もし君が大鳥ソムルトに乗れたなら   作:貝細工

2 / 2
1話 煌黒の残滓

最初は、白い世界だけがあった。

 

世界は──我に内在する。

意志は──我から生じ、我に還る。

 

文献はどれも語句が部分的に欠落しており、解読できない。

我──そう呼ばれる神格は時にミラアルマという欠落した綴りで表現される何か、らしい。

天廊の調査により、アルケー、アンセス、或いは...セウスと呼ばれる形而上の神格を指しているものと推定されている。

 

〜ティンベン村近郊 或る港町

 

──いつも通りの、普通の任務だと笑って言っていた。

水獣ロアルドロスの狩猟。白化したサンゴで彩られたその海岸には、河口を根城とするジュラトドスやラギアクルスのような乱入モンスターが現れることも少ない。

 

彼は下位のハンターだが、それでも村の期待の星だった。村人みんなの誇りだった。

出来の悪い僕はその姿が眩しくて、親友が主力を成し遂げる度に言葉を交わす機会が減った。

遠路はるばる僻地のファンが親友に会うために押しかけることもあったが、うちは貧乏だから親友は出ずっぱり。両手で抱えきれない量のファンレターの処理が僕の担当だ。

決して憧れでは、なかった。

 

他愛もない談笑の後に友を見送り、数日後にそこそこの手柄を持って帰ってくるのを独りで待つだけの日々を気に入っていた。

 

生憎の雨、室内で水の滴る音を聞いているとやけに落ち着いて、それと同時に腑の内から込み上げてくる謎の不安を感じていた。

皿を洗っていると、食器が割れた。

今思うと、それは虫の知らせだったと思う。

 

夕方ごろだろうか。赤い服を着た長身の男が、1人で家に押しかけてきた。腰には拳銃。明らかに物騒な装備をしているが、表情は品がよく、動きもしなやかである。

 

「彼、死んだよ」

 

達人級のハンターと言えど、一瞬の油断で昇天してしまう。そんな話を聞いたことがある。

だが、腕利きのハンターだったあいつがロアルドロスの狩猟で命を落とすなんて、俄かに信じ難い。

 

『ハンターは何の為に武器を持っているの?』

 

知らなくていい。

 

どこかで友の声がした気がした。

 

力みのなくなった眉間。視覚から逃げ出すように目線を下に落とす。言ってはいけないと分かっていながらも、急かす気持ちを抑え込むことはできなかったのだ。

 

「ロアルドロス...ですか?」

 

心苦しそうな顔で口を噤もうとする素振りを見逃さず、声を出そうとすると、男は広げた手のひらを僕の顔に向けて追求を止めた。

一度も目線が合わない。切れ長の目には細かな血管が走り、その薄い唇は感情の応力でわなわなと震えているように見える。

ゆっくりと漏れ出した鼻息は、彼の息が直前まで詰まっていたことを物語る。

怒っているのか。遺族でもないのに。

 

青い瞳は紫外線を吸収しにくく、陽光を嫌う。

だが少なくともその眼は朱に染まる斜陽を冷たく仰いで、ぼそっと呟いた。

 

「まぁ、いいか」

 

言葉の意味が分からないが、言動を理解できずに苛立っている僕の目の前で彼は力強い表情を見せると、息をすうっと飲み込んだ。

静謐な佇まいの内側に、何を湛えているのか当時の僕には分からなかった。まるで、溟い夜の海を舟を漕いで渡るような時間だった。

 

「君を連行する。いいね?」

 

〜王立書士隊王国東支部

 

「ほう、君が裁定者の子か。初めまして。お友達のことは気の毒だったね」

 

紫色の派手髪をした竜人族の女が、微笑みながらそういった。目は糸目で、だぼっとした着物を着ていて、喋り方は少し胡散臭い。

他の研究員たちはみな白衣や正装を着ているというのに、室内で堂々とパイプをふかしてリラックスしている。

 

「じゃあ、この子は頼んだよ」

 

