勇者をプロデュース!〜無名の田舎娘が、神さまイチ推しの勇者になるまで〜 作:朴月イチロ
穴から覗き込んだ時は、底の確認ができないくらい真っ暗だったのに、思ったより浅い。
衝撃は軽く、すぐに石床が足を受け止めた。
話に聞く限り、永らく閉ざされていた空間のはずだ。それなのに、淀みも湿りも感じられない。
ただ、温度だけが均一に保たれている。
「《
ヴァルドの《
その光に照らされて、暗闇から他の三人が姿がはっきりと確認できた。
「全員、なんともないか?」
その声に各々問題なしをアピールするよう、片手を上げるのを確認すると、ヴァルドは光球の一部を自分たちが落ちてきた頭上へ向かわせた。
そこには、滑らかな石造りの白い天井が広がるばかりで、落ちてきた穴どころか、扉と思しき継ぎ目すら見当たらない。
「これ……私たち、どこから入ってきたんですかね」
光球を目で追うアリシアは、思わず息を呑んだ。
彼女の疑問にリュミエールが続く。
「あの穴。物理的な穴っていうより、離れた空間同士をつなぐトンネルだったみたいね……もう! 入る前にもう少し調べておきたかったのに、あいつら――」
と、言いかけたところで、リュミエールは口をつぐんだ。
――あのフクロウの群れを前にした際、彼女は声を荒げて反撃を制止した。
早く遺跡へ入るよう急かした姿が、まだ記憶に新しい。
レグナスが静かに口を開く。
「そろそろ、聞いてもいいですかね?」
気まずそうな顔をするリュミエールに対し、レグナスは構わず進める。
「先ほどの偵察用のフクロウ。あれを放っているのは、あなたが言っていた『目をつけられている厄介な連中』であってますか?」
「……そうよ」
少しの間逡巡した後、リュミエールはため息をつきながら、観念したかのようにぼやいた。
「あれは、アイギス教団の聖遺構管理院の密偵。少し前にちょっとあいつらと、色々あってね……それ以来、私が外で調査とかしてる時に、たまにああやって見張ってくるのよ」
「アイギス教団……」
その名をなぞった刹那、レグナスの眉根がわずかにはねた。
ほんの一瞬だけ、表情が硬くなる。
ある程度の目星はつけていたとはいえ、よりにもよって、一番「ハズレてほしい」と願っていた組織である。
ヴァルドも呆れたように、思わず肩をすくめた。
「最初から見張られているって、わかってたのか」
「確証なかったし……まさか今になって密偵が、あんな強硬手段をとってくるなんて、思わなかったのよ」
そんな三人のやりとりを前に、アリシアは口を半開きのまま固まっていた。
何度か言葉を探すように唇を動かし、やっと声を絞り出す。
「アイギス教団って、盾の女神さまの教会のこと、ですよね? え? そこと『グレース』さんが、どうしてケンカするような事になっちゃったんですか?」
アリシアの知る『アイギス教団』は、盾の女神の加護を説き、この国の安寧を祈る組織だ。
村で暮らしていた頃、辺境の村で土砂崩れがあった際は、食料などの物資を援助したという話も聞いたことがある。
そんな“守る側”のはずの組織が、誰かを追い詰める側に回る構図が、どうしても腑に落ちない。
アリシアが半ば混乱しながら頭を抱えていると、レグナスが穏やかにフォローする。
「アイギス教団も、色々な顔があるんですよ。あなたの言うような『表の顔』がある一方で、世界にとって脅威になり得る異分子に対しては、徹底的に容赦がない」
そう言って、レグナスの目線はリュミエールに移る。
「……訳ありの多い古代の魔法技術を嗅ぎ回るような魔法師を、放置しておく謂れはないって事ですね。」
「そんな……『グレース』さんは別に悪い事とか考えて、古代の魔法技術を調べてるわけじゃないのに……!」
「理由なんて関係ない」
感情的なアリシアの憤りに対し、ヴァルドは淡々と制する。
「教団にとってはもう『グレース』がやっていることは、許容できるラインを踏み越えてるんだよ。それくらい『古代の魔法技術』は、この国の連中にとって腫れ物扱いしているっていう事だろうな」
「……」
アリシアは少し視線を落とした。
昨夜の彼女の言葉が、不意によみがえる。
――夢やロマンがいっぱいな分、綺麗なモノばかりじゃないけどね。
『綺麗じゃないモノ』とは、どういうモノなんだろう。
教団の人たちが見過ごせないほど、『よくないモノ』なのだろうか。
無意識に、指先がぎゅっと自分の服の裾を掴んだ。
本当に『よくないモノ』なのであれば、それを慎重に扱いたいという気持ちも、理解はできる。
だとしたら、なおさら――。
「……ごめん!」
剣呑な空気が流れる中、リュミエールが、勢いよく頭を下げる。
手のひらを合わせたまま、視線を上げない。
「厄介ごとに巻き込んでごめん……大丈夫。あなた達は用心棒として雇っただけ。私とは無関係ってことにしておくつもりだったから……」
先ほどまでの彼女であれば、軽口の一つでも返すはずの状況だが、言葉を探すように小さく息を吐く。
沈黙が落ちる。
アリシアは、ゆっくり、息を吸い込んだ。
―― 一歩、前に出る。
「大丈夫ですよ、『グレース』さん!」
まっすぐな声が、重い空気を割った。
顔を上げたリュミエールと、真正面から目が合う。
「約束したじゃないですか! 夢に一歩でも近づくような手がかりを見つけるって!」
そこに一切の曇りはない。
「教団の人たちにだって、きちんと話せばきっと伝わります。『グレース』さんが、悪い事を考えて調べてるわけじゃないって!」
「アリシアちゃん……」
「だから、“無関係”なんて、そんな寂しいこと言わないでください」
その言葉に、リュミエールは一瞬、罪悪感で胸が痛んだ。
単純に、知らないだけだ。
「きちんと話せば」レベルで解決する話なら、とっくにやっている。
わかり合おうとして、何度もぶつかって。
それでも届かず、結局は諦めた。
だからこそ、そんな言葉は、理屈ではいくらでも否定できるはずなのに。
――どうしてか、その声だけが心に残る。
おそらく、彼女は、本気で"そうできる"と信じている。
それがどれほど無謀かも知らずに。
……それなのに、その無謀さが、どうしても嫌いになれなかった。
一方、そんなアリシアなりの『決意』を目の当たりにして、ヴァルドとレグナスは小さく視線を交わした。
相変わらず甘い。
だが、それが彼女だ。
危うくて、まっすぐで、気が気じゃない。
だが、彼女が『そう決めた』のなら――こちらがすることは一つ。
「まあ、お気になさらず。報酬分の仕事はしますので」
「どの道、出口を見つけるためにも探索は避けられないしな」
そんな彼らに呼応するように。
奥の闇から、空気を震わせる、唸るような音が伝わってきた。