勇者をプロデュース!〜無名の田舎娘が、神さまイチ推しの勇者になるまで〜   作:朴月イチロ

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5-6:出陣!ハチ駆除隊(仮)

 ——早朝のギルド支部、受付前。

 

 人の出入りもまだまばらな時間帯。

 静かな空気の中で、アリシアは一人、受付カウンターの前に立っていた。

 

 背筋は伸びている。

 姿勢も完璧。

 

 ただし——目が死んでいる。

 

「お待たせしましたー」

 

 奥から軽やかな声とともに、受付嬢が戻ってくる。

 手にした木製のトレイの上には、四人分のギルド階級証の魔石が整然と並んでいた。

 

「パーティー登録、無事完了ですー。合わせて依頼受注も処理済みになります!」

 

 にこやかな笑顔。

 何一つ問題のない、完璧な業務対応。

 

「鎧蜂(ヨロイバチ)の殲滅、および巣の除去。よろしくお願いしますね」

 

「……」

 

 アリシアは無言で魔石を受け取る。

 手の動きは丁寧だが、どこか魂が抜けていた。

 

 そして。

 

「ご武運をお祈りしております! ——『ハチ駆除隊』の皆さま!」

 

「——うわあああああっ……」

 

 ついに耐えきれなかった。

 

 喉の奥から、押し潰されたような悲鳴が漏れる。

 受付嬢の変わらない笑顔と、明るく通る声が、的確に追い打ちをかけてきた。

 

 悪意はない。

 命名理由など、何も問われることもない。

 ……ないからこそ、余計に刺さる。

 

(うう……ほんとにこれで登録されちゃったよぅ……)

 

 一時的な仮名だ。

 いい名前を思いつき次第、即変更すればいいのだ。

 そう、自分に言い聞かせてはいる。

 

 だが現実として——。

 今この瞬間、自分たちは『ハチ駆除隊』である。

 

 逃げ場はない。

 

「あのう、アリシアさんって、どこかで聞いたことあるお名前だと思ってたんですが……」

 

「え……?」

 

 意識が遠のきかけたところで、不意に受付嬢に声をかけられる。

 そのおかげで、アリシアはなんとか現実に引き戻された。

 

「ローグアナで、ユキイタチを討伐された方ですよね?」

 

「……あ、はい!」

 

 思わぬ話題に、背筋が伸びる。

 

「お姉ちゃんから聞いてましたよ! すごい活躍だったって!」

 

 ぱっと花が咲くような笑顔。

 先ほどまでとは別の意味で、アリシアの頬がじわりと熱くなる。

 

「ギルド階級二級を目指されてるんですよね? けっこう取得が大変なんですけど……応援してます! 頑張ってください!」

 

「は、はいっ……! ありがとうございます!」

 

 思わずぺこりと頭を下げた。

 そこに遅れて、とある疑問が浮かんでくる。

 

「……あの、“お姉ちゃん”って?」

 

「私、エルルっていいます。ローグアナ支部のエルシェは、私の姉なんです」

 

「えっ!?」

 

 アリシアの中で、一気に記憶が繋がる。

 

 ユキイタチの襲撃に混乱する支部をまとめ、騒動のあと慰労会まで開いてくれた女性。

 忘れるはずがない。

 

「お姉さんには本当にお世話になりました! もしお会いしたら、よろしくお伝えください!」

 

 今度は深く、アリシアは丁寧に頭を下げた。

 

「はい! もちろんです!」

 

 元気よく頷いたあと、エルルはにこっと笑って——。

 

「アリシアさんが『ハチ駆除隊』っていうお名前でパーティー結成されたことも、ちゃんと伝えておきますね!」

 

「……あ」

 

 現実が、突きつけられる。

 

「……その件は、まだ言わない方向でお願いします……」

 

 力なく絞り出す。

 アリシアの目から、再び光が消えた。

 

 

 ◆◆◆

 

 

「……みなさーん、お待たせしましたー。パーティー登録、完了ですー」

 

 アリシアが魔石を持って、三人の待つ休憩テーブル席へ戻ってくる。

 ——その目にはまだ光は戻っていない。

 

「ありがとうございます、アリシアさん」

 

 レグナスは自分の魔石を受け取ると、軽く掲げるようにして眺めた。

 

