勇者をプロデュース!〜無名の田舎娘が、神さまイチ推しの勇者になるまで〜   作:朴月イチロ

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5-10:彼の地からの脅威

 声が、聞こえた。

 

 「「「「——ッ!?」」」」

 

 頭の奥を、直接ひっ掻かれたような不快感。

 四人全員の表情が、同時に歪む。

 

 アリシアは反射的に耳を塞いだ。

 だが意味がない。

 鼓膜からではない。

 もっと内側——脳髄そのものを揺さぶられた感覚だった。

 

 全員の視線が、一斉に周囲へ走る。

 

 森。

 木々。

 ボロボロの小屋。

 地面に散らばる鎧蜂(ヨロイバチ)の死骸。

 

 ——何もいない。

 

 なのに。

 “何かがいる”。

 

 その感覚だけが、べったりと張り付いて離れない。

 

「……何なんですか? 今の……」

 

 アリシアは必死に、震える声を絞り出した。

 耳を塞いでいた指先もまた、小刻みに震えている。

 

「……びっくりしたぁ」

 

 リュミエールが眉をひそめながら、こめかみを抑える。

 

「錯乱魔法でも食らったのかと思ったわよ……」

 

「……魔法なら、まだ笑えるんですけどねえ」

 

 レグナスは既に槍を構えていた。

 視線だけが、油断なく周囲を探る。

 

 その目は、笑っていない。

 

「今のはかなり——不愉快です」

 

 空気が、重い。

 

 誰もが無意識に息を潜めていた。

 その中で、ヴァルドだけが、森の手前を見つめている。

 

 微動だにしない。

 だが気づけば、その指先は白くなるほど強く握り込まれている。

 

 いつの間にか、半歩だけ前に出ていた。

 

「……なんでだ」

 

 ぽつりと。

 ヴァルドの口から、“素”の声が漏れた。

 

 探知には、何も引っかからなかった。

 

 これほどの異常存在。

 たとえ星綾士(ステラリスト)でなくとも、気づかないはずがない。

 

 なのに。

 ——今、そこにいる。

 

 まるで。

 最初から“存在しなかった場所”から、滲み出てきたように。

 

[——■■タイ]

 

 最初に見えたのは、“目”だった。

 

 宙に。

 何もない空間に。

 

 濁った眼球だけが、ひとつ浮かんでいる。

 ——それが、ぎょろりとこちらを動いた。

 

「っ……!?」

 

 次の瞬間。

 その『目』を起点に、周囲に黒が滲む。

 

 煙のように。

 影のように。

 

 輪郭が、増殖する。

 形が、生えていく。

 

 日差しの差し込む森の中から、ありえない速度で。

 “それ”は現実へ侵食してきた。

 

 オオトカゲに似た体躯。

 蜂の巣があった小屋を、丸ごと覆い尽くせるほどの大きさだった。

 その全身には、大小無数の目玉が、流れるように埋め込まれている。

 

 視線が合う。

 いや。

 “全部の目”と、一斉に目が合った。

 

 誰も、動けなかった。

 

 敵意や殺気とは違う。

 もっと根源的な何か……本能が拒絶している。

 

 噂の“ソレ”は存在していた。

 ——『目玉の魔物』。

 

 

 ◆◆◆

 

 

「——避けろ!!」

 

 ヴァルドが声を荒げるのと、目玉の魔物の喉奥が不気味に膨れ上がるのは、ほぼ同時だった。

 

 爆ぜるように、黒が吐き出される。

 

 ドラゴンのブレスにも似た奔流。

 だが炎ではない。

 

「っ——!」

 

 考えるより先に、ヴァルドはアリシアの腕を掴んで引き寄せる。

 即座に地面を蹴った。

 視界の端で、レグナスとリュミエールも反対方向へ散開している。

 

 黒い濁流が草原を薙ぐ。

 

 草花が触れた先から黒ずみ、葉が枯れ落ちる。

 地面に残った黒い何かが、どろりと煙のように漂った。

 

「……ちょっと! ブレス吐くなんて聞いてないわよっ! トカゲのくせに!」

 

 リュミエールが半ば悲鳴混じりに叫ぶ。

 

「こうやって相まみえるのは、僕らが初めてですかね……」

 

 レグナスはさらっと呟いた。

 

「……いや、まともに遭遇した連中は、これまで全員死んだ、とういう所ですか」

 

 空気が、一段冷えた。

 

「いやーっ! あえて言わなかったのに、なんで言うのよぅ……!」

 

 リュミエールが喉から搾り出すようにうめく。

 軽口を叩いていなければ、張り詰めた神経が切れそうだった。

 

「ヴァルドさん、さっきの真っ黒な煙って……」

 

 様子を伺いつつ、アリシアは小さく呼びかける。

 前へ出ようとした肩を、ヴァルドの腕が制した。

 

「……瘴気の塊だ」

 

 瘴気。

 魔物の顕現の源。

 まともに喰らえば——精神が壊れるどころでは済まない。

 

