勇者をプロデュース!〜無名の田舎娘が、神さまイチ推しの勇者になるまで〜 作:朴月イチロ
『また一人、いい感じのお仲間が増えたね。おめでとうー』
神々からの賞賛は、相変わらずどこか緩い。
「これで、想定していた役者は揃いました」
いつもの定期評価。
今ヴァルドは、気配を完全に消して、樹冠の中に紛れている。
『あとは目的地までひたすら進むだけかー……まあ、このまま無傷に行かせるわけじゃないでしょう?』
「……もちろん」
遺跡を出て、リュミエールの隠れ家に戻る頃には、すっかり辺りは暗くなっていた。
結局、ここでもう一泊。
今頃は、明日の出立に向けて、荷造りに騒いでいるだろう。
――その隙に、一人になる理由もできた。
「今のアリシアじゃ、実力も知名度も足りない。次に山場になるのは、恐らく王都でしょうね」
『王室に、教会に、傭兵ギルド……ふふ。自分たちじゃなくて、辺境から出てきた少女が国を救う――そんな話、彼らはどう受け取るかな』
「……」
『“識ること”で分かり合えるなら、楽なんだけどね。でも彼らは、“誰に救われるか”を選ぶ。脅威だと見なせば――問答無用で牙を剥くよ』
「……そんなことには」
『それはそれで、彼女の曇る様が見られるなら、大歓迎だけど』
「……」
口を開けば、余計なことを言いそうだった。
だから――黙る。
それを察してか、くすくすと神々の気配が揺れる。
『それじゃあ、これから四人体制で頑張ってね。ああ、それと――そろそろ“あの子”も、君たちに挨拶したいみたいだから、近いうちに顔を見せにくると思うよ。その時はよろしくね』
「承知し……ん?」
――“あの子”?
「誰のことを言って……」
ぷつり。
問いかけを遮るように、接続が途切れる。
「……相変わらず、意味深に言いたいことだけ言って切りやがって」
晴れない引っかかりを抱えたまま、ヴァルドは樹冠から地表へ飛び降りた。
隠れ家へ足を向けながら、先ほどの言葉を思い返す。
――“あの子”。
(比喩、という感じではないな……)
だが、考察するための材料が、今手元には何もない。
(……頭の隅に置いておくしかないか)
ただでさえ、アリシアには山ほど課題があるというのに。
そこにさらに不確定要素を放り込む。
――あいつらは、そういうことを平然とやる。
それがわかっているが故に、ヴァルドの苛立ちは、低く喉の奥でくぐもった。
やがて前方に、窓からこぼれる明かりが見えてくる。
リュミエールの隠れ家だ。
どうやら、アリシアとリュミエールはまだ起きているらしい。
(元気な奴らだな……)
半ば呆れながら、昨夜と同じ半野営の場所へ向かう。
この様子だと、レグナスも平然と起きていそうだ。
そう考えていた時、魔硝石のランプに照らされて、人影が一つ揺れるのを見た。
「なんだお前、先に休んでてもよかった……の、に」
違和感に、言葉が途切れる。
近づくにつれ、体格が思ったより小さいことに気づいた。
「あ。ヴァルドさん、お疲れ様です!」
振り向きざまに笑いかけてきたのは、アリシアだった。
◆◆◆
一瞬、言葉に詰まりながらも、声をかける。
「……何してるんだお前」
「ヴァルドさんに聞きたいことがありまして、戻られるのを待っていました!」
「レグナスは?」
「さっきまで一緒だったんですけど、ヴァルドさんを待つって伝えたら、野暮用を思い出したから、席をはずすって」
(何を企んでいるんだ、あいつ……)
違和感を覚えつつ、ヴァルドはアリシアの向かいに腰を下ろす。
「……で、聞きたいことって? 次の行き先とかルートとか、さっき四人で確認しただろ」
「あ、違うんです。そういうことじゃなくて――」
いつになく、真剣な顔だった。
ただならぬ雰囲気を察して、ヴァルドもわずかに姿勢を正す。
一拍。
そして――
「ヴァルドさんの、好きな食べ物を教えてください!」
