勇者をプロデュース!〜無名の田舎娘が、神さまイチ推しの勇者になるまで〜 作:朴月イチロ
アリシアたちがアルセインに戻る頃には、すっかり辺りは薄暗くなっていた。
戻って早々ギルド支部へ飛び込むと、依頼達成と合わせて、正体不明の目玉の魔物について報告を行う。
当然ながら問題になったのは、後者だった。
そんな中、口火を切ったのはリュミエールである。
観た範囲での魔力供給の流れ、現場の瘴気の観測数値、瘴気によって黒ずんだ葉——物的証拠の代わりに、言葉とデータで塗り固めるように主張を積み上げていく。
最初は渋い顔をしていたギルド職員も、次第に神妙な顔つきに変わり、その間、ヴァルドとレグナスは一言も挟む必要がなかった。
やがてギルド側が折れる形で、目撃した目玉の魔物に対し、詳細な報告書を取りまとめることで、追加報酬という形に収まったのだった。
「ふふ……やったわ……」
ギルド支部を出た瞬間、リュミエールが小さく拳を握る。
「あんな怖い目にあったんだもん。タダ働きなんて絶対イヤ」
「いやー、見事な手腕でしたよ。助かりました」
その後ろから、レグナスが軽く拍手を送る。
「これで情報が出回れば、みんなが対処できるようになりますね!」
アリシアの声も、ようやく緊張から解放されたように明るい。
最後にヴァルドだけが、一度だけギルド支部の中を振り返った。
「……気迫が凄すぎて、職員が若干引いてたが」
「あれくらいが丁度いいのよ!」
リュミエールは得意げに胸を張ると、そのまま勢いよく腕を突き上げた。
「さ! みんな無事に帰ってこれたことだし! パーっと祝杯あげましょ!」
「わーい! お腹空きましたー!」
アリシアもつられるように両手を上げる。
「わー、追加報酬が入るからって、露骨にテンション高いですねー」
レグナスは呆れ半分、感心が半分といった様子で肩をすくめた。
「……先に行っててくれ」
その中で、ヴァルドだけが静かに言った。
「ちょっと宿に寄ってから、合流する」
リュミエールの眉がぴくりと動く。
「どうしたの? 疲れたならそう言いなさいよ」
「いや、ちょっとした野暮用」
「? お店まだ決めてないけど、どうやって合流するつもり?」
ヴァルドはそれに軽く手を振って、背を向けた。
「適当に探査かけて見つける」
「魔法をそんな雑に扱うなーっ!」
リュミエールの抗議も聞き流したまま、白いローブが人混みの中へ消えていく。
それをただ見届けた彼女は、苦々しく目を細めた。
「……私、あいつの事がいまだによくわからないんだけど」
「そっとしておきましょう」
レグナスは特に気にした様子もなく笑う。
「ああやって、ひと仕事あった日の夜とか、一人になりたがるんですよ。彼なりの切り替えなんでしょうね」
「……今日は、いつもより気を張ってるように見えました」
下で揃えた両手に、アリシアは思わず力が入る。
人波の向こう。
もう見えなくなった背中を、無意識に探してしまう。
街はこんなにも明るい。
なのに——彼が消えていった先だけ、ぽっかり暗く見えた。
——暗くて一人は、寂しい。
「——あ」
その瞬間。
頭の中で、何かが繋がった。
自分が目指したいもの。
ずっと迷い続けていた『名前』が、ようやく形になる。
アリシアは密かに、その名前を噛み締めるようにうなづいた。
一方。
人通りのない路地へ入った途端、ヴァルドの歩幅がわずかに速くなる。
握った拳に、さらに力が入った。
奥歯が鳴る。
——目玉の魔物。
——そして、この設計を隠していた『上』の連中。
今夜ばかりは。
今夜ばかりは——これを飲み込む気に、なれなかった。
『——今日はまた随分と、ご機嫌ななめだね』
天上の観客席から、声が聞こえる。
◆◆◆
「一体、どういうおつもりですか。どうして俺に黙って——」
吐き出しかけた息を、一度ゆっくり飲み込んだ。
——落ち着け。
感情を押し込めるように、フードを深く被り直す。
「——『魔王』の片鱗と遭遇させるような真似を!!」
だが、抑えたはずの声は、なお熱を帯びていた。
『何か誤解しているみたいだから言っておくけど、今日の件については、僕らは一切手を出してないよ』
返ってくる声は、どこまでも平坦だった。
男とも女ともつかない。
老いても若くもない。
ただ無数の気配だけが、頭の奥に直接響く。
『それに、前に言ったじゃない。“あの子”が挨拶に行くから、その時はよろしくねって』
「……へえ」
ヴァルドの口元が、皮肉げに歪む。
