勇者をプロデュース!〜無名の田舎娘が、神さまイチ推しの勇者になるまで〜 作:朴月イチロ
――その隙を女王は見逃さない。
巨体に似合わぬ速度で一気に距離を詰め、氷に覆われた鉤爪を思いっきり振り下ろす。
「――《
ヴァルドの《
氷と衝撃がぶつかり、甲高い音を立てて結界が悲鳴を上げた。
咄嗟に槍で受け身の姿勢を取りつつも、完全に衝撃を殺し切れず、レグナスは結界ごと吹き飛ばされた。
そのままフロア内の床まで落下し、歯車の残骸に背を打ちつけて止まる。
「……ッ、ぐ……」
ヴァルドの《
霞む視界を振り払おうと、何度も強く瞬きを繰り返す。
焦点の合わない視界の端に、女王の遠吠えとともに放たれた氷槍が、無理やり割り込んできた。
――いつもなら、このくらいの痛みでも問題なく動けるのに。
頭にかかったノイズが消えない。
あんな、昨日今日出会ったばかりの魔法師の言葉一つで、こんなに思考を乱されるとは。
「……まったく、情けないったらないな」
視界が戻る頃には、氷槍はすでに眼前まで迫っていた。
他人事のようにそれを眺めていた、その瞬間。
一歩踏み込む気配とともに、白いローブが正面に割って入った。
「《
轟音と共に放たれた火が、氷槍をあっという間に飲み込む。
その後、女王の姿――座標ごと確認したヴァルドはそのまま声を上げた。
「飛ばすぞアリシア――《
その刹那、先ほどまで女王の背後だった空間に、
ピッチフォークを構えたアリシアが現れていた。
「――とりゃーっ」
完全な死角からの一突。
だがその一撃は、先ほどのレグナスの一撃と同様、硬質化した毛皮に弾かれる。
「キィッ!!」
思わぬ方向からの攻撃に、女王は氷の棘を踏み、反射的に距離を取る。
だが――逃げた先の空間が、ふっと歪んだ。
次の瞬間、そこにもアリシアがいた。
間髪入れず、ノータイムの
女王は理解が追いつかないまま、再び身を翻す。
だが、逃げるたびに。
氷の上に現れる先には、必ずピッチフォークを構えた少女が立っている。
女王の逃走経路そのものを先回りして、消えては現れてを繰り返していた。
そのカラクリを、レグナスはすぐに理解する。
「……女王の逃走経路を予測して、彼女を魔法でその死角に移動させてるんですか? なかなか神経が削れそうな戦法を取りますね」
「……
レグナスの知る、魔法師の技量範囲で考えるなら、数回で根を上げるレベルの精密なコントロールが必要な技術だ。ましてこれほどフロア上に氷の障害物があれば、下手をすれば転移後、障害物と一体化して彼女が即死する事態にもなりかねない。
それほどの高等技術を、この魔法師は何食わぬ顔で行使し、あまつさえ自分と会話する余力まである。
―― 一体、何者なのか。
「そうは言っても、あの女王個体の硬質化した毛皮を突破するのは、
「やっぱりそうだよな……」
この戦いで、女王を倒すのに必要なのは『重い一撃』
アリシアの村でのワイルドボアとの戦闘を思い出す。
あの時はアリシアにあげた《
たとえ使えたとしても、ここで同じようにピッチフォークを巨大化させれば、時計塔全体が崩壊して、こちらもただでは済まなくなる。
――だとすれば、彼女には悪いが、
幼少時に無意識に使用していた、
ヴァルドは迷いを捨てた。
「アリシアー!」
「はいっ」
女王の鉤爪をピッチフォークで牽制しながら、アリシアは頼もしく返事する。
「お前、小さい頃よく
「ええ!? なんで今その話が出て来るんですか!?」
「その時と同じような感じで、ピッチフォークへの魔力付与を今ここでもできるか?」
「い、いま!?」
戦闘時につかわしくない、気の抜けた声がフロアをこだまする。
「いきなり何言うんですかっ! 子どもの頃ろくな使い方ができなかったものを、練習もなしにいきなり本番でやるんですか!?」
「心配するな、そのピッチフォークだったら、お前のデタラメな魔力量でも問題なく受け止められる。そうしないとあいつの硬い毛皮を突破できん」
「心配している所はそこじゃないんですよっ」
「あいつを倒さんと、いつまでも街が凍ったまま戻らないぞ!!」
「それは困ります!!……うー、わ、わかりましたようっ」
そんな二人のやり取りの中、背後にいたレグナスがゆっくり立ち上がる。
「……ちょっと無茶振りが過ぎませんかね?」
「超感覚派のあいつには、このくらいがちょうど良いんだよ……動けるか?」
「なんとか。僕が時間を稼ぎましょうか?」
「頼む」
承知です、とヴァルドとレグナスはその場から散開した。
氷の棘を軽々と飛び越え、レグナスは女王に接敵して自分に注意が引くように誘い込む。戻ってきた彼の姿を見て、アリシアは少し安堵した。
「レグナスさん! 体大丈夫ですか!? 無理してないです??」
「お気になさらず、それなりに鍛えていますので。足止めは引き受けます。こいつへのとどめ、お願いしてもいいですか?」
「は、はい……」
「頼みましたよ」
そう言ってレグナスは、アリシアを安心させるように微笑み返すと、意図的に大きく踏み込み、女王の視線と殺気をすべて自分に引き寄せる。アリシアとの間に、強引に距離を作るようにして扇動して離れた。
アリシアは両手で不安げにピッチフォークを握りつつも、目を伏せて先端を女王にいる方向へ構える。
――物心ついた時から、自分の中には『よくわからないモノ』
力の源泉のような湖があるように感じていた。
その湖からは事あるごとに水が溢れて、
そのせいで農具に限らず、色んなものを壊しては、何度も怒られた。
止め方も、抑え方も分からず、どうすればいいのか誰も教えてくれない。
最終的に、幼いアリシアが自分なりに出した結論は、その湖に大きな蛇口を作って、固く閉ざすことだった。
湖全体、力の源泉を止めるしか『普通』でい続けることができなかったから。
それがいつの間にか、
その湖も、蛇口の存在ごと忘れてしまっていた。
でも今は、この湖が『
正直、この蛇口を開けたらどうなるか、自分でも全くわからない。
それでも、ローグアナをなんとかしてあげたい、という気持ちと、
あの孤高に戦う槍使いに、これ以上傷ついてほしくない、と言う気持ちの方が勝った。
アリシアは思い切って、源泉に通じる蛇口を開けた。