勇者をプロデュース!〜無名の田舎娘が、神さまイチ推しの勇者になるまで〜   作:朴月イチロ

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5-9:接触

『旦那ーっ! 姐御から連絡っスー! 小屋側、終わったみたいっスよ!』

 

 阿鼻叫喚の只中にあったタマの声が、ようやく弾んだ。

 それを聞いたヴァルドは、わずかに杖の握る力を抜く。

 

「……じゃあ、終わらせてしまっていいな」

 

 わずかに口角が上がっている。

 

『いいっス! いいっス! 帰るっス! もう帰るっス!』

 

 ——その瞬間。

 

 周囲に張り巡らされていた空気の流れが、ぴたりと止まった。

 羽音だけが、浮く。

 ヴァルドは無造作に——手にしていた杖を、地面に放った。

 

『……は?』

 

 理解が追いつかないまま、タマの思考が空白になる。

 ヴァルドは構えすら取らず、ただ片手を上げる。

 

「……来いよ。丸腰だ」

 

 その一言が、引き金だった。

 

 旋回していた黒の群れが、一斉に落ちる。

 獲物を押し潰すための密度で、一直線に——。

 

 無数の、針が。

 

「——《裂風(エアスラッシュ)》」

 

 静かな《呪文(スペル)》詠唱が辺りに響いた。

 その刹那、ヴァルドを中心に、激しい旋風が展開される。

 

 働き蜂の軍勢が、容赦なく蹂躙される。

 羽ばたきは意味を持たず、巻き上げられ、叩きつけられ、引き裂かれる。

 

 逃げるという選択肢すら、与えられない。

 

 風が静かに霧散する頃には。

 地面には、黒い残骸が放射状に散っていた。

 

 中心に立つヴァルドだけが、何事もなかったかのように残る。

 

 タマは、声を失っていた。

 ヴァルドはしゃがみ、落とした杖を拾い上げる。

 

「じゃあ、戻るか」

『……旦那』

 

 おそるおそる、タマが声をかける。

 

『杖落としたのって、わざとっスか?』

 

「総攻撃を誘いたかったからな。丸腰になったら突っ込んでくるかと思ったら、単純なやつらでよかった」

 

『杖なくても、魔法使えるんスね』

 

「補助具がなくなっただけで、使えなくなる方が問題だろう」

 

 あまりにも当然のように言う。

 

 本人は簡単に言ってくれるが——魔法師が杖を使うのは、制御に割かれる思考負担を杖側に肩代わりさせるためだ。

 補助具なしでの行使は、それだけで並の魔法師には荷が重い。

 

 それを、この魔法師は。

 

 必要最低限の《呪文(スペル)》で。

 補助具も使わず。

 

 ——“やってのけてしまう”。

 

 しかも、並の魔法師なら消耗で動けなくなる拮抗状態を演じた直後に。

 疲弊した素振りは、一切ない。

 

 タマは、主人であるリュミエールが彼に嫉妬する理由を、改めて痛感した。

 

「……リュミエールにはあまり言うなよ」

 

 ヴァルドもそれを察したのか、ぼそりと言う。

 

「今は自制してるっぽいが、いつどこでまた詰められるか、わかったもんじゃないからな」

 

 その呆れが混じった表情に対して、タマは少し、いたたまれなくなった。

 

『うちのご主人が本当にすんませんっス……』

 

 タマは翼を畳んで頭を下げる。

 顔を上げた頃には、ヴァルドは遠くの森の方を見ていた。

 

 彼の目線の先と同じ方向をタマも見やるが、そこには静けさだけがある。

 首を傾げつつ、タマはそのままヴァルドの肩に飛び乗った。

 

『? どうしたんスか?』

 

「……いや」

 

 なんでもない、と。

 杖を持ち直し、踵を返す。

 

 が、あの時感じた『声』が脳裏にこびり付いて、離れない。

 

 ——タイ。

 

(……何を伝えようとしている?)

