勇者をプロデュース!〜無名の田舎娘が、神さまイチ推しの勇者になるまで〜 作:朴月イチロ
魔法師っぽい男と、普通の少女。
その組み合わせに、宿屋の主人には若干物珍しく見られたが、すぐに空室を確認した後、一人部屋二つ確保してくれた。一泊銀貨一枚。
アリシアは相部屋の方が安く済むのでは、とヴァルドに提案したが、彼は断固として譲らなかった。あらぬ誤解がどうとか、世間体がどうとか、いくつか理由を並べ立ててはいたがアリシアはいまいちピンとこず、ここはヴァルドの意思を尊重することにした。
廊下でヴァルドと別れた後、アリシアが真っ先に向かったのは浴場だった。
湯船たっぷりの温かいお湯を堪能できただけで、多幸感に包まれる。
宿備え付けの簡易寝巻きに袖を通し、鼻歌混じりで部屋へ戻る。
簡素なベッドと机、荷物を置けば少し手狭な室内だが、不満はない。
ベッドに腰を下ろしたかと思うと、そのまま仰向けに倒れ込む。
周囲からわずかに物音は聞こえるものの、街の喧騒に比べれば驚くほど静かだ。
天井をぼんやり見上げる。
――こうして一人になったのは、いつぶりだろう。
野宿の夜はいつも、火の番をするヴァルドの気配を薄目で追いながら眠っていた。
今日はそれがない。完全に一人だ。
寂しい、というような感情とは違う、この物足りなさはなんだろうか。
(ヴァルドさんに一声かけてから寝ようかな)
このままだと、そのままベッドに吸い込まれて寝落ちしそうになる。
アリシアはなんとか眠気まなこを擦って再び体を起こす。
すると。
ガタン、という音とともに。
窓に何か影がよぎるのを見た気がした。
(え? え? なに!?)
先ほどまで脱力していた体に、一気に緊張が走る。
ベッドから飛び起きると恐る恐る窓に近づき、ひっそりとその窓枠から覗き込むように外の様子を見た。
そこには宿の屋根と街の明かり、それと途切れぬ人の波が見えるだけだった。
何よりここは宿の三階である。
窓に物影が映ること自体、本来であれば異質なのである。
得体の知れないものを感じて、せっかく温まったはずのアリシアの背筋に冷たいものが走った。
「……猫かな、それともリスかな」
やっぱりヴァルドさんの顔見に行こう、とそのざわつきを振り払うように、部屋を出る。
ヴァルドの部屋は、そのまま真隣だ。
それとなく扉をノックする。
「――ヴァルドさん、ちょっといいですか?」
不在なのか、返事がない。
浴場だろうか。それとも一足先に、すでに床についてしまったのだろうか。
後者だったら、ちょっと忍びない。
アリシアは少し肩透かしを食らったようで、小さく息を吐く。
そういえば。
「ヴァルドさんが寝ている所、一度も見たことないな……」
いつも自分が起きる頃にはすでに起きているし、自分より先に眠るところを見たことがない。
ひょっとしたら、今なら彼の貴重な寝顔を拝むチャンスなのでは……。
そんな考えがよぎって、慌てて首を振る。
いつも平気そうな顔をしているが、自分の世話を焼いてそれなりに疲れているはずなのだ。
「……おやすみなさい」
扉の前で小さくつぶやき、さっきのは幽霊じゃありませんように、と半ば冗談めかして願いながら、アリシアは自室に戻った。
◆◆◆
すっかり夜が深くなり、人の影も徐々に街から薄らいできた頃。
レグナスは、気づけば人通りの少ない暗い路地を歩いていた。
手には、いつもの得物の槍。
月明かりだけを頼りに、無意識のうちに足を進めている。
思い出すのは、夕食時の会話。
それだけの理由で、諦められないんです。
人の運命が少しでも変わるのなら――私は、待つより動きたいんです。
(……ある意味、一攫千金を理由にしている傭兵の方が、可愛げがあるかもしれませんね)
子どもにありがちな、青くさい信念。
そう切り捨ててしまうことは簡単だ。
だが、自分が彼女と同じ年頃だった頃を思い返せば――。