 目の前の存在は、明らかにその濃度がおかしい。

 

 まるで瘴気そのものが、生き物の形を取っているみたいだった。

 

 魔物は動かない。

 無数の目だけが、それぞれ別方向を向きながら、こちらを観察している。

 

 「……撤退します?」

 

 レグナスの声色は、あくまで静かだった。

 

「当初の目的自体は、達成してますからね。僕が——」

 

「しんがりを務めるとか言って、アレと一対一でやり合いたいとか思ってるんだろう? 却下だ却下」

 

 ヴァルドが即座に遮る。

 

「ええ!? そんなの絶対ダメですっ」

「逃げる時は全員で逃げるに決まってるでしょ!」

 

 アリシアとリュミエールも、間髪入れず声を上げた。

 

「うわあ。そこまで全力で否定されたら、僕の立つ瀬がないじゃないですか」

 

 レグナスは悪びれた様子もなく、笑って流す。

 

 その間も、ヴァルドは目玉の魔物から視線を外さない。

 頭の中では、既に何通りもの撤退経路を組み立てている。

 

 だが——。

 向こうの出方がまったく読めない。

 

 ヴァルドの瞳を通して映る、ユニット解析結果は驚愕の内容を示していた。

 彼の地——魔の土地にいるはずのイレギュラー。

 

(……もし、アリシアに何かあったら)

 

 ——思考の奥で、何かが動きかけた。

 直後、意識的に押さえる。

 

 そんな中、くい、と。

 ローブの裾が、弱く引かれた。

 

 意識を向ける。

 アリシアが俯いたまま、ぎゅっと布を掴んでいた。

 

「……すみません、ヴァルドさん」

「……」

「私、アレをこのままにしておきたくない、です」

 

 声はわずかだが、震えている。

 

「既に、被害にあっている傭兵さんがいるのなら、なおさら」

 

 ヴァルドはすぐには答えない。

 

(……それがお前の意志か)

 

 拳を一度開いて、また握り直す。

 

 ならば。

 星綾士として——やるべきことは、ただ一つ。

 

「——二人とも」

 

 対角線上にいる、レグナスとリュミエール対し、ヴァルドは淡々と告げる。

 

「どうやら、うちのリーダーはやる気らしい」

 

 その言葉に。

 レグナスの口元が、わずかに吊り上がった。

 

「なら、せいぜい死なないように頑張りますか」

 

「……アリちーのその肝の座り方、ほんと尊敬する」

 

 リュミエールが呆れ半分にぼやいた。

 だが杖を握る指には、迷いはない。

 

 正体不明の怪物。

 未知の脅威。

 普通なら、逃げて当然の相手。

 

 それでも、『ハチ駆除隊(仮)』の四人は、並び立っていた。

 

 ——後ろを向くものは、誰もいない。

 

 魔物を見据えながら、ヴァルドはポツリと呟く。

 

「……ダメそうなら、抱えてでも逃がすからな」

「はい!」

 

 アリシアは再びピッチフォークを握ると、力強く頷いた。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 全員が魔物を囲うように散開する中、先に動いたのは、ヴァルドだった。

 

 声もなく、指示もなく。

 ——ただ、杖が向く。

 

「《雷光(ライトニング)》」

 

 上空から複数の雷光が一閃——魔物の表面の目を一瞬で焼く。

 潰れた眼球が、どろりと溶けた。

 が、焼け崩れたはずの肉の内側から、押し出されるように新しい目が開く。

 

 それを見たレグナスは、魔物の背面へ回り込みつつ、踏み込んだ。

 

 狙いは、トカゲの頭部。

 槍に魔力を浸透させて——突く。

 

(——《墜牙(ツイガ)》)

 

 脳天から顎裏まで、あっけなく貫通した。

 肉を裂いた感触はある——だが骨を断った感覚がない。

 これまでの魔物とは異なる、妙な手応え。

 

 捻るように引き抜く。

 その刹那、視界の端に、何かがよぎった。

 

 ——黒い、線の揺らぎ。

 

(……?)

 

 判断する暇もなく、体はすでに動いていた。

 頭頂部を蹴り、跳躍して距離を取る。

 彼の胸元まで垂れた赤黒い三つ編みが、その反動で大きく弧を描いた。

 

 無数の目のいくつかが、その動きを追う。

 

「やっぱり、脳天をぶち抜いたくらいじゃ、ビクともしないですね」

 

 言葉とは裏腹に、レグナスの声色が浮ついている。

 

「死なない魔物なんて……いるんでしょうか」

 

 アリシアの喉が、小さく鳴った。

 ピッチフォークを握る手に、無意識に力が入る。

 

「オオトカゲなのは、見た目だけか。おそらくスライムみたいに、体内に構成核があるようなヤツだと思うんだが……」

 ヴァルドは目を細める。

「そっちで何かわかるか? リュミエール」

 

「……さっきから探してるんだけど、それっぽいのが見つからないのよぉ」

 

 リュミエールは一歩引いた位置から、ペンデュラムを片手に魔物を『観る』。

 

