勇者をプロデュース!〜無名の田舎娘が、神さまイチ推しの勇者になるまで〜 作:朴月イチロ
傭兵ギルド、ローグアナ支部。
中に入ると、外の喧騒が少し遠くに感じられた。
もっと人で溢れ返っているものだと思っていたが、内部は意外なほど落ち着いている。
壁際に掲げられた依頼掲示板には、すでに紙の剥がされた跡が目立ち、目ぼしい依頼はこの時間帯ですでに持ち出された後なのだろう。
正面には、横一列に並んだ複数の受付窓口。
簡素だが頑丈そうな木製のカウンターの向こうで、職員たちが淡々と書類を捌いている。
その手前、広いフロアの一角にはいくつものテーブルが並べられていた。
腰を下ろして談笑する者、軽く杯を傾けながら依頼の話をしている者。
一方で、身を寄せ合い低い声で情報をやり取りする者もいて、同じ空間にいながら漂う空気はそれぞれ異なる。
一見、酒場のようでいて、どこか張り詰めてもいる。
フロアに足を踏み入れると、あちこちから空気が動いたような気配がした。
談笑していた声が一瞬途切れ、テーブルに向いていた視線が、いくつかこちらに流れてくる。
値踏みするでもなく、露骨な好奇心でもない。
ただ、「見慣れないものを見つけた」という、ごく短い確認のような視線だった。
が、その視線もすぐに元に戻り、フロアは何事もなかったかのようにざわめきを取り戻す。
気圧されるな、と言われ前向きに反応はしたものの、アリシアは自分の場違い感に若干の居心地の悪さを感じずにはいられなかった。
空いている受付窓口まで進むヴァルドに対し、ただくっついていくことしかできない。
「――傭兵登録を頼みたいんだが」
ヴァルドの声かけに、受付嬢は報告書をめくる手を止め、顔を上げると、慣れた手つきで手元の仕切り棚から関連書類を取り出す。
「はい。魔法師の方ですねー? こちらの規定書に目を通していただいて――」
「あ、いや違う違う。登録するのはこっち」
ヴァルドが親指で隣を指した。
受付嬢の視線が、すっとその隣の少女に移る。
セミロングの銀灰の髪、健康的な肌、緊張が宿る翡翠の瞳。
上から下まで目だけで追いながら、受付嬢は率直な感想を抱いた。
――どう見ても、“戦う人間”には見えない。
「……マジで言ってます?」
「こっちはいたってマジですよ?」
「……えぇと。差し支えなければ、直近の戦闘経験などをー」
「ワイルドボア一匹、魔蟷螂一匹、スライムと大ネズミを複数」
「マジで言ってます?」
「マジですよ? なぁ、アリシア」
アレ、と言いつつ、ヴァルドは彼女の背中のバックパックを指差した。
その意図を察して、アリシアはハッとする。
「は、はいっ! これが大ネズミの毛皮、スライムの構成核です。ここだと狭くて出せないんですけど、あとは魔蟷螂の鎌と、ワイルドボアの牙が出せます!」
アリシアは得意げにバックパックから“戦利品”を取り出す。
――どれも本物の魔物素材だ。
それを見て受付嬢は一瞬だけ言葉を失い、一呼吸を置いてから小さく、指先を丸めて口元を隠すように咳を落とした。
「……大変失礼いたしましたー。それでは改めて規定書に目を通していただいて――」
切り替えが早い、さすがプロ。
「登録後にこれらの素材の買取も頼みたいんだが」
「はい、別の窓口にてご案内させていただきます。」
何事もなかったかのように手続きが進む中、再び周囲の傭兵たちの視線が、再びこちらに集まるのを感じる。
「え、あの子が登録すんの?」
「どういう組み合わせなんだあの二人……傍らの男は魔法師かね」
「……冗談だろ?」
抑えた声、短い失笑。
露骨に向けられることはないが、好奇と困惑が入り混じった空気が確かに漂っていた。
――まあ、見た目でしか判断できないのだから無理もない。
アリシアは受付嬢に促されるまま、差し出された羊皮紙の登録書に必要事項を書き込んでいく。
