勇者をプロデュース!〜無名の田舎娘が、神さまイチ推しの勇者になるまで〜 作:朴月イチロ
長い間、蛇口によってせき止められていた膨大な魔力が、奔流となって彼女の手足、そしてピッチフォークへと流れ込んでいく。
「――行きますっ」
かけ声と同時に、アリシアは氷の床を蹴る。
――速い。
魔力の通った足での一蹴り。
先ほどまでとは比べ物にならない勢いと力強さで、まるで弾かれた矢のように前方へ一直線に跳んだ。
問題は彼女自身、まったくその勢いを制御しきれてないということである。
女王を牽制していたレグナスが、視界の端にアリシアを捉えた時、一瞬目を疑った。
「なっ――」
「わーっ!? レグナスさんどいてどいてー!?」
レグナスが反射的に後方へ身を引いた直後、アリシアは悲鳴と共に、ピッチフォークごと女王へ突っ込んでいった。
ピッチフォークの先端が女王の腹を突いた瞬間、ピッチフォークに溜まっていたアリシアの魔力が、その硬質化した皮膚を破らんと全量女王に流れ込む。
「ギイイイイッ!!」
女王は苦痛の声を上げながらアリシアを祓い避けようとするが、アリシアの突きは止まるどころか、そのまま一緒にフロアの壁を打ち破らんとするほどの速度で吹っ飛んでいく。
――壁の外は、地上まで数十メートルの断崖。
「――っ!? 《
ヴァルドの叫びとほぼ同時に、アリシアの身体を包む結界の感触が走る。
だがその時にはもう、止まる
女王とアリシアは、轟音と共に時計塔の外へと放り出される。
「――あ」
その事実を、理解するより先に。
アリシアの視界は、不思議なほどゆっくりと広がっていった。
青い空、白く染まった街並み、そして時計塔に開いた巨大な穴。
その奥から、自分を真っ直ぐに見つめる『神さま』と、目があった。
安心しろ。
絶対死なせない。
そんな声が聞こえた気がして、アリシアは一瞬だけ、安心した。
だが、すぐに現実の恐怖が、その静寂をぶち壊す。
「……ってやっぱり、怖いものは怖いーっ!!」
アリシアは甲高い悲鳴を上げながら、女王の腹に馬乗りした状態で、麓の広場に向かって落下していく。
ヴァルドのかけた《防殻》の結界が、落下の風圧で削れていく。
地面が、すぐそこまで迫る。
――ぶつかる。
そう思った、その刹那。
グンッ、と。
視界に映る世界が、一瞬静止する。
「――っ!?」
落下の勢いを押し殺した所で、ドスン、と女王を下敷きにして着地したアリシアは、衝撃が何もなかったことに目を丸くする。
見れば、ユキイタチの女王はすでに事切れていた。直接叩き込まれた魔力ダメージが致命傷だったのだろう。
「や、やったぁ……」
喜びより先に、全身の疲労が押し寄せる。
ふと時計塔を見上げてみるが、さすがに二人の様子はここからでは見えない。
(ヴァルドさんとレグナスさん、大丈夫かな……)
二人の様子を気にしていたアリシアの周りを囲むように、歓声が沸いた。
麓でずっとユキイタチの相手をしていた傭兵達だ。
「嘘だろお嬢ちゃん! あんたがやったのか!?」
「あそこから落ちてきたのか? よく生きてたな……」
「え、えーっとですね……」
傭兵達の賞賛と質問攻めの中、ただアリシアはその場で困惑するしかなかった。
◆◆◆
一方、時計塔の上では、ヴァルドとレグナスが穴の縁から下を見下ろしていた。
「……どうですか?」
レグナスはヴァルドに問いかける。
さすがにこの高さでは肉眼での目視は難しい。
「……大丈夫、無事だな」
「……そうですか」
すべてが終わったことを悟った二人は、電池が切れたようにその場にへたり込む。
――さすがに今回ばかりは、肝が冷えた。
「どうやって助けたんです?」
「……地面に接触するほんの一瞬、あいつらを《
「それを目視確認もなしに、どうやってタイミング測っているんだ、って話ですよ」
先ほどまでの覇気はないものの、レグナスは相変わらず笑っていた。
「これほどまでの威力とは思いませんでした」
「俺もだ……むしろ軽はずみで使わせたことを後悔してる」
「彼女があれを制御できるようになったら、是非とも手合わせ願いたいですね」
「やめろ脳筋」
ヴァルドはうんざりするように目を細めた。
色々と言い繕ってはいるが、この男の根っこは――ただの“強い相手が好きな戦闘マニア”なだけのような気がしてきた。
何はともあれ、女王は倒した。
これで命令系統を失ったユキイタチたちは、烏合の衆と化すだろう。
少しの沈黙の後――ふと。
レグナスは先ほどヴァルドに向けられた言葉を思い出していた。
――いい加減にしろ、この“死にたがり”が。
「ところで、ヴァルド君。人が命懸けで戦っている最中に、その集中力を掻き乱すレベルで横槍を刺しにくるのは、
レグナスの恨みがましい視線に、ヴァルドは不本意そうに眉を寄せた 。
「お前が完全に、目的を
「…………君は」
今のレグナスには、この場でそれ以上、彼に対して答えを求めることができなかった。
この得体の知れない魔法師は、一体自分のことをどこまで知っているというのか。
――
それなのに、こんな短時間で見透かされるほど、自分は薄い壁を築いて生きてきた覚えはない。
そんな困惑を読み取ったかのように、ヴァルドはフードを深く被り直し、いつもの無関心な調子で言い捨てた。
「……俺は、アリシアに力を貸しているだけの、ただの魔法師だ。それ以上でも、以下でもない」