勇者をプロデュース!〜無名の田舎娘が、神さまイチ推しの勇者になるまで〜 作:朴月イチロ
「――キィッ!!」
自分たちの仲間が次々と狩られていく様を見たユキイタチは、やがて一斉に動きを止めた。彼らは赤い瞳を激しく明滅させると、今までの好戦的な姿勢を一転させ、割れた窓から脱兎のごとく外へと飛び出していく。
フロア内は少しの沈黙に包まれ、脅威が去ったことを悟ったその場の全員が、安堵のため息をついた。
「ようやく引きましたか。中々しつこかったですね」
レグナスが血の付いた穂先を無造作に振ると、アリシアはようやく肩の力を抜く。
「……あの子たち、どこへ逃げたんでしょか」
「逃げたというよりは、撤退ですかね……自分たちの手に負えない捕食者が現れたと判断されて、後回しにされたんでしょう。いずれ増援を引き連れて、また戻ってくるでしょうね」
「え!? 戻って来るんですか!?」
アリシアは辺りを見回し、現状を改めて確認する。
フロアの隅の方で寒さと恐怖で震える街の住民、一方では足元を凍らされた傭兵たちの氷像、そのうち手の自由がきく者は、必死に足元の氷を割ろうと試みている所だった。
ここにもう、ユキイタチを入れるわけにはいかない。
「あ、ありがとうございます……もうダメかと思いましたよぉ……」
ようやく死の恐怖から解放されたエルシェが、震える足でカウンターから這い出してくる。それを見たアリシアは、慌てて彼女に駆け寄った。
「まだ安心できないんですよエルシェさん! あの子たちまた戻って来るって! その前に、ここにいる人たちを避難させないと……!」
「え、ええ!? 嘘ぉ……!」
エルシェは涙を滲ませながら思わず本音が漏れた。
脳裏で必死に緊急時の対応フローをシミュレートするが、街の大部分が機能を停止している中、まともな対応を取れる気がしない。
それを見るや否や、ヴァルドは淡々と助け舟を出す。
「いや、下手にここから動かない方がいい。むしろある程度籠城を想定した備えはあるだろう。あいつらがここに戻って来る前に、向こうの親玉を叩いた方が早い」
「え。でも……こんなに冷えきちゃってるのに……このままじゃ、みんな……」
ユキイタチの残した冷気と、割れた窓のせいで、フロア内の空気は外気とほとんど変わらない。だがそれは、ただ寒いというだけではなかった。
肌に触れる空気が、じっとしていても体温を奪っていく。指先の感覚が鈍くなり、吐く息が凍りつくような白霧となって消えない。
彼らが去ってようやく気づいたが、この場はすでに『人が長く留まること』には危険を伴う場所となっている。
が、それを見ても、ヴァルドは気にも留めない様子で杖を掲げる。
「俺を誰だと思ってるんだ。最低限のフォローくらいはしてやる――」
――《
掲げた杖を、ヴァルドは迷いなく床に打ち付けた。
乾いた衝撃音と同時に、空気が一瞬、ひしゃげたように歪む。
吹き抜ける風と白光に、思わず誰かが息を呑み、視界が白に染まった。
すると、先ほどまで床や壁に張り付いていた氷が、音もなく崩れ落ちる。
そのまま徐々に、ただの水へと変じていった。
凍りついていた空気は押し流され、呼吸を刺していた冷たさが嘘のように消える。
室内の気温は、まるで何事もなかったかのように、元の状態へと引き戻された。
誰もが理解できず、困惑の声だけが、遅れてフロアに広がっていく。
ヴァルドは周囲のざわめきに構うこともなく、まるで後始末を終えただけのように、軽く杖を肩に担ぐと、エルシェに声をかける。
「――一応凍結は解いた。建物内に対魔の障壁も貼っておいたから、万が一あいつらがきたとしても、今度は中まで入って来ることはないと思う。あとはなんとか持ち堪えてくれ」
「た、助かります……っ! あとはこちらで対応します!」
ぱっとエルシェは顔を明るくさせると、軽く敬礼で応えてみせた。
その隣で、アリシアが――息を吸う。
目が輝く。
口が、開きかける。
――まずい。
この流れで出てくるのは、十中八九『神さま』だ。
しかも人前で。全力で。
胃のあたりが、きゅっと嫌な音を立てた気がした。
「親玉……いや、女王と呼んだ方がいいか」
アリシアが言葉を発するより早く、ヴァルドはレグナスへと顔を向ける。
ほとんど反射だった。
「――奴らの巣の目星はついていたりするか?」
「アレの生態をご存知でしたか」
レグナスは感心も込めて小さく息を吐く。
「氷漬け範囲はどうやら、城壁内の街中に限られているようです。なのでおそらくは街中の建物のどこかを拠点としているはずなんですか……」
そういって飄々と笑みを浮かべて床を指差す。
「それを割り出すために、あいつらの動きを追っていたらですね。群れの一部がギルドに潜っていくのが見えたので、寄ってみたわけです」
「おかげで助かりました……」
アリシアは改めてホッとしたように胸を撫で下ろす反面、ヴァルドは目を細める。
「じゃあ今のところ、お前さんの方での収穫はない、か」
「いえ、特定自体はすぐ済むと思いますよ」
レグナスの指す先、窓越しに白い影たちが、屋根伝いに一定の方向へ走り周っているのが見えた。それにやや遅れて傭兵たちが怒号を上げながら、そのユキイタチのを追い回している。
「――なるほど。確かにある程度は絞れそうだな」
「短時間にここまで冷気を浸透させられる場所自体、限られそうですからね」
「違いない」
二人の会話は、まるで最初から答えが見えているかのように、迷いなく先へ進んでいく。
――アリシアには、ほとんどついていけていなかった。
単語だけは耳に入ってくるのに、それらがどう繋がっているのかが、まるで見えない。
「あ、あのう……」
おずおずと声を挟むと、ようやく二人の視線がこちらに向いた。
「お二人は、いったい何のお話をされているのでしょう……?」
一拍置いてから、思い出したように付け足す。
「それと……女王って、なんですか?」
「まあそれはおいおい、外で話すか」
「そうですね、時間が惜しいですし――要約するとですね、アリシアさん」
レグナスはなんてことはない、とでもう言うようににこりと笑った。
「この迷惑騒ぎを起こした張本人の、本拠地に殴り込みに行く――それだけの話です」
「はあ……」
大変物騒な形式で要約された。