記入項目ごと目を通して不備がないことを確認すると、受付嬢は書類の回収と引き換えに、青銅のチャームを一つアリシアに手渡した。
「はい、登録書類を受領いたしました。これから登録証を発行いたしますので、申し訳ありませんが三十分ほどお時間をいただきますので、時間になりましたらそのチャームを再び受付にてご提示ください」
「はい! ありがとうございます!」
アリシアはチャームを握りしめて礼儀正しく一礼すると、受付嬢の顔が少し綻んでいるように見えた。
荒くれ者の多い対応の中で、一抹の癒しになっただろうか。
「どうしましょうか。少し時間がかかるみたいですけど」
「素材を売って資金を作らないと、宿にも泊まれない。外で少し時間をつぶすか。」
はい! とアリシアが返事をして、ヴァルドの隣に並ぼうとした瞬間――。
ドンッ。
すれ違い様、彼女の肩にぶつかる衝撃が走った。
「あ、すみませ――」
「――おい」
低く、粘つくような声が頭上から投げつけられた。
声を追うように顔を上げると、そこにはこちらを蔑むように笑う中年の傭兵の顔があった。
「どこ見て歩いてるんだ? ここはお前みたいな小娘が来るようなところじゃねえぜ」
そう言いながら男はアリシアの手を荒っぽく掴んだ。
「――痛っ!? なにする――」
「目障りなんだよなぁ……てめえみたいな死線を通る覚悟もないような能天気な奴が、こんな所うろつかれるとよぉ……下等の魔物倒したくらいでいい気になってるんじゃねえぞ」
男は掴んだ上を強引に引っ張ってアリシアを床に引き倒そうとする。
(わかりやすい新人いびりだな――)
ヴァルドが踏み出そうとした、その判断より早く。
「……乱暴は良くないと思いますっ!」
掴まれた腕を外そうとして、アリシアは反射的に一歩下がった。
その拍子に、男の重心が崩れる。
――どすんっ。
バランスを崩した男はそのまま木の床に薙ぎ倒され、床板が軋む音を立てた。
「……え?」
倒れた男と、自分の手を交互に見て、アリシアは戸惑ったように瞬きをする。
「ご、ごめんなさい! そこまで強く引っ張ったつもりじゃなかったんですけど……」
周囲の傭兵たちは呆気に取られ、誰一人としてフォローに入ろうとしない。
――ヴァルドには見える。彼女が無意識に操作する魔力の流れが。
彼女、自分の力に加えて筋力を魔力で瞬間的に強化して、それを体術に応用してる。
“アレ”を使っている片鱗がもう見え始めてる。
(……思っていたより早いな)
男は今自分に起こった状況を遅れて脳で理解すると、そこへ沸々と無様に恥をかかされた怒りと激情が追いついてきた。
「……っこのガキ!!」
「――ちょっと、邪魔ですよ?」
そこに割り込むように、一人の若い長身の男の声が、静かにその場を制した。
誠実さを感じる声色とは裏腹に。
その場にいた傭兵たちの息を飲む音が聞こえる。
肌が一瞬で泡立つような――プレッシャー。
その男はフロアに入ってきたばかりのようで、目の前に突っ伏している中年の男性がただ、通行に邪魔というような雰囲気だった。
右手にはその体躯よりさらに長い槍、左手には重量を感じる麻袋を肩に担いで支えており、赤みを帯びて跳ね上がった黒髪に、一房だけ三つ編みにした束が胸元まで垂れていた。
黒のノースリーブから剥き出しになった肩幅は広く、一目でわかる戦士の体格をしている。
「――スレイ、あなたは相変わらずこんなことやっているんですね……ちょっかい出して、返り討ちされるとか、ざまぁないです。通行の邪魔なのでどいてください」
スレイと呼ばれた男は忌々しくその長身の男を見上げる。
「……来ていやがったのか《
「そりゃあ僕もギルドの傭兵ですから、用があれば来ますよ」
その表情と目には穏やかそうな笑顔が滲み出ているのに、放つプレッシャーが親近感というより畏怖を感じさせる。
視線を足元からアリシアたちに向けた長身の男は、その紫紺の瞳を細めて、ただこちらに微笑みかけてくるだけだった。