勇者をプロデュース!〜無名の田舎娘が、神さまイチ推しの勇者になるまで〜 作:朴月イチロ
心臓。
“何”の?
――“誰”の?
そのまま奥へと続くスペースに目を向ければ、同様のガラスケースはまだ複数点在している。
嫌でも想像してしまう。
ここに元々、どういうモノがあったのか――。
「――アリシア」
ヴァルドに肩を掴まれて、アリシアは後ろに引っ張られた。
はっ、と呆然としていた意識が戻ってくる。
「あ……すみません」
「大丈夫か?」
「あの、これって」
「後で話してやる。今はここから――」
「待って、ください」
アリシアは動かなかった。
逃げたい、という気持ちは少なからずある。
吐き気も、目を閉じたい衝動も。
でも今、逃げたいという気持ちと同じくらいの重さで、確かな何かが、胸の中にある。
「……ちゃんと知りたい、です」
思っていたより、声は落ち着いていた。
「ここが……この“場所”が、どういう所なのか」
「そうか」
(……相変わらず、ブレないな)
それ以上の口出しをやめて、ヴァルドは振り返った。
後ろで、何か言いたそうにしているリュミエールと、目が合う。
「……だ、そうだ。こいつの“覚悟”は、この程度じゃ揺るがない」
それを聞いたリュミエールは、「そっか」と静かに息をはいた。
◆◆◆
改めてその『心臓』が入ったガラスケースを、リュミエールは手にとった。
他のものと同様に、底に刻まれた《
「中身の腐敗を遅延させるための、一般的な《
「……何のために、取っておくんですか?」
「いろいろ理由は考えられるけど、一番しっくりくるのは——被験体の生体記録のため、かな」
淡々と言いながら、奥へと進む。
棚を見回す目に、感傷はない。
「ここでは“被験体”に対して、相当込み入った研究をしていたようね」
「あんたが言う所の、“ギリギリな研究”ってやつか」
「わずかだけど、ここにあるサンプルから瘴気の反応がある」
懐から取り出したペンデュラムの宝石に、わずかに赤い光が灯る。
「多少のエグさは慣れてるけど、ここほどのきな臭さは久しぶりね……ここまで来たら、研究の詳細を知るためにも、もう少し探索は続行したい所だけど……」
「……通路を出たら、あの光の網と追っかけっこですもんね」
うーん。
アリシアとリュミエールは二人して顎に手をあてながら、難しい顔をしていると、その行き詰まった空気の中、レグナスの呑気な声が割って入った。
「一旦、通路へ出ずとも、この部屋からは出られそうですよ」
「え?」
(そういえばレグナスさん、今まで静かだったけど……何してたんだろう)
見ればレグナスは、手持ちの槍の柄を使って、部屋の天井を軽く突っついていた。
「いや、ちょっと手持ち無沙汰だったもので、わずかな望みに賭けて、抜け道とかないか探してたんですが……よいしょ」
天井の一角を柄で一気に突き上げると、つなぎ目に沿って天井の石が外れてずれた。
天井裏に、わずかな空間が見える。
「……なるほど。保守用の裏通路かね」
「まあ、安全性もルート面も、保証されているものではないですが……」
闇雲に追いかけっこするよりかは、マシだと思うんですよね。
そう言ってレグナスはほくそ笑んだ。
◆◆◆
天井裏のスペースは、人ひとり通るのがやっとの細長い通路となっていた。
その壁一面には空調用らしき管が複数見られ、一部表面には《
リュミエールだけは、それを楽しそうに目で追いつつも、先頭のレグナスに声をかける。
「分析用の生体サンプル置き場があるなら、それほど遠くない位置に研究スペースもあると思うのよね」
「下に空間がありそうな床板を、片っ端から抜いてみるしかないですかね。まあ、この通路がうまいこと、研究室の類と繋がっているといいんですが」
「よかったですね! 罠とかなさそうで!」
「普段使いするような通路じゃないんだろう」
その後ろをアリシアとヴァルドが続く。
自分たちがきた道を振り返りつつ、ヴァルドは改めて、この研究施設について思いを巡らす。
設備の水準は、今のオルヴィルから見て明らかに浮いて見える——それでいて、滅んだ古代文明の遺跡にしては、周囲に在るものが生々しすぎる。
――古代の魔法文明の遺跡って、総じて最近まで使ってたんじゃないかってくらい状態がいいのよね。
ここに入ったばかりの時の、リュミエールの言葉を思い出す。
(考え過ぎだろうか)
「――ここの下、部屋がありそうですね」
一方で、槍で床板を叩いていたレグナスが、その足を止めた。
それを見たリュミエールが、その手にあるペンデュラムを床板に向けて下ろす。
「――ん。魔力値も瘴気値も、異常なさそう」
「じゃあ見てみますか」
懐からナイフを取り出し、レグナスが床板の隙間をなぞるように力を入れる。少し抵抗感があったものの、思ったより呆気なく床板ははずれた。
天井から上半身だけ身を乗り出すのに合わせて、ヴァルドの光球が室内を照らす。
金属に近い、あまり馴染みのない匂い。
先ほどのサンプル置き場より、縦の密度が低い分、空間が広く感じられた。
作業台が複数点在しており、その上には器具類や紙束が雑多に置かれているのが見える。
「ようやく、あなたのお目当てのものにありつけそうですよ、『グレース』」
「ほんと!?」
表情が見えずとも、声のはずみ具合から彼女がはしゃいでいるのがわかる。