「再生に必要な魔力を、どこから持ってきてるのかがわからない……っ」

 

 ぶつぶつと呟きながら、彼女は眉を寄せた。

 

「……もう少し適当に攻撃してみてくれない? 傷が再生する時の魔力の流れが見たい!」

 

「わかりましたっ」

 

 アリシアが即座に飛び出す。

 

「いやー、燃えますねぇ、こういう状況」

 

 レグナスも笑いながら踏み込んだ。

 

 二人が左右へ散開する。

 

 「……」

 

 全体の動きを見るように、ヴァルドだけは中央から動かない。

 

 別々の方向を向いていた眼球たちが、次第に四人の動きを追い始める。

 それぞれの目が、好奇の熱を持って、見惚れているようにも見える。

 

[——■■タイ]

 

 最初は、鳴き声が言葉に聞こえるだけだと思った。

 違う。これは明確な——言語だ。

 

(何て、言ってるんだろう)

 

 アリシアは距離を測りつつ、聞き取ろうとするが雑音が混じる。

 そんな中、視界に映る目が、熱と光を受けて次々と破裂する。

 

「——そのまま抉れ!」

 

 背後からヴァルドの声。

 

「はい!」

 

 アリシアは焼け爛れた目に向かって、ピッチフォークを振り下ろす。

 櫛のラインに沿って、ゼリーのような感触で表面が抉れた。

 その不快な手応えに、アリシアは内心鳥肌が立つ。

 

 ——傷の表面部分が泡立っている。

 

[———■■タイ]

 

 また声が思考をかすめる。

 

(……『痛い』?)

 

 アリシアの動きが、ほんのわずかに止まった。

 この魔物は、痛みを主張してる?

 

 そんな思考の空白をつくように、傷口から、黒い煙が漏れ出る。

 

「——っ!?」

 

 傷口から勢いよく瘴気が噴き出るより早く、アリシアの体が強引に横へ引き寄せられた。

 

「——いけませんね」

 

 頭上から、レグナスの抑揚のない声がする。

 

「よそ見してると、死にますよ」

 

「す、すみませんっ! ありがとうございます……!」

 

 アリシアは軽く頭を振って雑念を飛ばした。

 今は目の前のことに集中しなければ。

 

 気を取り直して、ふとレグナスの顔を見上げる。

 

 ——いつもと変わらぬ笑顔。

 上がっている口角。

 

 その表情がいつもより険しく見えるのは、気のせいだろうか。

 

「……どうかしましたか? レグナスさん」

 

「?……いえ」

 

 アリシアから背を向ける。

 顔は見えない。

 

「いつもよりちょっと、頭が冴えているだけですよ」

 

 槍を握る手に入りかけた力を、ゆっくりと緩めた。

 

 

 ◆◆◆

 

 

(どこ……どこに隠してるの?)

 

 前線から離れた後方。

 リュミエールは目を伏せて、魔物内部の魔力の流れを、必死に追いかけていた。

 ある程度ラインは見えつつも、その流れは瘴気のつまった内部をデタラメに駆け巡り、霞んで消えてしまう。

 

「……まさか、ないの?」

 

 脳を潰しても死なない。

 再生し続ける。

 力の供給源となりうる核が、存在しない。

 

 そんな魔物、理論上ありえない。

 背筋を冷たいものが撫でた。

 

 かの魔物は、本当に。

 『死なない魔物』とでも言うのか。

 

『見れば見るほど、えぐい見た目しているやつっスね……あんなの本当に倒せるんスか……?』

 

 かたわらで様子を見ていたタマが、心底嫌そうな声を漏らす。

 

「倒せるか、じゃなくて倒すのよ……いいからあんたは危ないから離れて——」

 

 そこまで言いかけて。

 リュミエールの目が見開く。

 

 タマ——『人工精霊』。

 造り手の魔法師と直接魔力を繋げているため、核が不要である。

 

 彼女の脳裏で、知識が繋がった。

 

(……ひょっとして)

 

 フヨフヨと飛ぶタマを両手でガシッと掴み、まじまじと見る。

 

『あ、姐御……?』

「……何で気づかなかったのかしら」

 

 リュミエールの瞳に、確信が宿る。

 次の瞬間、彼女は弾かれたように叫んだ。

 

「わかった! そいつを“魔物”として扱っていたのが、そもそも間違いだったのよ!」

 

 ビシッと目玉の魔物に向けて指差す。

 

「そいつは『魔物』本体じゃなくて——『あやつり人形』! だから魔力は内部じゃなくて、外から直接供給を受けてる——だから核がなくても動けるんだわ!」

 

 彼女の言葉に、ヴァルドの目が一瞬見開く。

「……そう言うことか」

 

 先ほどのユニット解析結果が、一気に腑に落ちる。

 あれは——本体じゃない。

 

「だから、本体とのつながりごと、一気に! 全身! 吹き飛ばせば倒せる!」

 

「結局、行き着くのは脳筋手法か……」

 

 ヴァルドの口から、乾いた声が漏れた。

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