我ら時渡りて、厄災狩りし   作:テイルズオブ松本

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時渡りの少女

 

 ――――女がいた。女の子、と言うべきか。頭には白いベール。髪は空のように青く染まっており腰まで伸びている。手からは血が溢れ、ひらひらとした踊り子のような衣装が台無しだ。なぜこんな森の中にいるのかはわからない。しかしそいつはどうやら、目の前にいる化物と戦っているようだ。

 

「ふむ」

 

 俺は思案する。このままだとあの女は死ぬだろう。幸いにして、今日は得物も持ってきていた。東洋から流れてきたという細身の刀。皆は両刃の直刀を使えと言うが、俺にはこれが扱いやすい。ジジイ、否、師匠もなるべく女には優しくしてやれという。であるならば、やはり、助けてやるべきだ。

 

「行くか」

 

 よし、決めた。少しの逡巡のあと、俺は茂みから飛び出した。まずやるべきことは、近くにいる怪物を引き剥がすことだ。どうにも、大して知能のなさそうな怪物だし、それは難しくないように思えた。羊のような頭部に、人の上半身、そして馬の下半身がくっついてる。目はとろん、と虚ろで、その手に持っている石斧をぶんぶんとさっきから振り回すしか能がなさそうな奴だった。

 

「よぉ、バケモン。おまえ、何味なんだよ。いや、食いたくはねぇが」

 

 羊か、人か、馬なのか。幸いにして、食ったことがあるのは、そのうち二つぐらいだ。チン、チン、と刀の鍔を鳴らして、こちらに来るよう誘導してみせた。

 

「GEOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」

 

 罵倒を解する理性でもあったのか、怪物は一目散にこちらへと向かってきた。さすがは馬の下半身。突進速度は並大抵のものじゃない。またたく間にこちらにぶつかりそうだ。

 

 俺は刀を鞘に収めながらも、引き抜けるよう構える。居合の構えである。居合はちょいとばかし得意なのだ。ジジイからもお墨付きを頂いている。とはいえ、あの物量がぶつかってきたら洒落にはなるまい。で、あれば。

 

 ずぉん、と振りかぶられる石斧。俺は横にあった木の幹を蹴り、大きく飛び上がった。空中で回転し、逆立ちの体制で怪物の首を斬リ抜ける。

 

 俺にとっては大して難しくもない、朝飯前の剣技。すぱん、とギロチンが通ったかのように跳ね跳んだ羊の首。そこから下は少しばかり余力を残して走ったかと思えば、そのまま崩れ落ちた。

 

 俺はそれを悠々と確認しながら、宙でくるりと体勢を戻して地に降りる。これで羊と人と馬の怪物から、人馬だけになったな。

 

「あんた、大丈夫か?」

 

 血を裾で拭って、鞘に刀を戻す。そのまま女の元へと駆けつけた。じぃ、と女はこちらを見つめたかと思うと――。

 

「…………余計な真似を…………」

 

 ――と、一言だけ呟き、そのまま倒れ伏した。

 か細い、カナリアのような声だった。

 

「お、おい。大丈夫かよ?」

 

 このままにしておくわけにはいかない。あんな怪物、早々出てくるわけではないがそれにしたって、獣がうじゃうじゃいる山の中だ。どうにもこの女は軽そうだし、軽く止血して連れ帰るべきだと俺は考えた。

 

「まず止血だな。……【(キュア)】」

 

 ぱぁああ、と負傷していた部位が青白く光り、血が止まる。癒しの導術。剣よりは不得手だが、多少は使えるのだ。とりあえず止血だけは終えたし……あとは寺院にいる得意なやつにやらせるか。俺はそう考え、女を抱きかかえると、そのまま山を下っていった。

 

 

 ◆

 

 

「アーチが女を連れてくるとはのぅ」

 

 寺院に帰って、開口一番に言われた言葉がそれだった。ジジイ――師匠である。俺と同じ黒染の着物を着て、片手には酒の入った瓢箪を持っている。歳も八十超えているくせに筋骨隆々で、無骨な白ひげをたっぷりたくわえた爺さんである。

 

「俺だって森で怪物なんぞに襲われてなきゃ」

 

 口をとがらせてそう言い返すしかない。向こうは酒の肴にする気満々なのだ。ひゅう、と口笛を鳴らして今からおちょくるぞと威嚇をしている。このジジイがこうしたニヤニヤとした薄ら笑いを浮かべるときは本当に勘弁してくれという気分になるのだ。

