勇者をプロデュース!〜無名の田舎娘が、神さまイチ推しの勇者になるまで〜 作:朴月イチロ
「ギルドではありがとうございました! よかったです、お礼を言いそびれていたので。あ。私、アリシアって言います! こっちは魔法師のヴァルドさん」
「ご丁寧にどうも、僕はレグナスと申します」
アリシアが小卓の向かい側に座る男にぺこりと頭を下げると、レグナスは頬杖をつきながら手元のエールを一口飲み、穏やかに笑みを返した。
近くで見ると、笑顔に似合わず目だけが鋭い。
「ローグアナは初めてですか?」
「はい! 今日着いたばかりで、全然勝手がわからなくて……」
「強面でガラの悪い連中が多いですからね、この街は……あなたのような若い女性が、傭兵稼業とは珍しい。もしよろしければ、ワケをお伺いしても?」
「ちょっと私たち、北の方に用がありまして、旅を続けるための路銀が欲しいのと、魔物で困っている人たちの人助けができれば、と思ってまして……」
そんなやり取りをしている間に、店員がドンと大きな皿を二つ、テーブルに置いた。皿の上には、店名に違わぬ赤黒いソースがたっぷりとかかった、ゴロゴロと分厚く切り分けられた猪肉が乗っている。焦げた脂の爆発的な香りと、鼻を突く暴力的なスパイスの匂いが、アリシアの理性を一瞬で消し飛ばした。
「わ、わあああ……! お肉です、久しぶりのガッツリとしたお肉ですよヴァルドさん!」
「わかったわかった、存分に味わえ」
アリシアはフォークを握りしめ、神妙な面持ちで猪肉の塊を一つ、大口を開けて放り込んだ。噛み締めた瞬間、濃厚な脂の甘みが口いっぱいに広がり、アリシアの翡翠の瞳がとろけるように細まる。
「ふ、ふぁ……おいひいでふ……! 生きててよかったですぅ……!」
「ヨカッタナ」
「はは、いい食べっぷりですねえ」
感情豊かにコロコロ変わるアリシアの様子を、レグナスは心底愉快そうに眺めて笑った。
こうなってはしばらく、肉の旨味にとらわれてまともな会話は成り立たないだろう。
レグナスの関心は一度ヴァルドの方に移る。
「北の方では魔物の被害が増えつつあるみたいですからね。魔物討伐を
「そうだな。さらに言えば俺たちはもっと大元……魔物の数が増えた根源から叩くために、魔の土地まで向かうつもりでいる」
「魔物の数が増えた根源……」
レグナスは繰り返すように呟き目を細める。
「魔の土地の瘴気が活性化しているせい、とか自然災害の類いと思っていたんですが……この事態の根源があると?」
「あそこに生まれた、魔物の中でもさらに強い個体……俺たちは“魔王”って呼んでるが、これの影響で、より凶暴な魔物が数多く生まれるようになったらしい」
「それを叩けばいいというのであれば、話が早くて助かりますね。場合によっては王室から直接、王命が出るような話です。もっとも、そのような話は寡聞にして聞きませんが……“魔王”なんて存在自体初耳ですよ。その話、出所はどこから?」
「それは言えない、俺も命が惜しいんでね」
さすがに「箱庭世界の当事者の神々からの話だ」などと正直に言えるわけもなく、ヴァルドは言葉を選んで曖昧に濁した。
レグナスからすれば、得体の知れない魔法師が、隣では威厳ゼロの少女が肉を無心で肉を頬張っている――そんな光景だ。
これを真に受けろという方が、無理な話だろう。
だが、彼は相変わらず柔らかな笑みを崩さない。
ただ一切れの肉を口に運び、ゆっくりと噛み締める。
その視線は宙を彷徨い、話を否定するでも、深く踏み込むでもなかった。
「……真偽はさておき興味深い話です。北方は好き勝手してると睨まれやすいんで迷ってたんですが、あっちに戻るのもありですね」
「レグナスさんは北方にお住まいなんですか?」
それまで聞くに徹していた(はずの)アリシアが口を開いた。気がつけば彼女の皿の上にあった肉の塊が綺麗になくなっている。
……それなりのボリュームがあったはずなのだが。
「故郷は北方なんですが、ここ数年は
「数年! すごいですね! その間ずっと傭兵ギルドのお仕事をされてるんですか?」
「――ええ。その過程で死にかけたことも少なくありません、数えきれないほどに」
レグナスはそれが至極当たり前のようにさらっと言ってのけると、杯のエールの残りを飲み干した。
あまりにもさらりと言われたせいで、アリシアは思わず言葉を失った。
「……え?」
彼の顔はあくまでも微笑んだままだ。
だが、その笑顔はどこか――無機質なものに見える。
「悪いことは言わない、家に帰りなさい、アリシアさん。あなたが思っている以上に過酷なお仕事ですよ。お金が必要であれば、他に選択肢があるじゃないですか。魔物討伐であれば、あなたがやる必要性はない、階級の高い傭兵のベテランに任せなさい」
「……」
アリシアは一瞬だけ言葉に詰まった。
それでも視線は逸らさず、レグナスを見つめ返す。
「ましてや魔の土地……あそこはあなたみたいな、真っ当な人が行くような所じゃない――死に行くようなものですよ」
「……そうですね。レグナスさんの言う通りだと思います」
彼女はゆっくりと息を吐いた。
迷いを吐き出し、決意だけを残すように。
「でもすみません。それだけの理由で、諦められないんです」
背筋を伸ばし、はっきりと告げる。
「北方では魔物の被害が増えているんですよね? 私のできることは限られてるかもしれません。でも、日常が脅かされている人の運命が少しでも変わるのなら――私は、待つより動きたいんです」
「……忠告はしましたからね」
それ以上言葉を重ねることなく、レグナスは席を立った。
背もたれに掛けていた上着を羽織るその動きに躊躇はない。
再びアリシアを見るその顔には、変わらぬ笑顔が浮かんでいた。
「それでは、僕はこれで失礼しますね。お二人とも良い旅を」
軽く会釈をして、レグナスはその場を後にする。
入り口近くで店主に代金を支払うと、振り返ることなく外へ出ていった。
アリシアはその様子を最後まで目で追い、無意識に指先をもじもじと動かした。
「偉そうなこと言っちゃいましたね、私」
「気にするな」
ヴァルドはそう言って、何事もなかったかのように肉を噛みちぎる。
「お前はただ自分の信念を言っただけだ。咎められる筋合いはない」
「……そう、ですかね」
この人は、たぶん慰めているつもりなんてないのだろう。
それでも、アリシアの胸に生まれたざらつきは、いつの間にか薄れていた。
「……ヴァルドさん、一つご相談が」
「なんだ?」
妙に改まった言い方に、ヴァルドは嫌な予感を覚えた。
「もう一皿頼んでもいいですか? あとエールも……」
「マジかい……」
――結局その後、アリシアは猪肉の盛り皿を五皿、文字通り平らげた。
本人