勇者をプロデュース!〜無名の田舎娘が、神さまイチ推しの勇者になるまで〜   作:朴月イチロ

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4-15:あなたを識りたい

『また一人、いい感じのお仲間が増えたね。おめでとうー』

 

 神々からの賞賛は、相変わらずどこか緩い。

 

「これで、想定していた役者は揃いました」

 

 いつもの定期評価。

 今ヴァルドは、気配を完全に消して、樹冠の中に紛れている。

 

『あとは目的地までひたすら進むだけかー……まあ、このまま無傷に行かせるわけじゃないでしょう?』

 

「……もちろん」

 

 遺跡を出て、リュミエールの隠れ家に戻る頃には、すっかり辺りは暗くなっていた。

 結局、ここでもう一泊。

 今頃は、明日の出立に向けて、荷造りに騒いでいるだろう。

 ――その隙に、一人になる理由もできた。

 

「今のアリシアじゃ、実力も知名度も足りない。次に山場になるのは、恐らく王都でしょうね」

 

『王室に、教会に、傭兵ギルド……ふふ。自分たちじゃなくて、辺境から出てきた少女が国を救う――そんな話、彼らはどう受け取るかな』

 

「……」

 

『“識ること”で分かり合えるなら、楽なんだけどね。でも彼らは、“誰に救われるか”を選ぶ。脅威だと見なせば――問答無用で牙を剥くよ』

 

「……そんなことには」

 

『それはそれで、彼女の曇る様が見られるなら、大歓迎だけど』

 

「……」

 

 口を開けば、余計なことを言いそうだった。

 だから――黙る。

 それを察してか、くすくすと神々の気配が揺れる。

 

『それじゃあ、これから四人体制で頑張ってね。ああ、それと――そろそろ“あの子”も、君たちに挨拶したいみたいだから、近いうちに顔を見せにくると思うよ。その時はよろしくね』

 

「承知し……ん?」

 

 ――“あの子”?

 

「誰のことを言って……」

 

 ぷつり。

 問いかけを遮るように、接続が途切れる。

 

「……相変わらず、意味深に言いたいことだけ言って切りやがって」

 

 晴れない引っかかりを抱えたまま、ヴァルドは樹冠から地表へ飛び降りた。

 隠れ家へ足を向けながら、先ほどの言葉を思い返す。

 

 ――“あの子”。

 

(比喩、という感じではないな……)

 

 だが、考察するための材料が、今手元には何もない。

 

(……頭の隅に置いておくしかないか)

 

 ただでさえ、アリシアには山ほど課題があるというのに。

 そこにさらに不確定要素を放り込む。

 

 ――あいつらは、そういうことを平然とやる。

 

 それがわかっているが故に、ヴァルドの苛立ちは、低く喉の奥でくぐもった。

 

 やがて前方に、窓からこぼれる明かりが見えてくる。

 リュミエールの隠れ家だ。

 どうやら、アリシアとリュミエールはまだ起きているらしい。

 

(元気な奴らだな……)

 

 半ば呆れながら、昨夜と同じ半野営の場所へ向かう。

 この様子だと、レグナスも平然と起きていそうだ。

 

 そう考えていた時、魔硝石のランプに照らされて、人影が一つ揺れるのを見た。

 

「なんだお前、先に休んでてもよかった……の、に」

 

 違和感に、言葉が途切れる。

 近づくにつれ、体格が思ったより小さいことに気づいた。

 

「あ。ヴァルドさん、お疲れ様です!」

 

 振り向きざまに笑いかけてきたのは、アリシアだった。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 一瞬、言葉に詰まりながらも、声をかける。

 

「……何してるんだお前」

 

「ヴァルドさんに聞きたいことがありまして、戻られるのを待っていました!」

 

「レグナスは?」

 

「さっきまで一緒だったんですけど、ヴァルドさんを待つって伝えたら、野暮用を思い出したから、席をはずすって」

 

(何を企んでいるんだ、あいつ……)

 

 違和感を覚えつつ、ヴァルドはアリシアの向かいに腰を下ろす。

 

「……で、聞きたいことって? 次の行き先とかルートとか、さっき四人で確認しただろ」

 

「あ、違うんです。そういうことじゃなくて――」

 

 いつになく、真剣な顔だった。

 ただならぬ雰囲気を察して、ヴァルドもわずかに姿勢を正す。

 

 一拍。

 

