勇者をプロデュース!〜無名の田舎娘が、神さまイチ推しの勇者になるまで〜   作:朴月イチロ

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2-4:ヘビは勘弁してください!

「ケツァ?ケッツアー……なんて言いました!?」

「ケツァルコアトル――別に覚えんでもいいぞ」

 

 おそらく姿形を“似せている”だけで、本質的には全く別物なのだろうが、仮に消費した瘴気の量に比例して、顕現後の強さが上がるとしたら――。

 

『シャアアアアア――ッ!!』

 

 全身をムチのようにしならせ、ケツァルコアトルは飛行しつつ尾でアリシアを執拗に追い立てる。その攻撃が外れるたびに土埃が舞った。

 

「うわわわっ! ごめんなさい! 私、ヘビ苦手なんですよーっ」

 逃げ惑うアリシアは若干涙目になっているが、恐怖としている対象が微妙にずれている。

「案外余裕だなお前!」

 

 魔狼と違い、上下左右を自由自在に飛び回るのが厄介である。何より今のアリシアの実力じゃ、まともな攻撃手段がない。

 まず対処すべきは、あの体躯を支える前方の主翼。

 

「――《雷光槍(ライトニング・ランス)》」

 “呪文(スペル)”と共にヴァルドが生成するのは、雷光を纏った複数の重槍。主翼の付け根を狙って打ち出さんとした矢先、その殺気を感じ取ったのか、ケツァルコアトルは瞬時に別の攻撃体制へと切り替える。

 

 ――両翼から繰り出されるのは、反撃を許さない強烈な暴風。

 

「――っ!?」

 その圧倒的な暴力は、アリシアを軽々と吹き飛ばした。声を上げる暇もなく、宙で無防備になる彼女の身体に尾の一撃が迫る。

 

 ボスの耳障りな声が響いた。

「そのまま羽虫みてーに潰れてちまいなぁ!!」

 

「――アリシアッ!!」

 構えていた雷光の魔力が(ほど)ける。

 それまでずっと魔法制御に割いていたヴァルドの集中力が、初めて、一瞬、乱れた。

 

 その、一瞬で。

 ずっと閉じていた、記憶の蓋が緩む。

 

 だってこの光景――。

 

「……ぁ」

 

 “あの時”の悲劇に、よく似ていて。

 “あいつ”の腹を貫いた瞬間が、網膜に張りつく。

 

 息ができない。

 手に力が入らない。

 思考が、真っ黒に、塗りつぶされて、動けな……。

 

 ガキィンッ!!

 

 硬質な音が響き、尾に叩かれたはずの彼女の体が、そのまま尾に追随する形で引っ張られる。

 ――彼女は叩かれる勢いそのまま、手元のピッチフォークをケツァルコアトルの尾に突き立て、無理やりしがみついていたのだ。

 

「うううぅぅぅ――鱗の感触がぁ……しかもちょっとひんやりしてぇ……!!」

 

「……は?」

 

 聞こえてきたのは悲鳴ではなく、感触に対する文句だった。

 ヘビに対する恐怖心でアリシアの顔が若干青くなっているが、ブンブンと振り回されながらも、テコでも動かぬという意志でフォークを深く食い込ませる。

 

「絶対に、離しませんからぁぁ!」

 

 その姿を見て、ヴァルドの中にあった焦燥が霧散した。

 むしろ彼女の頼もしさに、笑いすら込み上げてくる。

 

(……何やってるんだ俺は)

 今やるべきことは後悔じゃない――彼女を“勝たせる”ことだ。

 

「――《影鎖(ノクターナル・バインド)》!!」

 ヴァルドが手元の杖の先を思いっきり地面に打ち付けるのと合わせ、ケツァルコアトル自身の影から鎖の如く複数の影が、翼、首、体躯に絡まり、その巨体を宙に縛りつけた。

 

「なっ、離せこの虫ケラ共がぁぁッ!!」

 ボスに同調するように、ケツァルコアトルが拘束を解こうと狂ったようにのたうち回る一方、ヴァルドは鎖の強度を維持すべく杖を媒介に魔力を供給し続ける。

 

「……っ、そのまま動けるかアリシア!」

「これは紐……! これは大きなただの冷たい紐……っ!」

「……」

 

 許されるものならこの場で引っ叩いてやりたい。

 

 ただの紐! とアリシアは恐怖を自己暗示で塗りつぶし、フォークを引き抜くと、遠心力を利用して一気に頭部へと駆け上がった。 狙うは一点。鎌首をもたげたその根元。

 ――昔、村で毒蛇を退治した時を思い出しながら、完全に直感でピッチフォークを鱗の隙間深々と貫く。

 