「あんな言い方されたら、人の体を成しているユニットだと思うじゃないですか。それがよりにもよって、“魔王”が直接よこした“人形”ですか?」
言葉が、少しずつ速くなる。
「——余興だとしても、笑えない」
『まあ、接触にしては少し過激だったけど』
神々は悪びれもしない。
『でも、“魔王”に善性を求められても困るかな。あの子は、自分の役割を果たそうとしていただけだよ』
「……俺が最初に受けた《
ヴァルドの拳に力が入る。
『ボクらが渡しているのは、あくまで初期情報だけだからね』
声は、笑っているようにも聞こえた。
『成長するのは“勇者”だけじゃない。“魔王”も環境に応じて変化する。時には新しい能力だって獲得する。過去に君が見てきた“脅威”も、そうだったでしょう?』
「……」
返答はない。
だがヴァルドの沈黙を気にした様子もなく、神々は続ける。
『
無数の意思が、そこに重なっている。
『
ヴァルドは黙ったまま、さらに指先に力を込めた。
——嘘は言っていないのだろう。
均等であるが故に、固執がない。
平等であるが故に、贔屓がない。
歯の根が、ぎり、と鳴った。
「……その言葉、忘れないでくださいね」
ヴァルドの声は静かだった。
静かなのに。
内側には焼け付くような熱が残っている。
「あなたたちにとって、この世界はどこまで行っても“箱庭”なんでしょうが——俺は違う」
その瞬間だけ。
神々の気配が、わずかに揺らいだ気がした。
『知ってるよ』
くつくつ、と。
耳元で笑うような気配。
『住民と同じ目線で立とうとする
その言葉に、ヴァルドの眉がわずかに寄る。
『だからこそ面白いんだ』
「……っ」
褒め言葉のはずなのに。
観察対象として値踏みされたような不快感が、背筋を撫でた。
『これからも、勇者の“彼女”の活躍を紡いでね——僕らのために』
ヴァルドはしばらく沈黙し。
やがて、小さく息を吐いた。
「……言われるまでもありません」
声はもう、いつもの調子に落ち着いていた。
「最後まで、あなたたちに“最上”の物語を届けますよ」
『
ぷつり、と。
神々との接続が途切れる。
周りに、誰もいない。
——ガンッ。
鈍い音が、路地裏に響いた。
気づいた時には、ヴァルドの拳が石壁を打っていた。
表面の石片が、足元へぱらぱらと落ちる。
(……何やってるんだか)
痛みを確認するより先に、手を引いた。
◆◆◆
路地裏を離れ、ヴァルドは表通りへ戻る。
認識阻害をかけている以上、誰も彼を気に留めない。
それでもヴァルドは、深く被ったフードから手を離せなかった。
酒場の笑い声。楽器の演奏。人々のざわめき。
日が落ちても、まだアルセインの街は活気に満ちている。
ほんの少し前まで、自分もあの輪の中にいたはずなのに——妙に遠い。
行き交う人々を見ながら、ヴァルドは改めて実感する。
彼らは舞台の上を生きる住民。
自分は、その舞台を外から整える
本来なら、深く肩入れしてはいけない立場……のはずだった。
「……神々から好き勝手な《
自然と独り言が漏れる。
《戦闘未経験の田舎娘が救国の勇者として魔王を倒す》
結末は決まっている。
――だが、そこへ至る道筋まで決まっているわけじゃない。
イレギュラーなど、いくらでも起こる。
――そんなこと、いままでは当たり前の事として、受け入れていたはずだ。
だが目玉の魔物を前にした時、自分はあの場から、ただ逃げることだけを考えていた。
アリシアの言葉があったからこそ、戦闘に思考を切り替えられたのだ。
——
(また——)
胸の奥で、何かが動きかけた。
名前がつく前に、意識で蓋をする。
「……」
足が止まった。
瞬き一つ分の時間。
どこか別の場所の空気が、記憶の端を掠めた。
聞こえるはずのない声が、聞こえかけて——。
(……だめだ)
飲み込む。
喉の奥に、
「……」
必要なら、『勇者』の敵に回ることすら覚悟している。
そういう役目だと自身に言い聞かせて、この世界へ降りてきたはずなのに。
それでも。
アリシアの笑顔が、不意に脳裏をよぎる。
「……はは」
――いつから、自分はこんな
手元に自身の杖を呼び出す。
「――戻ろう」
アリシアたちと合流しようと、ヴァルドは探知魔法を発動させる。
「《
脳裏にアルセイン全体の地図が展開される。
彼女たちの居場所を示すマーキングが、予想外の位置で点灯した。
てっきりどこかの酒場かと思っていたのに、彼女たちは屋外にいる。
「……?」
若干訝しげに思いながらも、その座標に合わせて、ヴァルドは音もなく『飛んだ』。