勇者をプロデュース!〜無名の田舎娘が、神さまイチ推しの勇者になるまで〜   作:朴月イチロ

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5-3:不穏な噂

「あ、アリちー。おかえりー」

『おかえりなさいっスー』

 

 アリシアが宿屋の部屋に戻ると、そこには寝台でくつろいでいるリュミエールの姿があった。よく見れば、タマがクッション代わりになっている。

 

 アリシアの顔を見て、リュミエールは目を細めて笑う。

 

「その様子だと、まだ決めきれていないみたいね」

「名前をつけるのって、難しいんですね……」

 

 部屋に備え付けの椅子に、アリシアは腰を下ろす。

 ここまで歩き通しだった分、疲労感で身体が重く感じた。

 

「アリちーが戻ってきたら、みんなで晩ご飯食べに行こうってしてたんだけど——」

「行きましょう!」

 

 即答。

 いま一息ついた所だったのに、疲れを跳ね除けるようにアリシアは立ち上がった。

 

 晩ご飯。

 今のアリシアにとって、これほど魅惑的な言葉はない。

 身体は空腹を思い出し、再び目に光が戻る。

 

 それを見て、改めて顔に出やすい子だな、とリュミエールは思う。

 外見は本当に、普通の女の子だ。

 だがそれに反して、ゴーレムを軽く吹き飛ばすレベルの爆発力も兼ね備えている。

 そのギャップには、いまだに困惑している。

 

 結局、リュミエールは彼女の魔力の制限について、聞けていない。

 普段の自分であれば、間違いなく深掘りしたいネタなのだが、安易に踏み込んではならないとも、自身の直感が告げている。

 

「もうお腹ぺこぺこですよー。お店もう決めてるんですか?」

 

「あー、なんかもう、めぼしい所は見つけてるらしいわよ」

 

 ——今は、まだいい。

 彼女の『深淵』に触れる以前に、自分は彼女のことを、まだろくに()()()()

 そこからでも、遅くはないはずなのだから。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 ——アリシアが好きそうな店を見つけた。

 

 そう言うヴァルドの選定に、リュミエールは少なからず興味があったのだが、行き先は彼女の想像と少し違った。

 

 目の前の鉄板に猪肉が落とされた途端、じゅう、と食欲を煽る音が弾けた。

 表面に浮いた脂が瞬く間に泡立ち、香ばしい煙となって立ちのぼる。

 煙は甘辛い下味の香りをまとい、店内に満ちた炭火の匂いと混ざり合って鼻腔をくすぐった。

 

 周囲の卓でも同じように焼ける音が絶えず響き、男性客の笑い声や杯の触れ合う音がその合間を縫う。

 

 その中でアリシアは一際幸せそうに、ヴァルドから無言で取り分けられ続ける猪肉を、なかなかのスピードで食べ進めている。

 彼女の細い体のどこに吸収されていくのか、リュミエールはまじまじと見ながらエールを口に含んだ。

 

 同じくアリシアの食べっぷりを眺めながら、レグナスは口を開く。

 

「アリシアさんと別れた後、ギルドで不穏な話を聞きましてね。この周辺の地域で妙な魔物が出たとか」

 

 アリシアは口の中の猪肉を飲み込む。

 

「妙な魔物?」

 

「オオトカゲに似た外見で、体の表面には無数の目玉があるんだそうです。しかも喋る」

 

「体に目玉がいっぱいあって、しかも喋る魔物……?」

 

 言葉通りに、『体に目玉がいっぱいある、喋るオオトカゲ』を想像してみる……アリシアの脳裏に、従来の生物と根底からかけ離れた、『よくわからない何か』が誕生した。

 

 リュミエールも傭兵から聞いた噂話を思い出しながら、鉄板上の野菜に箸を伸ばす。

 

「オオトカゲ自体、とりわけ珍しい魔物じゃないけど……体に無数の目玉っていうのが不気味よねえ。スライムとかが擬態してはりついてるのかしら。言葉を話すっていうのは眉唾物だけど」

 

 対してレグナスは、減った分の野菜を鉄板に足しながら続けた。

 

「例の魔の土地の活性化によって生まれた新種とか……幻獣種の類だったら、大事ですよ」

 

「幻獣種?」

 

「ユキイタチは獣種、大蟷螂は甲殻種ってな感じで、魔物に対して姿形である程度、分類分けしているの。その中で最も破壊力が高くて、人的被害が広がりやすいのが、幻獣種。おとぎ話に出てくるドラゴンとかがそれね」

 

「過去に一、二回、ドラゴンの討伐隊に参加したことはありますが、なかなか骨が折れましたよ。機会があれば、またやり合ってみたいですけどね」

 

