勇者をプロデュース!〜無名の田舎娘が、神さまイチ推しの勇者になるまで〜 作:朴月イチロ
周りでは、教会の魔法師たちが、遺物の記録のために慌ただしく動き回っている。
「……それにしても」
その中でリュミエールは、手元の紙束の記録から視線を上げ、少し間を置いてからフェルナーへ向き直った。
「“折衷”って、それ、あなたの独断の裁定よね? 勝手にそんなことしてよかったの?」
「いいわけがなかろう」
彼女の疑問を、フェルナーはバッサリと切り捨てる。
あっさりしすぎて、リュミエールは逆に面食らった。
「お前たちとは会わなかった。我々が到着した頃には、既に目的を達して遺跡を出た後だった――」
あくまで、事務的に続ける。
「――そういう報告にする。それだけだ」
「それ、あなたの経歴に傷がつくんじゃない?」
「傷つくことを恐れる“盾”に、存在意義はない」
端的だった。
それは言い訳でも、自己犠牲のアピールでもない。
「厄災を防ぐ上で、利点が多い方を“選択”した。それだけのことだ」
「利点、ね」
「侵入に使用した《
リュミエールの動きが、わずかに止まる。
「管理下に置ければ、有用だ」
それ以上、言葉はなかった。
踵を返してそのまま、フェルナーは一度も振り返らずに去っていく。
リュミエールはしばらく、その背中を見送ったまま、何度も瞬きしながら立ち尽くしていた。
「『グレース』さーん、この辺りも、持って帰っていいやつだそうですよー」
アリシアの呼びかけに、我に返ったリュミエールは、軽く返事をしながらその場を後にした。
◆◆◆
「――『深緑の魔女』と、お連れの皆さま」
声をかけてきたのは、白い外套の魔法師の一人。
「詳細の確認が取れ次第、こちらから連絡します。本日は、このままお引き取り願えますか」
物腰は丁寧だが、有無を言わせない。
要するに——用が済んだのであれば、さっさと出ていってくれ、ということだ。
(……まあ、そうなるよな)
ヴァルドは内心で頷きながら、視線でアリシアとレグナスに合図を送る。
「は、はい! わかりました!」
アリシアは、持ち出しを許可された遺物や紙束を、慌ただしく無限収納バックパックに詰め込んだ。
立ち上がりざま、律儀に「失礼します!」と一礼すると、それを横目に、リュミエールは不服そうな顔をしてついてきた。
「……帰れと言われるのは慣れてるけど。“出ていけ”って言われるのは、なんかこう、カチンとくるわね」
「あんまり大差ないだろう」
「全然違う」
通路への扉に手をかけつつ、リュミエールは小さく声に出した。
その背中を追うように、別の魔法師の声がかかる。
「中枢はすでに確保しています。内部の移動に支障はありません。出口らしき場所も確認済みですので、通路を出ていただければ、案内をつけます」
「……そう、助かるわ」
リュミエールはそのまま振り返らず、扉を抜けて通路側へ進む。
表向きは冷静を装いつつも。
(……あっぶなー! こいつらだけには、捕獲システムと追いかけっこしてた所を知られたくなかったから、本当に助かったわー!)
内心では冷や汗が止まらなかった。
◆◆◆
扉の向こうの空気は、先ほどまでとは明らかに違っていた。
――発動していた光の網も、しつこく流れていた自動音声も、今では嘘のように静まり返っている。
「……結局、あれが私たちの何に反応していたのか、分からずじまいだったわね」
辺りを見回しつつ、リュミエールは腑に落ちない顔で考え込んでいた。
「あいつらの方は、何ともなかったみたいだし……中枢室の方に行けば手がかりがあったのかしら……あーモヤモヤするー」
「いーから、今回はもう大人しく退いておけ……」
――気にならない、といえば嘘になる。
その点においてはヴァルドも同じ気持ちだが、既に彼女の依頼は達成している。
長居は無用だろう。
「そうそう」
同意するように、最後方にいるレグナスが相槌を打つ。
「帰り道が楽になって、よかったじゃないですか。教会さまさまですね」
「うう……素直に受け入れられない……」
そうリュミエールがぼやく一方で、アリシアが横で「まあまあ」となだめる。
ふと、前方から白い外套の人影が、こちらに向かってくるのが見えた。
「――お待ちしておりました、『深緑の魔女』。出口となる機構は、こちらです」
案内されたのは、そこから通路を更に奥へ進んだ、こぢんまりとした部屋。
目を引いたのは、部屋の中央を占める床一面の《
見覚えのある文様だ、とアリシアは思った。
遺跡の入り口の模様や、研究室の石板と、どこか同じ法則性を持つような構造をしている。
「恐らく、入口と同様の仕組みです。《
「もう、教会のエリートが情けないわねえ……」
見せてみなさい、とリュミエールは部屋の中心へ入り込むと、ブツブツ何かを呟きながらしゃがみ込んだ。
それをアリシアたちは、部屋の入り口でただ見守ることしかできない。
そんな中、レグナスは小声でヴァルドに話しかけた。
「――さて。どうでしたか、彼女」
「――当人の趣味嗜好は置いといて、あの知識量と技術力は、確かに心強い」
怒涛の展開が続いて、危うく失念しかけていたが。
そもそもの彼女の依頼を受けた、本来の目的を思い返す。
魔の土地へ挑むための、魔法師のスカウト。
