勇者をプロデュース!〜無名の田舎娘が、神さまイチ推しの勇者になるまで〜 作:朴月イチロ
日常というものは、こんなにもあっけなく崩れるものなのか。
ワイルドボアの通り道となった範囲で、原型を保っている家屋はほとんど残されていなかった。放牧中の家畜は大方逃げ出してしまったようだが、一部は見るも無惨な姿でその場に残されている。
この惨状で軽傷者こそ出たものの、死者がいなかったのは不幸中の幸いだった。
アリシアは村人達と合流し、互いの無事を確かめ合っていると、先ほど彼女が助けた女の子が寄ってきた。
「アリシアおねーちゃんありがとうっ」
その言葉で、一番失いたくない部分は守り切れたと、アリシアはようやく肩の力が抜けた。
その後は、改めて状況確認のため被害の区画に戻ってきた。
散乱した瓦礫、半壊した家屋、ワイルドボアの死骸……。
あたりはすっかり夕暮れ時で、二人が歩くたびに長い影が壁にちらついた。
お互いしばらく無言だったが、最初に口を開いたのはアリシアだった。
「……他の場所でもこんな感じになっちゃうんでしょうか」
「そうだな。ただし被害はこんなものじゃ済まない。力を持たない辺境の村や町は、どんどん圧倒的暴力の前に潰されていくだろうな」
ここだっていずれは――と言いかけてヴァルドが口をつぐむと、それを察したアリシアは言葉を続けた。
「……魔の土地、ですよね? そこにいる“魔王”をやっつけることができれば、またみんな安心して暮らせるようになりますか?」
「ゼロにはならないだろうが、魔物の絶対数が減る分、被害は確実に減るだろうな」
「……私行きます」
アリシアはようやく振り返ってヴァルドと向かい合った。
その目にはおどおどしていた時の彼女とは違う、強い覚悟の光が宿っている。
――あの女の子みたいに、誰かの終わりの運命を変えられるのであれば。
「ここだけの話じゃない、魔物の影響で、日常が壊れそうになっている人たちが他にいるっていうのなら――誰かの助けをただ待つだけじゃなくて、私自身が力になってあげたい」
(下手したら死んでいたかもしれないのに)
「そりゃあ、正直かなり怖いですけど……そのために、もらった力だと思うから」
アリシアの手元に赤い光が灯った瞬間、瞬時にあのピッチフォークが姿を現した。それを両手で大事そうに握る彼女を見て、ヴァルドは胸の奥に、何かが重くのしかかる。
(……その言葉が欲しかった)
――そのためにあのワイルドボアも、この惨状も、自分の“仕込み”だと知ったら彼女はどう思うだろうか。
《戦闘未経験の村娘が救国の勇者として魔王を倒す》
それに至るまでの“物語”を観測するために、神々が仕組んだ
「……わかった」
星綾士たる自分の使命は――彼女が魔王を倒すまでの運命を完遂させること。その過程において神々の「退屈」を埋めること。
そのためには時に自分は……水面下では彼女の“敵”になるだろう。
だとしても、彼女ら“人”は、自ら最良の結果を選択できると、信じてる。
「それがお前の望みだというなら、魔王を倒すまで俺も力を貸す」
その言葉を聞いたアリシアは「ありがとうございます!」と顔がぱっと明るくなり、それから手元のフォークをブンブンと振り回してみせた。
「すっごいんですよこの子、軽いし、好きな時に出したり消せたりできますし! さっきこれで瓦礫をどけようとしたら軽々持ち上げられて、普段の牧場仕事がすごく捗りそうです!」
「魔王を討つためにあげた力を、牧場仕事に使うな」
かくして。
ここにピッチフォークを携えた、救国の勇者(予定)が誕生した。
――許されるものならリテイクさせてほしい。
それが
◆◆◆
『お疲れ様ー。フフフ……これまでの勇者像の中では大分異質っていうか、中々興味深かったよ』
「……こっちは色々胃が痛かったです」
『見かけによらず存外神経細いよね、君』
夜もすっかり深くなり、村の住民たちが寝静まった頃、ヴァルドは一人、倒壊した瓦礫の上で姿なき声と会話していた。
星綾士は基本的に睡眠を必要としない。そのため、神々との連絡はたいてい夜に行われる。
「彼女みたいな一般人を駆り立てるのって、存外神経使うんですよ……なんとか外に出る気になってくれたので、ホッとしてますが」
『お見事だったねー、彼女。守るべきものがあって強さを発揮するものは、いつ見ても美しいよ。それにしても、君の演出は時に回りくどいよね――』
次の言葉を聞いた瞬間、ヴァルドは自身の思考が芯から一気に冷えていくのを感じた。
『彼女に旅立って欲しいのなら、いっそのこと、この村を焼いた方が早かったんじゃない?』
「……」
彼らに悪意はない。
人を最も駆り立てるのは、喪失と絶望であることを前提とした故での、至極真っ当な疑問だった。
「……それは、あくまでも最終手段ですよ」
冷静を装ってはいるが、つい声色が低くなる。
「絶望だけが人を駆り立てる手段じゃないってことは、過去に証明してきたと思いますが」
『あーごめん。君は“そういうのは”好きじゃない方だったね。ボクたちとしては、なんだって構わないんだよ、“面白く”なるのであれば。そういう意味では今回の物語は“面白い”よ。これからも頑張ってね。』
「……ありがとうございます」
ぷつんと、彼らとの接続が切れたような感覚がした。
声だけで向こうの反応を読み取るのは相変わらず骨が折れる。だが――なんとか最初の関門は突破したと思っていいだろう。
アリシアにとっても、ヴァルドにとっても、ここからが本番なのである。
◆◆◆
翌朝、アリシアたちは日の出と共に村を出た。
目指す目的地は魔の土地。
ただその前に現在の国の状況把握のため、ここから一番近い傭兵ギルド拠点がある街“ローグアナ”を目指すことに決めた。
一通りのお別れは昨夜のうちに済ませている。
村の復興を手伝えないことが少し心残りだったが、叔父叔母含めた村人たちは心配無用と快く送り出してくれた。
――山道を歩く中、立ち止まって振り返るとまだ村の家屋が見える。
「心配か?」
「……いいえ。みんなたくましいから、きっと大丈夫です」
アリシアがくるっと振り返ると、その銀灰の髪が朝日に照らされて光った。
「私たちは私たちのできることをしましょう! 神さま!」
「……ヴァルド」
忘れていた。これだけは早急に訂正する必要性がある。
クライアントである、神々と同一の括りにされるのは勘弁ならない……というのが本音だが、この先ずっと外で“神さま”呼ばわりされることを想像しただけで、なんともモヤモヤした気分になる。
「これからは名前で呼んでくれ」
「……ヴァルドさま?」
「“さま”もいらない」
「じゃあヴァルドさんで」
「それでいい」
「わかりました!」
これから頑張りましょうね! と軽い足取りでさらっと彼女はヴァルドを追い越していった。その背中は勇者と呼ぶにはあまりに小さく、頼りない。
「……先が思いやられるな」
ヴァルドは小さく溜息をこぼすと、フードを目深にかぶり直し、彼女の後を追って歩き出した。
救国の勇者(仮)と、彼女を勇者に仕立てるプロデューサー。
二人の奇妙な旅路は、こうして幕を開けたのである。