笑った。

 

「盗賊の次は徴税吏ですか。人間社会とは、実に興味深い」

 

「何が興味深い」

 

「同じ物を奪うにも、剣で奪う者と、書類で奪う者がいるという点でございます」

 

 アインズは遠隔視の準備を命じた。

 

 徴税吏を殺すことは容易い。護衛ごと消すことも容易い。だが、それは対象村落周辺の統治構造に大きな影響を与える。

 

 領主側が異常を察知する。

 

 追加調査が入る。

 

 村の安定観測が歪む。

 

 ならば、まずは見るべきだった。

 

 敵性干渉はない。

 

 白紙も出ない。

 

 追記もない。

 

 今回は、人間の書類が動いている。

 

     *

 

 徴税吏は、村の広場に椅子を置かせた。

 

 自分の椅子だけである。

 

 村長は立たされた。村人たちは、少し離れて集められている。護衛たちは武器に手を置いているだけで、抜いてはいない。

 

 それで十分だった。

 

 徴税吏は、細い男だった。

 

 年齢は四十前後。頬はこけているが、服は村人のものより明らかに良い。悪人の顔ではない。だが、疲れた善人の顔でもない。

 

 帳簿に書かれたものを読める人間の顔だった。

 

「村長ハーゲン」

 

 徴税吏が言った。

 

 村長が頭を下げる。

 

「はい」

 

 ハーゲン。

 

 アインズは、その名を聞いた。

 

 対象村落住民A-01。村落代表者。年齢五十前後。識字能力なし。薬師風の女との接触あり。支援勢力への恐怖あり。

 

 その記録に、ハーゲンという名はない。

 

「最近、この村に外部から物資が搬入されたと報告があった。食糧、薬、工具、布、木材。相違ないな」

 

「……はい」

 

「申告がない」

 

 徴税吏は台帳を開いた。

 

「本来、村外勢力からの贈与、取引、報酬、保護料、その他名目不明の物資流入は、領主館への報告対象である」

 

 村長は口を開きかけた。

 

 だが、言葉は出なかった。

 

 黒い兵から受け取った。

 

 そう言えばよいのか。

 

 誰から受け取ったか分からない。

 

 そう言えばよいのか。

 

 助かったが、怖い。

 

 そんな言葉は、徴税の台帳には載らない。

 

「受領物資は村の臨時収入と見なされる。よって一部を徴収する」

 

 村人の間に小さなざわめきが起きた。

 

 徴税吏は顔を上げない。

 

「鍛冶屋ベルトの家。工具一式の受領あり。申告せよ」

 

 人垣の中で、太い腕の男が身を縮めた。

 

 対象村落住民A-04。鍛冶作業従事。右脚に古傷。支援工具受領あり。

 

 ベルト。

 

「寡婦マルナ」

 

 徴税吏は続けた。

 

 母親が息を止めた。

 

「薬品受領の記録あり。薬代相当を申告せよ」

 

「それは」

 

 母親が一歩前へ出た。

 

 声が震えていた。

 

「それは、娘の薬です」

 

 遠隔視の向こうで、アインズは視線を止めた。

 

 娘。

 

「名は」

 

 徴税吏が尋ねる。

 

 書記が羽ペンを構えた。

 

「ミラです」

 

 母親は答えた。

 

「ミラ。七歳です。熱を出していました。あの薬がなければ――」

 

「ミラ・マルナの世帯、薬品受領あり」

 

 書記が記した。

 

 アインズは、その文字を見た。

 

 ミラ。

 

 対象村落住民A-07。

 

 発熱より回復中。支援薬使用済み。

 

 黒い人たちは、悪い人?

 

 ミラ。

 

 名前は不要である。

 

 そう判断したばかりだった。

 

 だが、領主側の台帳には、すでに名前がある。

 

 ただし、それは救うための名前ではない。

 

 徴収するための名前だった。

 

「薬は残っているか」

 

 徴税吏が問う。

 

 マルナは答えない。

 

「残っているなら提出せよ。現物確認の上、相当額を算定する」

 

「まだ必要です」

 

「必要かどうかを判断するのは領主館だ」

 

 護衛が一歩動いた。

 

 村人たちが後ずさる。

 

 ミラは、母親の背後にいた。

 

 小さな手で、母親の服を握っている。

 

 アインズはそれを見た。

 

 怖い。

 

 でも、薬くれた。

 

 その声が、また記録の外から戻ってくる。

 

     *

 

 デミウルゴスは、遠隔視を見ながら言った。

 

「徴税吏の行動は、彼らの制度上は正当なものなのでしょう」

 

「だろうな」

 

「殺害は容易ですが、推奨いたしません。領主側関係者の不審死は、周辺統治機構の追加干渉を招きます」

 

「同感だ」

 

 アインズは考える。

 

