勇者をプロデュース!〜無名の田舎娘が、神さまイチ推しの勇者になるまで〜   作:朴月イチロ

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5-2:『名前をつけてください』

 ギルド支部内の休憩エリア。

 申し訳なさそうに顔を伏せるアリシアを囲む形でテーブルに着くと、他の三人は今後に向けた作戦会議を開始した。

 

 ——結論をいえば、登録手続きは一旦見送った。

 

 パーティー名。

 アリシアがどうしてもこの項目だけ書き進められず、完全に固まってしまったからである。

 

「そーいえば、登録時に『名前』が必要なの、完全に忘れてましたね」

 

 そう言って、レグナスは天井を仰いだ。

 ヴァルドは受付嬢から受けた説明内容を思い出す。

 

「途中変更も、地味に手続きが多そうでめんどくさいな」

 

「っていうか、なんで気づかないのよレグナス! この中で一番、ギルド傭兵の経験が長いの、あんたでしょうが!」

 

 じとっとした目を向けるリュミエールに対し、レグナスは悪びれ様子もなく笑って返す。

 

「いやー面目ない。正式にパーティーに所属するの、今回が初めてなんですよ。たまーにどこかのパーティーに、戦力としてヘルプに入ってたくらいで」

 

「お前さん、俺たちと会うまでずっとソロ活動だったって、言ってたもんな」

 

「あーもーいいわよ、もう……」

 

 淡々と補足するヴァルドに対し、リュミエールは眉間をおさえてこの話題を打ち切る。

 アリシアは引き続き黙ったままだ。

 

 それを横目で見ながら、リュミエールは別の話題に切り替える。

 

「……で、どうする? 予定ではパーティー登録した後に、その名義で討伐依頼を受けてみるって話だったけど」

 

「ソロ同士の合同受注の形であれば、依頼自体は問題なく受けられますけど」

 

 思考するレグナスに対し、ヴァルドはちらりとアリシアに目をやってから、口を開いた。

 

「いいだろ、パーティー名なんざ。めんどいが、後でいくらでも変えられるんなら、今は仮名でも付けておけば——」

 

「——っ! それはダメです!!」

 

 それまで沈黙を貫いていたアリシアが、声を荒げて立ち上がった。

 リュミエールが目を丸くする一方で、レグナスはその場でただ黙っている。

 

「ちょっと……ちょーっと今日一日、お時間いただいてもいいですか? みなさんに納得してもらえるような名前を、きっと考えてみせます!」

 

「アリちー? 何も一人で抱え込む必要はないと思うんだけど……」

 

「いや、お前が決めろ」

 

 自分の言葉を遮られ、リュミエールは「はあ!?」と苛立ちを含めてヴァルドを睨みつけたが、彼の視線はアリシアに向いていた。

 対する彼女は、臆するどころか、その目に火が灯ったような光がある。

 

「みなさんは先に、宿屋さんの方に戻っていてください! 私、少し街を歩きながら考えてきます!」

 

 夕方までには戻りますので! とアリシアは自分の荷物を手に取ると、軽く頭を下げ、小走りで支部の出口へ向かっていった。

 あまりにも早い切り替えに、止めようと差し伸べたリュミエールの手が、空を切る。

 

 改めて、恨めしそうにヴァルドを見やった。

 

「……あなた、わざと焚きつけたわね?」

 

「ここまできれいに、喰いついてくれるとは思わなかった」

 

「何でまた」

 

 当然のレグナスの疑問に対し、ヴァルドはアリシアが去った支部の入り口を見つめながら、低くつぶやいた。

 

「……これからあいつが、このパーティーのリーダーになる」

 

 ここ最近のアリシアの姿が、脳裏を過る。

 

 村で初めて会った時の、何も知らない顔。

 ワイルドボア、ケツァルコアトル、そしてユキイタチに真っ向から挑む姿勢。

 ゴーレムを吹き飛ばして、呆けていた顔。

 どの場面にも一貫していたのは——戸惑いながらも、一度として「やめる」と言わなかったことだ。

 

 ——だが、そろそろ彼女はもう一段階、変わる必要がある。

 

「名前は、そのパーティーの方向性を決める。あいつが俺たちに、どういうものを一緒に背負って欲しいのか。あいつ自身が決めなくちゃダメなことだ——これから互いに、命を預ける形になるんだからな」

 

「理屈はわかるけど——」

 

 リュミエールもまた、支部の入り口に視線を向ける。

 

