勇者をプロデュース!〜無名の田舎娘が、神さまイチ推しの勇者になるまで〜 作:朴月イチロ
あの後店で耳にしたのは、レグナスの悪評というより、筋の通った評判だった。
血煙亭の扉をくぐった瞬間、焼けた肉と酒の匂いに満ちていた熱気が背後で断ち切られる。
夜気は思ったよりもひんやりとしていて、火照った頬を撫でるように冷たかった。
「レグナスさんて、超有名人だったんですねー」
店を後にし、今晩の宿に向かう道中で、アリシアは店内にいた傭兵達のレグナスに対する評価を思い返していた。
「聞く限りじゃ、賞賛というよりはほとんど畏怖って感じだったが」
「そんな感じには見えなかったんですけどねー」
「それくらい俺達は、あいつの上澄み部分しか見てないってことだろ」
やっぱりそうなんだろうか、とアリシアはやや眉をひそめる。
あの穏やかな笑顔と、語られていた血なまぐさい逸話。どうにも同じ人物として結びつかない。
胸の奥に、小さな引っかかりが残ったままだった。
◆◆◆
時間は少し遡って血煙亭にて。
レグナスが去った後、肉の皿盛りおかわりを待ち侘びていると、酒で上機嫌なのか、周りにいた傭兵が何人か話しかけてきた。
「あんたら、《
「アレが他人と飯食ってるの、久しぶりに見たぜ」
《
そういえば昼間転ばせてしまった傭兵の男も、レグナスをそう呼んでいた気がする。
「あのー、セキテンってなんですか? レグナスさんのことですよね?」
「え? ソレを知らないでアレと話してたのか?」
傭兵の一人が、思わず目を見開いた。
次いで、周囲の視線が一斉にこちらへ集まる。
「それどころか、まともに話したのはついさっきが初めてだ」
ヴァルドの言葉に、はー、と傭兵達の間から感心した息が漏れた。
「普段は貂みたいに害のなさそうな顔してるくせに、討伐相手には一切容赦がない。全部終わる頃には返り血で血まみれ……っつー所から、俺たちの方でいつの間にか《
「へえー、そんな異名がつけられるほど、レグナスさんってものすごく強いんですね!」
アリシアは傭兵達にキラキラした目を向けると、そのリアクションに彼らは少し言い淀む。
「いやー、確かにあいつは強い。伊達にギルドの二級クラスの資格を持ってねえ……だがなぁ」
「なんだ、随分歯切れが悪いな」
ヴァルドはなんとなく、彼らが言わんとしていることを察していたが、あえて問いかける。
彼らのレグナスに対する評価を、強いてまとめるなら。
「怖い」「関わりたくない」――それに尽きた。
◆◆◆
アリシアまとめ。
『傭兵さんから聞きました、レグナスさんにまつわるすごいエピソード』は以下の通りである。
・複数人の傭兵で挑んだオーク数十人の群れを、ほぼ一人で壊滅させた。
・とある大規模討伐で一人殿を務め、一本道に「魔物の死体でできた壁」を築いて生還した。
・猛毒の霧が漂う森に三日間潜り続け、平然と魔物の首の山を持って帰ってきた。
・魔物に腕を噛み砕かれても、笑いながら槍をその脳天に突き立てて返り討ちにした。
噂に尾びれがついて大袈裟になっている話もありそうだが、相当な実力者であることはうかがえる。
――戦闘時の姿勢がやや不穏であるということを除けば。
ただそれでも。
アリシアの中に浮かぶのは、血まみれの狂戦士のような姿ではなかった。
忠告をする時の、理性的で、真っ直ぐこちらを見る目だ。
「お前はあいつのことどう思う?」
「人に対して厳しそうって感じはしましたけど、完全に突き放すような感じじゃなく見えました」
故郷は北方にあるにもかかわらず、南方で傭兵稼業をこなしていると言っていた。
彼がその生き方を選んでいる以上、何か譲れないものがあるのだろう。
――自分みたいに。
「私の言葉もまじめに聞いてくれましたし、できればもう少しお話を聞いてみたいですね」
「……そうか」
アリシアのお眼鏡にかなったということは、まずは一次面接通過と言ったところか。
自分達が受付嬢からおすすめされた店。
◆◆◆
日が沈んでそれなりの時間が経ったはずだが、ローグアナの通りはまだすれ違う傭兵たちのざわめきに満ちている。
「この辺りだったはずなんだが……ああ、あったな」
ヴァルドは迷う様子もなく、通りの角を一つ曲がる。
表通りから一本外れた場所に、控えめな看板を掲げた石造りの建物があった。
華やかさはないが、扉の前には魔硝石によるランプが暖かく灯り、周囲には清掃が行き届いている。
「最低限の寝床と風呂はある。飯も簡素だが悪くない」
「ヴァルドさん、宿屋さんの下調べまで済んでるんですね……!」
アリシアの声が、思わず弾んだ。
村を出てから節約生活期間もあったとはいえ、ここまでの旅路はほぼ野宿だった。
屋根があって、風が凌げる壁があって、しかも風呂まである――それだけで十分すぎる。
「お腹いっぱいご飯も食べられましたし、屋根のあるところで寝られるなんて……今日は最高の日ですね!」
「最高の基準が低くないか」
「日頃忘れがちな日常の幸せというものを、噛み締めているのです」
そう言って目を細めてしみじみと語る彼女は、どこかの修行僧のようにも見える。
まじめな話。
特にベルンからここまで道中含めた魔物退治に、節約野宿生活に、いくら体力があるとはいえ、普通の少女が最初に経験する旅路としては過酷だったと思う。
ヴァルドはそう思いながら宿の扉を押し開けると、木の床がきしりと音を立てた。