 徴税吏は盗賊ではない。領主側の制度の一部だ。支援物資が村の収入と見なされるなら、課税対象になる。

 

 理屈は分かる。

 

 人間社会では、そういうものなのだろう。

 

 ならば、その理屈を崩せばよい。

 

 村の財産ではない。

 

 贈与ではない。

 

 報酬でもない。

 

 取引でもない。

 

 保護料でもない。

 

 では何か。

 

 観測用に配置された物資。

 

 一時貸与。

 

 用途限定。

 

 所有権保留。

 

 契約ではない。

 

 第4話で契約欄は空白のままだ。

 

 村と契約を結べば、敵性干渉が再発する可能性がある。

 

 ならば、契約ではなく目録。

 

 受領ではなく配置。

 

 返礼は不要。

 

 移転不可。

 

 徴収不可。

 

 アインズの頭の中で、いくつもの欄が並び替えられていく。

 

「パンドラズ・アクターを呼べ」

 

「御意」

 

 アルベドがわずかに視線を動かした。

 

 その名に反応したというより、アインズの声色に反応したようだった。

 

 まもなく、パンドラズ・アクターが現れた。

 

「お呼びにより、参上いたしました! 我が偉大なる創造主――」

 

「書類を作れ」

 

 アインズは言った。

 

 パンドラズ・アクターの動きが止まる。

 

「書類、でございますか」

 

「そうだ。対象村落への支援物資について、貸与目録を作成する」

 

 パンドラズ・アクターの目が輝いた。

 

「所有権は移さず、使用権だけ現地に残す。契約も発生させない。なるほど、実に美しい処理でございます!」

 

「急げ」

 

「御意!」

 

 その動きは大げさだったが、仕事は速かった。

 

 羊皮紙が用意される。

 

 インクが走る。

 

 文章が組み上がる。

 

 対象村落支援物資一覧。

 

 用途、観測および現地維持。

 

 所有権、保留。

 

 使用権、対象村落住民に限定。

 

 返礼、不要。

 

 転売、移転、徴収、担保化、不可。

 

 受領署名、不要。

 

 契約関係、発生せず。

 

 アインズは、最後の一文を見た。

 

 契約関係、発生せず。

 

 よい。

 

 契約欄は、まだ空白である。

 

「これを現地に送れ。使者は黒い兵ではなく、姿を隠したまま書面を置け。徴税吏に読ませればよい」

 

「署名は」

 

 パンドラズ・アクターが問う。

 

 アインズは少しだけ黙った。

 

 アインズ・ウール・ゴウン。

 

 その名を書くことはできる。

 

 だが、早い。

 

 魔導王の名を出せば、村はさらに歪む。モモンの名を書くのも違う。薬師風の女の痕跡と混線する。

 

「署名欄は空白でよい」

 

「空白、でございますか」

 

「そうだ。差出人不明の方が、相手は慎重になる」

 

「なるほど」

 

 パンドラズ・アクターは恭しく頭を下げた。

 

「恐怖と不確実性を用いるわけでございますね」

 

「そういうことだ」

 

 アインズは頷いた。

 

 そういうことにしておいた。

 

     *

 

 徴税吏が薬を確認しようとした時、広場の机の上に一枚の羊皮紙が落ちた。

 

 誰も投げていない。

 

 風もない。

 

 ただ、そこに置かれていた。

 

 護衛たちが剣に手をかける。村人たちは息を止める。徴税吏は、しばらくその羊皮紙を見ていた。

 

「……何だ」

 

 書記が震える手で羊皮紙を取る。

 

 読み始める。

 

 読むにつれて、顔色が変わった。

 

「どうした」

 

「支援物資の目録です」

 

「誰の」

 

「分かりません」

 

「差出人は」

 

「空白です」

 

 徴税吏は舌打ちし、羊皮紙を奪った。

 

 目を走らせる。

 

 対象村落支援物資一覧。

 

 用途、観測および現地維持。

 

 所有権、保留。

 

 使用権、対象村落住民に限定。

 

 返礼、不要。

 

 転売、移転、徴収、担保化、不可。

 

 受領署名、不要。

 

 契約関係、発生せず。

 

「ふざけているのか」

 

 徴税吏は低く言った。

 

 だが、その声は怒りきれていなかった。

 

 差出人が分からない。

 

 だが、これをこの場に置ける者がいる。

 

 護衛の前で。

 

 徴税吏の机の上に。

 

 誰にも見られず。

 

 その事実だけで、十分だった。

 

「村長」

 

 徴税吏が言った。

 

「お前たちは、これを誰から受け取った」

 

 村長ハーゲンは、首を振った。

 

「分かりません」

 

「分からない物を使っているのか」

 

「……はい」

 

「領主館は、それを説明とは認めない」

 

 徴税吏はそう言った。

 

