勇者をプロデュース!〜無名の田舎娘が、神さまイチ推しの勇者になるまで〜 作:朴月イチロ
『グオオオオォォ――ッ!!』
咆哮で集会場の壁が軋む。
「な、なに!?」
動揺しつつもアリシアは真っ先に立ち上がって戸口へ走る。
それに釣られて大人達も後に続いた。
戸口を開け放った先でアリシア達が見たものは――。
距離があってもすぐに視認できるほど異常に巨大な猪――家屋二階分はある。
口元左右には突進用の鋭い牙をたずさえ、その目には理性の光は感じられず、血のように濁っている。
外で作業していた村民達が必死に逃げ惑う中、それは納屋や倉庫を押し倒し――こちらの集会場に向かってきている。
「ありゃあワイルドボアか!? 急にこんな……! どこから湧いてきやがったんだ!?」
「そんなこと言ってる場合じゃねえだろう! 逃げろーっ!!」
大人達は次々と集会場を飛び出して、ワイルドボアと反対方向へ逃げ出す。「アリシアも早く!」と叔母のシンクレアも、その場で固まっている姪の手をとろうとした。
アリシアは息を呑む。
足が震える。
心臓が暴れるように打つ。
怖くてたまらない。
――無理だよ。
これ以上踏み出すと、きっと“普通”じゃいられなくなっちゃうよ?
脳裏で、誰かが囁く。
――それでも。
村の人たちに危害が及ぶのを、黙ってみている方が怖い。
「――私、逃げ遅れている人がいないか見てくる!」
アリシアはシンクレアの手を振り払うと、ワイルドボアのいる方向へ駆け出していた。背後で叔父の「やめろアリシア! 戻れ――」と叫ぶ声が一瞬のうちに遠のく。
それを、人知れず集会場の屋根上に転移したヴァルドは、終始観察していた。
(自身感情より、他者を優先するか)
少し、口元が緩む。
「……さて、ここからが本番だ」
そう言って手元の杖をくるりと回すと、アリシアの後を追いかけるように、空に向かって
一方。
(とにかく気を逸らして、村から追い出さないと……!)
向こうの視界に入らないよう、アリシアは物陰から物陰へ移動しながら、少しずつワイルドボアに近づいていった。
その距離数十メートルとなったところで、アリシアは「ソレ」を見つけた瞬間、血の気が引く。
壊された家屋の瓦礫の物陰に、必死に息を潜めて隠れている女の子を。
「――こっちだよ!!」
足元の石を拾い、ワイルドボアの巨体に向かって思い切り投げる。
カツン、と甲殻のような皮膚に当たっただけで、傷一つつかなかったが、こちら側に注意を引くには十分だった。
ワイルドボアはその進路を変え、突進先をアリシアに切り替える。
『グオオオオォォ――ッ!!』
唸り声と共に、眼前にその牙が迫る。
「逃げて――!! うわあっ!!」
アリシアは必死に叫んで横に飛んだ。
轟音。
背後の家屋が砕け、破片が頬を掠める。
土煙の向こうで、視界の端で女の子が飛び出していくのが見えた。
よかったと思う反面、この巨体が、今の自分にどうにかできる存在とは、とてもじゃないが思えない。
(……どうしよう)
『――無理無理言いながら、存外アグレッシブなんだな、ちょっと意外だった』
不意に、頭の中の思考を、一瞬別の声が遮った。
「――ふえ!?」
その口調から察するに間違いなくヴァルドだが、辺りを見回してもその姿が見当たらない。
「神さま? え? どこから話しかけてるんですか??」
『そんなことより、今はそのイノシシをなんとかする方が先だろう』
「それはそうですけど!」
一方ヴァルドは、上空でアリシアとワイルドボアを双方見据えながら、杖を構えていた。
『言っただろう。「必要な力は渡した」って。今のお前なら、そいつを楽に倒せるくらいの力は持っているんだよ』
「そんなこと言われても! 使い方とか、まだ何も教えてもらってないですよ!?」
ワイルドボアがジリジリと距離を詰める中、アリシアは目線を外さないようにゆっくり後ずさって一定の距離を保つ。
『まずはさっきお前に渡した水晶』
「この状況で、今説明するんですか!?」
そんなヴァルドの声に反応するように、手元の水晶から赤い光が漏れ出すのを、アリシアは見た。
先程まで何の変哲もないただの水晶だったそれは、次第にその形の輪郭を失い、彼女の両掌の中で赤く光る光球に姿を変える。その力の奔流に、先程まで獰猛だったワイルドボアが少し怯んだように見えた。
「え、え!? どうしたらいいんですかこれ!?」
『そいつは特別製でな。持ち主がイメージする、一番“似つかわしい”武器にその姿を変える。イメージしろ、好きな武器でいい』
武器……一番“似つかわしい”武器?