 

「さすがは剣聖、女の口説きも剣か」

「あんたらが勝手に決めた称号だろうに」

 

 がはははは、と竹を割ったような笑い声を上げ、べしんべしんと俺の背中を叩く。一刻も早くこの場から去りたかったが、連れ帰ってきた女が部屋の奥で治療中なのだ。逃げるわけにはいかない。しかしてこのジジイは、待合室で酒を飲むなと言いたい。無駄だが。

 

「ともあれ大丈夫なんけ?」

「多分、導術の使いすぎだろ」

「ほんなら怪物は一匹じゃなかったのかもしれん」

 

 ううむ、とご自慢の髭をなですさるジジイ。あんなのがわんさかいたら、俺はともかく近隣の村人たちはたいそう参りそうなもんだが。

 

「あの娘の導術が大したことなかっただけだろ」

「そもそも近隣の導師じゃあなさそうなんじゃ」

 

 それは妙なことを言う。この近隣にはそれほど寺院はない。一番大きな寺院がここ、というぐらいだからな。二番目に大きいのが、一山超えた先だからもしかするとそこから来たのかも、と思っていたのだが。いや、ひょっとすると流浪の民かもしれないな。

 

「なんであんな修練の山にいたんだろ」

「本人が起きたら聞いてみる必要がありそうじゃ」

 

 ……などと言っていると、治癒を任せていた導師たちが扉から出てきた。相手が女の子だから、治癒する側も女性陣ばかりだ。元より繊細な導術は女性の方が得意とされてはいるのだが。彼女たちによると、女が起きたらしい。ではさっそく話を聞いてみようか、ということになった。

 

 

 ◆

 

 

 女は傷跡一つない状態で、ベッドから上半身を起こしていた。血に濡れた踊り子の衣装も完璧に綺麗になっている。

 

 これが導術である。【(ウォッシュ)】といった浄化の術や、さきほどやった【(キュア)】という術などがごまんとある。もっとも俺はそういうの苦手だが……。

 

「……礼は言わぬぞ……」

 

 むすり、と頬を膨らませてそっぽを向かれた。別に礼なんて期待しちゃあいなかったが、人の道理というものがあるだろうに。

 

「礼を言えと教わらなかったか?」

「教わる前に両親は死んだのでな」

「だったら俺が教えてやる。礼を言え」

 

 少しばかり面食らったが、すぐさま言い返す。見た目的には十四かそこら。へこたれていていい年齢ではないのだから。

 

「………………恩に着る」

「アーチ・レーヴェルだ」

「は?」

 

 俺の突然の名乗りに、ぱちくりと目を見開く女。

 先んじて名乗るのには理由があった。

 

「名前。聞かれる前に答えたほうがいいだろ?」

「……おまえの名前などどうでもいい……」

「あんたの名前は? 名乗り返せよ」

 

 はぁ、と戸惑いの嘆息を吐く少女であったが、俺はこのスタンスを変える気はない。俺はこいつの名前が気になったのだから、名乗ったのだ。名を問うならまず名乗れとジジイに教わったからな。

 

「………………エリリカ・カディだ」

「エリリカね、よろしく」

 

 握手しようと手を差し伸ばすが、じぃ、と見つめるだけで返しては来なかった。渋々、自分の手を差し戻す。女というものはよくわからん。

 

「男だてらに髪を伸ばして。ちゃらけた奴だ」

「修道女にウケが良いんだよ、髪が綺麗ってさ」

 

 そう言って、肩ほどまでに伸びた黒髪を撫でる。

 戦闘時なんかに面倒だから、後ろでまとめてはいるが。お母様にきっとそっくりなのでしょうから、もったいのうございますと言われては斬るに斬れない。

 

「……気に食わんな……」

「で、あんたは修練の山で何をしてたんだ?」

「……答える必要はない」

「あそこはうちの寺院の管轄だ。勝手に入っちゃあ、それなりの罪に問われる」

 

 そう言われて、面倒そうにエリリカが立ち上がった。罪に問われては困るとでも思ったのか。そんな折――どぉおおおおおおおおおん、という大きな音と地響きがした。なにかしらが落ちてきた音。けっこう近い。

 

「おい、わしは様子を見てくる。おまえは戦えない者を避難させろ」

 

 そう言って、だんまりだったジジイが治療室から飛び出していく。武器はどこから調達するんだろうか。持ってなかったよな。

 

「あ、おい!!」

「奴は強いのか?」

 

