勇者をプロデュース!〜無名の田舎娘が、神さまイチ推しの勇者になるまで〜   作:朴月イチロ

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4-4:魔女は欲に負ける

 ――映像越しに、“目”があった。

 

「――っ!?」

 

 リュミエールは思わず反射的に仰け反った。

 

 ――気づかれた? しかもこちらの“目”の位置まで?

 

 決して彼らのことを舐めていたわけではない。

 差し向けた即席ゴーレムの意図を、早々に読み取る連中だ。感覚的に「見られている」という事を勘づかれるくらいは、容易に想像できる。

 

 だが、どうやらあの魔法師の力量は、こちらの想像をはるかに上回るらしい。

 

「……やるわね、こっちは相当高レベルの《隠匿(ステルス)》をかけて見てるっていうのに」

 

 そしてそれ以上に『意味不明』なのは――。

 完全にノーマークだった、あの少女。

 

 「外因魔法による物質の巨大化……? そんな質量を無視する干渉、今の魔法技術で再現できるの……そもそもあれは“魔法”なの……? かわいい顔して、やってることが一番わからない……なんなの、あの子」

 

 本来であれば取り乱すべき場面なのだろうが、その声色に、焦燥や混乱はない。

 あるのは“未知と可能性”に出会った時の、感激と歓喜だ。

 かの遺跡を発見した時と同様、好奇心という欲が一気に彼女を揺れ動かす。

 

『姐御ー、帰ってきてください姐御ー』

 

 突如視界が、物理的に真っ白なモフモフな毛に覆われる。

 完全にスイッチが切り替わっていたことを自覚したリュミエールは、何事もなかったかのように、相棒を画面から引き剥がした。

 

「……ごめんタマ、つい我を忘れてしまったわ」

 

『顔がもういつもの“ダメな研究者”のそれっスよ』

 

「……うるさいわね」

 

 一旦、彼らが教会関係者である可能性は除外する。

 世間で認知されている、魔法の枠組みから外れた力を持つあの少女を、教会が黙って見逃すはずがない。

 

 だからと言って、ギルドから派遣された傭兵にしては、想定以上に規格外に見えるのだけれども。

 

 リュミエールの脳裏で、二つの欲が天秤にかけられていた。

 

「どうしよう、私、遺跡より今はあの連中の方が気になるかもしれない」

 

『完全に本末転倒じゃないっスか、それ……』

 

 理性は、まだ残っている。

 ――たぶん。

 

 だがそれ以上に、彼女の好奇心は、もう完全に前に出ていた。

 

 

 ◆◆◆

 

 

「……この辺りのはずなんですけど」

 

 依頼書に記されていた場所は、森のはずれにぽっかりと空いた、何もない空間だった。

 

 目立つ岩も、祠も、古木もない。

 強いて言えば、周囲よりわずかに草が踏み固められている――それだけだ。

 アリシアは訝しげに依頼書を凝視する。

 

「どこかで道、間違えちゃいましたかね」

 

「いや、ここまでほぼ一本道でしたし……」

 

 後ろからのぞくように依頼書を見ていた、レグナスが顔を上げる。

 ヴァルドは周囲を見回しながら、『何か』の気配を察してポツリと呟く。

 

「――いる」

 

 

 ――空気だけが切り替わったのを肌で感じた。

 

 

「――!?」

 

 アリシアは慌てて辺りを見回すが、周りの景色に変化はない。

 ただ何故だろうか。

 同じなはずなのに、自分達だけ別の場所に切り離されて置かれたような、奇妙な感覚。

 

 今のアリシアには知る由もないが。

 周りに存在を悟られたくないための、人避けの結界である。

 

「私の依頼を受けてくれたのは――あなた達?」

 

 凛とした、強い意志と威厳を感じるような響き。

 

 木々の奥から、声とともに人影がゆっくり、こちらに向かって姿を表す。

 全身を通り名に沿って深緑のローブで覆い、その顔は仮面に隠されていて表情が読めない。

 

 声色から察するに、若い女性であることは想像できる。

 

 アリシアは、思わず手元の依頼書を強く握りしめる。

 

「……あなたが『深緑の魔女』さんですか」

 

「まあ、そう呼ばれたりすることもあるわね」

 

 そう言って、仮面の奥から魔女の目線が、じっと見定めるようにアリシアを注視しているのが見てとれた。

 

「さっきのゴーレムを倒したの、あなたよね? 見てたわよ」

 

「あ、そうです! あれって、魔女さんからのテストだったんですよね? どうでした? 私たち合格ですか!?」

 

 魔女が纏う空気に一切臆することなく、前のめりなアリシアに対し、魔女思わず気圧されるように下がった。

 

「ん――ま、まあ、実力については申し分なかったわよ」

 

 裁定する立場として冷静を装いつつも、魔女は内心、目の前の少女に対する戸惑いを必死に仮面の下に隠そうとしていた。

 

 思ってたよりグイグイ来るわね、この子――しっかりしなきゃ私! こんな所で気圧されてどうするのよ!