頭の中をぐるぐるさせながら、日頃の村での日常を思い返す。
そんな中で、直感で一番しっくりきたのが“アレ”だった。
果たして“アレ”は武器として分類していいものか。
しかし、もう迷っている時間はない。
アリシアの瞳に決意の光が宿る。
「――これ!」
その声に呼応するように、赤い球体は瞬時に縦長の棒状の形態に変化し、アリシアはそれを両手で掴む。やがて“それ”は自身の姿形を認識したようで、光が薄れるとともに徐々にその輪郭があらわになる。
最初ヴァルドは遠目で“それ”をみた時、三叉槍だと思った。
が、それにしては先端が細かく分かれているような……。
その正体に気がついた時、今まで冷静を装っていた彼の顔が、初めて崩れた。
「……嘘だろお前」
予想外の絶望に、本音が思わずこぼれる。
アリシアがワイルドボアに対し突きつけたのは――ピッチフォーク。
牧草を取り扱う時などによく使う、あの大きいフォークである。
ヴァルドのプロデュースプランの一部が、音を立てて瓦解する。
『――よりにもよって、何でソレなんだよ!!』
脳裏に入ってくるヴァルドの叫びは、ほぼ悲鳴に近かった。
それに対しアリシアも半ばやけくそで返す。
「一番使い馴染みのあるもので、咄嗟に思いついたのこれだったんですよ! 普段大ネズミを追っ払ってる時に使ってたので!」
『剣とか槍とか、武器と言えばもっと他にあるだろうが!!』
「好きなものでいいって、言ったじゃないですか! 他に思い浮かばなかったんです!!」
『グオオオオォォ――ッ!!』
ワイルドボアが再び勢いを取り戻すように咆哮を上げた。辺り一帯の空気が揺れる。
色々まだ言ってやりたいことはあったが、ヴァルドは一旦言葉を飲み込む。
『……まあいい、見た目はそんな感じになっちまったが、そこら辺の普通の武器よりは仕事するはずだ。お前ならわかるだろ?
「はいっ! 任せてください!」
アリシアはフォークを両手で構え直したのに対し、ワイルドボアは一直線に突進をかけた。
その鼻先と牙が彼女を捉えかけた刹那――。
「いけええええええ!!」
アリシアは地面を思いっきり蹴った。ギリギリでワイルドボアの巨大な鼻先と牙をすり抜けるように、その巨体の背中に渾身の力を込めて手元のフォークを突き立てた。
ガギィッ! という硬質な音が響き、手首に強烈な痺れが走る。
「――ッ!?」
――浅い。
岩のように硬い皮膚と筋肉の鎧に阻まれ、フォークの先が数センチ食い込んだところで止まってしまっている。これでは致命傷どころか、相手を怒らせるだけの「棘」でしかない。
(だめ、硬すぎる……!)
