勇者をプロデュース!〜無名の田舎娘が、神さまイチ推しの勇者になるまで〜 作:朴月イチロ
1-1:神さまって本当にいるんですね!
その少女は、本当にただの“田舎娘”だった。
外の世界をろくに知らず。
『普通』に生きていくことをただ願っていた、名もなき少女。
始まりの村によくいる
そのまま何事もなく、ただ人として一生を終えたはずの彼女。
だがあろうことか、とある気まぐれな『神々』は、一つの《
彼女はそれを。
「選んでいただいて、ありがとうございます!」
ただ、笑顔で受け入れた。
そんな彼女は、これまで出会ってきた『英雄』たちとは違う。
俺の計算を、軽々しく超えてくる『勇者さま』だった。
◆◆◆
――その『彼』が最初に見た『彼女』は、ピッチフォークを片手に、魔物の大ネズミを追い払っていた。
「ほらっ、どきなさーいっ!」
銀灰のセミロング、どこかあどけなさが残る翡翠色の瞳。
『彼女』――アリシアは牛飼い娘として、今日も普段のルーティンをこなしている。
明け方から始めた仕事が一区切りついた頃には、すっかり辺りは明るくなっていた。
使用した道具を倉庫に片付けたその足で、まっすぐ自宅の台所へ向かう。
そこには昼食の支度をし始めていた、叔母のシンクレアの姿があった。
「おばさーん、私このまま祠の掃除に行ってくるね!」
「お昼までには戻っといでよ! 最近森の方で魔物増えてるらしいから――」
「大丈夫ー、大ネズミくらいだったら追っ払っちゃうから!」
そう言いながらお供え用にテーブル上のりんごを手に取ると、アリシアはそのまま、裏口の方から駆け出していった。
「……あの子も物好きだねぇ。みんな忘れちまってる場所だっていうのに」
姪っ子が出ていった裏口方面を見やりながら、シンクレアはややあきれ気味つぶやく。
――シンクレアは、気づかない。
アリシアの後ろ姿を見送る者がもう一人、その場にいたことを。
(……毎週欠かさずこなすほどの、信心深さはある。その祠、使わせてもらうか)
全身を白いローブで覆う青年。
空気に溶け込むように、その姿はかき消えた。
◆◆◆
村近くの山道の脇に、森の主と呼んでも差し支えない巨木が天を衝くように
その根元――隆起した根に守られているような形で、その石の祠は鎮座していた。
この祠がいつからあるものなのか、自分含めて村の住民は誰も知らない。
かつてこの土地に住んでいた民族が、土地神を祀るために造ったという話だが、「俺たちには関係ない神さまだしなぁ」――とまるで気にしていないように、叔父が笑ってあしらっていたのをアリシアは思い出す。
「……いつも私だけでごめんね。せめて綺麗にお掃除はするから」
祠の中にある小さな木箱には、先週供えた干しリンゴと花がそのまま残っている。
アリシアはそれを取り替えながら、少し寂しそうに笑った。
この祠の存在は、亡くなった母から教えてもらった。
幼少時は一緒に自分も掃除を手伝ったものだが、母が亡き今、定期的にこの祠を訪れているのは自分だけだ。
理由なんてない。
ただ、やめたら自分の中で何かが終わってしまう気がしただけ。
祠の表面を磨き、辺りの枝葉をはらう。
「……よし、きれいになった!」
箒を一旦地面におくと、アリシアは目を閉じて胸の前で手を合わせ、少し照れくさそうに祈る。
「土地神さま、今日も村のみんなが元気でいられますように。あ、あと、叔母さんの腰痛がよくなりますように……」
本来であれば。
この祠に、祈りに応える“神”は存在しないはずだったのである。
(……祈るのは全部、他者のためか)
ただ、彼女に"運命"を持ち込んだ者は、確かに今、そこにいた。
『随分と丁寧に掃除してくれてたんだな』
不意に、アリシアの耳元に声がよぎる。
「……え?」
周辺の空気の違和感に、アリシアは思わず目を開けると、祠を中心に、周辺から光の粒が収束して一つの球体の体を成している。
最初はただの錯覚かと思い、目をこすった。
しかし光の球体は依然としてそこにあり、やがてそれは風船のように急速に膨張して、弾けた。
「――ひゃうっ!?」
その衝撃に驚いて思わずアリシアは尻餅をついてしまう。はじけた光に少し目がチカチカしながらも、恐る恐る目を開けたそこには――。
祠を背に、一人の青年が静かに降り立った。
全身を白いローブで覆っており、フードを深く被っていて顔は少し見えづらいが、淡い金砂色の長い前髪と、そこからやや切長の琥珀色の瞳がこちらを見据えている。
その手には、彼の身長と同等サイズの質素な木彫りの杖が握られていた。
「すまない。驚かせるつもりはなかったんだが――少し“演出”が過剰だったな」
アリシアはその翡翠の瞳をぱちくりとさせ、必死に今の状況整理に思考を巡らせる。
――誰もいないところから、急に、目の前に人が!? いや、そもそも本当に人!?
