勇者をプロデュース!〜無名の田舎娘が、神さまイチ推しの勇者になるまで〜   作:朴月イチロ

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5-5:予兆

「……っていう策はどうだ」

「悪くはないですが」

 

 宿の自室。

 部屋の中央では、簡素な卓代わりに広げた一枚の紙へ、ヴァルドとレグナスの二人分の影が落ちている。

 

 そこには山麓(さんろく)の地形、廃屋(はいおく)の見取り図、鎧蜂(ヨロイバチ)の出現想定位置。

 さらに矢印や注記まで細かく書き込まれていた。

 

 向かいに座るレグナスは、穏やかな笑みのまま図面を眺める。

 だが、その目だけは獲物の動きを読む、獣のように鋭い。

 

「これだと君が、実質孤立無援になりませんか?」

「その方が都合がいい」

 

 ヴァルドは平然と返す。

 

「周りを巻き込む心配がない分、あいつらの牽制だけに集中できる」

「頼もしい限りで」

 

 感心しているのか、呆れているのか。

 レグナスは肩をすくめた。

 

「小屋側は任せた」

「ええ。屋内での戦闘になりますが、いざという時はリュミエールもいますし、まあ、なんとかなるでしょう」

 

 指先で紙面をなぞりながら、彼は戦況を頭の中で組み立てていく。

 やがて、ふと小さく笑った。

 

「……あとは、この前みたいにアリシアさんの内因魔法が暴発しなければ、ですが」

「……」

「ここに来るまで、多少はマシになりましたが、それでもどこか躊躇(ためら)っている節はありますね」

 

 ——測定魔法を偽るレベルの、アリシアの魔力の隠蔽。

 既にレグナスには共有済みである。

 

「……魔の土地へ挑むなら、いずれ本気で向き合ってもらうしかない」

 

 ヴァルドの声は低い。

 

「そうですね」

 

 レグナスも頷いた。

 

「彼女は速い、小回りも利く、咄嗟の判断もいい。けれど体格が華奢な分、要所で押し切る力に欠ける」

 

 そこで一度言葉を切り、ヴァルドを見る。

 

「そこを内因魔法で埋められなければ——ギルド階級二級相当と認められるのは、正直厳しいでしょうね」

 

「……だろうな」

 

 短い肯定。

 レグナスは少しだけ視線を細めた。

 

「一つ、お伺いしても?」

「なんだ」

「もし彼女が、内因魔法の使用を心の底から拒んだら……どうしますか?」

 

 試すような問い。

 だが、ヴァルドの返答に間はなかった。

 

「それでも、あいつが魔の土地へ行くのを諦めないなら、俺は力を貸す」

 

 迷いどころか、考える素振りすらない。

 

「……強制させないんですか?」

「本人が本気で選ぶなら、俺はそれを尊重する」

「全体の難易度は、かなり跳ね上がりますよ?」

「それでも、手がないわけじゃない」

 

 言い切る声に揺らぎはない。

 レグナスはしばらくヴァルドを見つめ——やがて喉の奥で笑った。

 

「……薄々感じてはいましたが」

「いちいちなんだよ」

「君、根は案外お人好しですよね」

 

 ヴァルドの眉がわずかに寄る。

 

「……そんなんじゃない」

 

 否定しながら、視線は紙面へ落ちる。

 それ以上、言葉は続かなかった。

 

 ——夜が、ふけていく。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 夜の闇が深さを増す頃。

 森から、虫の声が途切れた。

 

 風だけが、枝葉をわずかに揺らす。

 その静けさの中で——。

 

 どこから来たのかわからない。影が凝固したように、それは現れた。

 

 全長十メートルに届くかという、トカゲに似た体躯。

 だがそれは、生き物の形を借りただけの、別の何かだった。

 

 体の表面には、流線形に流れるように並ぶ、無数の目玉。

 

 大小さまざまな眼球が隙間なく膨れ上がり、皮膚の下から押し出されるように蠢いている。

 

 それぞれが別々の方向を向き、別々の何かを追う。

 一目見ただけで——見透かされている感覚を覚える。

 

 ——タイ……。

 

 声ではない。

 空気に混じった歪みが、耳ではなく頭の奥へ直接擦りつけられるような感覚。

 どこから発せられているのかも、わからない。

 

 ——タイ……タイ……。

 

 踏み出すたびに、足元から黒いモヤ——瘴気が滲む。

 地面を這い、木の根を伝い、広がるように見えて——元の体に戻る。

 まるで、瘴気が自ら意志を持つように。

 

 無数の目が、それぞれの方向を向いたまま、何かに引き寄せられるように、とある方角へ流れた。

 

 ——光のある方へ。

 

 そして次の瞬間。

 

 そこにいたはずの巨体は、もう見当たらなかった。

 

 消えたのか。

 最初からいなかったのか。

 

 ——誰の目にも、届かない。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 空が白み始める。

 ヴァルドは、寝台の中で静かに目を開けた。

 

(……)

 

 眠っていたわけではない。

 ただ、閉じていた目を開けただけだ。

 

 星綾士(ステラリスト)に、生命維持のための睡眠は必要ない。

 この時間は大体、脳内での情報整理と、周囲の監視に充(あ)てられる。

 

(……何も、引っかからない)

 

 目玉の魔物。

 

 アルセインの街を中心に、探知を段階的に拡張した。

 簡易的な索敵魔法から始め、星綾士(ステラリスト)の解析権限へと切り替え、範囲を外縁へ押し広げる。

 

 住民、周辺の魔物、移動中の個体。

 あらゆる“ユニット”を対象に、条件を変えながら検索をかけた。

 

 一晩で、万単位。

 

 それでも——それらしき物は、ひとつもなかった。

 

(……見落とした?)

 

 思考が、わずかに引っかかる。

 

 外見の特徴が“アレ”に似ているというだけで、確証はどこにもない。

 そもそも誰も実在を確認していない。

 

 本当に、ただの噂話。

 杞憂で終わる可能性の方が高い。

 

 ——なのに。

 

(……なんだ、この感じは)

 

 胸の奥に、ざらつくような違和感が残る。

 理屈ではなく、本能に近い部分が警鐘を鳴らしていた。

 

(……)

 

 野営なら火の番がある。

 何かしら手を動かしていれば、この手の感覚は誤魔化せる。

 

 だが宿では違う。

 やることがない。

 

 眠る必要はない。

 だが、眠れないわけでもない。

 

 中途半端に余った時間だけが、やけに長く感じられる。

 

(……こういう時だけ、人間が羨ましくなる)

 

 小さく息を吐き、ヴァルドは寝返りを打つ。

 

 再び目を閉じる。

 

 ——それでも。

 この違和感だけは、消えなかった。

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