『グオオオオォォッ!!』
背中の異物に気づいたワイルドボアが、激怒して暴れ回る。
まるでロデオだ。
このままでは遠心力で吹き飛ばされるのも時間の問題だろう。
「ここまでか……一応あいつにはもう一つ、切り札は渡していたんだが」
選択された武器がピッチフォーク、と言うのが何より計算外だ。
舌打ちしつつ、手元の杖をワイルドボアに向けて砲撃体制に入る。
(――ここで撃てば、軽く片付く)
だが、それでは意味がない。
杖の先端に力を集束させたまま、ヴァルドは歯噛みする。
(主役はあいつだ、俺じゃない)
――見届けるだけって、言っただろう。
だがあともう一息、今の彼女では決め手に欠ける。
(このままじゃ振り落とされちゃう……! もっと……もっと大きくて重い一撃なら……!!)
涙目で柄にしがみつきながら、アリシアは無意識に、けれど強烈に願っていた。
この理不尽な暴力をねじ伏せるための、圧倒的な「力」を。
――このフォークが、もう少し
そんな思考が脳裏をよぎった次の瞬間だった。
アリシアの手を通して電流のごとく光がフォークの柄に浸透すると、赤い輝きが爆発的に膨れあがる。
(使ったか)
それを見たヴァルドの喉が、わずかに鳴る。
空気が、軋む。
(……出力がおかしい)
“力”が渦巻いていく。
(あいつ、
ドォンッ!! という、空気が破裂するような音がした。
直後、アリシアの視界がぐんと「高く」なる。
否、彼女が掴まっていた「柄」が、一瞬にして丸太のような太さへと膨張し、空へと伸びたのだ。
『ブギ――ッ!?』
ワイルドボアが悲鳴を上げた時には、もう遅かった。
アリシアの願いに呼応して、常識外れのサイズへと巨大化したピッチフォーク。その先端――今や城壁の槍のごとき太さになった鉄の爪が、突如として増大した数百キロもの重量とともに、ワイルドボアの巨体を背中から貫通する。
ズドオオオォォォ――ンッ!!!
それはもはや“刺突”ではなく“圧殺”だった。
常軌を逸した質量に押し潰され、ワイルドボアの巨体は背中から地面へと縫い付けられる。その命は物理的な重みによって強制的に絶たれた。
周囲に凄まじい土煙が舞い上がり、衝撃で地面が揺れる。
その様子は、村外れの小高い丘に避難していた村人達の肉眼でも確認できた。
「なんだあのフォーク……!」
「す、すげぇ……」
「アリシアは……?あの子は無事なの……?」
立ち込める砂煙。
絶命したワイルドボアの背中には、まるで巨人が忘れていったかのような、デタラメな大きさのピッチフォークが突き刺さっていた。
そしてその遥か上空、塔の如き高さの柄の先端に、アリシアはちょこんと座っている。
……やがてその場には、静寂が訪れた。
「……え?」
状況が理解できず、アリシアは瞬きをする。
地面が遠い。
何より、自分の足元に急に現れたこの棒は一体なんなのか。
先ほどまで手元にあったフォークはどこにいったのか……。
「私、ただフォークを……えぇ……?」
必死に状況把握に努めようとしたのも束の間、役目は果たしたと言わんばかりに、足元のフォークの柄は急激に元のサイズに縮小したため、アリシアはそのまま空中に放り出されてしまった。
「え!? ちょ、嘘ぉ!?」
落ちる……っ!?
数秒後の自分の姿を想像し、目を固く閉じた瞬間――。
さっきまであった浮遊感から、誰かに両腕で抱き抱えられたような感触が伝わってきた。
「……お疲れ」
恐る恐る目を開けると、そこにはヴァルドの顔があった。
少し、疲労感が見える。
「あ、ありがとうございます」
「初めてにしては上出来だ」
(初回としては、まずまずってところか……)
予想外の武器、想定以上の《異能》の強さ。
不確定要素だらけとはいえ、後付けの彼女の『力』としては、十分だろう。
「あ、あの、一体何が起こったんですか!? 下で死んでるの、さっきのワイルドボアですよね!?」
「……あとでちゃんと説明してやる」
これから先、この彼女の力も念頭に置いて計算する必要がある。
悪くはない、が。
(……頭痛くなってきた)