勇者をプロデュース!〜無名の田舎娘が、神さまイチ推しの勇者になるまで〜 作:朴月イチロ
ひとしきりの騒動が落ち着いた頃。
リュミエールの案内のもとで、四人は森の奥に足を進めていた。
木々が生い茂り、目印らしいものもない。
彼女の先導がなければ、進むどころか町に戻ることも難しそうだ。
やがて、とある森の一角にたどり着くと、リュミエールは立ち止まって後方の三人に声をかける。
「お待たせ、ここが私の隠れ家よ――《
その《
「すごいですね! 何もない所から家が!」
「……《
冷静を装いつつも、素直な賞賛は悪い気がしない。
「……ここまでするほど、"目をつけられている"連中から身を隠す必要性があるってことか?」
ヴァルドの素朴な疑問に対し、リュミエールは一瞬言葉に詰まる。
「別に隠れているわけじゃないわよ……ただ、誰にも邪魔されずに静かに研究をしたいだけ」
そう言いながら扉を開けると、室内から垢抜けた声とともに、白い饅頭のような鳥が飛び出した。
『姐御ーっ! 遅かったっスね! 心配したっスよ……あれ? 連れて来ちゃったんスか?』
タマの異質さは、リュミエール以外の三人の思考を止めるには十分な衝撃だった。
「か……かわいいいいい……!!」
すぐさま、そのフォルムの虜になったアリシアの口から、堰を切るように感動が溢れる。
「『グレース』さん! この子なんていう名前ですか!?」
「え……この子は"タマ"……魔法師の魔力を食べて活動する、『人工精霊』よ。見るの初めて?」
「抱っこしてもいいですか!?」
「……いいけど」
アリシアの勢いに気圧されつつも「大丈夫よ」と声をかけると、タマはおっかなびっくりにアリシアの目の前まで降りてきた。
『……どぞー』
「失礼しますね!」
アリシアはその両手と全身でタマを抱きしめる。タマの毛並みは、猫のそれに近い。
――これは理性が溶けるタイプの生き物だ。
レグナスは横で必死に笑いを堪え、ヴァルドはめまいに耐えている。
――彼女は一応、将来魔王を倒してこの国を救う、勇者になるはず(予定)なのだ。
そう導くのは誰か。
他ならぬ自分が、である。
彼女の素質は信じているが、時々、無性に不安になる。
「……なんか、申し訳ない」
ヴァルドの精一杯の誠意に、リュミエールは唖然とアリシアを眺めながらも、存外穏やかに応じた。
「まあ……さっき私も迷惑かけちゃったし。いいわよ、これくらい」
『姐御ー? ワイの意志はー??』
腕の中で、タマはその小さい羽をばたつかせて存在を主張していた。
◆◆◆
魔女の家の中は、必要最低限の生活用品で取りまとめられていた。
本や魔物素材や薬瓶など研究資料が机の上に並べられているものの、全体的に物数は少ない。いつでも拠点を手放せるよう、身軽にしているともとれる。
リュミエールは中央のテーブルの上に、周辺の地図を広げた。
「この辺一体はね。かつて古代の魔法文明があった頃は、普通に居住区エリアだったらしいんだけど……」
そう言って、森のとあるエリアを指先で囲うように円を描く。
「当時の記録や文献を解読する限り、そういう居住区エリアを隠れ蓑にして、裏では結構ギリギリな研究をしていたようなのよね」
「ギリギリっていうと……?」
「……『次元』とか『生命』とか、一歩間違えたら人の手に余るラインの、技術領域分野のことだ」
アリシアの素朴な疑問に、ヴァルドが静かに応える。それに対し、リュミエールは目を細める。
「もしかして、あなたも『この分野』に詳しい感じ?」
「魔法学院で学ぶレベルから、少し独学でかじったくらいだ。総合的な知識量で言えば、そちらの方が詳しい」
「ふーん……」
リュミエールは内心の引っかかりを気にせず、地図の一角を指して叩く。
「数日前に私が見つけたのはここ。現地をしらみ潰しに探して、明らかに人工に作られた地下への扉を見つけたの。わずかだけど、魔力反応も感じた。古代の研究施設の名残じゃないかって睨んでる」