 

 再び周囲に星綾士の持つ権限による、ユニット探査をかける。

 

(……なんなんだお前は)

 

 ——何もいない。

 しかし僅かだが感じる。

 

 誰かに、『見透かされる』ような感覚。

 

 

 ◆◆◆

 

 

「大丈夫? どこか痺れとかない?」

「はい! リュミエールさんの薬のおかげですよ〜」

 

 アリシアは袖を捲り、腕を差し出す。

 その腕を、リュミエールは指先でなぞるように確かめていく。

 

 問題なし。

 

 自身の作成した薬が、問題なく作用しているようで、リュミエールは安堵した。

 

「……働き蜂が一匹も戻ってこないのを見るに、向こうもうまくやったようですね」

 

 レグナスが空を仰ぐ。

 開けた空は、戦闘の気配など最初からなかったかのように静かだった。

 

「ええ。あっという間に倒しちゃったらしいわよ。それなりの数がいたはずなんだけどね……」

 

「さっすがヴァルドさんですね!」

 

 期待をそのまま形にしたような、アリシアの視線が、空の彼方へ向く。

 対してリュミエールは釈然としないまま、アリシアの袖を戻した。

 

「……あれだけの魔法師が、どこにも属さずに傭兵やってるってのが、いまいち腑に落ちないのよね。ほら、レグナスも腕出して。刺さった針抜くから」

 

「君もそういう意味では、大して変わりませんよ?」

 

「私は自分の研究ができれば、それでいいの」

 

 差し出された腕を取り、器用に針を抜き取る。

 指先の動きは繊細だが、その口調は相変わらずぶっきらぼうだった。

 

 ——その時。

 

 空気が一瞬だけ、遅れて動く。

 瞬き一つ分の時間の中で、そこに“いるはずのなかった影”が立っていた。

 

 白いローブ。

 

 足音も、着地の衝撃もなく、ただそこに現れる。

 

 噂をすれば、である。

 

 「ヴァルドさん!」

 

 アリシアの顔がぱっと明るくなる。

 ほとんど反射で、体が前に出た。

 

 目が合う。

 

「お疲れ様でした!」

 

「……ああ」

 

 短く返しながら、ヴァルドの視線は一度レグナスへ流れる。

 

「……どうだった?」

 

 親指で軽くアリシアを指差す。

 

「ええ。魔力の出力調整は、かなりマシになりましたよ。最後に巣を壊したのも彼女ですし」

 

「そうか」

 

「そこは! 直接! 聞いてくださいよっ」

 

 両手をぶんぶん振って抗議するアリシア。

 だがヴァルドは一瞥するだけで、特に反応は返さない。

 

『姐御ーっ』

 

 弾かれたように、タマがヴァルドの肩から飛び降りると、リュミエールの元へ滑り込む。

 

『ご無事で何よりっスーっ』

「はいはい、あんたもね」

『マジで死ぬかと思ったっスよーっ当面はほんとごめんっスーっ』

 

 軽く撫でながら、リュミエールはちらりとヴァルドを見る。

 

「ねえ、一体どんな感じで働き蜂とやり合ってたの?」

 

「……別に。そんな大したことはやってない」

 

『ええー……』

 

 何か言いたそうにしつつも、まごつくタマから、ヴァルドは視線を外す。

 これ以上触れさせない、という無言の遮断。

 

「ギルドへの売却用は、どうする?」

 

 レグナスが周囲を見渡しながら応じる。

 

「そうですね。兵蜂だけでいいでしょう。働き蜂は数が多すぎますし」

 

「はあー、何はともあれ、みんな無事に終わってよかったわね」

 

 リュミエールが肩を回す。

 緊張の名残が、ようやく体から抜けていく。

 

「そうですね、『ハチ駆除隊』の初陣としては——」

 

「だからっその名前やめてってば!」

 

 バン、と小気味いい音。

 叩かれたレグナスは、むしろ楽しげに笑った。

 

 対してアリシアは、それを聞いて顔を覆っている。

 声にならない悲鳴が、指の隙間から漏れていた。

 

 その様子を、ヴァルドはわずかに眉を寄せて見る。

 

「そんなに嫌なら、さっさと決めればいいだろう」

 

「……方向性は決まってるんです……あと、もうちょっとで……」

 

 言葉の勢いとは裏腹に、アリシアの声は弱い。

 思考が絡まっているのが、見て取れた。

 

 ヴァルドは小さく息を吐く。

 

「まあ、アルセインに戻るまで時間もあるし、ゆっくり考え——」

 

 言いながらも、意識の一部は周囲へ張り巡らせたままだった。

 

 探査。

 異常なし。

 

 だから——もう切り上げるつもりだった。

 

 [————————]

 

 世界が、ぶれた。

 

 耳ではない。

 頭の奥を直接引き裂くような衝撃。

 

 

[————■■■ノ、■■ガ、■■タイ]

 

 

 視界が、わずかに白む。

 思考が、途切れる。

 空気が、止まる。

 

 

[———■■タイ!!]

 

 

 声が、聞こえた。

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