 

 その内情を知ってか知らずか、ヴァルドが横から助け舟を出す。

 

「人避けの結界に、仮面までして素性を隠して――随分と徹底しているが、そんなに秘密裏に動かないとまずい事情でもあるのか?」

 

 その問いに対し、魔女は調子を取り戻すようにわざとらしく咳払いをすると、めんどくさそうに肩をすくめる。

 

「……ちょっと厄介な連中に、目をつけられてるのよ。申し訳ないけど、あなた達のこと、まだ完全に信用したわけじゃないから」

 

「なるほど。僕の頃からそっちは随分、環境が変わっているみたいですね」

 

 レグナスが一歩前に出た。

 

「この二人の身元は、僕が保証しますよ――お久しぶりです。といっても、二年前に一度仕事を受けてそれっきりでしたが、覚えてますかね? 確か南方の遺跡から遺物を持ち帰るような話だったような」

 

「……二年前?」

 

 レグナスの顔と彼の言葉に、仮面の奥の視線が止まる。

 三人の侵入を確認した時に感じた違和感が、ようやく腑に落ちた。

 

「…………あ」

 

 ほんの一瞬、間の抜けた声が漏れる。

 

「ああーっ! 思い出した! あの時の槍使いか!……あの時はよく、お互い生き残ったものね」

 

「……忘れてたんですね。生きるか死ぬかの瀬戸際まで振り回されたのに、地味にショックですよ」

 

 互いの脳裏に、かつての『命がけの冒険』が一気にフラッシュバックする。

 あの出来事は、二人にとって“一度きりで十分すぎる”経験だった。

 

「悪かったわね……仕方ないでしょう? あれから一度も会ってなかったんだし……」

 

 はあ、と仮面越しに魔女がため息をするのが伝わってくる。

 

「顔バレしてるなら、もういいわ……この仮面窮屈だし。一旦あんたの言葉を信じることにする」

 

 そう言って魔女――リュミエールはその仮面とフードをとった。

 その下からは流れるような黒髪と――鮮やかなワインレッドの、鋭く涼しい瞳が露わになる。

 

(すごい美人さんだぁ……)

 

 それを見たアリシアは思わず、彼女の素顔に目が離せなくなってしまう。

 

 彼女の憧憬する目線に気づかないまま、リュミエールは三人を見据えて言った。

 

「私は『グレース』……依頼書を見て来てくれたってことは、内容に同意してくれたってことでいいのよね?」

 

「遺跡の調査への同行、だったな」

 

 ヴァルドの確認にリュミエールは頷いて答える。

 

「そう、先日見つけたばかりの未踏の遺跡……私はそこから少しでも、古代の魔法文明の手がかりを持って帰りたいの。だけどそういう遺跡は、罠が生きていたり、魔物が住み着いていることが多い」

 

「それで自分以外に、腕の立つメンバーが欲しかった、と?」

 

「そう、それで差し向けたのがあのゴーレム。あれに苦戦されるようじゃ、お話にならないからね――で、いくつかちょっと聞きたいんだけど」

 

 リュミエールはそのまま返事を待つことなく、目の前のアリシアの手を両手でばっと掴んだ。

 アリシアは思わず面食らう。

 

「ふえ!? 『グレース』さん??」

 

「……あなたがさっき戦った時使ってたあれ、何?」

 

「あれっていうと……?」

 

「あのピッチフォークを巨大化させたやつ、あれって魔法? どこで覚えたの? どんな物でも巨大化できるの? 《呪文(スペル)》は? 持続時間は? それとも永続?」

 

 アリシアが先ほどまで抱いていた、孤高と威厳に満ちていた魔女像が、一気に崩れ去る。

 こちらに向ける彼女の目は、羨望の輝きに満ちていた。

 

「ヴァルドさんー……」

 

 矢継ぎ早に飛んでくる質問を前に、アリシアは何も返せず、心底「どうしよう」という顔をヴァルドに向けている。

 

 ――“エサ”の効果は、思っていた以上に絶大だったようだ。

 

「ちょっと待て。他にもっと確認しなきゃいけないことが……」

 

「あんたもあんたよ!」

 

 思わぬ形で、リュミエールの関心がヴァルドに飛び火する。

 

「監視の“目”があったことには、最初から気づいていたみたいだけど、その“目”の位置までどうやってわかったの? あなたの魔法も見させてもらったけど《呪文(スペル)》の選定とか、魔法の生成プロセス部分とか、聞きたいことが山ほどあるの!」

 

「……それ、今すぐ聞かなきゃいけないことか!?」

 

 その勢いに、ヴァルドもつい素が出てしまう。

 

 無意識にレグナスの方に目線を向けると、彼は特に驚くこともなく、ただ生暖かい目とその笑顔だけで、「だから言ったでしょう?」と心情を語っていた。

 

 ――彼女もレグナスと同様、自分の「好き」に対して、驚くほど思考が単純になるタイプの(やから)だ。

 

 覚悟して来たとはいえ、早くもヴァルドは自身の心が折れかけているのを感じた。

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