勇者をプロデュース!〜無名の田舎娘が、神さまイチ推しの勇者になるまで〜 作:朴月イチロ
――翌朝。
白みはじめた空の下、夜に沈んでいた森の木々が輪郭を取り戻していく。
静寂を切り裂くのは、足音ではなく大気の震え。
《
正体は、巨大な狼。その背には四人が乗っている。
やがて『目的地』付近に到達したと判断したのか、狼は前触れなく急停止した。一拍遅れて、背上の四人に強烈な浮遊感が襲う。
首元に陣取っていたリュミエールは、簡易的な座標確認を済ませると、満足そうに狼の頭を叩いた。
「よーし! さすが私の“フェンちゃん”! マーキングど真ん中!」
“フェンちゃん”は誇らしげにひと鳴きする。
「さあ、すぐそこが遺跡の扉よ! 報酬分の仕事はしてもらうから――って」
勢いよく振り返った彼女の視界に入ったのは、ぐったりと項垂れた三人だった。
「……ふざけるなよ」
ヴァルドは恨めしそうな目を向けながら、かろうじて声を絞り出す。
「徒歩よりは革新的なのは認める……だが、人を乗せるなら制御面をどうにかしろ……今に死人が出るぞ」
「言ったでしょ! "少し荒っぽい"って!」
「この乗り心地を"少し"と言い張るか。その基準、今すぐ改めろ」
余計な詮索を避けようと転移魔法を使わなかった自分を、ヴァルドは心の底から呪った。
時は、数十分前に遡る。
隠れ家を出るにあたり、リュミエールが用意した移動手段が、この狼――“フェンちゃん”だった。
その体躯はアリシアへの効果は絶大であり、今にも抱きつきそうな勢いでうずうずしている。
……何事も見た目で判断するのは良くない。
彼女は一応、『深緑の魔女』と二つ名まで持つ魔法師なのだから。
「これも昨日の“ゴーレム”みたいな魔法生物か?」
昨日、彼女に対する研究の意図を問いただした時の、あの空気を思い出す。
少々踏み込みすぎた自覚はある。
危うく「これは何だ」とストレートに切り込む所だったが、ヴァルドは遠回しな言い方を選んだ。
リュミエールは得意げにフェンちゃんの首元を撫でる。
「本質的にはタマと同じよ。人工精霊のフェンリルこと“フェンちゃん”。魔力消費が重くて移動専用だけど、速いわよ? それに可愛いし」
『姐御はモフモフ系とか、ずんぐり系とかに目がないんスよ』
タマの補足に、アリシアは同調するように全力で頷く。
造形に深遠な意図があるのかと思いきや――完全に趣味だった。
ヴァルドの目から、光が一段階失われる。
「こんな体躯で森を走ったら目立ちませんかね?」
「《
当然のように答える。
レグナスも、あっさり頷く。
この順応の速さ……ヴァルドは一人、ある種の疎外感を感じていた。
「少し荒っぽいけど、すぐ慣れるわ。さ、乗って。長丁場になるわよ」
そう言って、リュミエールがちらりとヴァルドの方を見た。
――細めた瞳に、測るような光が宿っている。
敵意とは違う。だが、無害とも思えない。
戸惑うヴァルドの袖を、こっそりアリシアが引っ張る。
「大丈夫ですよ。ヴァルドさんに対する『グレース』さんの誤解は、昨夜わたしが晴らしておきましたので!」
「そう思えるような態度じゃなかったんだが?」
『誤解を晴らした』という言い回しが引っかかる。
一応、余計なことは言うなと、釘を刺しておいてはいたが。
……この少女が守った保証はない。
考えるだけで頭が痛い。
もっとも、使用可能な魔法技術ギリギリである、空間転移魔法を使う覚悟をしていた身としては、移動手段があるだけありがたい。
さすが『深緑の魔女』。
――などと呑気に考えていた数十分前の自分を、今すぐ殴りたい。
その結果、遺跡へ挑む前にパーティーとして半壊している。
まずは各々酔いを鎮めるケアから始まった。
◆◆◆
「……さあ気を取り直して、この辺の一角、地面じゃなくて石畳になってて、そこが地下遺跡への扉になってるんだけど」
一時的に役目を終えた“フェンちゃん”を茂みに休眠させ、戻ってきたリュミエールは足元を払う。土の下から溝と共に石肌が現れた。
「開け方は把握済み、ということでいいんですよね?」
