勇者をプロデュース!〜無名の田舎娘が、神さまイチ推しの勇者になるまで〜 作:朴月イチロ
「――ほんっとにごめんなさい!!」
ベルンに戻り、アリシアたちが自警団の面々に事の顛末を共有し終えた頃、リツが深々と頭を下げてきた。その背後には、状況を理解し切れていないニーナが、不思議そうな顔で兄を見上げている。
それを見たアリシアは、リツと目線を合わせるためにしゃがんで微笑む。
「大丈夫! 泥棒は良くないことだったけど、事件を未然に防げたし、ニーナちゃんも無事だったし、終わり良ければすべて良しってことで!」
「……お前はこれからどうするんだ、リツ」
ヴァルドの問いに顔をあげたリツの表情は複雑そうだった。
チンピラグループが盗んだ品々は廃教会に隠されていた。リツもある程度その窃盗には関与していたのだが、子どもという点を利用して『脅されて無理やり手伝わされた』という体で、お咎めなしにしてもらったのだ。
だが、その事実を告げられた時、リツは素直に安堵することができなかった。
助かったはずなのに、胸の奥に小さな棘が残ったまま、視線は自然と足元へと落ちていく。
「自警団の人から孤児院を紹介されてる。ニーナはそこに預けて、俺は働き口を探すよ。ニーナへの仕送り分、少しでも稼ぎたいんだ……こんな俺を雇ってくれるような、物好きがいるかどうかは、アレだけど」
力なく笑うリツに対し、ヴァルドは無言で懐から一枚の羊皮紙――紹介状のようなものを取り出して突き出す。
「お前にやる気があるなら、尋ねてみるといい」
リツは突然のことで
「……この印字、中央地区にある商業ギルドか?」
「昼間にご近所迷惑をフォローして周ってたって言っただろう。こうなるっていうのはあらかじめ読んでたからな」
ヴァルドはリツの足元を杖で軽くつく。
「この街は入り組んでいる。特に裏路地への配達や急ぎの
「それって……」
「お前のその『逃げ足』と『土地勘』、それにスリができるほどの『手先の器用さ』――使い道を変えれば、立派な武器になる。だから――」
その足は盗みじゃなくて、これからは誰かの役に立つために使え。
その言葉に、リツは目を見開いた後、くしゃりと顔を歪めて涙をこらえる。
その一方で、ヴァルドの片手が傍らにいたアリシアに握られる。
――その目と声は感嘆に満ちてキラキラしていた。
「ありがとうございますヴァルドさん!! そこまで考えてくれていたなんてすごい……! やっぱりヴァルドさんって神さまでは……!?」
「そのネタまだ引っ張るのねお前……」
本音を言ってしまえば。
アリシアの性格上、下手をするとリツのことが気になっていつまで経ってもこの街を離れられない。
という、旅が停滞しかねないルートに入るのを阻止したかっただけなのだが、ここでは黙っておくのが花だろう。
「にーちゃんありがとう……! 俺、ここでもう一度頑張ってみる」
「頑張ってねリツくん!! 私からもこれ! 餞別!」
アリシアは腰の皮ポーチを外し、それごとリツの片手に握らせる。
――昼間リツが盗んだ、アリシアの財布。
それを見たヴァルドの思考は停止した。
「――っ!? ねーちゃんでもこれ……!?」
「当面は先立つものが必要でしょう? これはリツくんへの貸し。次に会うときは、立派な運び屋さんになって返してね!」
そう言ってアリシアは、優しくリツを抱きしめた。
「……わかった、次に会った時に絶対返すから……! またいつかこの街に戻ってきてよ」
「うん。だから元気でね」
こうして、突然のスリからの追いかけっこから始めた今日のドタバタは幕を閉じた。
――ただ一点、大きな問題を残して。
◆◆◆
その夜。
リツたちと別れを告げたアリシアとヴァルドは、街を抜けた街道付近の川のほとりで野宿をしていた。
二人の間で赤々と燃える焚き火、そこには夕飯用に川で獲った川魚が数匹、串に刺さった状態で炙られている。
お互い無言の時間が続いた。
「……」
「……」
当初の予定では、あのままベルンで宿をとって翌日街を出る想定だったが、それを早めてこうして野宿している。
決して旅路を急いだわけではなく。
予想外の思い切った投資で、メインの所持金がゼロとなってしまったからである。
「……」
「……」
かろうじて残ったのは、チンピラ退治で自警団からお気持ちでもらった謝礼金のみ。
だがそれも街を出る際の物資補給でそこそこ消えた。
この先ローグアナにたどり着くまでは、それなりの節約生活が必要だろう。
「……バカ」
先に沈黙を破ったのはヴァルドだった。
「所持金を全部渡すとか何考えてるんだ、バカ」
「スミマセン……」
「いくら人助けでも限度があるだろう、バカ」
「……」
「後先考えない行動ばかりしてると、そのうち足元すくわれるぞ、バカ」
「……そこまでバカバカ言わなくてもいいじゃないですか!」
頭ごなしに否定の言葉をぶつけられ、アリシアは立ち上がって抗議する。
「……ヴァルドさんには本当に申し訳ないって思ってますけど! 私、悪いとは思ってませんから! どの道リツくん達には何より先にお金が必要だったし! 私自身は納得してますから!」
——その言葉が、引き金だった。