「……」
即座になにも答えられなかった。
完全に想定と違う方向から来た――。
彼女のこういう部分は、本当に油断できない。
「あとは好きな色とか、好きな動物とか、好きな場所とか……」
「待て待て待て」
構わず続けようとするアリシアを、慌てて止める。
彼女の真意を探るが――言葉通りにしか受け取れない。
「……こんな時間に、わざわざ聞きに来るようなことか?」
「……あのですね」
アリシアは少し萎縮しながらも、ぽつりとこぼす。
「一緒に旅してるのに、改めてヴァルドさんのこと、何も知らないなって」
「……」
「でもヴァルドさんは神さまだから、話せないことの方が多いんだろうなって、思ってます。だから、話せる範囲のことで、いいんです」
「……」
「少しずつヴァルドさんのこと、わかりたいって――今日のことがあって、ますます、そう思うようになったんです」
彼女はそう言って、困ったようにはにかむ。
「そう考えていたら、急にヴァルドさんと話したくなって、こうして来ちゃいました」
対してヴァルドは、少し返答に詰まった。
この手の話題自体、珍しくもない。
過去の箱庭世界でも、散々体験してきたことだ。
本音で答える必要もない。
――だが。
こういう時だけは、判断が鈍る。
この世界でも通じるものを、探した。
「……ライ麦パン」
「え?」
アリシアが少し目を丸くした。
「あとは果物全般」
「へえ……!」
その目が、さらに好奇心で輝く。
「軽食系がお好きなんですね!」
「作業中でも、片手で食えるから」
「あ。そういう意味での好きなんですね……」
少し困惑しながらも、アリシアは納得したように頷いた。
そして、もらった『答え』を噛み締めるように、小さく体を揺らす。
――少しの間だけで、本当に感情がコロコロ変わる。
「こうやって、私が色んなことを『識れる』のは、ヴァルドさんのおかげですね」
その言葉には、少し苦いものが込み上げてくる。
「……選んだのはお前だ」
「でも、こんな私を最初に見つけてくれたのは……選んでくれたのは、ヴァルドさんです。それがあったから、レグナスさんやリュミエールさんにも出会えました」
そう言ってアリシアは、その場から立ち上がる。
「私、これからも頑張りますね。これからも色々知って、考えて、選んでいきますから!」
アリシアは手を前に添え、軽く頭を下げると、「おやすみなさい! また色々教えてくださいね!」と残して、小走りで隠れ家の方へ戻っていった。
ヴァルド一人、その場に残される。
先ほどまでの空気がうって変わって、無機質な夜のそれに変わる。
(――買い被りすぎだ、アリシア)
目を伏せつつ、小さく息を吐く。
(お前を選んだのは、俺じゃない。ただそういう《
彼女の想像にも及ばない、上位の存在が仕組んだ舞台で、『魔王討伐』を完遂させること。
星綾士である自分は、神々にそれを見せつけるためだけに、存在している。
(俺に、お前の感情を向ける価値は――ない)
どうせそれも。
全部終われば――。
「おや、アリシアさんは戻られたんですかね?」
夜の静けさに似つかわしくない、あっさりとした声が、ヴァルドの思考を現実に引き戻す。
ふと顔を上げれば、槍を片手にレグナスが涼しげな顔で立っていた。
「……どこ行ってたんだ?」
「いやなに。ちょっと寝つきを良くするために、軽く運動を、ね」
「今日、あんなに動き回ったのにか」
「元気があり余ってまして」
「あっそう……」
「さて、もういい時間ですし、そろそろ休みますかねー」
そう言って寝袋へ向かいながら、レグナスは何気なく続けた。
「ヴァルド君。もしよかったらこの先、おすすめのパン屋を何軒か紹介しましょうか?」
「……」
――このヤロウ。
睨みつけるヴァルドをよそに、レグナスは楽しそうに寝支度を進めていた。