「軽く言わないでよぅ……本当に幻獣種だったら、さすがに荷が重すぎるわ……」

 

 リュミエールがうんざりしながら手を軽く振ると、アリシアの表情が少し曇った。

 

「でも、そんな魔物が近くにいるんだったら……周辺に住んでいる人が心配です」

 

「今の所、被害にあった村や町はないみたいだけど、居場所がはっきりしない以上、ギルドとしても対応に困っているみたいだったわね……ところでさ」

 

 ここまで一度も、ヴァルドが会話に入ってきていない。

 

 リュミエールが彼に視線を向けると、何かを考え込みながら、無心で肉を焼いてはアリシアの皿に取り分けている。

 アリシアもアリシアで、それに全く疑問を呈さず、会話の中、猪肉を口に運んでいた。

 

「……あなた、そんなにアリちーを肥えさせたいの?」

 

「……は?」

「ふえ?」

 

 リュミエールの唐突な呼びかけに、ヴァルドとアリシアのリアクションが重なる。

 その絶妙な息の合い方に、リュミエールは肩を震わせながら声を殺した。

 

「アリちーがお肉大好きなのは、十分伝わったんだけど……っどんだけ焼くのよ……っ」

 

「ああっ!? すみません、つい話に夢中になっちゃって……っていうか、ヴァルドさんちゃんと食べてますか? もしかしてお肉全部こっちにまわしてくれてたんですか!?」

 

「……ああ」

 

 ヴァルドはここでようやく、思っている以上に、深く思索に耽っていたことに気づいた。

 最初は数枚、アリシアに渡すつもりでいたのに、一体何枚焼いたのか。

 

「——気になりますか? 例の目玉の魔物が」

 

 レグナスが代弁する。

 対してヴァルドは無言でうなづいた。

 

 無数の目玉がある魔物。

 星綾士(ステラリスト)として事前に刻んだ情報群から、あるものを照合していた。

 

 この世界に降りる前に、神々から渡された《神託(しんたく)》——この世界の基礎情報。

 

 ——それらしき存在は、いる。

 

 だが、ヴァルドは口を開かなかった。

 喉の奥まで出かかった言葉を、静かに押し戻す。

 

 これは一介の魔法師であるヴァルドが、()()()()()()()()()()()ではない。

 

「……仮に魔の土地から出てきた新種だとして」

 

 適当に焼いたキャベツを口に運ぶ。

 

「そんな目立つ特徴を持つ魔物が、実態を掴ませないまま、南方まですでに来ているっていうのが、不気味すぎる」

 

 手元のエールを飲み干した後、レグナスが応じた。

 

「大抵の魔物は、人の持つ魔力につられて、向こうから姿を見せにくるものですが……意図的に潜伏しながら移動しているのなら、脅威ですね。まあ、居場所が掴めていない以上、用心するしかないですが」

 

「意図的に潜伏するほど、頭が回る魔物とか嫌よ……ましてや喋るなんて」

 

 リュミエールのじっとりした目線に対し、レグナスは「はは」と軽く笑ってあしらった。

 一方で、多少スピードは落ちたとはいえ、アリシアは黙々と猪肉を食べ続けている。

 

「——そういえば」

 

 アリシアに視線を向けてから、ヴァルドは話題を切り替えた。

 

「結局お前、パーティーの名前思いついたのか」

 

 その言葉に、アリシアの体が小さくはねた。

 先ほどまで不安を抱えていた目が、一気に挙動不審になる。

 

 ——それだけで、察せた。

 

「……よし。明日は仮名で登録する」

「ああ〜……まだっ……まだ明日の朝まで時間ありますよね!?」

「お前、そんなこと言って、夜通し起きて考えるつもりだろう。徹夜明けで討伐依頼を受けるとか、ふざけんな。諦めて寝ろ」

「ご、合同受注じゃダメなんですかね……?」

「魔の土地に入るためには、ギルド本部の認可がいる。そのためにもパーティーとしての実績は、早いうちから積んでおきたい」

「うぐぅ……」

 

 ヴァルドからの言葉に、アリシアは何も返せなかった。

 

 いくつか候補は絞れてはいるのだ。

 だがあともう一歩、決め手に欠ける。

 

 アリシアは観念したかのように、小さくため息を吐いた。

 

「……受ける依頼は、もう決まっているのでしょうか」

 

「ええ、ある程度目星はつけてきました。組んだばかりの僕たちにとっては、ちょうどいい相手だと思います——」

 

 ——とある、ハチの巣の駆除です。

 少し声色を低くして、レグナスは言った。

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