さらに後方からヴァルドの声が聞こえた。
「入るか? 一応この下の空間に探索魔法をかけてみたが、さっきの二の舞になりそうなものは特になかった」
「あんたいつの間に……」
「ヴァルド君がそう言うのであれば安心ですね——っと」
レグナスが先に飛び降り、他の三人も後に続く。光球が暗闇に溶け込んでいた部屋全体を照らし出すと、見慣れない異様なものが視界に入ってくる。
壁一面には、いくつもの幾何学的な溝が彫られた石板が並べられている。
作業台の上の紙束の中には、用途すらわからない道具が所々混じっており、《
ふと、アリシアは並べられた石板の一枚の前に足を止めた。
何かの「型」のようにも見えるが、何の型なのかまでは、わからない。
整然とした配置なのに、どこか使いかけのまま止まっているような、中途半端な静けさがある。
(相変わらず、妙に生々しいんだよな……)
光球を動かしながら、ヴァルドは横目でリュミエールを見た。
……胸元で手を組み、恍惚な表情を浮かべている。
「――素敵。先人たちの知恵と知識の結晶がこんなに」
「やりましたね『グレース』さん! まずは目標達成ですね!」
リュミエールはアリシアと控えめにハイタッチを交わした後、早速作業台の上の紙束を数枚手にとる。
「さあ、ここで一体何をしていたのか、中身を見させてもらうわよっと」
意気揚々と内容に目を通し始めると、最初は高揚を抑えきれなかったリュミエールの表情が、次第に険しいものに変わっていった。
時折、指に自身の黒髪を絡ませながら、残された紙の記載内容を黙々と確認していく。
そのただならぬ雰囲気に、アリシアは視線をリュミエールに向けたまま、何も言えなかった。
「その様子じゃ、あんまり穏やかなことは書いてなさそうだな」
「……ええ。まあ、さっきの部屋を見た時から、そんな予感はしていたけど」
ヴァルドの声に、視線は紙束に向けたままリュミエールは頷く。
「ここで行われていたのは、瘴気への適応と——魔力容量の拡張を目指した、生きた人間への生体実験」
淡々と、続ける。
「さっきの部屋にあったのは——死んだ被験体から採取したサンプルよ」
誰もすぐ反応できなかった。
アリシアは思わず、さっき足を止めた石板に目を戻した。
溝の形は変わっていない。
部屋も変わっていない。
それでも、同じ目では見られなかった。
「古代魔法文明の時代でも、魔力が転じて生じた瘴気の存在に、頭を悩ませていたみたい。そこから人の方を、瘴気に適応させようとしたようだけど……記録を見る限り、ほとんど失敗してるわね」
「瘴気って、確か身体にあまり良くないのでは……」
「ベルンで戦った、あのチンピラのボスを思い出せ。あんな感じになる」
アリシアの脳裏に、ベルンでの出来事がよぎる。
スリの少年、リツの妹を人質にしていたチンピラ達のボス。
魔物を具現化するための瘴気を、直に浴びていたせいか、言動や挙動が目に見えておかしかった。
あの時の顔と笑い声には、今でも背筋に薄寒いものを感じる。
「――実際」
レグナスの声に視線を向けてみれば、彼も作業台の上にまばらに置いてある紙束の一部に目を通していた。
こちらに背中を向けていて、表情は読み取れない。
「瘴気に適応できるようなものなんですかね? 人の身体は」
「真っ先に影響が出てくるのは精神面だからね……過度な高揚感・凶暴性の顕在化。たとえ肉体面で克服しても、人としてまともな生活を送るのは、難しいんじゃないかしら。記録から見ても、そういう方面での失敗が多いみたい」
「狂気の沙汰ですね」
はは、と、いつもの調子でこぼれた笑い声は、どこか冷たい。
「こんな事をやっていた連中ばかりじゃ、ないはずなんだけどね」
リュミエールは作業台に紙束を戻すと、一呼吸おいて、また別の紙束に手を伸ばす。
「……手段はどうであれ、ここに残された知識や遺物には、価値がある」
「犠牲の果てに、積み上げられたようなものでも?」と、ヴァルドが返した。
「だからこそ、後世の私たちが活かす道を考えなきゃ、申し訳が立たないでしょ」
そう言いつつも、手に取ったばかりの紙束を、静かに置いた。
「……あはは」
一度だけ笑って、目を落とす。
「やっぱり教会の連中が私に対して、白い目を向けてくるのも当然って感じよね。はたから見たら薄気味悪くてしょうがないわ」
「そんなこと……!」
「アリシアちゃんには、無駄に夢やロマンを煽っちゃったわね」
ようやく、アリシアの方を向く。
「その大元のほとんどが、こんな感じの『綺麗じゃないモノ』ばっかり。どう? 幻滅しちゃった?」
少しの沈黙。
「私は——」
アリシアの声が続こうとした、その時——。
音もなく、ヴァルドとレグナスが動いた。
気づいたときには、杖の先と槍の穂先が部屋の奥を向いている。
リュミエールが、静かにアリシアの前に出た。
「どうしました??」
杖を向けたまま、ヴァルドは低くつぶやく。
「……もしかしたら、鉢合わせになるんじゃないかと思ってはいたが」
彼が操るものと似た光球が、複数。
奥の扉が、ゆっくり開く。
それを見てもレグナスの声色は、相変わらず飄々としている。
「本当に鉢合わせるとは、思いませんでしたねえ」
開いた扉の向こうに、白い外套を羽織った複数の人影が見えた。