赤服の男がそういって部屋を出ると、束の間の沈黙が空間を満たし、僕はその中でぐるりと部屋を見渡した。エネルギーの研究と聞いたが、周囲にあるのは化石や骨ばかりだ。

中には、既にエネルギーなんて残っていないであろう風化した骨まである。

 

「古龍骨が気になるかい?」

 

不思議がる僕を見て、竜人族の女はニヤニヤと笑いながらそう言った。

 

「はい。あの、えっと...」

 

「二人称でいいよ。名乗る程の者でもない」

 

研究者はそう言うと、ふうっと、煙の混ざった息を吐いて指先で風と混ぜた。

やがてその指先は、壁に掛けられている蜘蛛の巣のような石の方を指した。

 

「あれは禁足地で発見された錬竜脈。大地の背骨と呼ばれている特殊な物質で龍脈と同じく竜乳のエネルギーを伝播する。言わば大陸規模の電線のようなものだよ。

おっと...君には分かりにくかったかな?

エネルギーが流れる血管のようなものだと考えてもらえればいい」

 

錬竜脈。千年の昔に滅亡した竜都文明が自然をコントロールするために造ったとされる無限のエネルギーの通り道。東地域において、新大陸の龍脈と同じ働きを担い、龍灯から生み出されたエネルギーが錬龍脈を伝って特殊な機構に流れ込むことで天候を変えるという。

 

龍脈の技術については現在研究が行われているが、どうもギルド上層部の宗教的権威や支配階級による古龍占いの独占と折り合いが悪いらしく異端と看做して禁じる地方もある。

 

文明の滅亡を招いた禁じられた技術、禁術だ。

 

「どうりで、骨ばかり置いてあるんですね」

 

《大地の背骨》とモンスターの骨には、外見的な類似以外にも何か関係があるのかも知れない。

そういえば、上竜骨や堅竜骨の他にも、貴重なもので古龍骨などの素材を好んで集めるハンターを見たことがある。

かくいう我が友がその中の一人だった。

強いモンスターほど上質な骨が取れるため、骨のマニアには強いハンターが多いとよく冗談混じりに語っていたものだ。

 

彼らのようなハンターが、この研究所に骨をかき集めているのだろうか。

 

「経路としての役割も重要なんだけどね、私が目をつけたのは骨髄さ。

生物は骨髄で生成した血を全身に回し、筋組織に酸素や栄養を送っている」

 

ずっと分からずじまいだった。

モンスターの骨髄が高値で取引される理由。

武具の生産に骨髄が用いられる理由。

強度の高い骨や鱗ではなく、なぜ骨髄なのか。

なぜモンスターの装備は、半永久的に属性を有することができるのか。

エネルギー効率の良さでは説明がつかない無尽蔵のエネルギー、その在処を。

 

「心臓...ですか?血液を送り出して、体に酸素を行き渡らせる器官。ラージャンは強い心臓を持っていると聞いたことがあります」

 

ラージャンハート。

拍動により強大な力を生み出すとされる金獅子ラージャンの心臓のことだ。

金獅子は高い戦闘力を持つが特筆して体が大きいわけではない。

牙獣種の中では大柄だが、ガムートやガランゴルムのようにもっと大きな牙獣もいる。

体の大きな牙獣種の戦闘力はラージャンを超えているのか?答えはノーだった。

 

「ふふふ、ラージャンはイレギュラーだよ。

あれはこの世の理に収まらない存在だ。研究対象には不向きだよ。

それに我々の保有する戦力ではラージャンの研究を進めることは難しいからね。ただ一人彼を除けば...だけど」

 

研究者の女は既に閉められた部屋の扉の方に視線を送り、口元を隠してクスクスと笑った。

それが何を意味する行動なのか僕には分からない。だがそれは僕の目には、怒りの微熱を含ませた眼差しに見えた。

 

「じゃあ...その...モノブロスやティガレックス希少種とか?」

 

「ほう、大轟竜を知っているのか。流石あの優秀なハンターの親友だ。でも違うよ。

彼らの心臓が強いのは原因じゃない。結果だ。心臓は筋肉だから、血液によって運ばれるブドウ糖や脂肪酸をエネルギー源にしている。

心臓の性能が強さに先行するのではなく、強さが心臓の性能を向上させるのさ」

 

