勇者をプロデュース!〜無名の田舎娘が、神さまイチ推しの勇者になるまで〜 作:朴月イチロ
先頭を切ったのはレグナスだった。
地を這うように姿勢を落とし、茂みを裂いて飛び出す。
踏み込みと同時に、槍を突き出す。
内因魔法で強化された銀の一閃が、木製の扉ごと空気を打ち砕く。
爆ぜるような音とともに、木片が内側へ吹き飛んだ。
「——たあーっ!」
間髪入れず、アリシアが続く。
踏み込んだ瞬間、鼻を突くのは——甘ったるく、腐ったような匂い。
視界は薄暗い。
だが“それ”は、嫌でも目に入った。
天井からせり出す、巨大な塊。
歪な蜂の巣が、壁と天井を侵食するように張り付いている。
砦というより——ここは彼らの“内蔵”。
「——《
背後から、リュミエールの《
小屋を飲み込むように、半円のドーム型の障壁が展開される。
——
「これでもう逃げられない。小屋の外にあぶれた分は任せて!」
「ありがとうございますっ」
アリシアは返しながら、ピッチフォークを中段で構える。
羽音が不快に反響する中、視線の先で影が動いた。
——来る。
黒い影が、一直線に突っ込んでくる。
見てから咄嗟に身を捻った。
——カツンッ。
頬をかすめて、針が壁に突き刺さる。
(速い……!)
でも——見えない訳じゃない。
「狙うのは——っ!」
少し、ほんの少し。
自分の中の、力の源泉につながる蛇口を開ける。
「——胴体の節っ!」
半歩の踏み込み。
ピッチフォークが魔力によってきらめき、関節部へと滑り込む。
抵抗は一瞬。その櫛の刃は意図もたやすく貫通した。
そのまま壁へ叩きつけ、縫い止める。
ぐしゃ、と鈍い音。
「いいですね」
背後からは、軽い声。
流石にここでは、いつもの槍を扱うには手狭らしい。
レグナスは手持ちを片手ナイフに持ち替えて応戦している。
最短で潜り込み、節に刃を差し込む。
引き抜き、次へ。
無駄がない。
呼吸のように、
「そのまま、小さいのは無視して、外にいるリュミエールに任せましょう」
声色は穏やかだが、動きは一切止まらない。
「はいっ」
その間にも、毒針が飛ぶ。
さすがに全部は避けきれず、腕に、肩に、何度か刺さる。
——鈍い痛み。
だが、痺れは来ない。
(効いてない……!)
リュミエールの耐毒薬が、確実に機能している。
「リュミエールさん! そっちは——!」
「大丈夫ーっ!」
外から、即答。
小屋の入り口越しで、複数の焼け落ちる黒い影が見えた。
《
「こっちはこっちでなんとかするから! 中に集中して!」
リュミエールのその声色に、強がりは感じない。
「りょうかいです!」
アリシアは頷き、再び蜂の駆除に戻る。
その時——。
羽音の“質”が変わった。
低く、重い。
巣の裏側からゆっくりと、影が動く。
◆◆◆
『——あ、旦那!』
通信を受け取ったタマが、そのまま足元からヴァルドに呼びかける。
『——姐御たちが、小屋の中に入ったみたいっス!』
「わかった」
ヴァルドは短く返す。
働き蜂の軍勢とヴァルドの攻防は続く。
何度かタマの目には“危うい”瞬間が映っていた。
だがそれはすべて、ヴァルドが“見せている綻び”だ。
踏み込ませて、引き付けて、殺す。
決定打は——渡さない。
(……これで大体全部か)
この一帯の働き蜂は、ほぼ釣り出しただろう。
あの小屋にこれだけ詰まっていたと考えれば、街道が危険視されるのも当然か。
(次で、もう一段削る)
空気の層を圧縮する。
指先一つで、流れを
——放つ、その直前。
[————タイ]
“それ”は、突然割り込んできた。
(——っ)
音ではない。
鼓膜を通らないまま、思考の奥に直接、何かが触れた。
[————タイ]
言語を模した、つんざくようなノイズ。
それまで計算立てていた思考が、歪む。
「……ッ!?」
反射的に、片手でこめかみを押さえた。
——隙。
明確な、空白。
それを、群れは逃さない。
『ぎゃああああ!? 旦那ぁっ!! 来る! 来るっス!!』
黒い群れが、一気に落ちてくる。
「——《
振り抜いた一閃が、空間ごと断ち切る。
突撃してきた数匹が、音もなく分解され、地に散った。
それでも勢いは止まらない。
二撃、三撃。
風の刃を重ね、ようやく群れが後退する。
羽音が、距離を取った。
この時ばかりは、タマのやかましさに救われたかもしれない。
『……だ、旦那ぁ……』
足元でタマが青ざめてる。
『いやもう、強いのは分かってるっスけど、もーちょっと……距離感……っ』
「……」
返事はしない。
タマは今のヴァルドの異変に気づいてない。
(……なんだ、今の)
視線は、無意識に森の方を向いた。
目の前の蜂からじゃない。
あれは、明らかに——“別の何か”。
気配も、殺意も、輪郭も。
何一つ、通常の感知に引っかからない。
(……いや)
思考を、意図的に遮断する。
今は——優先順位が違う。
視線を、再び上空へ。
群れはまだ、こちらを見ている。
「……続きをやるぞ」
『や、やるんスね……!?』
応じる声は、半ば悲鳴だ。
ヴァルドは、杖を構えたまま崩さない。
(……さっさと終わらせろ、アリシア)
未処理の違和感が——静かに沈殿していく。
◆◆◆
小型犬ほどのサイズの『それ』は、鈍い羽音を震わせながら、巣の裏から一直線にアリシアへと針を撃ち出した。
