勇者をプロデュース!〜無名の田舎娘が、神さまイチ推しの勇者になるまで〜 作:朴月イチロ
私の名前はアリシア・ドゥラン。
オルヴィル南方にある村、オーストで牛飼いをしながら生活していた、辺境では珍しくもない普通の女の子です。
――ちょっと前までは、そう思っていたのです。
でもそれは、村の古い祠のお掃除をしていたときに、すべて一転しました。
私の前に突然現れた、ヴァルドさん。
神さまでも、精霊さんでも、妖精さんでもなく「監視者」さんらしいのですが、私にはいまだに違いがよくわかりません。
ヴァルドさん
私の村も、危うく襲ってきた魔物に壊滅させられるところでしたが、ヴァルドさんがくれたピッチフォークと巨大化の異能(私のこれは魔法とは違うらしいです)でなんとか撃退できました。
最初は『お前には魔王を倒せる素質がある』って言われた時、訳がわかりませんでしたが。
村のみんながもっと危なくなるかもしれない。
村の外に、日常がなくなりそうな人たちがいるのかもしれない。
そう思ったら、居ても立っても居られなくなりまして。
誰かの助けを待つより、自分から動くことにしました。
神さまなヴァルドさんも一緒だから、ものすごく心強いのです。
いま私たちは、南方の辺境地の情報収集と、傭兵ギルドへの登録のためローグアナに向かっておりまして、今は道中で食料調達中です。
……私のせいで路銀が底をつきかけておりまして、ローグアナにたどり着くまで保存食を節約しなければなりません。
村にいた頃は山菜や木の実採取はよくやってましたが、旅に出てから初めて川魚を獲り始めました。ですが、そんな私でも軽々と獲れる方法があるのです。
それは、ヴァルドさんからもらったピッチフォークくんのおかげなのです!
この子のすごい所は、私の方である程度獲物の魚に狙いを定めておけば、投げればあとはこの子の方で必要な軌道を修正して、見事百発百中で魚を仕留めてくれるのです!
これなら魚獲りの才能がない私でも容易にゲットできます!
改めてあの時武器として思いついたのが、ピッチフォークでよかったなって思います。
……たまーにヴァルドさんのこのピッチフォークを見る目が、生暖かい目になっているような気もしますが不思議です。こんなに役に立っているのに。
何はともあれ成果は上々。拠点に戻る前に魚の下処理を済ませて戻ります。
野営地ではヴァルドさんが既に火起こしをし始めていて、それがいい目印になっていました。
「ヴァルドさん! 今日も火起こしありがとうございます! 今日の成果もバッチリですよー」
私が意気揚々に魚の入ったカゴを見せつける中、それを一瞥するヴァルドさんの目は死んで見えました。
「……ああ。アレが今日もお前の役に立ってくれて、力を与えた俺としては大変本望デスヨ」
「なんで最後そんなカタコトなんですか。あ、鳩! また獲ってきてくれたんですか?」
ヴァルドさんの傍らには、既に下処理が終わった野鳩が数匹。前に一度、魔法で鳩を獲る光景を見せてもらいましたが、その時は小さい雷で一瞬で撃ち落としていました。
その動きにはまったく無駄がなくて、魔法のことはよく分かりませんが、『慣れてる人の動き』だというのは、何となく伝わってきます。
野鳩はお腹に山菜と香草を詰めて焼くと美味しいんですよねー。
「この分ならなんとかローグアナに着くまで物資は持ちそうだな」
「本当ですか!? よかったぁ。ひとまず安心できますね」
「本音を言えば、道中で荷車でも拾えてたら、もう少し早くローグアナまで行けたんだがな」
「うう……またそうやって隙あればチクチクと」
……どうも先日の件から、ヴァルドさんの言葉の節々にトゲを感じる気がします。もっとも、すべては私が悪いのですから反論はしません。それでも、一時期少し元気がないように見えていたことを思えば、この人本来の調子が戻ってきているようにも見えます。
ヴァルドさんは不思議な人です。
いまだにこの人について、私は何も知りません。
戦闘では魔法で私のことをフォローしてくれるし、地図もないのに町から街への道は絶対に迷わないし、私の知らないことをいっぱい知っていて、一緒にいてくれて本当に頼りになります。
だからこそ、不安と疑問が募ります。
どうしてこの人は私に声をかけてきたんだろう。
魔物退治どころか、こんなに強い人だったら魔王討伐だって一人でできそうなのに。
私だって力仕事は得意ですし、怪我にも割と強い方だとは思いますけど、それは辺境では珍しくもない話です。
魔王を倒すだなんて、本来であればそんな大層なこと、ただの田舎娘の私に務まるわけないんです。
「…………」
気づけば、ぼんやりと魚のお腹を見つめたまま、しばらく動けなくなっていました。
「……どうした?」
不意にかけられた声に、少し肩が跳ねます。
「えっ? あ、いえ! 別に、なんでもないです!」
慌てて包丁を動かそうとしましたが、どうやら誤魔化しきれなかったようです。
ヴァルドさんは焚き火の前からこちらを見て、ふう、と小さく息をつきました。
「お前、ほんと顔に出るタイプだな」
「そんなことないですよ!」
「ある」
即答。こうなってしまっては、この人相手にごまかしは効きません。
観念して私は包丁を置き、少しだけ視線を落とします。
「……ちょっと、自信無くしちゃって」
「ほう」
「選ばれたの私でよかったのかな、なんで私なんだろう、って。迷惑ばかりかけてるし」
言葉にしてしまうと、思っていたより情けなく聞こえて、少し恥ずかしくなりました。
ヴァルドさんはすぐに答えませんでした。
焚き火に薪を一本くべて、ぱち、と火の弾ける音がしてから、ようやく口を開きました。
「理由はいくつかあるが」
「ありますが?」
「一番大きいのは――お前が『選択できる人間』だからだ」
予想外のお言葉をいただきました。
「村が襲われたときも、リツの件のときも。お前は自分の意志で最良のために動いた」
「それは……当たり前じゃないですか」
「当たり前じゃない」
静かな口調でしたが、妙に断言的でした。
「力があるかどうかより、そっちの方が重要な場面は多い。窮地の際に選択できる人間は思ったより限られるからな」
「…………」
「常に最善の選択肢を選べとは言わない、時に間違うのが人間の特権だろう? 意見はさせてもらうかもしれないが、迷惑とか考えなくてもいい」
それだけ言って、ヴァルドさんはもうそれ以上説明する気はないようで、再び火の様子に目を向けてしまいました。
「……それに」
「それに?」
「こちら側から選んだ以上、途中で放り出すつもりもない」
さらっとした言い方でした。
なのに、胸の奥に、すとんと落ちるものがあります。
「……ありがとうございます」
「礼を言われるほどのことじゃない」
なんだか、さっきまでの不安が少しだけ、薄くなった気がします。
相変わらずそっけないですが、トゲは感じません。
「よし! 気を取り直して、ささっとさばいて食べちゃいましょうね!」
「調子に乗って苦玉潰さないでくれな」
細かい理由とかはまだ、全部は分かりません。
でも――少なくとも、この人は私を『間違い』だとは思っていない。
今はそれだけで、十分です。