勇者をプロデュース!〜無名の田舎娘が、神さまイチ推しの勇者になるまで〜 作:朴月イチロ
「“魔物”じゃなくて、“あやつり人形”……」
リュミエールの言葉に、レグナスはオオトカゲの尾による薙ぎ払いを避けながら、感心したように目を細めた。
「なるほど。“瘴気人形”とでも呼べばいいんですかね——いやあ、趣味が悪い」
「全身吹き飛ばすほどの火力となると、ヴァルドさんの魔法ですか!?」
アリシアは間合いを取りながら、後方のヴァルドに呼びかける。
「……あほう。一日一回限定だが、もっと強烈なやつがあるだろうが」
「え!?」
間の抜けた声を置き去りにしたまま、ヴァルドはレグナスへ叫んだ。
「……俺が抑えて、アリシアをうち上げる。その前にレグナス、お前は足を狩れ!」
「——了解」
槍をくるりと回す。
穂先が陽光を弾いた。
そこにあるのは、ギルドの傭兵たちから恐れられた《
レグナスの姿勢が、獲物へ飛びかかる獣のように低く沈む。
(——《
槍が、地を裂くように走った。
低く踏み込んだ一閃が、魔物の前脚をまとめて薙ぎ払う。
切断面から黒い瘴気が噴き出し、巨体が大きく傾いだ。
「よっ——と」
そのまま腹下へ滑り込む。
返す刃が後脚を断ち、さらに半回転。
銀閃。
残る脚もまとめて刈り飛ばした。
ズウゥゥゥゥン——。
四肢を失った巨体が、地響きと共に崩れ落ちる。
頭と尻尾だけが残った胴体が、地をのたうった。
「——ざっと、こんなもんですかね」
レグナスは呼吸一つ乱さず笑う。
「上等——《
ヴァルドが杖の石突を地面へ打ちつける。
それに連動して、魔物自身の影から黒い鎖が噴き出した。
何重もの拘束が、暴れる巨体を地へ縫い止める。
——完全に動きが止まったと思いきや、四肢の切断面から足が泡立ちながら再生しつつある。
「真上に飛ばす。要領はゴーレムの時と同じだ、アリシア」
「はい! お願いします!」
「——《
短い《
アリシアの姿が掻き消える。
次の瞬間。
彼女は魔物の真上、数メートルの空中へ転移していた。
その手からは、赤い電流のような力の奔流が駆け巡る。
合わせて内なる力の蛇口を、一気に開け放つ。
「——《大きくなーれ!》」
落下と同時に。
ピッチフォークが巨木のように膨れ上がる。
ズドオオオォォォ――ンッ!!!
巨大化した一撃が、目玉の魔物を真上から叩き潰した。
それだけでは終わらない。
暴力的な魔力が、武器を通して魔物内部へ一気に流れ込む。
[——————ッ!?]
声にならない絶叫。
膨れ上がった巨体が、限界を迎えた風船のように内側から裂け——弾け飛んだ。
黒い瘴気が、霧のように吹き漏れる。
その音だけが、辺りに残った。
「……やった」
先に声が漏れたのは、リュミエールだった。
「やったーっ! 倒したーっ! アリちーすごーい!」
弾けるような歓声。
ヴァルドとレグナスも、ようやく張り詰めていた空気を緩める。
アリシアもまた、ピッチフォークの石突から下の様子を見つつ、ほっと胸を撫で下ろした。
ふと、自身の両手に目がいく。
脳裏にあるのは、自身の中の、大きな湖。
——もう、手は震えていない。
(……そっか)
風で、アリシアの銀灰の髪がわずかに揺れる。
(この力は、変なものとかじゃ、ないんだね)
巨大化したピッチフォークから見える、ひらけた空を仰ぎ見ると、口元が少し緩んだ。
(私は――)
「……
誰に聞かせるわけでもなく、ぽつりとつぶやいた。
「やりましたねーアリシアさんー! そこから降りられますかー?」
アリシアはハッとして再び下に目を向けると、レグナスが声を張り上げて、こちらに呼びかけるのが見えた。
「大丈夫ですーっ! すぐ行きますー!」
同じく声を張り上げると、アリシアは巨大化したピッチフォークの柄を器用に伝い、魔物の背へ飛び降りる。
崩れた巨体は、あちこちから瘴気を漏らしながら、少しずつ風に溶けていく。
表面の複数の目には生気はなく、すでに濁りきっていた。
