勇者をプロデュース!〜無名の田舎娘が、神さまイチ推しの勇者になるまで〜 作:朴月イチロ
ギルド支部内の休憩エリア。
申し訳なさそうに顔を伏せるアリシアを囲む形でテーブルに着くと、他の三人は今後に向けた作戦会議を開始した。
——結論をいえば、登録手続きは一旦見送った。
パーティー名。
アリシアがどうしてもこの項目だけ書き進められず、完全に固まってしまったからである。
「そーいえば、登録時に『名前』が必要なの、完全に忘れてましたね」
そう言って、レグナスは天井を仰いだ。
ヴァルドは受付嬢から受けた説明内容を思い出す。
「途中変更も、地味に手続きが多そうでめんどくさいな」
「っていうか、なんで気づかないのよレグナス! この中で一番、ギルド傭兵の経験が長いの、あんたでしょうが!」
じとっとした目を向けるリュミエールに対し、レグナスは悪びれ様子もなく笑って返す。
「いやー面目ない。正式にパーティーに所属するの、今回が初めてなんですよ。たまーにどこかのパーティーに、戦力としてヘルプに入ってたくらいで」
「お前さん、俺たちと会うまでずっとソロ活動だったって、言ってたもんな」
「あーもーいいわよ、もう……」
淡々と補足するヴァルドに対し、リュミエールは眉間をおさえてこの話題を打ち切る。
アリシアは引き続き黙ったままだ。
それを横目で見ながら、リュミエールは別の話題に切り替える。
「……で、どうする? 予定ではパーティー登録した後に、その名義で討伐依頼を受けてみるって話だったけど」
「ソロ同士の合同受注の形であれば、依頼自体は問題なく受けられますけど」
思考するレグナスに対し、ヴァルドはちらりとアリシアに目をやってから、口を開いた。
「いいだろ、パーティー名なんざ。めんどいが、後でいくらでも変えられるんなら、今は仮名でも付けておけば——」
「——っ! それはダメです!!」
それまで沈黙を貫いていたアリシアが、声を荒げて立ち上がった。
リュミエールが目を丸くする一方で、レグナスはその場でただ黙っている。
「ちょっと……ちょーっと今日一日、お時間いただいてもいいですか? みなさんに納得してもらえるような名前を、きっと考えてみせます!」
「アリちー? 何も一人で抱え込む必要はないと思うんだけど……」
「いや、お前が決めろ」
自分の言葉を遮られ、リュミエールは「はあ!?」と苛立ちを含めてヴァルドを睨みつけたが、彼の視線はアリシアに向いていた。
対する彼女は、臆するどころか、その目に火が灯ったような光がある。
「みなさんは先に、宿屋さんの方に戻っていてください! 私、少し街を歩きながら考えてきます!」
夕方までには戻りますので! とアリシアは自分の荷物を手に取ると、軽く頭を下げ、小走りで支部の出口へ向かっていった。
あまりにも早い切り替えに、止めようと差し伸べたリュミエールの手が、空を切る。
改めて、恨めしそうにヴァルドを見やった。
「……あなた、わざと焚きつけたわね?」
「ここまできれいに、喰いついてくれるとは思わなかった」
「何でまた」
当然のレグナスの疑問に対し、ヴァルドはアリシアが去った支部の入り口を見つめながら、低くつぶやいた。
「……これからあいつが、このパーティーのリーダーになる」
ここ最近のアリシアの姿が、脳裏を過る。
村で初めて会った時の、何も知らない顔。
ワイルドボア、ケツァルコアトル、そしてユキイタチに真っ向から挑む姿勢。
ゴーレムを吹き飛ばして、呆けていた顔。
どの場面にも一貫していたのは——戸惑いながらも、一度として「やめる」と言わなかったことだ。
——だが、そろそろ彼女はもう一段階、変わる必要がある。
「名前は、そのパーティーの方向性を決める。あいつが俺たちに、どういうものを一緒に背負って欲しいのか。あいつ自身が決めなくちゃダメなことだ——これから互いに、命を預ける形になるんだからな」