(そしてラージャンはブドウ糖や脂肪酸だけではなく、電気力を利用して心臓を収縮させる。

だからあれはイレギュラーなんだ。

今の君にはまだ早い...が、いずれ伝える時が来るかも知れないな)

 

まるで肉体とは別に《強さ》という物質が存在するかのような口ぶりだ。

だが、僕はそれを直感で知ってしまっている。

錬龍脈、モンスターの骨髄、古龍骨。

これらのヒントから導き出される強さの正体。

 

「血液の組成ですね。ブドウ糖や脂肪酸をエネルギーに変換しているのは人間の話です。

恐らくモンスターはその限りではない...!」

 

「コングラッチュレーション!ご名答。

モンスターの体内を流れる血中のエネルギー源はもう一種類あってね。

古龍と他の生物では違うんだけど、強いモンスターほど竜結晶エネルギーの量が多いんだよ」

 

「古龍は違うんですか?」

 

「古龍種の骨髄だけ、竜乳に近い組成のエネルギーを直接生み出すことができるのさ。

このエネルギーを利用するためには竜都のロストテクノロジーが必要不可欠だ。解凍出来ない形に圧縮されてしまっているからね。

これが厄介で、狂竜ウィルスやキュリアでも干渉不可の開かずの箱なんだよね。だから古龍種は狂竜化や傀異化の影響を克服出来るんだ」

 

急に話のスケールが大きくなってきた。

本当に僕のような民間人に伝えてもいい情報なのだろうか?

 

「もし人間が利用出来たら、狂竜症やキュリアを克服出来るかもしれないということですね」

 

「それだけじゃないよ。天候も環境も思いのままだし、免疫力や再生力も飛躍的に向上する。

人類は全能の神に近づくことになるよ。場合によっては、食事を摂らない不老不死の生物に進化出来るかもしれないね」

 

地脈を操る古龍の王《ムフェト・ジーヴァ》は体内でエネルギーを循環させることで捕食を行う必要のない生物になったとされている。

自己保存と増殖以外の目的を持たない完全体。

それはもはや、人間のあるべき姿なのか?

 

「...私たち竜人族は...多分、古龍と共通の祖先を持っている。

最近は物騒な人攫いまで現れてね。血液を研究対象にさせろって、人間がうるさいったらありゃしない」

 

「それは...お気の毒...ですね?」

 

「君に心配される程じゃないけどね。アルバトリオンの末裔くん」

 

その一言で騒々しい研究室が静まり返り、僕もその言葉を受け止めきれずに黙っていた。

僕の親族に竜人族がいるなんて話は聞いたことがない。

だがそんなことより、今確かにアルバトリオンと言っていた。その名を出すことさえ憚られる禁忌のモンスターの名前だ。

アルバトリオンといえば、最強の古龍と称されあらゆる属性を司る神だ。

そんな存在が僕の先祖だなんて、いきなり受け入れられることではない。

 

「いやぁ、導きの青い星が君を私に預けてくれて助かったよ。後で採血させてもらうからね」

 

「そんな...僕は研究対象としてここに連れてこられたってことですか!?」

 

「ふふふ、密猟者から匿ってあげるんだから、それなりに協力してよね?

君を連れてきてもらった理由は研究対象なんかじゃない。ハンターになってもらうためさ」

 

「僕は彼とは違います!ハンターの才能なんてありません!」

 

「お友達はきっとそう言うだろうね。

でも本当は違う。君のお友達がハンターになったのは、君の代わりさ。

その傍ら古龍骨を蒐集して君なしで研究を終わらせる目論見もあったんだろうけど...志半ば、健啖の悪魔と出会ってしまったみたいだね」

 

「それじゃあ...」

 

その質問は悪手だ。聞きたくないことを知ってしまうから。

その質問をしたら駄目だ。見たくないものが見えてしまうから。

目を閉じて、耳を塞ぐべきだ。

こんなこと、ただの出鱈目かもしれない。

それでも、今の僕には受け入れられない。

ここまで話を聞いたら、もう分かるだろ。

この人が何を答えるかなんて。

 