「いやー、ギルドの傭兵になって初めての“パーティー所属履歴”ですよ。『ハチ駆除隊』」

 

 しみじみとした声音。

 そこに皮肉は一切ない。純度百%の感慨である。

 

「俺もだよ、『ハチ駆除隊』」

 

 横からヴァルドもさらっと乗った。

 

「……誰のせいで、こんな素っ頓狂な名前になったと思ってんのよ」

 

 対してリュミエールは、半眼でヴァルドを睨んだ。

 そのすぐ隣で。

 

「うぅ……」

 

 力なく席に座ったアリシアは、ずっと何かを噛み締めるように唸っている。

 もはや声になっていない。

 

 その様子を一瞥して、ヴァルドは淡々と口を開いた。

 

「いいかアリシア」

 

「は、はい……」

 

「人が選択を迫られる場面で、時間が都合よく待ってくれるとは限らない」

 

 やけにそれっぽい語り口だった。

 

「限られた機会を逃せば——望まない結果は、わりとあっさりやってくる」

 

「はい……肝に銘じておきます……」

 

「……アリちー、素直すぎ」

 

 しゅんとしたまま、アリシアは小さく頷く。

 その横で、リュミエールがぴしっと指を突きつけた。

 

「さて——無事にパーティー登録も済んだところで」

 

 レグナスが手元の紙束を広げ、テーブルの中央へ滑らせた。

 軽い動作とは裏腹に、その目はすでに戦場を見ている。

 

 ——昨夜、ヴァルドと詰めた作戦図だ。

 

「全員生き残るための、作戦会議といきましょう」

 

 空気が、わずかに引き締まる。

 

 鎧蜂(ヨロイバチ)。

 

 数千規模の『働き蜂』。

 巣を守る『兵蜂』が三、四。

 そして巣の中に籠城する、女王蜂。

 

 働き蜂が外を巡り、兵蜂は巣を守る。

 仲間がやられれば、即座に増援。

 

 ——単純だが、厄介な連携だ。

 

 だが同時に、それは“誘導できる”ということでもある。

 

「……というわけで」

 

 レグナスが紙の一点を指で叩いた。

 

「第一陣の働き蜂を、うまくこちらに引き寄せたい。ヴァルド君の位置に」

 

 視線がそのままリュミエールへ流れる。

 

「何か手はありますかね?」

「そうね……」

 

 リュミエールは図面に目を落とし、ほんの一瞬だけ考える。

 

「……単純に引っ張るだけなら、タマでいいわね」

 

 あっさりと言った。

 

「私と同一魔力で繋がってるから、タマがヴァルドの方にいれば、緊急時の連絡も取れるし」

 

『え。ちょっと待ってください姐御、何やらせるんスか?』

 

 テーブルの下から、不穏な声。

 

「フィールドワークの時にたまにやってた、あれよ」

 

『あれってどれっスか、あれって』

 

 タマが小さな翼をぱたぱたさせる。

 ——嫌な予感しかしなかった。

 

「……ヴァルドさん、気をつけてくださいね」

 

 アリシアがぽつりと呟いた。

 

 作戦に無理はない。

 ヴァルドの実力も理解している。

 

 それでも——“一人になる”という事実だけが、引っかかる。

 

「人の心配をする前に、自分の役割に集中しろ」

 

 ヴァルドは淡々と返した。

 

 今回の討伐。

 二人が分断された状態で戦うのは、これが初めてになる。

 

 だが。

 

 先を見据えるなら、避けて通れない。

 そのために、レグナスとリュミエールがいる。

 

 ——今回の策は、ヴァルドにとっての『選択』でもあった。

 

「では——方針も固まりましたし、向かいましょうか」

 

 レグナスが紙をまとめる。

 

「ここから二時間弱。昼過ぎには接敵になるでしょう」

 

 一拍置いて、わずかに口元を緩めた。

 

「初陣ですね——『ハチ駆除隊』」

 

 ――空気が、止まる。

 

「次にその名前言ったらはたくわよ?」

 リュミエールは白い目でレグナスを睨みながら、静かに言った。

 

「ああああっ……」

 アリシアは再び沈む。

 

 緊張感は、見事に霧散した。

 

 ——ギルド登録パーティー『ハチ駆除隊』(仮)。

 その第一歩は、どこか締まらない形で踏み出されたのだった。

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