「人助けのために、自分の身を削るなって言ってるんだ!!」
皮肉で返されるだろうと、思った。
だが声の温度が、いつもと違っていた。
いつも何かを測りながら動く人の、一切の計算のない——剥き出しの声。
アリシアの言葉が、喉の手前で止まった。
その圧に押され、再びその場にストンと腰を下ろす。
「……ごめんなさい。心配してくれてたんですね」
アリシアは困ったように微笑む。
「村のみんなにもよく“おせっかい”って言われてました。性分なので、なかなか治らないかもしれないですけど……今度は“計画的に人助け”しますね!」
"計画的に"の意味するところは、後で確認するとして。
(……こいつは、こういう奴なんだろうな)
ヴァルドは深々とため息をついた。
この話はここらで切り上げよう。
「……まあ、どのみち道中で路銀は稼いでいく必要はあったからな。早い方がかえってちょうどいい」
「稼ぐ? どうやって?」
「お前、傭兵ギルドについてはどこまで知ってる?」
「え?」
アリシアは宙を仰いで思考を巡らせる。
村にいた頃は、力仕事の補助や魔物の除去を頼む程度——アリシアには"何でも屋"のようなイメージが強かった。
「国や領主が対処しきれない『厄介ごと』を引き受ける民間組織だ。登録に資格はいらない——腕っ節に自信があれば誰でも登録できる。国内各地に拠点があるから、旅しながら依頼も受けられる」
ヴァルドはアリシアに向かって指を一本ずつ立てていく。
「旅を続けながら路銀を稼ぐ術がある、荒事に対するお前の経験も積める、依頼をこなすことで人助けにつながる」
「いいことづくめじゃないですか!」
先ほどのしおらしい顔はどこにいったのか――。
アリシアは胸元で両手を握って目を輝かせる。
「じゃあ、次のローグアナの傭兵ギルドで、依頼を受けられるように資格登録をすればいいんですね!」
「話が早くて助かる」
やや意思誘導するような話運びで気がひけるが、嘘は言ってない。
ローグアナからその先の方針を示せたからよしとしよう。
お魚焼けましたよーと、アリシアは焚き火から一本取り、ヴァルドにそれを向けた。差し出されるままそれを手に取ろうとしたその時。
『うんうん、仲良きことは美しきかなって、こういうのを言うのかな?』
音声ではなく脳裏によぎる声。
その声に、ヴァルドは一瞬動きを止めた。
相変わらず彼ら神々はいつもどこかしら楽しそうだ。
『今日の“評価”の時間だよ』
◆◆◆
寝支度を終え、アリシアが寝袋にくるまるとすぐに深く眠ってしまった。
今日はかなり無茶な戦いが多かった。本人は平気なそぶりを見せていたが、疲労はかなり溜まっていたのだろう。
ヴァルドは焚き火の番と称し、時々薪をくべながら火の勢いを維持し続ける。もちろんそれは建前で本命は神々の相手である。
『いやー今回はハラハラしたねーまだ序盤の序盤なのに、呆気なく折れちゃうと思ったよ』
「……そうですね。今回は完全に仕込み外での出来事でしたけど、なんとかうまく立ち回ってくれてよかったです、彼女」
『ん? 彼女のことじゃないよ? そんなに脆くないでしょ。問題は――』
君の方、と神々は淡々と指摘した。
喉の奥から乾いた笑いがもれる。
――全部お見通しか。こちらの気も知らないで。
「なんのことでしょう」
『誤魔化さなくてもいいのに。まあいいや。僕らは彼女の道中が見たいんだから、君にはしっかりしてもらわなくちゃ困るんだよね』
「――言われずとも、あなた方の娯楽を満たす、最良の“結末”をお見せいたしますよ」
『うんうん、その調子、その調子ー』
退屈だったら、困るからさ。と言う言葉を最後に、神々からの接続が切れた。
――相変わらず、いちいち言動がこちらの神経を逆撫でしてくる。
しかし、昼間の件は確かに反省すべき点だ。今回のような仕込み外のイレギュラーは常に付き纏うものである。あの程度のことでいちいち動揺していては、いざという時に、本当に手遅れになる。
「……」
流石に自分達二人で魔の土地で挑むつもりはなかった。
そもそも今の状態では
神々からの事前情報を真っ当に信じるのであれば――今回の“魔王”は真正面から殴って倒せるような存在ではない。
仲間がほしい。最低でもあと二人。
アリシアにとって手本となりそうな戦士と、魔法師を。
「……次のローグアナであてを探すか」
目を伏せ、脳裏でローグアナ周辺に滞在中の傭兵のリストを展開する。
まさにピンからキリまで。実力が伴わなければ足を引っ張るだけだし、たとえ実力があっても性格に難があればパーティとしては纏まらないだろう。
一通りリストを追っていく中、ヴァルドはとある傭兵の経歴に目が留まった。
「……へえ」
面白い経歴の持ち主がいる、実力も申し分ない。
アリシアとの相性は……未知数。
ただ彼女のマイペースっぷりに丸め込むことができれば、存外なんとかなりそうな気がする。
あとはいかに向こうがこちらに興味を持つように仕向けるか、だが……。
ヴァルドはチラッと、向かい側で眠っているアリシアに視線を移して、つぶやいた。
「……次も頼むぜ、勇者さま」
次のローグアナでは、彼女には“派手に”目立ってもらおう。