勇者をプロデュース!〜無名の田舎娘が、神さまイチ推しの勇者になるまで〜 作:朴月イチロ
「驚かせて、すみません……少しだけ、お話しませんか?」
返事はない。
だが、誰も攻撃の姿勢は見せない。
その一瞬の“間”を、彼女は逃さなかった。
「……私、難しいことは、よく分からないです」
ぽつりと。
言い訳のように、正直な言葉を置く。
フェルナーの眉が、わずかに動いた。
――理解していない者が、なぜ口を挟む。
そう言いたげな沈黙。
それでも、アリシアは続けた。
「でも……ひどいことが起きていたのを、知らないままなのは……ちょっと嫌だなって思います」
視線はまっすぐ。
その翡翠の瞳は、どこか不安に揺れながらも――それでも逸らさない。
「ひどいことをした、って知っているからこそ――」
脳裏で必死に整理しながら、言葉を選ぶように息を吸う。
「次は、どうすればいいかを、考えられるんじゃないでしょうか」
その言葉に。
フェルナーの瞳が、わずかに細くなる。
「……理想論だな」
低く、短く切り捨てる。
「人は過去から学ばない。だからこそ、危険な知識は先んじて封じる必要がある」
即座の反論。
その圧は、先程の戦闘と変わらない。
だが。
「……そう、かもしれません」
対してアリシアは、あっさりとうなずく。
フェルナーにとってその反応は、少し予想外だった。
「昔の人が、いっぱい間違えてしまったっていうのは……ショックですけど、本当のことなんだろうな、とは思います」
否定しない。
争うつもりもない。
「でも――」
ほんの少しだけ、声に力が乗る。
「昔の人がいっぱい間違えてしまった分、私たちの方で、少しでも変えていこうって、できませんか?」
その言葉は、誰かを責めるものではない。
ただの、未来の話だった。
「……過去の遺物で、現代の人間が傷ついていてもか?」
「だからこそ、このまま全部を見なかったことにして、隠したままにしたら……また同じところで、つまずいちゃうと思うんです」
フェルナーの言葉に対し、石壁の影の中で、彼女は小さく拳を握る。
「昔のことも、今のことも、間違いがあったのなら、それをちゃんと知って――次は、違うやり方を選びたいです」
静かに、しかしはっきりと。
“選ぶ”という言葉を置いた。
フェルナーの表情から、わずかに感情が抜ける。
――選ぶ、だと?
「……それができるのは」
アリシアは、最後に少しだけ目を伏せて。
それでも、はっきりと言い切った。
「隠すより、知ろうとする人だと思います」
沈黙が落ちる。
ただ、先ほどまでとは質の違う静けさだった。
反論はできる。
論破もできる。
だが、否定しきるには、あまりに“個人の願い”としてまっすぐすぎた。
何より彼女は――。
フェルナーが"盾"として守りたい、オルヴィルの民の一人である。
フェルナーは、ゆっくりと息を吐く。
「……オルヴィルの民全員が、お前と同じ水準で生きているわけじゃない」
「全員が全員じゃなくて、いいんです……ただ、知ることを選べれば」
また少しの沈黙が流れた後。
「……青臭い考えだ」
そう低くつぶやいたフェルナーは、静かに、眼鏡のフレームを上げ直す。
「お前たちの言うように、知識は人を救う。だが、同時に殺す。だからこそ、選ばせるべきではない――本来はな」
そう言って、目の前の石壁に視線を移す。
「だが、完全な封印は、“思考停止”を生むのも事実。よって――折衷とする」
その言葉のタイミングを狙ってか否か。
アリシアの《
視界が元通りに開けるのと同時に。
リュミエールとフェルナーの目線が合った。
「記録は残す。だが、使用は許可しない。研究は教会の監視下でのみ行え。一線を越えた場合――その時点で全てを抹消する」
それは譲歩ではない。
あくまで――管理の範囲を広げただけだ。
「そこまでしてもなお、知りたいか?」
「もちろん」
間髪入れずに断言した後、リュミエールは肩の力を抜いた。