 のったり、と俺の隣に来て師匠をじぃ、と見送るエリリカ。なにかを思案しているような表情だった。

 

「俺の師匠だぞ。まぁ、俺より弱いけど。歳だし」

「……であれば雑魚どもの避難が先決だな……」

 

 この場にはエリリカを治療した導師たちが数人ほどいる。彼女らを連れて、地下室にでも避難させねばなるまい。

 

「俺が先導する。ついてこい」

 

 治療室から飛び出し、先導する。突如、廊下の窓が割れて、怪物が数体入り込んできた。鷹に猿を混ぜたような異形。山の羊といい、さっきから混ざりものが多いな。

 

「邪魔だ――!!」

 

 鞘から刀を抜き、横薙ぎに一閃。飛び出してきた内の二体を一刀両断するが、もう一体は外してしまった。少しばかり上に跳躍したかと思うと、短弓で俺を射抜いてくる。

 

「ちっ」

 

 しかし、その矢は宙で止まった。よくよく目を凝らすと、青白い煙のようなものがそれを抑えている。それは俺の背後に続いており、エリリカから伸びているのだと気づいた。

 

「……なにをしている。私が潰せばいいか?」

「っ、ありがとよ!」

 

 壁を走り、天井付近まで跳躍した鷹猿を斬り伏せる。これで入ってきた怪物は全員倒したが――いったいなんなんだ? 野生にしちゃあ、やけに統制が取れている。第一、弓矢など持っているはずもない。

 

「なんなんだ、こいつら」

「……厄災事象だ……」

 

 なにやら意味ありげなことをつぶやくエリリカ。しかしそんな単語、聞いたことがない。エリリカを見つめるが、本人は説明する気もなさそうに腕を組んでいる。

 

「この寺院のなにかしらが目的なのだ。奴らは」

「なにかしら、ね」

 

 たしか奥の祭壇に、宝剣が祀られていると聞いたことがある。で、あれば厄災事象とやらはそれが狙いか?

 

「その厄災事象とやらはなんなんだよ」

「魔王だの、竜種だの、だ」

 

 語る気なし。いちいち質問しなきゃダメなのか? ともあれ新手が来ないとも限らない。さっさと導師たちを避難させよう。そう考え、俺は再び走り出した。

 

 この寺院は四つの建物と中央の広場に分かれている。しかし、今ではそこかしこに先ほどと同じ類の怪物が右往左往している。もっとも、俺の敵じゃあないが……そんな中、中央の広場で一際大きな怪物がいた。

 

 羊の顔に六本の腕を持つ、人の胴体。そして今度は鷹と馬の混ざりものみたいな胴体を持っていた。武器も、以前の石斧ではなく、二本の大きな曲刀になっている。

 

 それと相対するのはジジイ。いつもどおりクソデケェ刀を持って斬り合っている。まぁ、負けそうな気配はないな。そんじゃ避難を遠慮なく進めますかね。

 

 西棟の一階にある集会場に、非戦闘員たちが集まっていた。周りを守護するのは導師の精鋭たち。ここならば、そうそう襲われることはないはずだ。

 

「お気をつけて――!」

 

 避難させた少女たちに手を握られた。嬉しくないか、と言われると嘘になるが、今はそんな場合ではない。さて、エリリカもここに避難させておかないとな……と思ったら、ついてきた。

 

「なんだよ」

「…………中央の広場に行くのだろう?」

 

 こくり、と頷く。

 

「おそらく厄災の本丸がいる」

「あのデケェ怪物か?」

「……連中を生み出しているやつらだ……」

「山でそいつと戦っていたのか?」

 

 そう言うと、エリリカは押し黙ってしまった。ふむ、もしかして山で負傷を受けていたのは――。

 

「負けたのか、そいつに」

「…………うるさい…………」

 

 通りで黙り込むわけだ。しかしそうなると、あの怪物よりは強いのだろうか。いや、あるいはあの怪物を複数生み出してくるのかもしれない。ともあれ、広場に向かうとしよう。

 

 

 ◆

 

 

 ようやく駆けつけると、ジジイがあの怪物を斬り伏せたところだった。なんだ、ジジイ。助けに来る必要もなかったな。

 

「おう、こっちもちょうど終わったわ」

「ちっ、助けに来て損したぜ」

「がはははははっ!!」

 

 ……などと言っていると、広場の奥側になんだか黒っぽい波動が集まっていく。そこから黒いフードを被った、なにものかが飛び降りてきた。タイミングからして、エリリカの言っていた下手人だろうか。

