勇者をプロデュース!〜無名の田舎娘が、神さまイチ推しの勇者になるまで〜 作:朴月イチロ
「あ、アリちー。おかえりー」
『おかえりなさいっスー』
アリシアが宿屋の部屋に戻ると、そこには寝台でくつろいでいるリュミエールの姿があった。よく見れば、タマがクッション代わりになっている。
アリシアの顔を見て、リュミエールは目を細めて笑う。
「その様子だと、まだ決めきれていないみたいね」
「名前をつけるのって、難しいんですね……」
部屋に備え付けの椅子に、アリシアは腰を下ろす。
ここまで歩き通しだった分、疲労感で身体が重く感じた。
「アリちーが戻ってきたら、みんなで晩ご飯食べに行こうってしてたんだけど——」
「行きましょう!」
即答。
いま一息ついた所だったのに、疲れを跳ね除けるようにアリシアは立ち上がった。
晩ご飯。
今のアリシアにとって、これほど魅惑的な言葉はない。
身体は空腹を思い出し、再び目に光が戻る。
それを見て、改めて顔に出やすい子だな、とリュミエールは思う。
外見は本当に、普通の女の子だ。
だがそれに反して、ゴーレムを軽く吹き飛ばすレベルの爆発力も兼ね備えている。
そのギャップには、いまだに困惑している。
結局、リュミエールは彼女の魔力の制限について、聞けていない。
普段の自分であれば、間違いなく深掘りしたいネタなのだが、安易に踏み込んではならないとも、自身の直感が告げている。
「もうお腹ぺこぺこですよー。お店もう決めてるんですか?」
「あー、なんかもう、めぼしい所は見つけてるらしいわよ」
——今は、まだいい。
彼女の『深淵』に触れる以前に、自分は彼女のことを、まだろくに
そこからでも、遅くはないはずなのだから。
◆◆◆
——アリシアが好きそうな店を見つけた。
そう言うヴァルドの選定に、リュミエールは少なからず興味があったのだが、行き先は彼女の想像と少し違った。
目の前の鉄板に猪肉が落とされた途端、じゅう、と食欲を煽る音が弾けた。
表面に浮いた脂が瞬く間に泡立ち、香ばしい煙となって立ちのぼる。
煙は甘辛い下味の香りをまとい、店内に満ちた炭火の匂いと混ざり合って鼻腔をくすぐった。
周囲の卓でも同じように焼ける音が絶えず響き、男性客の笑い声や杯の触れ合う音がその合間を縫う。
その中でアリシアは一際幸せそうに、ヴァルドから無言で取り分けられ続ける猪肉を、なかなかのスピードで食べ進めている。
彼女の細い体のどこに吸収されていくのか、リュミエールはまじまじと見ながらエールを口に含んだ。
同じくアリシアの食べっぷりを眺めながら、レグナスは口を開く。
「アリシアさんと別れた後、ギルドで不穏な話を聞きましてね。この周辺の地域で妙な魔物が出たとか」
アリシアは口の中の猪肉を飲み込む。
「妙な魔物?」
「オオトカゲに似た外見で、体の表面には無数の目玉があるんだそうです。しかも喋る」
「体に目玉がいっぱいあって、しかも喋る魔物……?」
言葉通りに、『体に目玉がいっぱいある、喋るオオトカゲ』を想像してみる……アリシアの脳裏に、従来の生物と根底からかけ離れた、『よくわからない何か』が誕生した。
リュミエールも傭兵から聞いた噂話を思い出しながら、鉄板上の野菜に箸を伸ばす。
「オオトカゲ自体、とりわけ珍しい魔物じゃないけど……体に無数の目玉っていうのが不気味よねえ。スライムとかが擬態してはりついてるのかしら。言葉を話すっていうのは眉唾物だけど」
対してレグナスは、減った分の野菜を鉄板に足しながら続けた。
「例の魔の土地の活性化によって生まれた新種とか……幻獣種の類だったら、大事ですよ」
「幻獣種?」
「ユキイタチは獣種、大蟷螂は甲殻種ってな感じで、魔物に対して姿形である程度、分類分けしているの。その中で最も破壊力が高くて、人的被害が広がりやすいのが、幻獣種。おとぎ話に出てくるドラゴンとかがそれね」
「過去に一、二回、ドラゴンの討伐隊に参加したことはありますが、なかなか骨が折れましたよ。機会があれば、またやり合ってみたいですけどね」
