勇者をプロデュース!〜無名の田舎娘が、神さまイチ推しの勇者になるまで〜   作:朴月イチロ

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4-13:魔女と監理官と勇者さまの選択

「驚かせて、すみません……少しだけ、お話しませんか?」

 

 返事はない。

 だが、誰も攻撃の姿勢は見せない。

 その一瞬の“間”を、彼女は逃さなかった。

 

「……私、難しいことは、よく分からないです」

 

 ぽつりと。

 言い訳のように、正直な言葉を置く。

 

 フェルナーの眉が、わずかに動いた。

 ――理解していない者が、なぜ口を挟む。

 そう言いたげな沈黙。

 

 それでも、アリシアは続けた。

 

「でも……ひどいことが起きていたのを、知らないままなのは……ちょっと嫌だなって思います」

 

 視線はまっすぐ。

 その翡翠の瞳は、どこか不安に揺れながらも――それでも逸らさない。

 

「ひどいことをした、って知っているからこそ――」

 

 脳裏で必死に整理しながら、言葉を選ぶように息を吸う。

 

「次は、どうすればいいかを、考えられるんじゃないでしょうか」

 

 その言葉に。

 フェルナーの瞳が、わずかに細くなる。

 

「……理想論だな」

 

 低く、短く切り捨てる。

 

「人は過去から学ばない。だからこそ、危険な知識は先んじて封じる必要がある」

 

 即座の反論。

 その圧は、先程の戦闘と変わらない。

 

 だが。

 

「……そう、かもしれません」

 

 対してアリシアは、あっさりとうなずく。

 フェルナーにとってその反応は、少し予想外だった。

 

「昔の人が、いっぱい間違えてしまったっていうのは……ショックですけど、本当のことなんだろうな、とは思います」

 

 否定しない。

 争うつもりもない。

 

 「でも――」

 

 ほんの少しだけ、声に力が乗る。

 

「昔の人がいっぱい間違えてしまった分、私たちの方で、少しでも変えていこうって、できませんか?」

 

 その言葉は、誰かを責めるものではない。

 ただの、未来の話だった。

 

「……過去の遺物で、現代の人間が傷ついていてもか?」

 

「だからこそ、このまま全部を見なかったことにして、隠したままにしたら……また同じところで、つまずいちゃうと思うんです」

 

 フェルナーの言葉に対し、石壁の影の中で、彼女は小さく拳を握る。

 

「昔のことも、今のことも、間違いがあったのなら、それをちゃんと知って――次は、違うやり方を選びたいです」

 

 静かに、しかしはっきりと。

 “選ぶ”という言葉を置いた。

 

 フェルナーの表情から、わずかに感情が抜ける。

 

 ――選ぶ、だと?

 

「……それができるのは」

 

 アリシアは、最後に少しだけ目を伏せて。

 それでも、はっきりと言い切った。

 

「隠すより、知ろうとする人だと思います」

 

 沈黙が落ちる。

 ただ、先ほどまでとは質の違う静けさだった。

 

 反論はできる。

 論破もできる。

 

 だが、否定しきるには、あまりに“個人の願い”としてまっすぐすぎた。

 何より彼女は――。

 フェルナーが"盾"として守りたい、オルヴィルの民の一人である。

 

 フェルナーは、ゆっくりと息を吐く。

 

「……オルヴィルの民全員が、お前と同じ水準で生きているわけじゃない」

 

「全員が全員じゃなくて、いいんです……ただ、知ることを選べれば」

 

 また少しの沈黙が流れた後。

 

「……青臭い考えだ」

 

 そう低くつぶやいたフェルナーは、静かに、眼鏡のフレームを上げ直す。

 

「お前たちの言うように、知識は人を救う。だが、同時に殺す。だからこそ、選ばせるべきではない――本来はな」

 

 そう言って、目の前の石壁に視線を移す。

 

「だが、完全な封印は、“思考停止”を生むのも事実。よって――折衷とする」

 

 その言葉のタイミングを狙ってか否か。

 アリシアの《異能(ギフト)》で石壁に変化していた石板は、一気にその体積が縮小していき、元のサイズに戻った途端、相応の重みを感じさせる音を立てて倒れた。

 

 視界が元通りに開けるのと同時に。

 リュミエールとフェルナーの目線が合った。

 

「記録は残す。だが、使用は許可しない。研究は教会の監視下でのみ行え。一線を越えた場合――その時点で全てを抹消する」

 

 それは譲歩ではない。

 あくまで――管理の範囲を広げただけだ。

 

「そこまでしてもなお、知りたいか?」

 

「もちろん」

 

 間髪入れずに断言した後、リュミエールは肩の力を抜いた。

 