引き返せ。

 

聞いてはいけない。

 

聞いてはいけないんだ。

 

「僕がいたからあいつは死んだんですか?」

 

それでも、聞いてしまった。

恐怖と怒りが混ざったぐしゃぐしゃな感情のままに体が震える。

顔面を殴られたような痛み。財産を奪われたような悔しさ。感情のやり場も分からず、自分の心から逃げるように俯いて答えを待っていた。

 

──本当は、自分を楽にする言葉が聞きたかったのかもしれない。だって。

 

「死んでないんだよ」

 

女は確かにそう答えた。俯いた僕の顎を指先であげて、顔を近づけて。

死んだと聞かされていたが、死んでいない?

言葉の残響だけで、後悔を消せる気がした。

 

「現在、私の部下が救護にあたっていてね。

このままでは死ぬのは時間の問題だから、ギルドにはそう報告している。

だが、骨髄の謎を解明できれば話は変わってくるよ」

 

「そうか!再生力!」

 

「ご名答。空の王者と名高い火竜リオレウスはブレスの時に自分の喉を焼き切り、瞬時に再生する。私たちでモンスター達の再生力を人間に転用出来れば、このオペにも勝算はある。

でも、モンスターの骨髄は、人とは余りにも構造が違うから直接移植するのは無理だろうね」

 

「そんな...何か打つ手は...」

 

「頭足種だよ。無脊椎動物である頭足種は骨髄を持たないが、彼らの中には生態系の頂点に名を連ねる強いモンスター達がいる。

彼らの造血器官を生体模倣で取り入れて、肉体の再生力を底上げする。

後はいにしえの秘薬などを利用した投薬治療で被験者を復活させる。

君の体内を流れるヒトに最適化された古龍の血があれば、このプランが成功する確率は更に上がるだろう」

 

「やります。それで人生をやり直せるなら、何を捨てても頭足種を狩ります」

 

「ふふふ、良い顔つきになったじゃないか。クエストの手配はこちらでしておくよ。

まずは実力をつけなさい。狩猟対象の頭足種はどれも各々の領域を統べる王者だ。

一朝一夕で渡り合えるモンスターじゃない。

何十年かけてでも、必ずそこに辿り着きなさい。君の望む未来はそこにしかないんだから」

 

「僕でもなれますか?ハンターに」

 

ハンターとなるための試験は厳しく、光る才能が必須といわれている。

特に近頃では、《導きの青い星》の登場を皮切りに《猛き炎》を筆頭とする超人的なハンターが台頭するようになった。

彼らは生身で巨大な獣と鍔迫り合いを繰り広げ、虫の糸で竜を操り、身の丈ほどある剣を軽々と振り回してモンスターと戦う。

かつて、初めてハンターを目にした守人の末裔はその重厚たる鉄塊の剣をみてこう囁いた。

 

『その武器、重そうに見えます』

 

超人、答えて曰く──

 

『もう慣れたかな』

 

彼らが人並み外れた蛮力を持ち、人類の生活圏を脅かすモンスターに対抗できる理由は長らく判明していなかったが、導きの青い星とギュスターヴ・ロンの共同研究により少しずつ明らかになっていった。

 

「竜人族や土竜族のように竜の血が混じっていなくても血液が運ぶエネルギーの組成がモンスターに近しい人類がいる...君のようにね。

勘違いしないでほしいのは、ここで言う人類はホモ・サピエンスの純血種のことだ。

その力に魅せられた凡百の狩人は、敬意を込めて彼らをこう呼ぶ」

 

世界最強の呼び声もある《導きの青い星》は体躯こそ一般的な成人男性と大差ないが、並のハンターの数倍は下らないほどの膨大なエネルギーを湛える。

常人であれば致命傷となる手傷も立ち所に回復する再生力を有し、更に新大陸での食生活によって頑健に作り替えられた肉体はあらゆる能力に最大限適合する。

 

「モンスターハンター」

 

正しく、最強たる所以である。

 

過去を目指す少年に、その資格はあるか。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。