「理屈はわかるけど——」
リュミエールもまた、支部の入り口に視線を向ける。
魔の土地にいるという、『魔王』なる魔物の討伐。
——改めて十七歳の少女に、背負わせるレベルの重みではない気がする。
「容赦がないですねぇ」
レグナスは静かにそれだけ言って、口の端に薄く笑みを浮かべている。
「……迷走し始めたら、すぐ手を貸すから」
力になれないのがもどかしいのか、リュミエールは頬杖をつき、小さく息を吐いた。
今はとにかく、アリシアの決断を待つしかないだろう。
先に受ける依頼の目星をつけるべく、三人が席を立ったその時——。
隣のテーブル席での傭兵の会話が、偶然耳に入ってきた。
「……また例の魔物が出たらしいな。全身に無数の目玉があるヤツ」
「ああ。この間ひと組、パーティーが行方不明になっただろ? その魔物にやられたって話だ」
「噂だとそいつ……喋るらしいぜ。知り合いが森の中でそいつの声を聞いたとか、何とか……」
普通だったら、まずは聞き流してしまうだろう噂話。
だが……明らかに今までの魔物とは異質な存在感が、三人——とりわけヴァルドの興味を引いた。
「……無数の、目玉?」
◆◆◆
多くの人が行き交う、アルセインの大通り。
ほとんどの人の視線が辺りの露店に向く中で、アリシアは一人、視線を石畳に向いて人混みの中を歩いていた。
(名前……パーティーの、名前……)
簡単なことのはずだ、と思う。
自分たちの名前を決めるだけなのだから。
(みなさんが、気に入ってくれそうな名前)
頭の中で、条件を並べてみる。
カッコよくて、全員の雰囲気に合っていて、語呂がよくて、覚えやすい——。
「……多いよ〜」
人通りの中、思わず弱音が漏れた。
自分が今いる場所を思い出し、慌てて周囲を見回すが、通りを行く人々はアリシアのことなど、まるで眼中にない。
安堵しつつ、気を取り直して再び歩き出した。
——お前が決めろ。
ふと、ヴァルドの言葉が脳裏をよぎる。
(……せっかく任せてくれたんだから、ちゃんとした名前を考えないとっ)
アリシアは直感を頼りに、単語を思い浮かべては並べてみる作業を始めた。
「——“
一瞬浮かんで、早々に首を振った。剣団、と言いつつ誰も剣を扱っていない。
「——“
どうも重々しい、自分たちのイメージにしっくりこない。少し悩んで、首を振った。
「……“とりあえず殴る会”」
一体どこから出てきた言葉なのか。
脳内のヴァルドが、ものすごい剣幕でこちらを睨みつけてくる。
慌ててそのイメージごと消し去るように、首を振った。
「……難しいなぁ」
やはり、そう都合よく、しっくりくる名前は降りてこない。
特に行き先も決めず、道が続く限り歩き続けていたアリシアだったが、気がつけば小さな広場に出ていた。
中央には石の水場があり、その近くの低い縁に腰を下ろす。
ひやりと冷たくて、その感触がどこか心地よかった。
アリシアは膝に頬杖をつくと、もう一周、頭の中を探してみる。
カッコよくて、全員の雰囲気に合っていて、語呂がよくて、覚えやすい——。
「……私が」
声が、出た。
「……私が、つけたい名前は」
自分が口に出した言葉に、アリシアは「はっ」と我に返る。
「そうじゃなくて!」
水場のそばの鳩が二羽、羽音を立てて飛び立った。
「ちゃんとして、私! みなさんが長く使う名前なんだから! 私の趣味で決めたら迷惑がかかっちゃう!!」
誰もいない広場に宣言するような勢いで立ち上がり、頬をぺちんと一度叩く。
空を見上げれば、端がもう、オレンジに染まり始めていた。
それほどまでに、街中を彷徨っていたらしい。
(……もう戻らないと)
なんのイメージもまとまらないまま、アリシアは再び通りに出ると、また一から考え始める。
宿に着くまで、もう少し時間はある。
「……私が、つけたい名前」
つい、また口にしてしまう。
そんな言葉が出てきたこと自体、なんだか少し、意外だった。