「いっ……けえええええ!!」

 

 その先端は、ケツァルコアトルの顕現を維持していた魔力の結節点を的確に破壊した。

 

『ギャャアアアアア――ッ!!』

 

 ケツァルコアトルは一瞬硬直して断末魔を上げると、その巨体はぐったりと地に向かって堕ち、地面に接触する頃には音もなく瘴気となって霧散した。

 

「や、やったぁ……」

 フォークを突き刺した姿勢のまま、アリシアは安堵するように一息をつく一方、彼女の無事を確認したヴァルドは、《影鎖(ノクターナル・バインド)》を解いて荒れた呼吸を整えようと努めた。

 

 ――だが、まだもうひと仕事が残っている。

 

「……てめえら、よくもやってくれたな」

 

 怨嗟に満ちた声。

 ボスはその血走った目でアリシアとヴァルドを睨みつけていた。

 

「その様子じゃすぐ動けねえだろ……すぐにぶち殺して……!」

 

 胸元のペンダントを掴み、再度瘴気を起こそうとするが――。

 何も起こらない。

 

 わずかに石部分からそれっぽい残滓が溢れるレベルである。

 ボスの顔が初めて焦りに歪んだ。

 

「な……なんで」

「……ようやく残量切れらしいな」

 

 ヴァルドがやれやれと肩をすくめる。

 

「どうやらその石の瘴気は、使い切りらしい。俺たちが倒した分は消えて戻らない。何体顕現できるか計算していなかったのが、お前の敗因だ」

「さぁ、観念してください!」

 

 アリシアは両手でフォークを掴んで再び構えると、それを見るや否や、ボスは懐からサバイバルナイフを取り出してアリシアに捨て身で突っ込んだ。

「調子に乗ってんじゃねえぞ女ぁああー!!」

 

 が。

「――舐めるなよ」

 

 アリシアはその動きを冷静に捌いて、フォークの柄をボスの鳩尾へ確かな一撃を入れた。

「その程度でどうこうできるほど、今のアリシアは弱くない」

 

 

 ◆◆◆

 

 

「はああああ……さすがに疲れましたね〜」

「……まったくだ」

 

 二人の背後には、ボスが縄で幾重にも縛られ、完全に気を失った状態で転がされている。

 例のペンダントは木っ端微塵に破壊した。

 

 いずれ自警団を連れて戻ってくるであろうリツを待ちながら、ようやく静寂が戻った原っぱで一息ついていた。

 

「……廃教会のボウル……多分まだ大丈夫だと思うんですけど、リツくんたちが来るまでに効果切れちゃったらどうしよう……」

「……適当に眠らせておけばいいだろ」

「リツくんと妹さん、大事になる前に助けてあげられてよかったですね!」

「……そうだな」

 

 あっさりとしたやり取り。

 だがヴァルドの返事には、いつもの覇気を感じられなかった。

 

「……ヴァルドさん?」

 アリシアはその違和感に気づき、少し首を傾げる。

 覗き込むように顔を見ると、ヴァルドは視線を逸らしたまま、低く息を吐いた。

 

「……悪かったな」

「え? 何がですか?」

 

 唐突な謝罪に、アリシアはきょとんと目を瞬かせる。

 

「……お前が吹っ飛ばされた時、対応が遅れた」

「ああ、あの時ですね!」

 

 返ってきたのは、思いのほか明るい声だった。

 

「大丈夫です。元々どこかであの大きい身体に飛びつけたらって考えてはいたんですけど……」

 アリシアは苦笑しながら頭をかく。

「ヘビが苦手で、なかなか決心がつかなかったので、あれで腹を括れました!」

 

「……」

 

 軽い。

 あまりにも。

 

 命を落としていてもおかしくなかった状況を、まるで段取りの一つだったかのように語る少女。

 ヴァルドはそれ以上何も言えなくなった。

 

 彼女は“許した”のではない。

 最初から、責めるという発想がなかっただけだ。

 

「あ! ヴァルドさん見てください! リツくんですよ! よかったー間に合って!」

 

 アリシアが立ち上がり、森の奥を指差す。

 細い道の向こうから、小さな影がこちらへ向かって走ってくるのが見えた。

 その後ろには、数人の大人の人影――自警団だろう。

 

「……そうだな」

 短く返しながら、ヴァルドは再び杖を握り直して立ち上がった。

 

 ――胸の内に残っていた悔恨の念に、一旦一区切りをつけて。

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