勇者をプロデュース!〜無名の田舎娘が、神さまイチ推しの勇者になるまで〜 作:朴月イチロ
『今回はド派手だったねー。彼女が時計塔から落ちた時は手に汗握っちゃったー』
実体を持たない神々のどこに、握る手があるのか。
なんて野暮なツッコミを内心抱きつつ、ヴァルドは一人、誰にも視認されることなく、ギルド支部の屋根の上で神々からの評価を受けていた。
『結果は上々だね。君の思案の通りに彼女は表に認知されて、お仲間も増えた。相変わらず、見事な物語運びだ』
「……ご満足いただけたようで、何よりです」
『ただ……この襲撃の規模で死者ゼロ。さすがに、出来過ぎだとは思わない?』
神々の声のトーンがやや下がる。
ヴァルドは小さくため息をついた。
「この街の住民は、アリシアの物語に対してほぼ無関係……いわば『モブ』ってやつでしょう? 物語の核に関わらない部分まで、手をつけるなとは聞いていませんが?」
『君のその甘さのせいで、箱庭世界の住民がこの危機を“軽視する”ような事態にでもなれば……“物語を破綻”に繋がりかねない。それって、星綾士として最大の禁忌でしょ?』
「……」
箱庭世界において、星綾士の能力は万能、言わばチートだ。
人物や魔物の行動操作、生い立ちや記憶情報の閲覧、さらには世界の理を超えた《
だがそれらは全て、神々の望む《
なんでもできる反面、制約も非常に多い。
中でも特に禁忌とされているのは――。
《星綾士の判断で神々の『
《星綾士の仕掛けの結果、神々の『
過去、これらの禁忌に触れた星綾士がその後どうなったか知れたものではない。
――
神々からのプレッシャーが、静電気のようにチリチリと肌を刺す。
返答次第では、その場で消されてもおかしくない――そう理解させるには、十分すぎる重圧だった。
それでも、ここで引く気にはなれない。
理不尽に首輪を締められるのは、もう御免だ。
ヴァルドは、その重圧をものともせずにシニカルに笑ってみせる。
「……順序の問題ですよ。今はまだ“成功体験”を積ませる段階だ。守るものが増えれば、彼女は必ず強くなるし、その分プレッシャーにさらされる。ここから王都や北方に入ってからが本番ですよ」
ヴァルドは、自分で組み立てたその筋書きを口にしながら、胸の奥に鈍い嫌悪を覚えていた。
守るための選択だと分かっていても、アリシアを“追い込む未来”まで計算に入れている自分の思考が、どうしても好きになれない。
やがて彼を取り巻く空気から、静かにプレッシャーが引いていく。
『そうやって考えての行動なのであれば、一向に構わないんだけどね。ねえヴァルド。この世界の結末が、ボクたちにとって十分満足に値するものだったら――』
一拍おいて、神々は嬉しそうに言う。
『保留にしていた、星綾士たる君への《ご褒美》を、今度こそあげるよ』
「……本当か?」
それまで眉一つ動かさず、冷静を保っていたヴァルドの感情が初めて揺れた。
『うん、だから引き続き頑張ってね――』
そう言って神々はこちらとの交信を切った。
――星綾士たる君への《ご褒美》を、今度こそあげるよ。
先ほどの言葉を内心繰り返す。
もう縁がないものだと、半ば諦めていたものだったのに。
この箱庭世界で起こる騒動も、魔王討伐という物語の終着点も、神々の気まぐれな娯楽であることに変わりはない。
それでも――そこに生きる人間たちの選択や感情まで、ただ消費されるだけのものにしたくはなかった。
ヴァルドは夜空を見上げ、静かに息を吐く。
なんとしても、完全な形でアリシアに魔王を討たせる。
それが星綾士としての仕事であり――自分自身への落とし前だ。
◆◆◆
数日後。
ローグアナの街は、少しずつ日常を取り戻していた。
大穴が空いた時計塔を中心に、凍結していた建物の修繕が進み、通りには人の声が戻る。
傭兵たちの間では、氷の女王を討った“ピッチフォークの少女”の噂が、酒の肴として語られていた。
だが、その当人の姿は、もう街にはない。
北へ向かう街道を、三つの影が静かに進んでいた。