 その声は、怒りというより、台帳の余白を拒む声だった。

 

 だが、薬を取り上げようとはしなかった。

 

 工具も、食糧も、布も、木材も。

 

 どれにも手をつけなかった。

 

 徴税吏は台帳を閉じた。

 

「この件は領主館に報告する」

 

 村人たちは黙っていた。

 

 それは安堵ではない。

 

 別の恐怖が、村の上に落ちたような沈黙だった。

 

「物資への手出しは、ひとまず保留する」

 

 ひとまず。

 

 その言葉は、村人にとって十分に怖かった。

 

 徴税吏たちは引き上げた。

 

 馬車が村を出るまで、誰も大きな声を出さなかった。

 

 ミラは母親の服を握ったままだった。

 

 母親マルナは、薬壺を抱えていた。

 

 それが誰のものなのか、誰にも分からなかった。

 

 ただ、今は手元に残った。

 

     *

 

 ナザリックの作戦室で、アインズは遠隔視を閉じた。

 

 徴税吏は撤退した。

 

 村の物資は維持された。

 

 領主側には不確実性を与えた。

 

 対象村落の安定観測は継続可能。

 

 結果としては、成功である。

 

「見事でございます」

 

 デミウルゴスが言った。

 

「殺害せず、制度そのものの処理欄を利用して退ける。領主側は今後、あの村に手を出すたびに、差出人不明の支援者を意識せざるを得ません」

 

「過度な接触を抑止できればよい」

 

「はい。さらに、物資を村の所有物としないことで、課税対象からも外せます」

 

 デミウルゴスは満足げだった。

 

「ただし、所有権をナザリックが明示していない以上、村側も完全には安心できない。恐怖と依存の均衡が維持される。実に巧妙です」

 

 アインズは頷いた。

 

 その通りである。

 

 恐怖と依存の均衡。観測条件の維持。領主側干渉の抑制。支援物資の現地維持。

 

 そう記録できる。

 

 そう記録すればよい。

 

 パンドラズ・アクターが、追加の書類を差し出した。

 

「個別反応記録の更新案でございます」

 

 アインズは受け取った。

 

 対象村落住民A-01。

 

 識別名、ハーゲン。

 

 村落代表者。

 

 徴税吏への恐怖反応あり。

 

 支援物資保持を希望。

 

 対象村落住民A-04。

 

 識別名、ベルト。

 

 鍛冶作業従事。

 

 支援工具使用中。

 

 対象村落住民A-06。

 

 識別名、マルナ。

 

 寡婦。

 

 薬品保持への強い執着。

 

 対象村落住民A-07。

 

 識別名、ミラ。

 

 発熱より回復中。

 

 支援薬使用済み。

 

 徴税吏接近時、母親背後へ退避。

 

 黒い人たちは、悪い人?

 

 その声が、また戻ってきた。

 

 ミラ。

 

 名前を記録したのは、支配効率のためである。人間社会の台帳と照合するためである。領主側の干渉を分析するためである。個別反応を識別するためである。

 

 理由はある。

 

 だが、対象村落住民A-07という表記だけを見た時よりも、識別名ミラという文字は、紙面の上で少し重かった。

 

「名前は必要か」

 

 アルベドが静かに問うた。

 

 責める声ではない。

 

 純粋な確認だった。

 

 アインズは答える。

 

「必要だ。領主側台帳との照合に使う。番号のみでは、外部記録との対応に誤差が出る」

 

「畏まりました」

 

 アルベドはそれ以上何も言わなかった。

 

 デミウルゴスが頷く。

 

「人間社会は名を用いて徴税し、徴兵し、処罰する。であれば、我々もその識別体系を把握せねばなりません」

 

「そうだ」

 

 アインズは言った。

 

 そうだ。

 

 名前は支配の道具である。

 

 徴税のため。

 

 徴兵のため。

 

 処罰のため。

 

 保護のためではない。

 

 少なくとも、記録上はそう処理できる。

 

「個別記録に、識別名欄を追加せよ」

 

「御意」

 

 パンドラズ・アクターが頭を下げた。

 

 識別名欄。

 

 名前欄ではない。

 

 識別名欄。

 

 その程度の距離が必要だった。

 

     *

 

 その夜、ナザリックの記録には、領主側関係者による臨時徴収行為、阻止、と記された。

 

 支援物資、現地維持。

 

 貸与目録、作成。

 

 契約関係、発生せず。

 

 対象村落住民個別記録、更新。

 

 識別名欄、追加。

 

 対象村落住民A-07。

 

 識別名、ミラ。

 

 発熱より回復中。

 

 支援薬使用済み。

 

 所有権、保留。

 

 返礼、不要。

 

 徴収、不可。

 

 名前欄は埋まった。

 

 ただし、所有者欄は空白のままだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。