勇者をプロデュース!〜無名の田舎娘が、神さまイチ推しの勇者になるまで〜 作:朴月イチロ
「……で。ここの用途は研究所だったか」
魔法による光球をさらに増やしながら、ヴァルドは辺りを見回しながら呟く。
慎重に通路を進みつつも、確認できる範囲では不審なものは見当たらない。両側は石造りの壁に囲まれ、明かりが及ばない前方は引き続き暗闇に閉ざされている。
リュミエールも、その指先から探査用ペンデュラムの鎖をおろし、周囲の魔力の残滓を測る。
「まだ“かもしれない”っていう推測レベルだけどね……その辺のものを無闇に触っちゃダメよ。どんな仕掛けが動くか、わかったものじゃないから」
「君と以前入った遺跡は、落とし穴に針山、火炎放射やら溶解液やら、なかなか殺意高かったですね」
なんともないように語るレグナスの言葉に、アリシアは「えっ」と小さく声をあげて、床に視線を落とした。足を一歩進めるたびに、今にも床が抜けるのではないかと、気が気でない。
リュミエールは横目でレグナスを睨みながら、渋い顔をする。
「あなたと入ったあの遺跡とここじゃ、施設としての役割が全然違うわよ。流石にあんな殺意高い罠はない……と、思いたい」
「それにしても、放置されて千年以上経った施設にしては……」
ヴァルドが浮かべた光球を巡らせる。天井、両壁、床。
天井や壁の破損も見られず、空気は一定に保たれており、黴臭さはない。
床石の角は摩耗しておらず、踏み締めると硬質な反発が返る。金属部位も薄く埃をかぶっているだけで、赤錆も見当たらなかった。
「何というか、ちゃんとしているな」
「ここに限った話じゃないけど、古代の魔法文明の遺跡って、総じて最近まで使ってたんじゃないかってくらい状態がいいのよね……自立型のメンテナンス機構でも備えてるのかしら……」
言葉は冷静だが、リュミエールの足取りは明らかに前のめりだった。周辺をまじまじと見つめる目は、外にいた時より明らかにすわっている。
まずい。
森で初めて会った時と同じだ、とヴァルドは悟る。
「あんたの知識が頼りなんだから、ハメ外すなよ……?」
――その瞬間。
通路の奥から、金属が擦れるような乾いた音が微かに響く。
床石の継ぎ目に、淡い光が走った。
『――被験体ノ逃走ヲ確認、隔離ヲ開始シマス』
一拍の静寂。
「……え?」
アリシアの声と同時に、目の前の床から光線が跳ね上がる。線は瞬く間に交差し、前後を塞ぐ網目へと変わった。
空気が焼けるような匂いがする。
左右の壁では《
考えるより先に、体が動いた。
「――《
「――《
ヴァルドの放った衝撃波が網目を穿つ。それと同時に、リュミエールが壁面の《
だが、吹き飛ばされた光の断面が糸のように絡み合い、再び織り直されていく。
「修復してる……!?」
リュミエールは冷や汗をかいた。
穴の縁から光が滲み、網が再構成される。速度が速い。
四人は迷わず、開いた隙間へ飛び込んだ。
背後で網目が閉じる音がする。空気が震え、アリシアのジャケットの袖口がかすかに焦げた。
「――どういう状況なんだこれは!」
ヴァルドは声を荒げる。
走る先の通路でも、床と天井に光が走る。網目が生成される前に叩き壊す。
壊しながら進むしかない。
壁面に、やや掠れた赤い文字が浮かび上がる。
《■■内包■■測開始》
《■■率算出中》
数字が高速で流れる。
四人が駆け抜ける中、一瞬だけ、レグナスの前で数値が跳ね上がった。
――誰も気づかない。
「……さっきの《
リュミエールは走りながら振り返る。
「明らかに私たちを捕まえにきてるわね!」
「さっきの声、幽霊じゃないですよね!?」
アリシアの声色に恐怖が滲む。
背後で網が閉じる。逃げ道が削られていく。
「大丈夫、施設側の自動音声ですよ。被験体を隔離するとかどうとか」
こんな状況でも、レグナスの声色は一向に変わらない。
「被験体!? 私たちがですか!?」
「流石に、ちょっと笑えないですねえ」
無機質な声が、再び響く。
『――被験体ノ生存ヲ優先。損壊許容値五%』
排除ではなく、捕獲。
通路は静まり返りながら、確実に彼らを囲い込もうとしていた。
◆◆◆
どれほどの時間を走り回っただろうか。
もはや自分たちがど、のようなルートを辿ってここにいるのか、思い返す余裕もない。背後では光が走り、通路の先々で網目が生成され続ける。
通路脇に口を開けた小部屋が視界に入った。
「右だ!」
一か八か。
ヴァルドの声に四人はほとんど転がり込むようにその入口をくぐる。
最後尾のレグナスが振り返った瞬間、背後から迫った光の網が入口手前で急停止した。
通路だけが監視対象だったのか、再び辺りに静寂が戻る。
荒い呼吸だけが、部屋の中に響く。
壁にも天井にも《
追尾が及ばないことを確認し、四人はようやく肩の力を抜いた。
「――どう思う?」
息を整えながら、ヴァルドが低く問う。
あの捕獲システム、一体何がトリガーになったのか。
侵入か、通路の滞在時間か、魔力反応か。推測は浮かぶが、確証はない。
リュミエールも額の汗を拭いながら首を振る。
「侵入者、じゃなくて被験体、ねえ……内部関係者としては認識されてるみたいだけど、厄介な線を踏んだわね、私たち」
「しかし、参りましたね」
レグナスはひっそりと入口の縁から外を伺う。
通路は何事もなかったかのように、静まり返っている。
だが、先ほどまであれほど激しく反応していた捕獲機構が、完全に沈黙しているとは考えにくい。
「これじゃあ、まともに探索して周るには酷ですよ」
「古代の魔法ってすごいですね……あの光の網が出ないようにできないんでしょうか……」
レグナスの後ろから、アリシアも恐る恐る外を覗き込む。
「この遺跡の動力機関室の場所さえ分かれば、動いている魔法機構を止められるかもしれないけど……」
リュミエールは髪をかき上げ、早口になりそうな思考を強引に整理しながら答えた。
命令系統の最上層を抑えてしまえば、コントロールできる。理屈は単純だ。
だが、地図も手掛かりもないまま奥へ進めば、さらに強力な機構に踏み込む可能性もある。
考えは巡るが、決め手がない。
ふと、アリシアの視線は部屋の内部へ向いた。
「それにしてもこの部屋、なんなんでしょうね」
外の気配に神経を割いていたが、改めて室内を見渡す。
最初は、ただの物置かと思った。
壁沿いに並ぶ鉄製フレームの棚。規格の揃った円柱型のガラスケース。
――整然とされた光景だった。
割れたケースもあるが、破壊というより“劣化”に近い。
荒らされた形跡はない。むしろ、用途を終えて静置された印象が強い。
ガラスは厚く、底部には《
そのうちの一つに、中にうっすら影があるのが見てとれた。
アリシアがゆっくりとその中身に近づく中、背後からヴァルドの操作する光球が、それを照らす。
「――待ってアリシアちゃん! それ……っ」
リュミエールが慌てて引き止めようとしたが、遅かった。
“ソレ”の正体を理解した瞬間、アリシアは目を見開く。
――わずかに揺れる保存液の中に、心臓と思しき臓器が沈んでいる。