その頃の自分が抱いていたものより、ずっと健全で、まっとうな理由だと思う。
今は戦うことが当たり前になりすぎて。
自分はもうそこに、
夜になると、こうして目的なく出歩いてしまうのも、何か起こるかもしれない、面倒ごと巻き込まれるかもしれない。そんな可能性を、心のどこかで期待してしまうからだ。
――端から見れば、迷惑極まりない悪癖である。
ただその悪癖も。
思わぬところで役に立ったりすることもあるわけで。
物陰からふと、ただならぬ瘴気の匂いを感じた。
「……」
一瞬のことで、恐らく
しゃがんで
「……ユキイタチですか。本来であれば北方を拠点にしているはずの魔物が、こんな南方の街中まで入り込んでいるとは。これも異変の一端ってやつですかね」
数が集まれば、それなりにいい値段で毛皮がギルドで売れる。など呑気なことを考えつつ仕留めたユキイタチを皮袋に入れ込むと、立ち上がって辺りを見回した。
奴らの特性として、群れで行動して獲物を氷漬けにして巣に運ぶ。
この一匹だけではないだろう。
「――日が登り次第、害獣駆除と洒落込みますか」
この後控えている厄介ごとに心躍らせているかのように、その顔は笑顔に歪んでいた。
◆◆◆
ローグアナ要所要所に立つ物見台。
その中で街全体が一番良く見渡せる物見台の屋根上に、ヴァルドは立っていた。
今の彼を視認どころか、存在を検知できるものすらいない。
通常の《
アリシアが『勇者』として魔の土地に辿り着くまで、クリアすべき課題がいくつかある。
その一つとして、この国の住人に『アリシアなら、この国で起こっている異変を何とかできるかもしれない』という希望を抱かせること。
そのためにまずは、彼女自身が『只者ではない』という功績を、公の場で見せつける必要がある。
幸いなことにここはローグアナ、傭兵の街。
これから起こる出来事は、ギルドや傭兵の口を通して街から街へ伝わる。
『ピッチフォークを持った少女が北方に向かっている』くらいのレベルでもいい。
彼女のことが噂として立てば――。
ピッチフォークを振り回すアリシアを脳裏に思い浮かべては、ヴァルドは深いため息をついた。
この後に及んで、まだ自分の中で受け止めきれていないのだ。
「ピッチフォークを振り回す勇者って、何だよ……もっとこう、あるだろ……エクス◯リバーとか……」
『いいじゃない。没個性で剣を振り回しているよりは、キャラ付けとしては申し分ないと思うけどねー』
そんな彼の苦悩を知ってか知らずか、脳裏に神々の声が割り込んできた。
その呑気な口調に、つい感情を抑えきれずに憎々しげにつぶやく。
「……観察者目線として興醒めしてないですかね?」
『そんなことないよ。むしろこの先、彼女が何をしでかしてくれるのか、楽しみで仕方がない』
くつくつと、複数人の心底楽しそうな感情が伝わってくる。
「茶化しにきただけなら、観客席に座っていてくださいよ。これから大仕事なんですから」
『なになに? 彼女の遊び相手でも呼ぶのかい? せっかくだから黒龍でも近くに置こうか?』
「せっかくだからで、そんな厄災レベルのユニットをこんな序盤に出そうとしないでください」
本気でやりかねないから困る。
「……とはいえ、普通の傭兵どもには手に余るような事態にはしますがね」
『へえ?』
ローグアナの住民には迷惑をかける形になってしまうが、事が終わったらフォローに入る。
自身の介入による一般人の犠牲を良しとしないのは、我ながら窮屈な信条を掲げているとは思う。
だが、こればかりは譲れない。
目をつけたのは、北方の方から流れてきた、とある魔物の群れ。
「さあアリシア、お前さんのお披露目の舞台だ。」
――お前が本気で魔の土地に挑もうとしているのを、あいつに見せつけてやれ。
パチン。
ヴァルドは右手を天高く掲げると、その指を鳴らした。
その合図とともに、街を中心に空気が凍てつく音が聞こえ出した。