勇者をプロデュース!〜無名の田舎娘が、神さまイチ推しの勇者になるまで〜 作:朴月イチロ
数匹のユキイタチが、新たな獲物――レグナスへと一斉に飛びかかった。
己が能力で氷の道を生成し、壁を走り、天井から落下する。三次元的な波状攻撃。
スペースが限られたギルドのフロア内で、逃げ遅れた人々や氷像化した傭兵が障害物となっているこの場所で、長槍という長物は圧倒的に不利――。
誰もがそう思った、次の瞬間だった。
ヒュッ、と風を裂く音が短く鳴く。
レグナスの手元がブレたように見えた直後、先頭を切って飛びかかったユキイタチが、まるで透明な壁に激突したかのように弾け飛んだ。遅れて、その眉間に風穴が開いていることが露わになる。
「――キィッ!?」
仲間の死に動揺する間もなく、槍が的確にユキイタチを捉える。それは周囲を巻き込むような大雑把な『薙ぎ払い』ではない――最小限の動きで繰り出される、神速の『突き』だ。
「すっごい……」
その無駄のない動きに、アリシアは思わず息を呑んだ。
レグナスの槍先が、恐怖で凍りついたまま動けない傭兵の顔の横を、わずか数ミリの隙間で掠め抜けていく。もし傭兵が少しでも動いていれば、あるいはレグナスの手元が数ミリでも狂っていれば、間違いなく傭兵の顔が貫かれていたはずだ。
だが、銀色の穂先は吸い込まれるように、その背後から襲いかかろうとしていたユキイタチの喉だけを正確に貫く。
「遮蔽物が多いのはお互い様だ……
そう独り言のように呟く中でも、レグナスの口元は三日月のような笑みの形に歪んでいる。
穂先を翻す。至近距離、懐へと飛び込んできた一匹に対しては、槍を短く持ち替え、柄の底――石突で顎をカチ上げ、空中に浮いた無防備な腹を返す刃で貫く。
返り血ひとつ浴びず、まるで遊ぶように命を摘み取っていくその姿。
狩りが終わるのを待つ事しかできない周囲の傭兵たちは、声すら上げられなかった。
歓声も、安堵もない。生物としての本能的な忌避感。
いつもの反応だ。
気にする素振りも見せず、淡々と槍を振るう――その一瞬の隙。
「――キィッ」
死角となる付近の氷の影から、一匹のユキイタチが飛び出した。
レグナスが体勢を整えるよりも早く、鋭い爪が、無防備な首筋へと迫る。
それでも彼の表情は崩れない。少し体の軸をずらして、致命傷を避けられさえすればそれでいいと、冷めた思考で状況を分析していた。
――そう思っていたのに。
「あっぶない!!」
横合いから突き出された細分化された刃が、イタチの体を空中でカチ上げた。
ガンッ! と小気味良い音が響き、ユキイタチが壁へと吹き飛ぶ。
目の前に、ピッチフォークを構え、肩で息をするアリシアの姿があった。
「……おや」
レグナスが、わずかに目を丸くしてアリシアを見る。
助けられたことへの驚きではない。この状況で、恐怖ではなく闘志を持って踏み込んできたことへの驚きだ。
アリシアは、吹き飛んだユキイタチが動かないことを確認すると、ピッチフォークを構えたまま、顔だけ彼の方に向けた。
その瞳は、熱を帯びた光を宿していた。
「すごいですね、レグナスさん! あの子たちあんなに素早いのに、ちゃんと――ちゃんと当てて……!」
息の切れた声で、言葉を探すようにしながら、アリシアは続ける。
「……怖いくらいですけど、でも、無謀な感じじゃないのも、わかります。周りのこと、ちゃんと全部見て動いてますよね」
そこにあるのは、周囲の傭兵たちが抱いている『恐怖』や『忌避』ではない。
戦場の只中にあってなお向けられる、純度百パーセントの、混じりっけのない尊敬と称賛の眼差しだった。
――
レグナスの思考が、一瞬だけ噛み合わなくなる。
その間を読んだように、ヴァルドがユキイタチを一匹ずつ魔法で撃ち落としながら、軽い調子で口を挟んだ。
「悪いな。そいつ、肝心な時に素っ頓狂なこと言って空気を壊すんだ。気に障ったなら後で叱っておく」
「感動をただ口にしただけなのに、なんで怒られるんですか!?」
「全部終わってからやれ!」
戦闘の最中に、この間の抜けたやり取りは一体なんなんだ。
「……なるほど」
最初に見かけた時から、妙な二人組だとは思っていた。
自分の放つ殺気を前にしても、怯えもしなければ、距離を取ろうともしない少女。
それを当然のように受け止め、戦場で軽口を叩ける魔法師の男。
どちらも、自分を“危険な存在”として扱っていない。
それどころか――まるで、最初から一緒にここに立っている前提で話している。
これまで、他者に向けて関心を抱く基準はひとつしかなかった。
強いか、弱いか。
それ以外は、知る必要もなかった。
自分も、今までその基準でしか測られてこなかったから。
だが今、胸の奥に引っかかっているのは、力の強弱とはまったく別のもの。
――在り方そのものを見ようとされていること自体、傭兵に身を置いて以降あっただろうか。
レグナスは、槍を構え直す。
氷の床に映る自分の影が、わずかに揺れているのを視界の端で捉えながら。
初めて、力とは無関係な理由で、他者に興味を持った瞬間だった。