 魔の土地にいるという、『魔王』なる魔物の討伐。

 ——改めて十七歳の少女に、背負わせるレベルの重みではない気がする。

 

「容赦がないですねぇ」

 

 レグナスは静かにそれだけ言って、口の端に薄く笑みを浮かべている。

 

「……迷走し始めたら、すぐ手を貸すから」

 

 力になれないのがもどかしいのか、リュミエールは頬杖をつき、小さく息を吐いた。

 

 今はとにかく、アリシアの決断を待つしかないだろう。

 先に受ける依頼の目星をつけるべく、三人が席を立ったその時——。

 

 隣のテーブル席での傭兵の会話が、偶然耳に入ってきた。

 

「……また例の魔物が出たらしいな。全身に無数の目玉があるヤツ」

「ああ。この間ひと組、パーティーが行方不明になっただろ? その魔物にやられたって話だ」

「噂だとそいつ……喋るらしいぜ。知り合いが森の中でそいつの声を聞いたとか、何とか……」

 

 普通だったら、まずは聞き流してしまうだろう噂話。

 

 だが……明らかに今までの魔物とは異質な存在感が、三人——とりわけヴァルドの興味を引いた。

 

「……無数の、目玉?」

 

 

 ◆◆◆

 

 

 多くの人が行き交う、アルセインの大通り。

 ほとんどの人の視線が辺りの露店に向く中で、アリシアは一人、視線を石畳に向いて人混みの中を歩いていた。

 

(名前……パーティーの、名前……)

 

 簡単なことのはずだ、と思う。

 自分たちの名前を決めるだけなのだから。

 

(みなさんが、気に入ってくれそうな名前)

 

 頭の中で、条件を並べてみる。

 カッコよくて、全員の雰囲気に合っていて、語呂がよくて、覚えやすい——。

 

「……多いよ〜」

 

 人通りの中、思わず弱音が漏れた。

 自分が今いる場所を思い出し、慌てて周囲を見回すが、通りを行く人々はアリシアのことなど、まるで眼中にない。

 

 安堵しつつ、気を取り直して再び歩き出した。

 

 ——お前が決めろ。

 

 ふと、ヴァルドの言葉が脳裏をよぎる。

 

(……せっかく任せてくれたんだから、ちゃんとした名前を考えないとっ)

 

 アリシアは直感を頼りに、単語を思い浮かべては並べてみる作業を始めた。

 

「——“星巡の剣団(アストラルブレイド)”」

 一瞬浮かんで、早々に首を振った。剣団、と言いつつ誰も剣を扱っていない。

 

「——“無明踏破隊(アビスウォーカー)”」

 どうも重々しい、自分たちのイメージにしっくりこない。少し悩んで、首を振った。

 

「……“とりあえず殴る会”」

 一体どこから出てきた言葉なのか。

 脳内のヴァルドが、ものすごい剣幕でこちらを睨みつけてくる。

 慌ててそのイメージごと消し去るように、首を振った。

 

「……難しいなぁ」

 

 やはり、そう都合よく、しっくりくる名前は降りてこない。

 

 特に行き先も決めず、道が続く限り歩き続けていたアリシアだったが、気がつけば小さな広場に出ていた。

 中央には石の水場があり、その近くの低い縁に腰を下ろす。

 ひやりと冷たくて、その感触がどこか心地よかった。

 

 アリシアは膝に頬杖をつくと、もう一周、頭の中を探してみる。

 

 カッコよくて、全員の雰囲気に合っていて、語呂がよくて、覚えやすい——。

 

「……私が」

 

 声が、出た。

 

「……私が、つけたい名前は」

 

 自分が口に出した言葉に、アリシアは「はっ」と我に返る。

 

「そうじゃなくて!」

 

 水場のそばの鳩が二羽、羽音を立てて飛び立った。

 

「ちゃんとして、私! みなさんが長く使う名前なんだから! 私の趣味で決めたら迷惑がかかっちゃう!!」

 

 誰もいない広場に宣言するような勢いで立ち上がり、頬をぺちんと一度叩く。

 空を見上げれば、端がもう、オレンジに染まり始めていた。

 

 それほどまでに、街中を彷徨っていたらしい。

 

(……もう戻らないと)

 

 なんのイメージもまとまらないまま、アリシアは再び通りに出ると、また一から考え始める。

 

 宿に着くまで、もう少し時間はある。

 

「……私が、つけたい名前」

 

 つい、また口にしてしまう。

 そんな言葉が出てきたこと自体、なんだか少し、意外だった。

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