勇者をプロデュース!〜無名の田舎娘が、神さまイチ推しの勇者になるまで〜   作:朴月イチロ

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5-12:虚実の箱庭

 アリシアたちがアルセインに戻る頃には、すっかり辺りは薄暗くなっていた。

 

 戻って早々ギルド支部へ飛び込むと、依頼達成と合わせて、正体不明の目玉の魔物について報告を行う。

 当然ながら問題になったのは、後者だった。

 

 そんな中、口火を切ったのはリュミエールである。

 

 観た範囲での魔力供給の流れ、現場の瘴気の観測数値、瘴気によって黒ずんだ葉——物的証拠の代わりに、言葉とデータで塗り固めるように主張を積み上げていく。

 

 最初は渋い顔をしていたギルド職員も、次第に神妙な顔つきに変わり、その間、ヴァルドとレグナスは一言も挟む必要がなかった。

 

 やがてギルド側が折れる形で、目撃した目玉の魔物に対し、詳細な報告書を取りまとめることで、追加報酬という形に収まったのだった。

 

「ふふ……やったわ……」

 

 ギルド支部を出た瞬間、リュミエールが小さく拳を握る。

 

「あんな怖い目にあったんだもん。タダ働きなんて絶対イヤ」

 

「いやー、見事な手腕でしたよ。助かりました」

 その後ろから、レグナスが軽く拍手を送る。

 

「これで情報が出回れば、みんなが対処できるようになりますね!」

 

 アリシアの声も、ようやく緊張から解放されたように明るい。

 最後にヴァルドだけが、一度だけギルド支部の中を振り返った。

 

「……気迫が凄すぎて、職員が若干引いてたが」

「あれくらいが丁度いいのよ!」

 

 リュミエールは得意げに胸を張ると、そのまま勢いよく腕を突き上げた。

 

「さ! みんな無事に帰ってこれたことだし! パーっと祝杯あげましょ!」

 

「わーい! お腹空きましたー!」

 アリシアもつられるように両手を上げる。

 

「わー、追加報酬が入るからって、露骨にテンション高いですねー」

 レグナスは呆れ半分、感心が半分といった様子で肩をすくめた。

 

「……先に行っててくれ」

 その中で、ヴァルドだけが静かに言った。

 

「ちょっと宿に寄ってから、合流する」

 

 リュミエールの眉がぴくりと動く。

 

「どうしたの? 疲れたならそう言いなさいよ」

「いや、ちょっとした野暮用」

「? お店まだ決めてないけど、どうやって合流するつもり?」

 

 ヴァルドはそれに軽く手を振って、背を向けた。

 

「適当に探査かけて見つける」

「魔法をそんな雑に扱うなーっ!」

 

 リュミエールの抗議も聞き流したまま、白いローブが人混みの中へ消えていく。

 それをただ見届けた彼女は、苦々しく目を細めた。

 

「……私、あいつの事がいまだによくわからないんだけど」

 

「そっとしておきましょう」

 レグナスは特に気にした様子もなく笑う。

 

「ああやって、ひと仕事あった日の夜とか、一人になりたがるんですよ。彼なりの切り替えなんでしょうね」

 

「……今日は、いつもより気を張ってるように見えました」

 

 下で揃えた両手に、アリシアは思わず力が入る。

 

 人波の向こう。

 もう見えなくなった背中を、無意識に探してしまう。

 

 街はこんなにも明るい。

 なのに——彼が消えていった先だけ、ぽっかり暗く見えた。

 

 ——暗くて一人は、寂しい。

 

「——あ」

 

 その瞬間。

 頭の中で、何かが繋がった。

 

 自分が目指したいもの。

 ずっと迷い続けていた『名前』が、ようやく形になる。

 

 アリシアは密かに、その名前を噛み締めるようにうなづいた。

 

 一方。

 

 人通りのない路地へ入った途端、ヴァルドの歩幅がわずかに速くなる。

 

 握った拳に、さらに力が入った。

 奥歯が鳴る。

 

 ——目玉の魔物。

 ——そして、この設計を隠していた『上』の連中。

 

 今夜ばかりは。

 今夜ばかりは——これを飲み込む気に、なれなかった。

 

 『——今日はまた随分と、ご機嫌ななめだね』

 

 天上の観客席から、声が聞こえる。

 

 

 ◆◆◆

 

 

「一体、どういうおつもりですか。どうして俺に黙って——」

 

 吐き出しかけた息を、一度ゆっくり飲み込んだ。

 

 ——落ち着け。

 感情を押し込めるように、フードを深く被り直す。

 

「——『魔王』の片鱗と遭遇させるような真似を!!」

 

 だが、抑えたはずの声は、なお熱を帯びていた。

 

『何か誤解しているみたいだから言っておくけど、今日の件については、僕らは一切手を出してないよ』

 

 返ってくる声は、どこまでも平坦だった。

 

 男とも女ともつかない。

 老いても若くもない。

 

 ただ無数の気配だけが、頭の奥に直接響く。

 

『それに、前に言ったじゃない。“あの子”が挨拶に行くから、その時はよろしくねって』

 

「……へえ」

 

 ヴァルドの口元が、皮肉げに歪む。

 

「あんな言い方されたら、人の体を成しているユニットだと思うじゃないですか。それがよりにもよって、“魔王”が直接よこした“人形”ですか?」

 

 言葉が、少しずつ速くなる。

 

「——余興だとしても、笑えない」

 

『まあ、接触にしては少し過激だったけど』

 

 神々は悪びれもしない。

 

『でも、“魔王”に善性を求められても困るかな。あの子は、自分の役割を果たそうとしていただけだよ』

 

「……俺が最初に受けた《神託(しんたく)》から、随分と能力に変化があったようですね」

 

