勇者をプロデュース!〜無名の田舎娘が、神さまイチ推しの勇者になるまで〜   作:朴月イチロ

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5-7:ハチ駆除作戦、開始です!

 小屋にたどり着いた頃には、日はすっかり高くなっていた。

 

 ——一見、ただの廃屋(はいおく)。

 

 周辺には複数、黒い影が飛び回っており、窓から出入りしている。

 

 小屋から十数メートル離れた場所……働き蜂の感知射程に入らない位置で、草むらからレグナスが様子を伺っていた。

 

「……中は確定ですね。働き蜂があちこち飛び回ってる」

 

「結構距離ありますけど……レグナスさん目がいいんですね」

 

 隣でアリシアが目を細めるが、ただの影しか捉えられない。

 それを横目に、レグナスは軽く目元を指で叩いた。

 

「これも内因魔法です。視覚強化、身体強化の応用ですね。アリシアさんもすぐできるようになりますよ」

 

「内因魔法って、ただ力が強くなるだけじゃないんですね」

 

 アリシアが「はあー」と息を漏らす中、背後でタマの悲壮感あふれる声が聞こえてきた。

 

「姐御ひどいっス〜、なんでワイがそんなやばい役回りなんスか〜」

 

 その抗議の声も意に介さず、リュミエールは手に持つ霧吹きから、タマに鎧蜂が反応するフェロモン液を吹きかける。

 

「逃げ足には自信あるでしょ? それにヴァルドのそばにいた方が今回はむしろ安全よ」

 

 リュミエールはローブの内ポケットから、試験管を二本取り出す。

 中には少し泡だった、金色の液体が入っていた。

 

「アリちーとレグナスは、これ飲んでおいて、毒の耐性薬」

 

「わあ、ありがとうございます!」

 

 アリシアは両手でそれを受け取ると、一本をレグナスへ差し出した。

 レグナスは小屋から目を離さず、それを受け取ると、そのまま片手でコルクの蓋を外し、一気に飲み干す。

 

 『薬』というワードに、アリシアは若干警戒心を覚えたが、意を決して喉に流し込む。

 ——予想に反して、甘い。

 

 リュミエールはヴァルドの方に視線を向ける。

 

「一応予備は作っておいてきたけど、あなたはどうする?」

 

「いい。毒とか薬とか、そういうのは効きにくい体質だから、そっちで温存しておいてくれ」

 

「まーたサラッと、とんでもない事言ってくれるわね……」

 

 リュミエールが探るような目を向けてくる。

 

(嘘は言ってない)

 『人ならざる者』に、人を害する毒の類(たぐい)が効かない、というだけである。

 

「——準備はいいな」

 

「……そうですね」

 

 アリシアは静かに頷いた。

 空気が、切り替わる。

 

 一度、深く息を吸い——アリシアは手を広げた。

 次の瞬間、そこにピッチフォークが現れる。

 

「ハチ駆除作戦、開始です!」

 

 三人が、それぞれに頷く。

 

「じゃあ、俺は予定通り分かれるな」

 

 ヴァルドが踵(きびす)を返す。

 その背に——。

 

「ヴァルドさん!」

 

 アリシアの、声がかかる。

 

「……頑張ってくださいね!」

 

 ヴァルドの足が、わずかに止まる。

 が、そのまま彼女の顔を見返すことも、声をかけることもなく。

 

 ただ小さく、右手を挙げて応えた。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 ——それは、"異物"だった。

 

 巣の外縁を警戒していた働き蜂たちが、ほぼ同時に反応する。

 

 白い、丸い、遅い鳥。

 ——にもかかわらず、妙に目につく。

 羽音の群れが、一斉に向きを変えた。

 

『ど、どもー……』

 

 間の抜けた声。

 次の瞬間、それは合図になった。

 

 黒鉄の群れが、弾けるように殺到する。

 

『ギャアアアアアア!!!』

 

 白いそれ——タマは、悲鳴と共に反転した。

 

 逃げる。

 ただ一直線に。

 露骨なほどに、“誘うように”。

 

『イヤアアア——ッ!! ゴメンナサイ——ッ!! ワイはおいしくないっスよーッ!!』

 

 後ろは見ない。

 見れば、心が折れる。

 

 代わりに、前だけを見る。

 

 ——そこに、いる。

 

 森が開けた。

 視界が抜ける。

 

 青年の白いローブが、静かになびいていた。

 

『旦那ァァ!! 連れてきたっスよー! あとはよろしくお願いしまっス!』

 