「よくこんな広大な森林から、ピンポイントに見つけられましたね」
レグナスが感心を込めて称賛すると、タマが横から口を挟む。
『いやー大変だったっスよー。何日も魔力測定しながら歩き回って、ようやく見つけたんス』
「『グレース』さん頑張り屋さんなんですね……!」
「まあ、古代魔法文明を探求するんだったら、このくらい自分の足は使わなくちゃ」
――古代魔法文明。
アリシアにとってまた初めて聞く言葉だ。
「で、私はこの遺跡に潜って、中に当時の資料やサンプルがあれば持ち帰りたいのよ。今後の私の研究のために!」
「……一つ聞くが、そのお前のいう"研究"っていうのは、なんだ?」
力説するリュミエールに対し、ヴァルドは静かに問いかける。
「隠れていた遺跡を暴いてまで、お前は古代の魔法文明への介入をおこなっているわけだが、下手すると、国が吹き飛びかねない技術領域だぞ。それに対してお前の"研究"は一体何のためだ? まさかここにきて"自分の好奇心のため"とか戯言を言わないだろうな?」
「……異論があるなら、ここで手を引いてもらっても構わないのよ?」
先ほどまでの空気が一瞬で凍った。
互いに目線を逸らさない。
気まずい沈黙が流れる中、アリシアが二人の顔を交互に見ながらオロオロしているのを横目で見て、最初にいたたまれなくなったのはヴァルドだった。
「――詮索しすぎたな」
「――私は依頼人で、あなた達は雇人。その境界は守りましょう? その方が、お互いのためよ」
一旦丸くおさまったことを察して、アリシアはホッと胸をなでおろす。
対してレグナスは何事もなかったかのように、片手を上げる。
「ご心配なく。依頼自体は受けるつもりでいますので。で、いつ出発します?」
「できれば今からでもすぐに出たいんだけど……予想より早く協力者が見つかったからね。私もまだ探索用の準備をしきれてないの」
その後の会話で、出発は明朝に決まった――のだが。
四人はその場で新たな問題に直面することになる。
――『今日の夜をどこで過ごすか』問題である。
◆◆◆
時は同じくして。
静寂に満ちた執務室に、ノック音が響き渡った。
「――ヴァルヘイム卿、フェルナーです。例の件、途中経過の報告に参りました」
「開いている、入りなさい」
執務室の扉が開かれると、そこには三十代半ばと思われる青年が立っていた。
髪はきっちり整えられており、眼鏡をかけた様は、彼の厳格な性格のイメージをそのまま体現しているように見える。
レオン・フェルナー。
教会組織の中で、各地の遺跡、遺物を管理する『聖遺構管理院』の監理官である。
机上で書き物を行っていたヴァルヘイム卿が顔を上げると、レオンは恭しく頭を下げ、端的に伝達する。
「例の魔女について、ですが。協力者らしき傭兵三人と合流した模様です。監視フクロウの報告では、現在、フェルム近郊の森深くに潜伏しているかと。彼女が発見した遺跡の裏付け調査も並行しておりますが……記録資料の乏しさから見て、非合法で作られた実験施設の可能性が高いと思われます」
「なんとなくきな臭いなぁとは思っていたが……非合法ってことは、一般的に“見つかりたくない”っていうことだからねえ」
古代の魔法文明時代から残された遺跡は、大体ロクでもない使用用途をされていたものが多い。
自分達の先祖はどういう価値観の上で行動をしていたのか、相変わらず理解に苦しむ。
「ヴァルヘイム卿。我々の手で、先に遺跡をおさえてしまった方が早いのでは? 彼女が内部に踏み込む前に」
「フェルナー監理官、我々は常に人手不足なのだよ? 彼女は確かに厄介ではあるが、先に中を確認してくれるなら、むしろ好都合だ」
ヴァルヘイムのその言葉に、フェルナーはつい反論しかけたが――ここは「かしこまりました」と頭を下げた。
『我々は厄災を防ぐ盾とならねばならない』
――それが例え、多数を救うために少数を切り捨てることになろうとも。