「相変わらずお堅い“檻”だけど――まあ、今までのことを思えば、上等よ」
わずかに口元が緩む。
「このまま強引に封印されるよりは、ずっとマシ。管理でも、制限でも、好きにすればいいわ……その中で、私は知っていくから」
そう言って、彼女は作業台の上の紙束を一瞥した。
「記録して、積み上げて……ちゃんと残す。その先は――次の誰かが繋ぐわ」
視線を真っ直ぐフェルナーに戻す。
「あなたたちのそれが『人々を守る』ための手段なら、私は『人々を助ける』ための手段を追求していくまでよ」
◆◆◆
リュミエールとフェルナーの会話を、かたわらで見守る一方。
視界の片隅に、そそくさとこちらに向かってやってくる人影が見えた。
視線を向ければ、ヴァルドと作業台の影に隠れるようにして、必死に縮こまるアリシアの姿があった。
ヴァルドが怪訝気に問いかける。
「……何してるんだ?」
「厚かましいことをしてしまいました――よりにもよって教会の人に、何偉そうなことを言ってるんでしょう、私……」
蚊の鳴くような声で、アリシアは言葉を絞り出した。
未来の勇者さま(仮)として、いい感じの大見得を切った人間とは思えないほど、物理的に小さくなっている。
(……単純に、ただ“知りたい”と言っただけで)
それだけの言葉で、ここまで話を動かした。
知らなければ、そもそも選ぶことすらできない。
彼女も、魔王の存在や国の危機を知った上で、選んで、今ここにいる。
責任も、危険も、全部ひっくるめて。
ヴァルドが彼女を評価している要素の一つが、そこにある。
いざという時に、選択できる意志を持つ人間。
だが。
これまで彼女が選んだ選択は――。
『本当に彼女自身の意思なの?』
『
『――
――ズキリと。
ノイズのようなものが痛みとなって、脳を揺さぶる。
頭を軽く振って、止まりかけた思考を再起動させる。
大丈夫。
彼女の運命に歪みはない。
状況設計はあれど、選ぶのは、彼女。
それを見失わなければ、大丈夫。
「事態を丸く収めた当事者なんですから、もっと堂々としていていいと思いますよ? アリシアさん」
ふと気がつけば、身悶えるアリシア対し、目線を合わせるようにしゃがみ込んでいるレグナスがいた。
ガタイがいい分、どうしてもアリシアに対しては、目線が上からになってしまう。
「僕としても、やっぱり教会関係者の相手は気が進まなかったので、助かりましたよ」
「本当にそう思っているか?」
無言。
レグナスの目が僅かに泳ぐのを、ヴァルドは見逃さなかった。
「少しは誤魔化そうとしろ」
「いやー、君に対しては言い訳しても無駄かなって」
向けられた疑惑に対し、レグナスは悪びれることなく、飄々と返した。
潔すぎる部分が、逆に癪に障る。
が、それ以上追求するのも馬鹿らしくなり、ヴァルドはため息をついた。
そんな時。
「――アリシアちゃん!」
ヴァルドの背後からリュミエールの弾む声が聞こえた。
振り向こうとした矢先、彼女もまた、アリシアに走り寄ってしゃがみ込む。
アリシアはそんな彼女の顔を一瞥すると、そのまま早口で弁明する。
「『グレース』さんすみません! 教会の皆さんと、どういうお話をされていたかも知らないのに、つい我慢できなくなってしまって……あの人がちゃんと、お話を聞いてくれる人でよかったです。私が余計なことしたせいで、状況が悪化してたらって思ったら、もう……」
「……アリシアちゃん」
リュミエールはそれ以上、何も言わなかった。
ただ、身悶えるアリシアを、そのままそっと抱きしめる。
対してアリシアは、されるがまま、その翡翠の目を丸くさせるだけだった。
色々、この場で伝えたいことは山のようにある。
だが、リュミエールはただ一言だけ、万感の思いを込めてアリシアの耳元でささやいた。
「――ありがとう」
その言葉だけで。
アリシアの脳裏でぐるぐる回っていた、羞恥心や困惑が一瞬で霧散する。
何か気の利いた言葉を返そうにも、結局見つからないまま。
アリシアはただ、照れくさそうにはにかんだ。