勇者をプロデュース!〜無名の田舎娘が、神さまイチ推しの勇者になるまで〜 作:朴月イチロ
「お待たせしましたー」
と、アリシアが受付嬢から差し出されたものは、一本の細い革紐に通された、小さな乳白色の魔石だった。
指先くらいの大きさ。ぱっと見、なんの変哲もないただの石に見える。
「こちらが五級の会員証です。この魔石に、アリシアさんの基本情報と、ギルド依頼の結果が記録されます。どの支部でも、これを見せれば実績が分かる仕組みになっているというわけですー」
受付嬢の説明に感嘆するばかりのアリシアは、魔石を光にかざしながらまじまじと見つめていた。
「依頼をこなしていくと、達成数や難易度に応じてランクが上がっていきます。最高位は一級ですね。依頼ごとに受けられる階級は決まっていて、基本的にはご自身の階級より上の依頼は、ソロでは受けられません。ただし、上の階級の方とパーティーを組んで、合同で受注する形なら大丈夫ですよー」
「なるほど、今の私じゃ五級向けの依頼しか受けられないってことですね……あれ? そういえばヴァルドさんは、ギルド登録しなくて大丈夫なんですか?」
「俺か? 必要ない。もう済ませてるからな」
ヴァルドはそう言いながら、ローブに隠れていた首元をたぐり、普段は見せないままの魔石のペンダントを外に引き出した。
同じ革紐に通されたそれは、アリシアのものとは異なり、深い深紅の色を帯びている。
それを見た受付嬢は声を潜めながらも目を見張った。
無闇にはしゃがない、さすがプロ。
「うわあ、ヴァルドさん二級だったんですかー? 魔法師ってだけでも珍しいのに……その上二級クラスの魔法師の方は久しぶりにお会いしましたよ。え、依頼履歴見させていただいても?」
「思いっきり私欲混ざってるじゃないですか、ダメですよ」
「え。に……二級!?」
二人が談笑する傍ら、アリシアはさすがに無視できない矛盾に固まっていた。
頭の中で何度か整合性を取ろうと整理するが、辻褄が合わない。
それに気づかず受付嬢は「ですよねー」と軽く受け流し、そのまま案内を進める。
「依頼を達成したら、その証明になるものを持ってギルドに来てください。依頼主のサインや、討伐依頼なら魔物の素材などですね。受注した支部とは別の支部に申告していただいても大丈夫です。内容を確認でき次第、こちらで報酬をお支払いしますねー」
他ご質問は? という問いかけに対し、半ば上の空だったアリシアは首を横に振ると、それでは引き続き素材の鑑定作業に入りますね、とテキパキと手続きをこなす。
提出した各魔物素材の鑑定中、アリシアはヴァルドのローブをクイっと引っ張って小声で呟いた。
「……いつからギルド登録してたんですか。さっきのお姉さんの話だと、ランクを上げるには依頼数をこなす必要あるって。それって、一日二日で取れるものじゃないですよね??」
「まあ、細かいことは気にするな。
実際、ヴァルドにとってそれは嘘偽りのない本心である。
この深紅の魔石を得るために、彼がこの世界の住人のような死線をくぐった過去は存在しない。
『アリシアが魔王を倒す』ために必要な“設定”を、自身の“存在”に
ただそれだけの、極めて事務的な作業の結果だ。
「全然細かくないと思うんですけど……」
納得のいかない様子でアリシアは頬を膨らませたが、ヴァルドの表情にこれ以上の追及を許さない“壁”を感じ取り、それ以上は深く追求しなかった。
アリシア目線から、ヴァルドの謎がまたひとつ追加された瞬間だった。
◆◆◆
「――はい、では今回の精算ですね……銀貨十二枚、それから銅貨が八枚になります」
受付嬢から渡された革袋を受け取った際、しっかりとした重みを感じた。
試しに振ると、ちゃり、と心地よい音が鳴る。
この街で一週間は、まともに宿を取って過ごせるくらいの路銀だろう。
アリシアは両手で革袋を抱えながらしみじみとつぶやく。
「はぁ……懐が暖かくなると、こんなに安心するものなんですねえ」
「身に染みてくれたようで何より」
