勇者をプロデュース!〜無名の田舎娘が、神さまイチ推しの勇者になるまで〜   作:朴月イチロ

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3-5:立ち止まらないワケ

「ギルドではありがとうございました! よかったです、お礼を言いそびれていたので。あ。私、アリシアって言います! こっちは魔法師のヴァルドさん」

「ご丁寧にどうも、僕はレグナスと申します」

 

 アリシアが小卓の向かい側に座る男にぺこりと頭を下げると、レグナスは頬杖をつきながら手元のエールを一口飲み、穏やかに笑みを返した。

 近くで見ると、笑顔に似合わず目だけが鋭い。

 

「ローグアナは初めてですか?」

 

「はい! 今日着いたばかりで、全然勝手がわからなくて……」

 

「強面でガラの悪い連中が多いですからね、この街は……あなたのような若い女性が、傭兵稼業とは珍しい。もしよろしければ、ワケをお伺いしても?」

 

「ちょっと私たち、北の方に用がありまして、旅を続けるための路銀が欲しいのと、魔物で困っている人たちの人助けができれば、と思ってまして……」

 

 そんなやり取りをしている間に、店員がドンと大きな皿を二つ、テーブルに置いた。皿の上には、店名に違わぬ赤黒いソースがたっぷりとかかった、ゴロゴロと分厚く切り分けられた猪肉が乗っている。焦げた脂の爆発的な香りと、鼻を突く暴力的なスパイスの匂いが、アリシアの理性を一瞬で消し飛ばした。

 

「わ、わあああ……! お肉です、久しぶりのガッツリとしたお肉ですよヴァルドさん!」

「わかったわかった、存分に味わえ」

 

 アリシアはフォークを握りしめ、神妙な面持ちで猪肉の塊を一つ、大口を開けて放り込んだ。噛み締めた瞬間、濃厚な脂の甘みが口いっぱいに広がり、アリシアの翡翠の瞳がとろけるように細まる。

 

「ふ、ふぁ……おいひいでふ……! 生きててよかったですぅ……!」 

「ヨカッタナ」

「はは、いい食べっぷりですねえ」

 

 感情豊かにコロコロ変わるアリシアの様子を、レグナスは心底愉快そうに眺めて笑った。

 

 こうなってはしばらく、肉の旨味にとらわれてまともな会話は成り立たないだろう。

 レグナスの関心は一度ヴァルドの方に移る。

 

「北の方では魔物の被害が増えつつあるみたいですからね。魔物討伐を生業(なりわい)としている傭兵はまさしく稼ぎ時でしょう。あなた達もそれが狙いで北に?」

 

「そうだな。さらに言えば俺たちはもっと大元……魔物の数が増えた根源から叩くために、魔の土地まで向かうつもりでいる」

 

「魔物の数が増えた根源……」

 

 レグナスは繰り返すように呟き目を細める。

 

「魔の土地の瘴気が活性化しているせい、とか自然災害の類いと思っていたんですが……この事態の根源があると?」

 

「あそこに生まれた、魔物の中でもさらに強い個体……俺たちは“魔王”って呼んでるが、これの影響で、より凶暴な魔物が数多く生まれるようになったらしい」

 

「それを叩けばいいというのであれば、話が早くて助かりますね。場合によっては王室から直接、王命が出るような話です。もっとも、そのような話は寡聞にして聞きませんが……“魔王”なんて存在自体初耳ですよ。その話、出所はどこから?」

 

「それは言えない、俺も命が惜しいんでね」

 

 さすがに「箱庭世界の当事者の神々からの話だ」などと正直に言えるわけもなく、ヴァルドは言葉を選んで曖昧に濁した。

 

 レグナスからすれば、得体の知れない魔法師が、隣では威厳ゼロの少女が肉を無心で肉を頬張っている――そんな光景だ。

 これを真に受けろという方が、無理な話だろう。

 