 滑り込むように着地し、そのまま足元へ転がり込む。

 

 それに全く目もくれず、『青年』——ヴァルドは、上空の働き蜂を一瞥した。

 静かに、手持ちの木彫りの杖を両手で構える。

 

「——《裂風(エアスラッシュ)》」

 

 空気が、裂けた。

 

 数匹の働き蜂が——一瞬で断ち切られる。

 

 頭部。腹部。翅。

 

 接続を失ったそれらが、ばらばらに落ちた。

 血ではない、濁った体液が地面に染みる。

 

 『ヒィ……』

 タマの声が、ひきつる。

 

 だが。

 蜂たちは、止まった。

 

 突撃の勢いが、そこで初めて鈍る。

 旋回し、距離を取る。

 

(——それでいい)

 

 ヴァルドは、わずかに目を細めた。

 

(もっとお仲間を連れて来い)

 

 このまま一掃するのは簡単だ。

 ——だが、今回は違う。

 

 数を減らしすぎれば、群れは引く。

 警戒されれば、呼び込みは止まる。

 

 欲しいのは殲滅じゃない。

 “収束”だ。

 

 羽音で空気が震える。

 上空をひしめく黒鉄の密度が徐々に増していく。

 無数の赤い複眼が、こちらを捉える。

 

『は、話は聞いてたっスけど……実際見るとめちゃくちゃ圧ありまスね……』

「……そこから動くなよ」

 

 視線は空から外さず、足元のタマに声をかける。

 

「お前に何かあったら、リュミエールに何言われるかわからん」

『動かないっス! 何があっても、絶対ここから動かないっス!』

 

 タマは改めてヴァルドの足にすがりつく。

 

 ——若干、煩わしい。

 でも構わない。

 どうせ、この場からは動かない。

 

(……こい)

 

 防ぎきれる程度に。

 殺しきらない程度に。

 ——誘うために。

 

 ヴァルドは、あえて隙を残す。

 

(今日の餌が欲しいだろ?)

 

 敵を認識した群れが、完全に“戦闘態勢”へ移行する。

 その一部が散開した。

 

 作られた隙を試すように突く。

 ——が、すぐさま何かを察知して、その場を離れた。

 

 逃げ遅れたものが数匹、またバラバラになって地に落ちる。

 

 互いの読み合いが、始まった。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 ヴァルドと働き蜂の軍隊が交戦する一方、アリシアたちは小屋近くで、息を潜めるように蜂の動向を観察していた。

 

 ——羽音が、遠ざかっていく。

 その代わりに、耳に残るのは妙な静けさだった。

 

「……どんどん小屋から蜂たちが出かけて行ってますっ」

 

 アリシアが声を潜める。無意識に、握るピッチフォークに力がこもっていた。

 

「ヴァルド君は、うまいことやっているようですね」

 

 レグナスは低く笑う。だがその視線は、小屋の“中”から外さない。

 

 二人から一歩後ろ。リュミエールは目を細め、魔力を繋ぐ。

 

「——タマ? そっちの様子はどう?」

『あ、姐御!』

 

 返ってきた声は、明らかに余裕がなかった。

 

『今のところ大丈夫っス……あいつらはこっちに釘付けっスよ……ただ旦那が、ギリギリまで引き寄せるから、攻撃がかすりそうでこわ……ギャアアアッ!? 旦那!? だから近いって——』

 

 そこで一瞬、通信がぶれる。

 リュミエールの眉がわずかに動いた。

 

「……無理すんなって言っておいて、一応」

 

 もっとも、彼にとってこのくらいは『無理』の範疇に入っていないのかもしれない。

 小さく吐き捨てるように言うと、その目はすぐに切り替わる。

 

「あっちは順調。予定通りよ」

 

「それじゃあ、僕らもそろそろ行きますか」

 

 外の蜂は確実に減っている。

 ——では、中は?

 

 彼らの習性上、絶対に巣を離れない近衛兵役——『兵蜂』がいる。

 

 レグナスがアリシアを一瞥する。

 

「向こうの連中がこちらの異変に気づく前に、中を制圧して、巣を破壊する必要があります。スピード勝負ですよ、アリシアさん」

 

「……はい!」

 

 アリシアは小屋を見据えたまま、短く息を吸った。

 

 向こうでヴァルドが時間を作ってくれている。

 それを無碍にはできない。

 

 ——かすかに、小屋からすえた匂いがした。

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