「あっ、あのっ……どちら様……でしょうか……?」
「名乗る前に聞かせてくれ。アリシア・ドゥランっていうのは――お前だな?」
「ふえっ!?」
初めて会ったはずなのに、向こうはこちらの名前を知っている?
「そう、ですけど……あ、ひょっとしてこの祠の神さまですか!?」
「いや、そんな高尚なものじゃない」
「だったら精霊……?」
「いや、そうでもなくて」
「あ。もしかして妖精さん……?」
「妖精扱いされるのは、さすがに初めてだな……」
青年は軽く額を押さえ、一瞬悩むような顔を見せて答えた。
「俺はヴァルド。訳あってこの祠の中で永いこと眠ってた……あー、この国の“監視役”のようなものだ」
(……監視役も神さまも、大して違いないな)
(監視役と神さまってどこが違うんだろう?)
内心、互いに似たようなことがよぎった。
アリシアはせめて姿勢だけは整えようと膝を折って正座した。
思わずそのまま手を合わせそうにまでなったが、そこは「一旦落ちつけ!」と脳内の自身からツッコミが入る。
「アリシア。俺がこうして“起きた”のは、お前さんに神託を告げるためだ。この国に破滅が迫ってる。時間がないから、端的にすませるぞ」
「神託? 破滅?? 神さま、私まだこの状況飲み込めてないんですけど……」
「あー、できれば“神さま”は勘弁してほしい……まあいい、話が進まん」
(毎回“これ”、地味にそれっぽい言葉を考えるのが大変なんだよな)
ヴァルドは杖の先端をアリシアの頭上に向けて掲げると、先ほどの軽い口調とは打って変わって、荘厳な声色で詠唱を開始した。
『――少女よ』
それと同時に、向かい合う二人を中心として、地面に光る円形の幾何学的な紋様――魔法陣が展開される。
その光の眩しさに若干目を細めつつ、アリシアの思考は混乱したままだ。
(何? なになに!? 何が始まるの!?)
『そなたに告げる。大地はその眠りを破り、闇は名を取り戻そうとしている。汝の内に宿る光は、歪みを喰らう輪廻の理。それは滅びを退けるために生まれ、祈りにより形を得る。恐れるな。汝こそ、崩れゆく世界に祈りを繋ぐ者。我は汝のその力を目覚めさせるものなり』
魔法陣から光が溢れる。風が力の奔流が如く周りの草花を揺らしている。
そんな中、杖の先端から赤い光がひとしずく落ちるのをアリシアは見た。
「それを取れアリシア」
「あ、はい!」
言われるがまま、ゆっくり降りてくる光のしずくをアリシアは両手で受け取ると、やがてそれは赤い水晶のような形で固定化された。
その瞬間、指先からトクンと何かが体内へ流れ込んでくるような、不思議な熱さを感じた気がしたが、あたり周辺に再び静寂が戻ると、手の中の輝きに目を奪われてしまった。
「え。なんですかこれ……すごいきれいですね!」
「いずれわかる。それよりさっき俺が言ったこと、理解できたか?」
「へ? さっきの……?」
「いや、いい……演出上、回りくどい言い方したが要約するとこういうことだ」
水晶をまじまじと観察していた彼女のリアクションを見て、ヴァルドは小さく息を吐きつつ肩をすくめる。
「この国を滅ぼそうとする魔王が現れた。お前にはそれを倒せる素質がある。魔王を倒してこの国を破滅の運命から救え。そのための力はお前に今渡した――ってこと」
一瞬の沈黙。
今日この時間だけで、アリシアの思考回路は何回ショートしたのか。
「……へ?ふええええええー!!??」
彼女の驚愕の声が森の中でこだまする。
「無理無理無理っ! いきなり何言うんですか!? なんですか魔王って! 神さま、完全に声をかける相手を間違えてますよ!?」
(……だろうな)
身振り手振りで全力否定するアリシアを見ながら、ヴァルドは静かに目を細める。
多少の信心深さはあれど、盲目的に頷くほど単純ではない。
(悪いが、今回神々が仕組んだ《
話を進めるためにも、まずは彼女を村から出す。
そのための“きっかけ”は、こちらで用意する。
一瞬だけ、胸の奥がざらついた。
(神々のために、俺はお前を『勇者』に仕立て上げなきゃならない)
視線の先で、まだ必死に首を振る少女の姿が揺れる。
頼むから、想定通りに動いてくれ。
――でなければ、もっと強い手を使うことになる。