 だが、彼は相変わらず柔らかな笑みを崩さない。

 ただ一切れの肉を口に運び、ゆっくりと噛み締める。

 その視線は宙を彷徨い、話を否定するでも、深く踏み込むでもなかった。

 

「……真偽はさておき興味深い話です。北方は好き勝手してると睨まれやすいんで迷ってたんですが、あっちに戻るのもありですね」

「レグナスさんは北方にお住まいなんですか?」

 

 それまで聞くに徹していた(はずの)アリシアが口を開いた。気がつけば彼女の皿の上にあった肉の塊が綺麗になくなっている。

 ……それなりのボリュームがあったはずなのだが。

 

「故郷は北方なんですが、ここ数年は南方(こっち)を中心に各地をまわってます。今は決まった居住地とかはないですね」

 

「数年! すごいですね! その間ずっと傭兵ギルドのお仕事をされてるんですか?」

 

「――ええ。その過程で死にかけたことも少なくありません、数えきれないほどに」

 

 レグナスはそれが至極当たり前のようにさらっと言ってのけると、杯のエールの残りを飲み干した。

 

 あまりにもさらりと言われたせいで、アリシアは思わず言葉を失った。

 

「……え?」

 

 彼の顔はあくまでも微笑んだままだ。

 だが、その笑顔はどこか――無機質なものに見える。

 

「悪いことは言わない、家に帰りなさい、アリシアさん。あなたが思っている以上に過酷なお仕事ですよ。お金が必要であれば、他に選択肢があるじゃないですか。魔物討伐であれば、あなたがやる必要性はない、階級の高い傭兵のベテランに任せなさい」

 

「……」

 

 アリシアは一瞬だけ言葉に詰まった。

 それでも視線は逸らさず、レグナスを見つめ返す。

 

「ましてや魔の土地……あそこはあなたみたいな、真っ当な人が行くような所じゃない――死に行くようなものですよ」

 

「……そうですね。レグナスさんの言う通りだと思います」

 

 彼女はゆっくりと息を吐いた。

 迷いを吐き出し、決意だけを残すように。

 

「でもすみません。それだけの理由で、諦められないんです」

 

 背筋を伸ばし、はっきりと告げる。

 

「北方では魔物の被害が増えているんですよね? 私のできることは限られてるかもしれません。でも、日常が脅かされている人の運命が少しでも変わるのなら――私は、待つより動きたいんです」

 

「……忠告はしましたからね」

 

 それ以上言葉を重ねることなく、レグナスは席を立った。

 背もたれに掛けていた上着を羽織るその動きに躊躇はない。

 

 再びアリシアを見るその顔には、変わらぬ笑顔が浮かんでいた。

 

「それでは、僕はこれで失礼しますね。お二人とも良い旅を」

 

 軽く会釈をして、レグナスはその場を後にする。

 入り口近くで店主に代金を支払うと、振り返ることなく外へ出ていった。

 

 アリシアはその様子を最後まで目で追い、無意識に指先をもじもじと動かした。

 

「偉そうなこと言っちゃいましたね、私」

「気にするな」

 

 ヴァルドはそう言って、何事もなかったかのように肉を噛みちぎる。

 

「お前はただ自分の信念を言っただけだ。咎められる筋合いはない」

「……そう、ですかね」

 

 この人は、たぶん慰めているつもりなんてないのだろう。

 それでも、アリシアの胸に生まれたざらつきは、いつの間にか薄れていた。

 

「……ヴァルドさん、一つご相談が」

「なんだ?」

 

 妙に改まった言い方に、ヴァルドは嫌な予感を覚えた。

 

「もう一皿頼んでもいいですか? あとエールも……」

「マジかい……」

 

 ――結局その後、アリシアは猪肉の盛り皿を五皿、文字通り平らげた。

 

 本人(いわ)く「まだいけます!」とのことだったが、いろんな意味で限界を察したヴァルドが強制的に会計に向かったことで、彼女の大食い無双はようやく幕を下ろしたのである。

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