「ギルドから破格の報酬をいただきましたし、途中で荷車捕まえませんか?」
「そうだな。移動手段として、歩き以外の選択肢が取れるっていうのは、感慨深いものがあるなぁー」
「……懐があったかいって、素晴らしいですねっ」
そんな三人の何気ない会話が続く。
魔の土地までの道のりは、まだまだ課題が多い。
今のアリシアのギルド階級を、四級から二級まで最短の昇級コースを目指さないといけないし、人数的にもう一人、二級相当の人員をスカウトする必要がある。
ヴァルドはさりげなくレグナスに問いかけた。
「あと一人、できれば俺は魔法師を入れたいんだが、お前、ギルドの傭兵生活長いだろう? 誰か心当たりはいないか?」
最悪、レグナスの時のように、事前に近辺の傭兵リストから探ってもいいのだが、ツテがあるのであれば、 その方が都合がいい。
レグナスは少し目線を上げて逡巡する。
「魔法師ですか……過去に仕事を一緒にしたメンバーは何人かいますが、基本すでに特定のパーティーに所属していますし、ソロとなると……」
そもそもこの国で魔法師を名乗るには、王都の専門機関を卒業している必要がある。その時点で、一般のギルド傭兵から見ればエリートも同然だ。
王室か、傭兵ギルド本部の上位専門部隊。
行き先には事欠かないはずの立場である。
そんな出世街道をすべて蹴って、無所属のままギルド仕事を受ける魔法師など――。
「……いや」
心当たりは、ある。
若干、推薦するには迷うレベルではある、が。
「心当たりとしては一人。過去に一度、仕事の依頼者として会った魔法師がいます。魔法の腕前だけでなく、薬学や考古学にも精通していて……実力については、保証できますよ。ただ――」
レグナスは一拍置き、言葉を選ぶように視線を泳がせた。
「若干、クセの強い性格をしていまして」
「お前からの評価がソレなのかよ」
他人の性格について、レグナスがここまで歯切れの悪い言い方をする。その事実だけで、十分に警戒する理由になった。
レグナスは、ヴァルドの顔をちらりと見やる。
「興味があるなら、実際に会った方が早いですよ……おそらく、この中で一番影響を受けるのは、ヴァルド君ですから。最終的な判断は、君に任せます」
「……俺?」
思わず、ヴァルドは自分を指差した。
なぜ自分なのか、その理由がまったく見えてこない。
それが、妙に引っかかった。
そんなやりとりの中、半歩前を歩いていたアリシアが振り返る。
「私も仲良くなれそうですかね? 魔法の話とかわからない事がいっぱいなので、もっと勉強したくて……」
「ええ、その手の話は彼女も大好きなので、すぐ仲良くなれると思いますよ……アリシアさんの場合は特に《巨大化》の力について、根掘り葉掘り聞かれるかもしれないですね。覚悟しておいてください」
レグナスはそう言って、どこか他人事のように笑ってみせた。
彼の一言で、ヴァルドの中にレグナスが言う魔法師の人物像が、ほぼ形を成す。
アリシアの《巨大化》――。
再現性も理屈も掴めない、あまりに“素材として魅力的”な《
魔法師であり、知識欲が強く、根っからの研究者気質――。
(……厄介だな)
過去の経験上、こういう相手は星綾士と相性が悪い。
説明のつかない現象を前にして、納得するまで踏み込んでくる。
力の正体に勘づかれれば、下手をすれば一生付き纏われかねない。
昨夜、神々から釘を刺されたばかりだというのに。
それでも――と、ヴァルドは思う。
星綾士という立場上、自分がこの世界で魔法師として動ける範囲も、振るえる力も限られている。
その穴を埋め、アリシアの戦力を底上げできる存在は、今のところ他に思いつかない。
危険だが、必要だ。
ヴァルドは、静かに腹を括った。
「……試しに会ってみるか」
「わあ! 楽しみですね〜」
「そうですか? 僕が彼女の依頼を受けたのは、ちょうどこの先の街のギルド支部なので、まだ彼女が拠点を変えていなければ――」
こうしてこの先、一行はその『魔女』と出会うことになる。
誰よりも魔法に執着しすぎた故に、世間では《異端》のレッテルを貼られた、その魔女に。