「ようやく柔らかいお布団で寝られますねえ……今日の晩ごはん、ちょっと奮発してもいいですか?」
「好きにしろ、お前が倒してきた魔物から得た成果だ」
心底ほっとしたように肩の力を抜き、アリシアはへにゃりと笑った。
ベルンからここまで、彼女が時折ふっと黙り込むことがあったのを、ヴァルドは覚えている。
今はその影もなく、銀貨を数えながら浮かべる素直な笑顔に、彼は気づかれないよう小さく息を吐いた。
路銀を手にしたばかりの彼女を狙う視線がないか、ヴァルドは無意識に周囲を見回す。
だが、この人目の多さだ。
白昼堂々と盗難沙汰を起こすほど、愚かな真似をする者はいないだろう。
アリシアは銀貨の皮袋をポーチにしまうと、受付台へやや前のめりになりながら受付嬢に問いかけた。
「お姉さん! この近くで一番、こう……脂がしたたって、明らかに不健康で美味しいお肉が食べられるお店はありますか!?」
受付嬢はアリシアの勢いに一瞬たじろぎながらもクスクスと微笑んだ。
「エルシェですよーこれからよろしくお願いしますね、アリシアさん。そういう系だったら血煙亭がおすすめですかねー。地図ご用意しましょうか?」
お願いしますーと、アリシアと受付嬢ことエルシェの注意が互いに向いている中。
ヴァルドはある運命に干渉せんと密かに指を鳴らした。
◆◆◆
傭兵ギルドを後にし、エルシェから渡された手書きの地図を頼りに進むと、通りの空気が少しずつ変わっていくのがわかった。
石造りの建物が肩を寄せ合う路地には、看板代わりの木札や鉄板が無造作に吊るされ、そこかしこから香ばしい煙と脂の匂いが流れ出している。
やがて辺りの建物に飲食店――というより、酒場が目立つようになってきた。
夕食にしてはまだやや日が明るいが、本日ひと仕事を終えた傭兵たちは早くも杯を傾け、店先や開け放たれた扉の内側から、荒い笑い声や賑やかな怒号が通りまで溢れている。
通りを歩くだけでお腹が鳴りそうな匂いの奔流に、アリシアは地図と周りを交互に比較しながら胸を躍らせていた。
「ベルンでは私のせいで、ご飯堪能し損ねちゃいましたもんね〜。あ〜楽しみだな〜」
「調子に乗って食べ過ぎて、明日動けなくなるとかないだろうな」
「大袈裟ですね〜食べたらその分動けばいいんですよ〜」
地図の示す印は、そんな喧騒の奥――
その上には、血の飛沫を思わせるような筆致で描かれた店名、『血煙亭』の文字が、所々年期で掠れながらも主張してくる。
扉の隙間からは、焼けた肉の脂が弾く音と、野太い笑い声が断続的に漏れ出していた。
「……なるほど。いかにも血煙亭の名前にふさわしい佇まいですね! この荒々しさは期待できます!」
「お前の判断基準はよくわからんな」
ヴァルドは軽くツッコミながらも扉を押し開ける。
中は想像以上に広かった。
中央にいくつもの長テーブルが並び、その周囲を囲むように腰を下ろした傭兵たちが、皿と杯を前に好き勝手に騒いでいる。
どこも空きはなく、店内は人と熱気と煙でぎっしりだ。
焼き台の向こうでは、店員が無言で肉をひっくり返し、空になった皿を次々と回収していく。
流れ作業のような手際の良さから、この混雑が日常であることが伺えた。
「二人か?」
入口近くで声をかけてきたのは、腕まくりした男性店員だった。
「今は満席だ。相席でもいいなら入れるが」
「構わない」
「は、はいっ」
即答するヴァルドの横で、アリシアも慌てて頷く。
「じゃあ、奥の小卓だ。ちょうどいい、
「アレ?」
アリシアは一瞬首を傾げるも、店員に指差しで指定された奥の小卓にヴァルドと向かう。
店内の密集度に反して、四人掛けの小卓に男が一人。はたから見るとそのスペースを独占しているように見えた。
「すみませーん、相席失礼しますねー」
アリシアの声に、男は料理に落としていた視線を上げ、ゆっくりとこちらに顔を向けた。
「どうぞー、構いませんよ」
その男の顔には見覚えがあった。
「あ」
「あ」
アリシアと男は互いの顔を認識した瞬間、思わず声が漏れた。
――傭兵ギルド支部で出会った、あの長身の男だった。