 ヴァルドの拳に力が入る。

 

『ボクらが渡しているのは、あくまで初期情報だけだからね』

 

 声は、笑っているようにも聞こえた。

 

『成長するのは“勇者”だけじゃない。“魔王”も環境に応じて変化する。時には新しい能力だって獲得する。過去に君が見てきた“脅威”も、そうだったでしょう?』

 

「……」

 

 返答はない。

 

 だがヴァルドの沈黙を気にした様子もなく、神々は続ける。

 

『星綾士(ステラリスト)が紡ぐ舞台には、直接干渉しない。観客席に留まる——それが、僕らが悠久の時の中で得た答えだ』

 

 無数の意思が、そこに重なっている。

 

『掟(ルール)に反しない限り、今更、その一線を越えるつもりはないよ』

 

 ヴァルドは黙ったまま、さらに指先に力を込めた。

 

 ——嘘は言っていないのだろう。

 

 均等であるが故に、固執がない。

 平等であるが故に、贔屓がない。

 

 歯の根が、ぎり、と鳴った。

 

「……その言葉、忘れないでくださいね」

 

 ヴァルドの声は静かだった。

 

 静かなのに。

 内側には焼け付くような熱が残っている。

 

「あなたたちにとって、この世界はどこまで行っても“箱庭”なんでしょうが——俺は違う」

 

 その瞬間だけ。

 神々の気配が、わずかに揺らいだ気がした。

 

『知ってるよ』

 

 くつくつ、と。

 耳元で笑うような気配。

 

『住民と同じ目線で立とうとする星綾士(ステラリスト)は少なからずいるけど、その中でも君は特に、“舞台側”へ感情移入しすぎている』

 

 その言葉に、ヴァルドの眉がわずかに寄る。

 

『だからこそ面白いんだ』

 

「……っ」

 

 褒め言葉のはずなのに。

 観察対象として値踏みされたような不快感が、背筋を撫でた。

 

『これからも、勇者の“彼女”の活躍を紡いでね——僕らのために』

 

 ヴァルドはしばらく沈黙し。

 やがて、小さく息を吐いた。

 

「……言われるまでもありません」

 

 声はもう、いつもの調子に落ち着いていた。

 

「最後まで、あなたたちに“最上”の物語を届けますよ」

 

『星綾士(ステラリスト)の掟(ルール)の範囲内で、ね』

 

 ぷつり、と。

 神々との接続が途切れる。

 

 周りに、誰もいない。

 

 ——ガンッ。

 

 鈍い音が、路地裏に響いた。

 

 気づいた時には、ヴァルドの拳が石壁を打っていた。

 表面の石片が、足元へぱらぱらと落ちる。

 

(……何やってるんだか)

 

 痛みを確認するより先に、手を引いた。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 路地裏を離れ、ヴァルドは表通りへ戻る。

 

 認識阻害をかけている以上、誰も彼を気に留めない。

 それでもヴァルドは、深く被ったフードから手を離せなかった。

 

 酒場の笑い声。楽器の演奏。人々のざわめき。

 日が落ちても、まだアルセインの街は活気に満ちている。

 

 ほんの少し前まで、自分もあの輪の中にいたはずなのに——妙に遠い。

 

 行き交う人々を見ながら、ヴァルドは改めて実感する。

 

 彼らは舞台の上を生きる住民。

 自分は、その舞台を外から整える星綾士(ステラリスト)。

 

 本来なら、深く肩入れしてはいけない立場……のはずだった。

 

 「……神々から好き勝手な《運命(シナリオ)》を押し付けられているのに、俺だけ安全圏で導くだけなんて、都合が良すぎるだろ」

 

 自然と独り言が漏れる。

 

《戦闘未経験の田舎娘が救国の勇者として魔王を倒す》

 

 結末は決まっている。

 ――だが、そこへ至る道筋まで決まっているわけじゃない。

 

 イレギュラーなど、いくらでも起こる。

 ――そんなこと、いままでは当たり前の事として、受け入れていたはずだ。

 

 だが目玉の魔物を前にした時、自分はあの場から、ただ逃げることだけを考えていた。

 アリシアの言葉があったからこそ、戦闘に思考を切り替えられたのだ。

 

 ——星綾士(ステラリスト)としては、あの場は勇者の成長を第一に考えるべき場面だったはずなのに。

 

(また——)

 

 胸の奥で、何かが動きかけた。

 名前がつく前に、意識で蓋をする。

 

「……」

 

 足が止まった。

 

 瞬き一つ分の時間。

 どこか別の場所の空気が、記憶の端を掠めた。

 聞こえるはずのない声が、聞こえかけて——。

 

(……だめだ)

 

 飲み込む。

 喉の奥に、鈍(にぶ)いものが沈んだ。

 

「……」

 

 必要なら、『勇者』の敵に回ることすら覚悟している。

 そういう役目だと自身に言い聞かせて、この世界へ降りてきたはずなのに。

 

 それでも。

 アリシアの笑顔が、不意に脳裏をよぎる。

 

「……はは」

 

 ――いつから、自分はこんな星綾士(ステラリスト)になってしまったんだろう。

 

 手元に自身の杖を呼び出す。

 

「――戻ろう」

 

 アリシアたちと合流しようと、ヴァルドは探知魔法を発動させる。

 

「《探知(サーチ)》」

 

 脳裏にアルセイン全体の地図が展開される。

 彼女たちの居場所を示すマーキングが、予想外の位置で点灯した。

 

 てっきりどこかの酒場かと思っていたのに、彼女たちは屋外にいる。

 

「……?」

 

 若干訝しげに思いながらも、その座標に合わせて、ヴァルドは音もなく『飛んだ』。

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