戦力面においては未知数だが、古代文明への知識と魔法機構に対する分析力は目を見張るものがある。
「アリシア、お前はどう……」
「決まってますっ」
ヴァルドが声をかけたところ、即答だった。
その翡翠色をした尊敬の眼差しは、真っ直ぐリュミエールに向けられている。
その場で三人の意見が一致した頃、床の溝に淡い光が走ると同時に、下から風を受けるような浮遊感を感じた。
周りでそれを見守っていた教会の魔法師から、感嘆の声が上がる。
「よし、動いた!」
リュミエールが髪をかき上げつつ、三人に向かって振り向く。
その顔は、相変わらず自信に満ちていた。
「さ! 帰りましょ!」
◆◆◆
周りの景色が一瞬揺らいだかと思えば、そこはすぐに森の木々に転じた。
遺跡に入る前は白んでいた空が、茜色に滲みつつある。
リュミエールは人工精霊の『フェンちゃん』を基準に、今の自分たちの位置を確認すると、思わず安堵した。
「よかったぁ。転移先が空中とか、変なところに設定されていなくて」
「おい」
何気にとんでもないことを言わなかったか、この魔女は。
「そういえば二年前に彼女と潜った遺跡は、脱出先はどこかの湖の上空でしたね」
「ええ!? それ大丈夫だったんですか!?」
「ボロボロだったところ水の中に落とされて、死ぬかと思いましたよ」
アリシアの心配をよそに、レグナスは本当に何ともなかったかのように笑った。
それに対し、リュミエールはわざとらしく咳をして、無理やり話を逸らそうとする。
「――あなた達には世話になったわね」
今更ながら、『深緑の魔女』たる威厳を出しつつ、アリシアたちに向き直る。
それは、これから別れるアリシアたちに対しての、彼女なりの『壁』だった。
「予定していた報酬分と、遺物や資料が回収できた分の追加報酬は、ギルド経由で受け取って頂戴。もしかしたらまた、遺跡の調査にあなたたちを指名させてもらうかも――」
「『グレース』さん!」
ただそんな『壁』は、アリシアにとっては無意味である。
彼女はリュミエールの元に駆け寄ると、勢いよくその手を取った。
「お願いです! 私たちと一緒に来てくれませんか!?」
「……はいぃ?」
意図がまったく読み取れない。
完全に虚をつかれ、リュミエールの目は困惑に瞬いた。
「待って。話が飛びすぎて訳がわからない。どうしてそうなるわけ??」
「それは……えっと」
アリシアは、リュミエールの手を握ったまま言葉を探した。
「……旅の途中で、『グレース』さんから古代魔法文明のこと、もっと教えてもらえたらなって! 今日だけでも、いろんなことを初めて知りましたし!」
「それはまあ……悪くはないけど」
リュミエールのワインレッドの瞳が、僅かだか鋭くなる。
「……別に私じゃなくてもいいでしょ? 私の他にも、古代魔法文明を研究している輩はいっぱいいるわよ?」
「あ、それとそれと! 旅の道中で『グレース』さんが興味を引くものに、いっぱい出会えるかもしれません……多分!」
だんだん声が小さくなる。
その必死の勧誘が、あまりにもいじらしくて、リュミエールは微笑ましいとすら思ってしまう。
「魔の土地に行くのに、魔法に詳しい『グレース』さんが一緒にいてくれたら、すごく心強いなって」
結局、自分たちにとっての話になってしまった、とアリシア自身も気づいている。
口説き文句を探すのに必死すぎて——自分の言葉で、リュミエールの瞳がわずかに揺れたことを、アリシアは気づかなかった。
やがて、最後に一言だけ呟く。
「……ダメですか?」
握った手に、ぎゅっと力がこもる。
対するリュミエールは、何かを思い返すように言った。
「……アリシアちゃん。確かこの後の行き先は、魔の土地を目指しているって言ってたわよね」
「? は、はい」
戸惑うアリシアをよそに、背後から声が割り込んだ。
「――お前なら、わかるだろう」
ヴァルドが腕を組んだまま、静かに言う。
「魔の土地は、古代魔法文明が崩壊した、中心地だ」
「……」
「場所が場所だけに、誰も本格的に調査に入っていない」
うぐぐ、と。
リュミエールがどこか、悔しそうに顔を歪ませているのが見えた。
ヴァルドはわずかに、口角を上げる。
「……何があるのか、“知りたくない”か?」
それがリュミエールにとってのトドメとなった。
少しの沈黙の後、彼女はわざとらしく、大きなため息をつく。
「……仕方ないわねー」
「!? それじゃあ……!」
「まあ本音を言わせてもらえれば、あなたの《巨大化》の力とか、そこのムカつく魔法師のこととか、まだまだ知りたいことはいっぱいあったし」
アリシアの表情が、ぱっと咲いた。
抑えきれない嬉しさに、つい体が跳ねてしまう。
「やったー! ありがとうございます『グレース』さん!」
「……リュミエール」
「え?」
照れくさそうに、それでもどこか誇らしげに。
彼女は、はじめて自分の名前を差し出した。
「リュミエール・フェルミラ。それが、私の名前」
そう言って、穏やかに笑う。
「これから、よろしくね」
「――はい!」
その一言を受け取るように、アリシアは大きく頷く。
「よろしくお願いします! リュミエールさん!」
初めて、彼女の名前を呼ぶ。
それはただの呼びかけじゃなくて。
――これから一緒に進んでいくための、最初の一歩。