[——■■タイ]
最後まで。
この魔物の言葉だけは、聞き取れなかった。
(……結局、なんて言ってたんだろう)
ぼんやりと目を見つめる。
——その瞬間。
濁っていたはずの目が、一つだけ動いた。
「——っ!?」
アリシアの息が止まる。
[————■■■ノ、■■ガ、■■タイ]
今度こそ。
それははっきりと、届いた。
それは断末魔とは違う。
視線を逸らせない。
だが——。
ぐしゃり、と。
ヴァルドの足が、その目を踏み潰した。
その直後。
[ミ ツ ケ タ]
途切れた空白の中で、届かなかった声が一瞬だけ揺れる。
「あ——」
反射的に顔を上げる。
眉を寄せた琥珀の瞳が、すぐ近くにあった。
「——大丈夫か?」
アリシアは戸惑いながら、小さく頷く。
「だ、大丈夫です……ちょっと急に“話しかけられて”びっくりしちゃって」
「話しかけられた……?」
「この子、戦っている最中とか、ずっと何か喋っていて」
「ああ……結局、聞き取れなかったが」
「最後の最後で、なんて言っていたのかわかりました」
アリシアは、潰れた目の残骸へ視線を落とす。
[————■■■ノ、■■ガ、■■タイ]
「……『あなたの事が知りたい』って、言ってたんです」
◆◆◆
「……『あなたの事が知りたい』?」
その言葉を反芻した瞬間。
リュミエールはぞわりと肩を震わせ、自分の腕を抱いた。
冗談めかして流そうとしているのに、声が少し引きつっている。
「ずっと何か喋ってるとは思ってたけど……あの魔物もどき、そんなこと言ってたの? 普通に怖いんだけど……」
すでに目玉の魔物は倒したはずなのに。
まだあのノイズのような不快な声が、割り込んできそうな気がする。
「……『あなた』というのは」
レグナスは槍を肩にかつぎ直しながら、静かに顎へ手をやる。
「誰を指してるんですかね?」
「わからん」
ヴァルドは即答した。
だが、その返しは妙に硬い。
「特定の人物を指すのか、不特定多数のことを指すのか……あれが“あやつり人形”だった以上、操ってた側の思考が、ただ漏れ出ただけなのかもしれない」
「『喋る魔物』の謎は解けたけど、その分、裏にいるやつのヤバさが跳ね上がった感じしかしないわね……」
リュミエールが心底嫌そうに顔をしかめる。
「できれば、あれを操っていた本体の方も、押さえておきたかったですね」
レグナスが若干、歯噛みしながら言う。
ヴァルドが黙る中、リュミエールの顔は渋いままだった。
「そうねー。さすがに逆探知まではできなかったわ……内部の魔力の流れ、ぐちゃぐちゃだったし、探知先に悟られてもリスクだったしね」
「……倒せただけでも、よかったですよ」
それまで黙っていたアリシアが、小さく口を開いた。
「傭兵さんたちに、被害は出ちゃいましたけど……街の方に出る前で、本当によかったです」
「……そういえば」
空気を切り替えるように、リュミエールがレグナスを見る。
「今回、想定外の追加討伐までしたわけだけど……こういう場合、傭兵ギルドから追加報酬って出るの?」
「ええ」
レグナスが頷く。
「ギルド側も手を焼いていた対象ですし、物的証拠さえ持ち帰れば、『情報提供報酬』という手が——」
そこまで言って、レグナスは目玉の魔物が潰れている方向を向く。
するとその表情が、途端に固まった。
「……あー。これはちょっと、まずいかもしれない」
「?」
三人もつられて視線を向ける。
草原の中、風がなびく。
瘴気の残滓だけが、黒い霧のように地面を漂っていた。
——目玉の魔物の死骸が、ない。
「……え? えええええ!?」
真っ先に叫んだのはリュミエールだった。
慌てて駆け寄る。
だが、そこには元のサイズに戻った、ピッチフォークが転がっているだけ。
オオトカゲの肉片どころか、あれだけ無数にあった目玉の一つすら、残っていない。
「うっそ……さっきまであったのに! まさか、魔力供給がなくなったせいで、全部瘴気になって消えちゃった……?」
