勇者をプロデュース!〜無名の田舎娘が、神さまイチ推しの勇者になるまで〜 作:朴月イチロ
――飛んだ先でヴァルドが真っ先に感じたのは、人々の熱だった。
香辛料を強く効かせた、肉の焼ける匂い。
油の弾ける音。
甘い果実酒の香りと、焦がした砂糖の匂いまで混ざっている。
アルセイン
夜だというのに、そこは先ほどの街通り以上の熱気に包まれていた。
色とりどりの布屋根が並び、ふと上を見上げれば、暖かな光を灯した魔硝石のランタンが、宙に無数に浮かんでいる。
その光景は、まるで夜空を漂うクラゲの群れのようだった。
(祭りでもやってるのか?)
手が、再び頭のフードに伸びる。
――正直。
先ほどまで、自分がこの世界の“異物”であることを嫌というほど意識していた身には、この喧騒は少し眩しい。
ヴァルドはわずかに目を細める。
そして、その喧騒の中から。
「あ。ヴァルドさんーっ!」
聞き慣れた声が、真っ先に飛び込んできた。
声のする方へ目線を向ける。
屋台群の一角。
簡素な丸テーブルを囲むようにして、三人の姿があった。
樽を切って作ったような背の高い立ち食い用の卓。
その上には、既に大量の皿が並んでいる。
鳥の串焼き。
平たい鉄板で焼かれた香草肉。
揚げ菓子らしき山。
ヴァルドは周囲の屋台を見回しながら、三人の元へ歩み寄った。
「……意外だな。祝杯をあげるっていうから、もっと奮発するのかと思っていたが」
「最初はそう思ってたんだけどねー」
リュミエールが紙皿の揚げ菓子をひとつ摘まみ、さくりとかじる。
「アリシアさんが、“いい匂いがしますー”と引っ張られていきましてね。彼女の直感を信じたら、ここに辿り着いたんですよ」
レグナスは食べ終えた串焼きの串を、慣れた手つきで屑箱へ放った。
「ここの傭兵さんに聞いたんですけど! 今日はアルセインで、月に一度の屋台市の日なんですって! ラッキーですよね!」
「すっかり食いしん坊キャラが板についてきたな、お前……」
これも彼女なりの、魔力回復法なのだろう。
ヴァルドはそう結論づけて、深く考えないことにした。
「これとか見てくださいよー。ヴァルドさんにも食べてほしくて買ったんですけど、飾り付けとかすごいきれいじゃないですか!?」
アリシアが、テーブルの端に置いていた紙の深皿を引き寄せて、ヴァルドの目の前に差し出す。
薄く削いだ柑橘系の果肉が幾重にも重ねられ、バラの形に盛り付けられている。
ランタンの灯りを受け、表面にかかった蜜がきらきらと輝いていた。
見た目だけで言うなら、確かに魅惑的である。
ヴァルドは添えられていた細い木串で、その“花”をひとつ摘まみ、口へ運ぶ。
強烈な甘味に、脳が揺さぶられる。
「……思ったより、かなり甘いな」
「そうなんですか??」
アリシアも別の花をひとつ口に入れる。
次の瞬間、ぱっと顔が
「ん〜〜っ……!」
甘みを噛み締めるように目を細め、そのまま幸せそうに頬を押さえる。
そのリアクションを無言で眺めながら。
ヴァルドは、ほんの少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。
「さて、ヴァルドもきたことだし――」
リュミエールは通りを歩く酒売りを呼び止め、四人分のエールを手際よく受け取って、卓上へ並べる。
「予想外のトラブルはあったけど、初仕事達成を祝って——」
杯を手にしたレグナスが、いつもの調子で続けた。
「“ハチ駆除隊”の功績を祝ってー」
「だからその名前やめろって言ってるでしょ……っ!」
リュミエールが即座にはたこうとした、その時。
「あっ、あっ! そのことなんですけど!」
アリシアが慌てて割って入った。
「お待たせしました……! ようやく思いついたんです! パーティー名!」
「え!?」
「へえ?」
「……ほう」
三人の視線が、一斉にアリシアへ向く。
少し緊張したように胸元で手を握りながらも、その瞳には確かな自信が宿っていた。
アリシアは小さく息を吸い——。
「――旅灯の徒(たびあかりのともがら)!」
そう言って、宙に浮かぶランタン群を指差す。
「……この先、魔の土地に行くまで、きっといっぱい大変なことがあると思うのです」