「軽く言わないでよぅ……本当に幻獣種だったら、さすがに荷が重すぎるわ……」
リュミエールがうんざりしながら手を軽く振ると、アリシアの表情が少し曇った。
「でも、そんな魔物が近くにいるんだったら……周辺に住んでいる人が心配です」
「今の所、被害にあった村や町はないみたいだけど、居場所がはっきりしない以上、ギルドとしても対応に困っているみたいだったわね……ところでさ」
ここまで一度も、ヴァルドが会話に入ってきていない。
リュミエールが彼に視線を向けると、何かを考え込みながら、無心で肉を焼いてはアリシアの皿に取り分けている。
アリシアもアリシアで、それに全く疑問を呈さず、会話の中、猪肉を口に運んでいた。
「……あなた、そんなにアリちーを肥えさせたいの?」
「……は?」
「ふえ?」
リュミエールの唐突な呼びかけに、ヴァルドとアリシアのリアクションが重なる。
その絶妙な息の合い方に、リュミエールは肩を震わせながら声を殺した。
「アリちーがお肉大好きなのは、十分伝わったんだけど……っどんだけ焼くのよ……っ」
「ああっ!? すみません、つい話に夢中になっちゃって……っていうか、ヴァルドさんちゃんと食べてますか? もしかしてお肉全部こっちにまわしてくれてたんですか!?」
「……ああ」
ヴァルドはここでようやく、思っている以上に、深く思索に耽っていたことに気づいた。
最初は数枚、アリシアに渡すつもりでいたのに、一体何枚焼いたのか。
「——気になりますか? 例の目玉の魔物が」
レグナスが代弁する。
対してヴァルドは無言でうなづいた。
無数の目玉がある魔物。
この世界に降りる前に、神々から渡された《
——それらしき存在は、いる。
だが、ヴァルドは口を開かなかった。
喉の奥まで出かかった言葉を、静かに押し戻す。
これは一介の魔法師であるヴァルドが、
「……仮に魔の土地から出てきた新種だとして」
適当に焼いたキャベツを口に運ぶ。
「そんな目立つ特徴を持つ魔物が、実態を掴ませないまま、南方まですでに来ているっていうのが、不気味すぎる」
手元のエールを飲み干した後、レグナスが応じた。
「大抵の魔物は、人の持つ魔力につられて、向こうから姿を見せにくるものですが……意図的に潜伏しながら移動しているのなら、脅威ですね。まあ、居場所が掴めていない以上、用心するしかないですが」
「意図的に潜伏するほど、頭が回る魔物とか嫌よ……ましてや喋るなんて」
リュミエールのじっとりした目線に対し、レグナスは「はは」と軽く笑ってあしらった。
一方で、多少スピードは落ちたとはいえ、アリシアは黙々と猪肉を食べ続けている。
「——そういえば」
アリシアに視線を向けてから、ヴァルドは話題を切り替えた。
「結局お前、パーティーの名前思いついたのか」
その言葉に、アリシアの体が小さくはねた。
先ほどまで不安を抱えていた目が、一気に挙動不審になる。
——それだけで、察せた。
「……よし。明日は仮名で登録する」
「ああ〜……まだっ……まだ明日の朝まで時間ありますよね!?」
「お前、そんなこと言って、夜通し起きて考えるつもりだろう。徹夜明けで討伐依頼を受けるとか、ふざけんな。諦めて寝ろ」
「ご、合同受注じゃダメなんですかね……?」
「魔の土地に入るためには、ギルド本部の認可がいる。そのためにもパーティーとしての実績は、早いうちから積んでおきたい」
「うぐぅ……」
ヴァルドからの言葉に、アリシアは何も返せなかった。
いくつか候補は絞れてはいるのだ。
だがあともう一歩、決め手に欠ける。
アリシアは観念したかのように、小さくため息を吐いた。
「……受ける依頼は、もう決まっているのでしょうか」
「ええ、ある程度目星はつけてきました。組んだばかりの僕たちにとっては、ちょうどいい相手だと思います——」
——とある、ハチの巣の駆除です。
少し声色を低くして、レグナスは言った。