 

「時渡りでもない者に、私の駒が敗れるなどと」

「ああん? テメェが今回の下手人かの?」

 

 ジジイが凄みながら近づくが、黒フードは毅然として立ったままである。ちなみにジジイのほうがデカい。

 

「なんとか言ったらどうじゃ!!」

 

 峰側とはいえ、ジジイが刀を振りかぶる。次の瞬間、黒い靄から出てきた鎖によって、ジジイが拘束された。

 

「くっ――!?」

「控えるがいい」

 

 そう言って、黒フードは奥の建物に向かっていく。あの奥には宝剣があったはず。行かせちゃいけないよな……。

 

「待ちな!!」

 

 ジジイの横を通って、黒フードに斬りかかる。しかし次の瞬間、黒フードの手に生まれた直剣によって、それは遮られた。

 

「なんだおまえは?」

「通りすがりの剣聖だ!!」

 

 がぎぃん、ごぎぃん、と刃が弾きあう音が響く。さっきのは驚いたがそこまで実力が乖離しているわけじゃない。なによりこちらは剣聖。少なくとも、この地方においては最強の座を貰い受けているんだからな!

 

「面倒だな」

「っ!?」

 

 黒フードがそう言うと、直剣を地面に突き刺した。次の瞬間、地面に複数の隆起が生まれる。流石にこれは――剣じゃなんともならない!!

 

 ――と思ったら、俺は飛んでいた。また青白い靄のようなものに肩を捕まれ、飛翔しているのだ。おそらくはエリリカの導術だろう。そのまま俺は奥の寺院の上まで飛ばされ――そして落とされた。

 

「いてて……」

 

 落ちた先には宝剣があった。片刃だが、鍔のところで枝分かれしている。さながら大きな十手といった様子だ。こいつ、使えるのかな。なんとなくおどろおどろしい雰囲気はあるが――。

 

「まぁ、いい。使わせてもらおう!!」

 

 俺は宝剣を手にし、再び広場へと飛び出した。広場ではエリリカが青白い靄を駆使して、戦っていた。さながら手から伸びる巨大な牙のように見える。

 

 ……なるほど、あれは獣の霊か。エリリカは獣の霊――今で言えば狼を――憑依させて戦っているのだ。導術の一つに憑依術というのがある。妖精や獣霊を自らに取り憑かせて、心身を強化する術だ。

 

 なぜ急に見えたかというと、この宝剣の影響だろうか。俺の導力を引き上げる力を持っているようだ。

 

「忌々しい時渡りめ」

「私の両親を殺しただろう!」

「何年前の話だ?」

 

 拮抗するエリリカだが、相手が黒い靄を出したかと思えば、そこから複数の岩石が撃ち出され、エリリカはついぞ吹き飛ばされてしまった。

 

 そのまま背後にいるジジイにぶつかってしまう。まずいな、このままだと二人とも殺されかねない。

 

「黒フード、おまえの相手は俺だ!!」

 

 宝剣で斬りかかる。当然、向こうも黒い靄から槍を出して防御してきた。しかし、宝剣の威力はそれらを貫通し、相手を肩から袈裟斬りにした。

 

「ぐぅ………!!」

 

 やはり向こうが欲しがっていただけあって、結構強い武器のようだな。このままとどめを刺してやる!!

 

「きぇえええええええ!!」

 

 ――と思ったが、奴は急に雄叫びをあげた。寺院の空に、巨大な黒い靄――いや、もはや穴と呼んでいいものが現れる。黒フードはそこに吸い込まれていき、とっさのことで俺も吸い込まれようとしたところで――。

 

「―――待て!!」

 

 エリリカが俺の手を掴んだ。……はいいものの、エリリカだけでは体重が足りなかった。結局、俺たちは二人とも、空の黒い穴へと吸い込まれていく。

 

 この出来事が、俺の平凡な人生を変えるとは――このときはまだ、知るよしもなかったのである。

 




アーチ・レーヴェル
黒髪ポニテで、黒い和服(修道服っぽい)を着ている青年。曲がりなりにも剣聖の称号を所持しており、結構強い。片刃の刀を愛用している。

エリリカ・カディ
民族風の踊り子のような衣装をした、ベールを纏った少女。体の四方八方にビーズで出来たアクセサリーが巻き付けられていてカラフル。どうやら獣の霊を憑依して戦うらしい。時渡りという存在らしいが……?
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