脳裏によぎるのは、ここまでの旅路。
育った村を襲ったワイルドボア討伐から始まり、荒くれ者一団の撃退、ユキイタチ掃討、古代の魔法文明の重さにふれ、
そして——あの目玉の魔物。
「行く道が真っ暗で、前が見えなくなることもあると思います。転んだり、迷ったりすることも、きっとあります」
アリシアは、ひとつひとつ確かめるように言葉を紡ぐ。
「でも、私たちが互いの“
たとえ。
道先が暗くとも。
自分たちであれば、立ち止まらず進んでいける。
「魔物に怯えている人たちにとっても、私たちの
最後に、アリシアは静かに笑った。
「……そういう存在に、みなさんと一緒になりたいんです」
アリシアがたどり着いた、自分自身が“つけたい名前”――。
胸の奥にあった想いをようやく形にして、彼女はそっと息を吐く。
「……どうですか?」
少しの沈黙の後。
その反応は三者さまざまだった。
「……かっこいいよぉ、アリちー! いい名前!」
リュミエールは親心が混じったような顔で、アリシアを抱き寄せる。
「……それがアリシアさんの、
リュミエールとのいちゃつきを、レグナスがしみじみと眺めている。
「アリシアさんらしい」
レグナスの言葉に、アリシアは照れくさそうにはにかむ。
そして視線は——。
ヴァルドの方へ。
その表情はどっちとも読み取れない。
アリシアは少し緊張でゴクリと喉を鳴らした。
少しの間を置いて。
「……いいんじゃないか」
彼は一言、そう呟いた。
「お前の考えにしては、
「その言い方だと、まるで私がいつも、変なこと言ってるみたいじゃないですかっ」
口での抗議とは裏腹に、アリシアの顔は綻ぶ。
「じゃあ! 無事にパーティー名も決まったことだし! これからの“旅灯の徒”の門出も祝って——」
リュミエールの音頭に。
四人が杯を持つ。
「かんぱーいっ」
四人の杯が、豪快に打ち合った。
杯のエールをそのまま喉へ流し込みながら、ヴァルドは目の前の三人を眺めた。
リュミエールはすでに次の酒へ意識が向いている。
アリシアはまだ嬉しそうに笑っていて。
レグナスは、そんな二人を面白そうに見ていた。
相変わらず騒がしい。
——自分だけ、どこか半歩外側にいる感覚は、まだ消えない。
異物である以上、それはきっと、この先も完全にはなくならないのだろう。
それでも。
今はただ、彼女たちと共にある一介の“魔法師”として、この場に立っていればいい。
そんなふうに考えていた矢先。
「さーて、ちょっと見回しただけでも、いろんなお酒があったし! 飲み比べるわよ〜」
上機嫌なリュミエールの声が飛ぶ。
「そんなこと言って、明日は追加報酬分の、報告書作成があるんですよね? 二日酔いで期限に間に合わなくなっても知りませんよ」
「誰が私一人で作るなんて言ったのよ」
レグナスの言葉に、リュミエールはヴァルドの腕を掴むと、ぐいっと引き寄せた。
途端に、ヴァルドの顔から感情が抜け落ちる。
それを見たリュミエールの瞳が、鋭く射抜く。
「……どーせあんたのことだから、あの目玉の魔物について、独自になにか掴んでるんでしょ? 明日、包み隠さず吐いてもらうから。覚悟しなさいよ」
「ええ……」
ヴァルドの“素”の声が漏れる。
とはいえ、勘のいいリュミエールに対し、いつまでも隠し通せるとも思っていなかった。
今回得た重要な情報。
目玉の魔物の背後にいたのは、魔の土地にいる『魔王』そのものである。
(これを
考えただけで頭が痛い。
自然と眉間に皺が寄った、その時。
「ヴァルドさん!」
アリシアが、さっきの花型のデザートを皿ごと差し出してきた。
「頭をいっぱい使う時は、甘いもの食べるといいらしいですよ! レグナスさんが言ってました。これ、残り全部どうぞ!」
「……それは今
そこまで言ってからヴァルドは、じとっとした目をレグナスへ向ける。
「そしてそこのお前。安全圏で笑ってるんじゃねえ」
視線の先では、レグナスが吹き出すのを必死に堪えていた。
——ついこの間まで、何の接点もなかった四人。
この無名の灯火が、やがて国全土を揺るがすことになるのは。
もう少し先の話である。