「ええーっ!?」
アリシアも慌てて駆け寄る。
状況を理解した瞬間、顔色が青くなった。
「す、すみませんっ……私、やりすぎました……!?」
「アリちーのせいじゃないわよ……どの道、倒した時点でこうなる運命だったんだから、どうしようもないわ……ええ〜あんなに頑張ったのに!?」
二人してその場にしゃがみ込み、半泣きで顔を見合わせる。
さっきまで命懸けで戦っていたとは思えない絵面だった。
ヴァルドはその様子を不憫に思いながら、レグナスへ視線を向ける。
「……どうにかなると思うか?」
「うーん……」
レグナスは困ったように頭をかいた。
「口頭報告だけになりますからねぇ。どこまで信じてもらえるか」
「厳しそうだな」
「最悪、“ギルド階級二級ぱわー”を使って話を通しますか」
「そいつは頼もしい」
「何言ってるんですか、君もやるんですよ」
レグナスは苦笑して、即座にツッコむ。
「そーいえば俺も二級だったな」
「面倒事だけ押し付けようとしても、そうはいきませんよ」
レグナスが軽く返す中、ヴァルドの脳裏にあるのは別のことだった。
——あなたの事が知りたい。
『人形』を使ってまで、
◆◆◆
ここではないどこか。
——そう呼ぶには、その空間はあまりにも異質だった。
まるで“空間そのもの”が、何か巨大な生物の内側であるかのように、ゆっくり蠢いている。
全面が真っ黒な空間。
時折、その表面をオパールめいた虹色の燐光が多数走る。
光源は、それだけのはずだった。
なのに、この空間には影がない。
その空間の一角に、その“人物”は、手足を投げ出すように横たわっていた。
歳は二十代前半、長い灰銀色の髪が、黒い地面へ無造作に広がっている。
身に纏っているのは、足元まで届く白い長衣。
余計な装飾は一切なく、薄い布をただ一枚、肌へ直接被せたような簡素なものだった。
その白だけが、この異形の空間の中で妙に浮いて見える。
この異形の空間を、その人物は全身で心地よさそうに享受していた。
目を閉じつつ、口元には、満ち足りた笑み。
やがて、空間内を流れていた虹色の燐光が、せわしなく明滅を始める。
それに気づき、ゆっくりとその人物は目を開けた。
「——どうしたの?」
燐光が反応するように脈打つ。
声はない。
だが、会話は成立している。
「ああ、ようやく会えたんだ。よかったね」
“それ”は柔らかく微笑む。
その声音は穏やかだった。
けれどそこにある感情は、人が人へ向けるものとはどこか違う。
妙に無邪気で、空虚な響き。
まるで愛玩具を前にした飼い主のような——。
「そう。その子が『勇者ちゃん』」
細長い指が、乱れた髪をゆっくりとかき上げる。
笑みは優しい。
なのに、その瞳だけはどこまでも温度がなかった。
「——君の、敵だよ」
その言葉に反応して、燐光が強く明滅する。
歓喜にも似た脈動。
“それ”は、それを嬉しそうに眺めていた。
「そうだねえ。
ゆっくりと身を起こす。
その動きに合わせるように、周囲の黒い壁がぬるりと波打った。
「やっぱり中継用の媒介は必要かな」
“それ”は傍らの壁へ手を添える。
愛おしむように。
あるいは、飼い慣らした獣を撫でるように。
「……また会いたい?」
燐光が、今度は落ち着きなく空間中を走り回る。
待ちきれない、とでも言うように。
「まあ、そんな慌てないでよ」
“それ”はくすりと笑った。
「今度はもうちょっと、ちゃんとした“外行き用”の体を作ってあげるから」
その言葉に、燐光が喜色めいて弾ける。
空間そのものが、歓喜しているようだった。
「さて——」
“それ”はゆっくり立ち上がる。
「もう少ししたら、ボクも挨拶に行こうかな」
口元が緩む。
初めてその声にだけ、確かな熱が混じった。
今まで空虚だった琥珀の瞳に、濁った執着が滲む。
「——“彼”が」
その言葉だけは、妙に大事そうに。
噛み締めるように。
「信仰する、『勇者ちゃん』に」