「——うわあっ!?」
反射的に身を沈める。
直前まで胸元があった空間を、極太の針が裂いた。
背後の壁に突き刺さるそれは、働き蜂のものとは比べ物にならない太さと長さを持っている。
——兵蜂。
巣を守る最後の番兵。
傍らではレグナスが、同型の個体と刃を交えていた。
「……ようやく出てきましたね」
踏み込み、斬る。
だが刃は、空を切る。
限られた空間の中、兵蜂はその巨体に似合わぬ精度で空中を制御し、最小限の動きで回避する。
さらに間髪入れず、針が返ってくる。
——速く、重い。
「こいつらが出てきたってことは……いよいよ大詰めですよ」
レグナスが間合いを取り直しながら言う。
「はいっ……!」
アリシアは息を整えつつ、目の前の敵を見据えた。
内因魔法で、脚に魔力を循環させる。
筋肉の繊維が、きしむように強化された。
そのまま踏み込む。
だが——。
兵蜂はそれを読んだかのように、軌道をずらした。
一瞬の交差、突きがからぶる。
直後、死角から針が迫った。
「——っと」
キィンッ。
甲高い音とともに、火花が弾ける。
横から差し込まれたナイフが、針の軌道を弾いた。
レグナスだ。
「いい踏み込みです、そのまま。僕が崩しますので」
「……っ、ありがとうございます!」
次の一手で、レグナスの動きが変わった。
踏み込みが、浅い。
あえて“届かない距離”で刃を振るう。
兵蜂が、それを
——その一瞬。
レグナスの
強化も伴うその一撃は、軽々と床板を割った。
舞い上がる木片。
視界が、遮られる。
「今!」
「承知ですっ!!」
アリシアが再び踏み込む。
半歩ずらし、回り込む。
兵蜂の視界の外側。
節の継ぎ目——急所。
「——っ!!」
ピッチフォークが、深く刺さる。
硬質な感触の奥で、確かな“抜け”があった。
そのまま——床へ叩きつける。
鈍い音と共に、兵蜂の動きが止まった。
「やった……っ」
——もう一匹。
背後から、重い羽音。
「!?」
振り返る直前、金属の擦れる斬撃音が耳を掠った。
アリシアの視線が背後に向くと同時に——。
真っ二つになった兵蜂が、目の前でドサッと、床に落ちた。
気がつけば、屋内の羽音はすべて消え去っていた。
「大丈夫ですか?」
視線を上げれば、そこにはレグナスの変わらない笑顔があった。
「だいぶ内因魔法のコントロールが板に着いてきましたね——粗はありますが」
「レグナスさんが、いろいろ教えてくれたおかげです……っ」
肩の力を抜くように、アリシアが深く息を吐くと、それを軽くたしなめながら、レグナスは目線を上にあげた。
「気を抜くのは早いですよ。最後もう一仕事残ってます」
「あ、すみません……っ」
レグナスと同じ目線の先をアリシアも追う。
天井からせり出す——巨大な塊。
脈打つように揺れる、巣。
内側で、何かが蠢いているようにも見える。
「あとはあれを壊せば……!」
「ええ、中にいる女王蜂ごとまとめてやってしまいましょう。この間のように武器を通じて、一気に魔力を流し込むイメージで——ただ、加減は忘れないでください。じゃないと巣ごと僕らが吹き飛びますので」
「は、はい……!」
アリシアは緊張しつつも、巣にむけてピッチフォークを構え直す。
レグナスはそのまま、見守るように彼女から離れた。
一呼吸。
「——やあああああっ!!」
下から突き上げたピッチフォークが、巣に刺さる。
そのままピッチフォークを通じて、魔力を巣に流し込んだ。
一瞬の閃光。
遅れて、天井に張り付いていた、巨大な巣の表面に亀裂が入る。
——ぐちゃ。
中から嫌な音が、響いた。
アリシアはそれを呆気に取られながら、下からぽかんと眺めていた。
「——失礼」
背後からレグナスが彼女の襟元を強く引いた。
アリシアは後ろに引っ張られて、思わずピッチフォークから手を離す。
——直後。
巣が、裂けた。
内側から噴き出す体液と、崩れ落ちる構造。
支えを失った塊が、天井から剥がれ落ちる。
床へ叩きつけられ——。
ぐしゃり、と潰れた。
弾かれたピッチフォークが、床に転がる。
それを見たレグナスは軽く拍手する。
「——よくできました」
「……はあ」
レグナスの言葉に、終わったことを悟ると、アリシアはその場に脱力するようにへたり込む。
「——ねえ! こっちは一通り片付いたけど、そっちは……!?」
リュミエールが息を切らしながら小屋の入り口に駆け寄る。
レグナスは一歩退き、視界を開けるように位置をずらすと、無言で微笑みながら、床下の『それ』を指差した。
リュミエールがその指先を追うと、そこにはバラバラになった巣の残骸がある。
それを見て、彼女も作戦終了に安堵した。
「予定通りに事が進んでよかったわね……ヴァルドたちの方に連絡しないと。大丈夫、アリちー?」
アリシアはへたり込んだまま、首だけリュミエールの方を向ける。
「大丈夫です……安心したら腰が抜けちゃって」
精一杯笑顔を作って、頬をかいた。
あとはヴァルドと無事に合流できれば、終わりだ。
なのに。
妙な胸騒ぎがする。
「……」
アリシアは無意識に、窓の外を見た。
——視線を感じる。
だが、それは“誰か”のものではない。
気のせいだろうか。
向けられているのに、ただ闇雲に覗かれているような——。
そんな、気味の悪い感覚。