勇者をプロデュース!〜無名の田舎娘が、神さまイチ推しの勇者になるまで〜 作:朴月イチロ
4-1:魔女と白饅頭
「やっと見つけた……!」
声を潜めることもなく、彼女は思わず息を弾ませる。
「この周辺を粘って探し回った甲斐があったわね」
人里を離れ、魔物の気配が濃くなる深緑の奥地――。
そんな場所に、およそ似つかわしくない女性の姿があった。
フード付きの深緑のローブを羽織った、すんなりとした長身。
腰まで届く黒髪が、汗ひとつかかずに背をなでている。
この深奥まで独りで踏み込むには、あまりに整いすぎた出で立ちだった。
どこを切り取っても同じに見える、鬱蒼とした草むらの一角。
しかし、彼女が土を払い除けた足元だけは違う。
露わになったその表面には、自然の造形ではあり得ない、冷たい石の肌が覗いていた。
その表面には、人工的に刻まれた幾何学的な溝の一部がうっすら見える。彼女はしゃがみ込むんで、ゆっくり指先を伸ばす。
それをうっとり撫でる彼女の顔は、まるで我が子に向けるような慈愛の感情に満ちていた。
彼女と同じものを見ようと、遠目から見れば白い巨大な饅頭のような鳥が、彼女の頭上に止まった。
その黄色いクチバシからは、若い男性の音声でご機嫌な感情がこぼれる。
『さすが姐御っスねー。ホントもう、何回この森を彷徨ったのかって感じっスよ……こういう諦めの悪さは、素直に尊敬するっス』
「諦めが悪くなきゃ、研究者なんてやってられないわよ。さて、問題はここからよタマ」
彼女は一旦その場から立ち上がり、空を見上げた。
日は徐々に傾き、長く伸びた木々の影が地面を覆い始めている。
彼女がこの場所に辿り着くまでに費やした時間の分だけ、夜もまた、容赦なく近づいてくる。
その一瞬、彼女の頭上から何かが影を落とした気がした。
「早々に中に入りたい気持ちだけど……一人で潜るにはちょっと心細いわね」
彼女はその手元にある、ペンデュラムの鎖をその石畳に向けておろした――鎖の端に繋がれた八面体の水晶が、魔力の残滓を吸収してほのかに光る。
長い間忘れられた場所のはずなのに、地層の下からは微かに魔力が循環している感触が読み取れた。間違いなく、この『場所』は今も生きている。
「幸い、中に籠っているのは瘴気じゃなさそうだけど……また傭兵ギルドを通して、用心棒でも雇おうかしら。どんな仕掛けが残っているかわからないし」
『そうっスね。未踏の遺跡の仕掛けなんて、暴走した姐御だったら余裕でつっこんで行くし、そうなったらワイだけで止められる気がしないっス。助っ人が欲しいっス』
相棒からの苦言に、彼女はグッと言葉に詰まる。
反論の言葉はいくつか思い浮かんだが、そのどれもが自分に返ってくる気がして、結局口にできなかった。
否定しきれない分、腹いせに頭上の相棒を掴み、両手でその体を左右に引っ張る。
そのクチバシからは慌てた声で『キャー人工精霊虐待っスーっ』と悲鳴が漏れた。
でもそれも少しの戯れ。
ぐずぐずはしてられない。
こうしている間にも、あいつらに出し抜かれるかもしれない。
――今ここで、姿を暴くのは簡単だ。
魔法を一つ使えば、それで終わる。
けれど、そうした瞬間に立場がひっくり返る。
向こうに余計な“理由”を与えるのは、得策じゃない。
辺りを見回せば、この場の気配は自分たちだけのはずなのに。
理屈では、そう判断できるのに。
「……こそこそと人をストーキングして、失礼しちゃうわね、全く。とっとと《
そうぶっきらぼうに呟きながら、彼女は髪をかき上げる。
それを少し離れた木々の隙間から、一羽のフクロウがただ見つめていた。
◆◆◆
「……まったく、彼女の藪をつつく癖には困ったものだ」
小太りの初老の男性が一人、机上に提出された報告書から視線を上げた。
その顔に刻まれた眉間の皺が、さらに深くなったように見える。
その男性と机を挟んだ向かい側には、主の裁定を待つ女性魔法師が、静かに佇んでいる。
「仕事が増えるのはいただけないが――」
『我々は厄災を防ぐ盾とならねばならない』
それは形骸化したお題目ではない。
教団に身を置く全ての者が、命を懸けるべき絶対の使命として共有する『誓約』。
その言葉が発せられた瞬間、背筋を伸ばして控えていた女性魔法師の表情が、一際引き締まった。
「彼女を押さえますか? ヴァルヘイム卿」
「流石にまだ、こちらの管轄下になっていないモノに対して、とやかくは言えんさ……だからと言って放置はせんがね」
初老の男――ヴァルヘイム卿はやれやれとため息をつきながら、一瞬逡巡すると、目の前の魔法師の女性を見据えて言った。
「……フェルナーを呼びなさい。監理官権限で、現地確認を」
「かしこまりました」
魔法師の女性は敬意を込めて深々と頭を下げると、静かにその場を去った。
静寂に包まれた執務室の中で一人、ヴァルヘイム卿は誰に聞かせるまでもなく、ポツリとつぶやいた。
「……君の理想は理解はできるさ、リュミエール・フェルミラ……しかし我々は二度と、過去と同じ滅びの道を辿るわけにはいかんのだ」