勇者をプロデュース!〜無名の田舎娘が、神さまイチ推しの勇者になるまで〜 作:朴月イチロ
——早朝のギルド支部、受付前。
人の出入りもまだまばらな時間帯。
静かな空気の中で、アリシアは一人、受付カウンターの前に立っていた。
背筋は伸びている。
姿勢も完璧。
ただし——目が死んでいる。
「お待たせしましたー」
奥から軽やかな声とともに、受付嬢が戻ってくる。
手にした木製のトレイの上には、四人分のギルド階級証の魔石が整然と並んでいた。
「パーティー登録、無事完了ですー。合わせて依頼受注も処理済みになります!」
にこやかな笑顔。
何一つ問題のない、完璧な業務対応。
「
「……」
アリシアは無言で魔石を受け取る。
手の動きは丁寧だが、どこか魂が抜けていた。
そして。
「ご武運をお祈りしております! ——『ハチ駆除隊』の皆さま!」
「——うわあああああっ……」
ついに耐えきれなかった。
喉の奥から、押し潰されたような悲鳴が漏れる。
受付嬢の変わらない笑顔と、明るく通る声が、的確に追い打ちをかけてきた。
悪意はない。
命名理由など、何も問われることもない。
……ないからこそ、余計に刺さる。
(うう……ほんとにこれで登録されちゃったよぅ……)
一時的な仮名だ。
いい名前を思いつき次第、即変更すればいいのだ。
そう、自分に言い聞かせてはいる。
だが現実として——。
今この瞬間、自分たちは『ハチ駆除隊』である。
逃げ場はない。
「あのう、アリシアさんって、どこかで聞いたことあるお名前だと思ってたんですが……」
「え……?」
意識が遠のきかけたところで、不意に受付嬢に声をかけられる。
そのおかげで、アリシアはなんとか現実に引き戻された。
「ローグアナで、ユキイタチを討伐された方ですよね?」
「……あ、はい!」
思わぬ話題に、背筋が伸びる。
「お姉ちゃんから聞いてましたよ! すごい活躍だったって!」
ぱっと花が咲くような笑顔。
先ほどまでとは別の意味で、アリシアの頬がじわりと熱くなる。
「ギルド階級二級を目指されてるんですよね? けっこう取得が大変なんですけど……応援してます! 頑張ってください!」
「は、はいっ……! ありがとうございます!」
思わずぺこりと頭を下げた。
そこに遅れて、とある疑問が浮かんでくる。
「……あの、“お姉ちゃん”って?」
「私、エルルっていいます。ローグアナ支部のエルシェは、私の姉なんです」
「えっ!?」
アリシアの中で、一気に記憶が繋がる。
ユキイタチの襲撃に混乱する支部をまとめ、騒動のあと慰労会まで開いてくれた女性。
忘れるはずがない。
「お姉さんには本当にお世話になりました! もしお会いしたら、よろしくお伝えください!」
今度は深く、アリシアは丁寧に頭を下げた。
「はい! もちろんです!」
元気よく頷いたあと、エルルはにこっと笑って——。
「アリシアさんが『ハチ駆除隊』っていうお名前でパーティー結成されたことも、ちゃんと伝えておきますね!」
「……あ」
現実が、突きつけられる。
「……その件は、まだ言わない方向でお願いします……」
力なく絞り出す。
アリシアの目から、再び光が消えた。
◆◆◆
「……みなさーん、お待たせしましたー。パーティー登録、完了ですー」
アリシアが魔石を持って、三人の待つ休憩テーブル席へ戻ってくる。
——その目にはまだ光は戻っていない。
「ありがとうございます、アリシアさん」
レグナスは自分の魔石を受け取ると、軽く掲げるようにして眺めた。
「いやー、ギルドの傭兵になって初めての“パーティー所属履歴”ですよ。『ハチ駆除隊』」
しみじみとした声音。
そこに皮肉は一切ない。純度百%の感慨である。
「俺もだよ、『ハチ駆除隊』」
横からヴァルドもさらっと乗った。
「……誰のせいで、こんな素っ頓狂な名前になったと思ってんのよ」
対してリュミエールは、半眼でヴァルドを睨んだ。
そのすぐ隣で。
「うぅ……」
力なく席に座ったアリシアは、ずっと何かを噛み締めるように唸っている。
もはや声になっていない。
その様子を一瞥して、ヴァルドは淡々と口を開いた。
「いいかアリシア」
「は、はい……」
「人が選択を迫られる場面で、時間が都合よく待ってくれるとは限らない」
やけにそれっぽい語り口だった。
「限られた機会を逃せば——望まない結果は、わりとあっさりやってくる」
「はい……肝に銘じておきます……」
「……アリちー、素直すぎ」
しゅんとしたまま、アリシアは小さく頷く。
その横で、リュミエールがぴしっと指を突きつけた。
「さて——無事にパーティー登録も済んだところで」
レグナスが手元の紙束を広げ、テーブルの中央へ滑らせた。
軽い動作とは裏腹に、その目はすでに戦場を見ている。
——昨夜、ヴァルドと詰めた作戦図だ。
「全員生き残るための、作戦会議といきましょう」
空気が、わずかに引き締まる。
数千規模の『働き蜂』。
巣を守る『兵蜂』が三、四。
そして巣の中に籠城する、女王蜂。
働き蜂が外を巡り、兵蜂は巣を守る。
仲間がやられれば、即座に増援。
——単純だが、厄介な連携だ。
だが同時に、それは“誘導できる”ということでもある。
「……というわけで」
レグナスが紙の一点を指で叩いた。
「第一陣の働き蜂を、うまくこちらに引き寄せたい。ヴァルド君の位置に」
視線がそのままリュミエールへ流れる。
「何か手はありますかね?」
「そうね……」
リュミエールは図面に目を落とし、ほんの一瞬だけ考える。
「……単純に引っ張るだけなら、タマでいいわね」
あっさりと言った。
「私と同一魔力で繋がってるから、タマがヴァルドの方にいれば、緊急時の連絡も取れるし」
『え。ちょっと待ってください姐御、何やらせるんスか?』
テーブルの下から、不穏な声。
「フィールドワークの時にたまにやってた、あれよ」
『あれってどれっスか、あれって』
タマが小さな翼をぱたぱたさせる。
——嫌な予感しかしなかった。
「……ヴァルドさん、気をつけてくださいね」
アリシアがぽつりと呟いた。
作戦に無理はない。
ヴァルドの実力も理解している。
それでも——“一人になる”という事実だけが、引っかかる。
「人の心配をする前に、自分の役割に集中しろ」
ヴァルドは淡々と返した。
今回の討伐。
二人が分断された状態で戦うのは、これが初めてになる。
だが。
先を見据えるなら、避けて通れない。
そのために、レグナスとリュミエールがいる。
——今回の策は、ヴァルドにとっての『選択』でもあった。
「では——方針も固まりましたし、向かいましょうか」
レグナスが紙をまとめる。
「ここから二時間弱。昼過ぎには接敵になるでしょう」
一拍置いて、わずかに口元を緩めた。
「初陣ですね——『ハチ駆除隊』」
――空気が、止まる。
「次にその名前言ったらはたくわよ?」
リュミエールは白い目でレグナスを睨みながら、静かに言った。
「ああああっ……」
アリシアは再び沈む。
緊張感は、見事に霧散した。
——ギルド登録パーティー『ハチ駆除隊』(仮)。
その第一歩は、どこか締まらない形で踏み出されたのだった。