「相変わらずお堅い“檻”だけど――まあ、今までのことを思えば、上等よ」

 

 わずかに口元が緩む。

 

「このまま強引に封印されるよりは、ずっとマシ。管理でも、制限でも、好きにすればいいわ……その中で、私は知っていくから」

 

 そう言って、彼女は作業台の上の紙束を一瞥した。

 

「記録して、積み上げて……ちゃんと残す。その先は――次の誰かが繋ぐわ」

 

 視線を真っ直ぐフェルナーに戻す。

 

「あなたたちのそれが『人々を守る』ための手段なら、私は『人々を助ける』ための手段を追求していくまでよ」

 

 

 ◆◆◆

 

 

 リュミエールとフェルナーの会話を、かたわらで見守る一方。

 視界の片隅に、そそくさとこちらに向かってやってくる人影が見えた。

 視線を向ければ、ヴァルドと作業台の影に隠れるようにして、必死に縮こまるアリシアの姿があった。

 

 ヴァルドが怪訝気に問いかける。

 

「……何してるんだ?」

 

「厚かましいことをしてしまいました――よりにもよって教会の人に、何偉そうなことを言ってるんでしょう、私……」

 

 蚊の鳴くような声で、アリシアは言葉を絞り出した。

 未来の勇者さま(仮)として、いい感じの大見得を切った人間とは思えないほど、物理的に小さくなっている。

 

(……単純に、ただ“知りたい”と言っただけで)

 

 それだけの言葉で、ここまで話を動かした。

 

 知らなければ、そもそも選ぶことすらできない。

 

 彼女も、魔王の存在や国の危機を知った上で、選んで、今ここにいる。

 責任も、危険も、全部ひっくるめて。

 ヴァルドが彼女を評価している要素の一つが、そこにある。

 

 いざという時に、選択できる意志を持つ人間。

 

 だが。

 これまで彼女が選んだ選択は――。

 

『本当に彼女自身の意思なの?』

星綾士(ステラリスト)として、君がそう仕組んでいるだけじゃないの』

『――()()()みたいに』

 

 ――ズキリと。

 ノイズのようなものが痛みとなって、脳を揺さぶる。

 頭を軽く振って、止まりかけた思考を再起動させる。

 

 大丈夫。

 彼女の運命に歪みはない。

 状況設計はあれど、選ぶのは、彼女。

 それを見失わなければ、大丈夫。

 

「事態を丸く収めた当事者なんですから、もっと堂々としていていいと思いますよ? アリシアさん」

 

 ふと気がつけば、身悶えるアリシア対し、目線を合わせるようにしゃがみ込んでいるレグナスがいた。

 ガタイがいい分、どうしてもアリシアに対しては、目線が上からになってしまう。

 

「僕としても、やっぱり教会関係者の相手は気が進まなかったので、助かりましたよ」

 

「本当にそう思っているか?」

 

 無言。

 レグナスの目が僅かに泳ぐのを、ヴァルドは見逃さなかった。

 

「少しは誤魔化そうとしろ」

 

「いやー、君に対しては言い訳しても無駄かなって」

 

 向けられた疑惑に対し、レグナスは悪びれることなく、飄々と返した。

 潔すぎる部分が、逆に癪に障る。

 が、それ以上追求するのも馬鹿らしくなり、ヴァルドはため息をついた。

 

 そんな時。

 

「――アリシアちゃん!」

 

 ヴァルドの背後からリュミエールの弾む声が聞こえた。

 

 振り向こうとした矢先、彼女もまた、アリシアに走り寄ってしゃがみ込む。

 アリシアはそんな彼女の顔を一瞥すると、そのまま早口で弁明する。

 

「『グレース』さんすみません! 教会の皆さんと、どういうお話をされていたかも知らないのに、つい我慢できなくなってしまって……あの人がちゃんと、お話を聞いてくれる人でよかったです。私が余計なことしたせいで、状況が悪化してたらって思ったら、もう……」

 

「……アリシアちゃん」

 

 リュミエールはそれ以上、何も言わなかった。

 ただ、身悶えるアリシアを、そのままそっと抱きしめる。

 

 対してアリシアは、されるがまま、その翡翠の目を丸くさせるだけだった。

 

 色々、この場で伝えたいことは山のようにある。

 だが、リュミエールはただ一言だけ、万感の思いを込めてアリシアの耳元でささやいた。

 

「――ありがとう」

 

 その言葉だけで。

 アリシアの脳裏でぐるぐる回っていた、羞恥心や困惑が一瞬で霧散する。

 

 何か気の利いた言葉を返そうにも、結局見つからないまま。

 アリシアはただ、照れくさそうにはにかんだ。

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