レグナスの確認にも、彼女は鼻で笑う。
「心配無用、鍵はすでに準備済みよ」
そう言って、リュミエールは懐から銀細工の細い棒を数本取り出した。
先端には微細な魔法発動用の《魔法言語》が刻まれている。
人が魔法を放つ際に放出される魔力には、指紋のように個体ごとの《波形》がある。それを《
扉は、その紋を“本人確認”に使っているのだ。
「だから同じ波長を放つ《
リュミエールはさらりと言う。
だがそれは簡単な話ではない。
石畳に染みついた魔力の残滓を採取し、穴だらけの波形を繋ぎ直し、再構築する。
通常なら解析だけで、気の遠くなるような工程のはずだが、それを彼女は、遺跡の発見からわずか数日のうちにやってのけた。
(……趣味趣向はともかく、腕は本物か)
ヴァルドは内心で彼女への評価を改めた、その時。
――視線を感じた。
森の奥で、風とは違う微かな葉擦れが鳴る。
リュミエールは一瞬だけ目を細めたが、すぐに石畳へと視線を戻した。
「いい?……行くわよ」
《
その束の先端が、石肌に刻まれている幾何学的模様の中心に触れた瞬間――。
スパークの如く、溝を沿って閃光が走った。
一拍置いて、目の前の石畳の一角に、暗闇を内包した四角形の『穴』が姿を現す。
「『グレース』さんすごーい!大成功ですね!」
「ふぅん、まぁ、ざっとこんなもんよ」
アリシアに褒められてまんざらでもないリュミエールは、穴の淵から中を覗く。
予想に反して、中は真っ暗だ。底すら見えない。
「てっきり、階段とかが出てくるものかと思ってましたよ」
「ぱっと見、なんの変哲のないただの穴だな。罠なんじゃないのか?」
レグナスとヴァルドも、穴の淵から覗き込んで率直の感想を述べる。
二人の言葉に、リュミエールは一瞬考え込んだ。
「鍵が通じた手応えはあったから、トラップじみたものじゃないと思うんだけど……」
そんな思考をしていたのも束の間。
上空から、何かが音もなく、空気を裂くように向かってくる気配を感じた。
複数の、フクロウ。
本来の彼らは群れで行動するような生態ではない。
その異様な光景を見たリュミエールの口から、「げっ」と声が漏れる。
「……さっきから感じてた視線の主はこいつらか」
「どうします? やっちゃいますか?」
「え? え? あのフクロウさんたちも魔物なんですか……!?」
三人の言葉に対し、リュミエールは慌てて両手を振って声を荒げる。
「ダメーッ! 絶対ダメ! 厄介なことになるから、そいつらには手を出さないで!」
「『グレース』さん!? で、でも……」
「いいから早く遺跡の中入るの! そいつらも中までは追ってこないから!」
そう言ってリュミエールは、一目散に穴へ向かって飛び降りていった。
その光景を見届けた三人は、お互い顔を見合わせる。
「……参考までに。僕が彼女と二年前に入った遺跡は、大変ロクでもなかったです」
「念押ししなくても、なんとなくわかる」
「『グレース』さんを放っておいておけません! 私行きます!」
そう言ってアリシアは意を決したように、穴に飛び降りた。
そこをヴァルドとレグナスは可能な限りフクロウたちを遠ざけてから、隙を見て飛び込む。
フクロウ達がその場で旋回し、再び戻ってきた頃には。
先ほどまでポッカリ開いていた穴が、嘘のように消失していた。
◆◆◆
一方。
「フェルナー様、対象、遺跡内に入りました」
フクロウの『目』を通じて状況を把握していた魔法師が、冷静に事実だけを述べた。
その報告に、傍らの男はただ眼鏡のフレームを上げる。
「よかろう、想定内だ。例のものを回収しろ。こちらも準備が整い次第、突入する。」
「わかりました」
その場にいた魔法師たちが一斉に散開する。
それを見届けた男――フェルナー監理官は、内心吐き捨てるように呟いた。
(あの《
非常に腹正しいことだが。
古代魔法文明に関連する『魔法』に対する解析力や再現力は、教会関係者のそれをはるかに上回る。
だからこそ、放置して置けない。
(……くれぐれも、無駄死にしてくれるなよ)