 そして――

 

「ヴァルドさんの、好きな食べ物を教えてください!」

 

「……」

 

 即座になにも答えられなかった。

 完全に想定と違う方向から来た――。

 彼女のこういう部分は、本当に油断できない。

 

「あとは好きな色とか、好きな動物とか、好きな場所とか……」

 

「待て待て待て」

 

 構わず続けようとするアリシアを、慌てて止める。

 彼女の真意を探るが――言葉通りにしか受け取れない。

 

「……こんな時間に、わざわざ聞きに来るようなことか?」

 

「……あのですね」

 

 アリシアは少し萎縮しながらも、ぽつりとこぼす。

 

「一緒に旅してるのに、改めてヴァルドさんのこと、何も知らないなって」

 

「……」

 

「でもヴァルドさんは神さまだから、話せないことの方が多いんだろうなって、思ってます。だから、話せる範囲のことで、いいんです」

 

「……」

 

「少しずつヴァルドさんのこと、わかりたいって――今日のことがあって、ますます、そう思うようになったんです」

 

 彼女はそう言って、困ったようにはにかむ。

 

「そう考えていたら、急にヴァルドさんと話したくなって、こうして来ちゃいました」

 

 対してヴァルドは、少し返答に詰まった。

 

 この手の話題自体、珍しくもない。

 過去の箱庭世界でも、散々体験してきたことだ。

 本音で答える必要もない。

 

 ――だが。

 こういう時だけは、判断が鈍る。

 

 この世界でも通じるものを、探した。

 

「……ライ麦パン」

 

「え?」

 

 アリシアが少し目を丸くした。

 

「あとは果物全般」

 

「へえ……!」

 

 その目が、さらに好奇心で輝く。

 

「軽食系がお好きなんですね!」

 

「作業中でも、片手で食えるから」

 

「あ。そういう意味での好きなんですね……」

 

 少し困惑しながらも、アリシアは納得したように頷いた。

 そして、もらった『答え』を噛み締めるように、小さく体を揺らす。

 

 ――少しの間だけで、本当に感情がコロコロ変わる。

 

「こうやって、私が色んなことを『識れる』のは、ヴァルドさんのおかげですね」

 

 その言葉には、少し苦いものが込み上げてくる。

 

「……選んだのはお前だ」

 

「でも、こんな私を最初に見つけてくれたのは……選んでくれたのは、ヴァルドさんです。それがあったから、レグナスさんやリュミエールさんにも出会えました」

 

 そう言ってアリシアは、その場から立ち上がる。

 

「私、これからも頑張りますね。これからも色々知って、考えて、選んでいきますから!」

 

 アリシアは手を前に添え、軽く頭を下げると、「おやすみなさい! また色々教えてくださいね!」と残して、小走りで隠れ家の方へ戻っていった。

 

 ヴァルド一人、その場に残される。

 先ほどまでの空気がうって変わって、無機質な夜のそれに変わる。

 

(――買い被りすぎだ、アリシア)

 

 目を伏せつつ、小さく息を吐く。

 

(お前を選んだのは、俺じゃない。ただそういう《運命(シナリオ)》だっただけだ)

 

 彼女の想像にも及ばない、上位の存在が仕組んだ舞台で、『魔王討伐』を完遂させること。

 星綾士である自分は、神々にそれを見せつけるためだけに、存在している。

 

(俺に、お前の感情を向ける価値は――ない)

 

 どうせそれも。

 全部終われば――。

 

「おや、アリシアさんは戻られたんですかね?」

 

 夜の静けさに似つかわしくない、あっさりとした声が、ヴァルドの思考を現実に引き戻す。

 ふと顔を上げれば、槍を片手にレグナスが涼しげな顔で立っていた。

 

「……どこ行ってたんだ?」

 

「いやなに。ちょっと寝つきを良くするために、軽く運動を、ね」

 

「今日、あんなに動き回ったのにか」

 

「元気があり余ってまして」

 

「あっそう……」

 

「さて、もういい時間ですし、そろそろ休みますかねー」

 

 そう言って寝袋へ向かいながら、レグナスは何気なく続けた。

 

「ヴァルド君。もしよかったらこの先、おすすめのパン屋を何軒か紹介しましょうか?」

 

「……」

 

 ――このヤロウ。

 

 睨みつけるヴァルドをよそに、レグナスは楽しそうに寝支度を進めていた。

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