勇者をプロデュース!〜無名の田舎娘が、神さまイチ推しの勇者になるまで〜   作:朴月イチロ

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5-13:たとえ道先が暗くとも

 ――飛んだ先でヴァルドが真っ先に感じたのは、人々の熱だった。

 

 香辛料を強く効かせた、肉の焼ける匂い。

 油の弾ける音。

 甘い果実酒の香りと、焦がした砂糖の匂いまで混ざっている。

 

 アルセイン外縁(がいえん)部の広場。

 夜だというのに、そこは先ほどの街通り以上の熱気に包まれていた。

 

 色とりどりの布屋根が並び、ふと上を見上げれば、暖かな光を灯した魔硝石のランタンが、宙に無数に浮かんでいる。

 

 その光景は、まるで夜空を漂うクラゲの群れのようだった。

 

(祭りでもやってるのか?)

 

 手が、再び頭のフードに伸びる。

 

 ――正直。

 先ほどまで、自分がこの世界の“異物”であることを嫌というほど意識していた身には、この喧騒は少し眩しい。

 

 ヴァルドはわずかに目を細める。

 

 そして、その喧騒の中から。

 

「あ。ヴァルドさんーっ!」

 

 聞き慣れた声が、真っ先に飛び込んできた。

 

 声のする方へ目線を向ける。

 

 屋台群の一角。

 簡素な丸テーブルを囲むようにして、三人の姿があった。

 

 樽を切って作ったような背の高い立ち食い用の卓。

 その上には、既に大量の皿が並んでいる。

 

 鳥の串焼き。

 平たい鉄板で焼かれた香草肉。

 揚げ菓子らしき山。

 

 ヴァルドは周囲の屋台を見回しながら、三人の元へ歩み寄った。

 

「……意外だな。祝杯をあげるっていうから、もっと奮発するのかと思っていたが」

 

「最初はそう思ってたんだけどねー」

 

 リュミエールが紙皿の揚げ菓子をひとつ摘まみ、さくりとかじる。

 

「アリシアさんが、“いい匂いがしますー”と引っ張られていきましてね。彼女の直感を信じたら、ここに辿り着いたんですよ」

 

 レグナスは食べ終えた串焼きの串を、慣れた手つきで屑箱へ放った。

 

「ここの傭兵さんに聞いたんですけど! 今日はアルセインで、月に一度の屋台市の日なんですって! ラッキーですよね!」

 

「すっかり食いしん坊キャラが板についてきたな、お前……」

 

 これも彼女なりの、魔力回復法なのだろう。

 ヴァルドはそう結論づけて、深く考えないことにした。

 

「これとか見てくださいよー。ヴァルドさんにも食べてほしくて買ったんですけど、飾り付けとかすごいきれいじゃないですか!?」

 

 アリシアが、テーブルの端に置いていた紙の深皿を引き寄せて、ヴァルドの目の前に差し出す。

 

 薄く削いだ柑橘系の果肉が幾重にも重ねられ、バラの形に盛り付けられている。

 ランタンの灯りを受け、表面にかかった蜜がきらきらと輝いていた。

 見た目だけで言うなら、確かに魅惑的である。

 

 ヴァルドは添えられていた細い木串で、その“花”をひとつ摘まみ、口へ運ぶ。

 強烈な甘味に、脳が揺さぶられる。

 

「……思ったより、かなり甘いな」

「そうなんですか??」

 

 アリシアも別の花をひとつ口に入れる。

 次の瞬間、ぱっと顔が綻(ほころ)んだ。

 

「ん〜〜っ……!」

 

 甘みを噛み締めるように目を細め、そのまま幸せそうに頬を押さえる。

 

 そのリアクションを無言で眺めながら。

 ヴァルドは、ほんの少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。

 

「さて、ヴァルドもきたことだし――」

 

 リュミエールは通りを歩く酒売りを呼び止め、四人分のエールを手際よく受け取って、卓上へ並べる。

 

「予想外のトラブルはあったけど、初仕事達成を祝って——」

 

 杯を手にしたレグナスが、いつもの調子で続けた。

 

「“ハチ駆除隊”の功績を祝ってー」

 

「だからその名前やめろって言ってるでしょ……っ!」

 

 リュミエールが即座にはたこうとした、その時。

 

「あっ、あっ! そのことなんですけど!」

 

 アリシアが慌てて割って入った。

 

「お待たせしました……! ようやく思いついたんです! パーティー名!」

 

「え!?」

「へえ?」

「……ほう」

 

 三人の視線が、一斉にアリシアへ向く。

 少し緊張したように胸元で手を握りながらも、その瞳には確かな自信が宿っていた。

 アリシアは小さく息を吸い——。

 

 

「――旅灯の徒(たびあかりのともがら)!」

 

 

 そう言って、宙に浮かぶランタン群を指差す。

 

「……この先、魔の土地に行くまで、きっといっぱい大変なことがあると思うのです」

 

 脳裏によぎるのは、ここまでの旅路。

 育った村を襲ったワイルドボア討伐から始まり、荒くれ者一団の撃退、ユキイタチ掃討、古代の魔法文明の重さにふれ、鎧蜂(ヨロイバチ)との戦いで初めてチームとして戦った。

 

 そして——あの目玉の魔物。

 

「行く道が真っ暗で、前が見えなくなることもあると思います。転んだり、迷ったりすることも、きっとあります」

 

 アリシアは、ひとつひとつ確かめるように言葉を紡ぐ。

 

「でも、私たちが互いの“灯(ともしび)”になれたら、たとえ周りが真っ暗でも、道を見失うことはないと思うのです」

 

 たとえ。

 道先が暗くとも。

 自分たちであれば、立ち止まらず進んでいける。

 

「魔物に怯えている人たちにとっても、私たちの灯(あかり)が、少しでも希望になれたらいいなって……」

 

 最後に、アリシアは静かに笑った。

 

「……そういう存在に、みなさんと一緒になりたいんです」

 

 アリシアがたどり着いた、自分自身が“つけたい名前”――。

 胸の奥にあった想いをようやく形にして、彼女はそっと息を吐く。

 

「……どうですか?」

 

 少しの沈黙の後。

 その反応は三者さまざまだった。

 

「……かっこいいよぉ、アリちー! いい名前!」

 リュミエールは親心が混じったような顔で、アリシアを抱き寄せる。

 

「……それがアリシアさんの、僕(・)ら(・)に(・)背(・)負(・)っ(・)て(・)ほ(・)し(・)い(・)も(・)の(・)ですか」

 リュミエールとのいちゃつきを、レグナスがしみじみと眺めている。

「アリシアさんらしい」

 

 レグナスの言葉に、アリシアは照れくさそうにはにかむ。

 

 そして視線は——。

 ヴァルドの方へ。

 

 その表情はどっちとも読み取れない。

 アリシアは少し緊張でゴクリと喉を鳴らした。

 

 少しの間を置いて。

 

「……いいんじゃないか」

 

 彼は一言、そう呟いた。

 

「お前の考えにしては、理(り)にかなってて」

「その言い方だと、まるで私がいつも、変なこと言ってるみたいじゃないですかっ」

 

 口での抗議とは裏腹に、アリシアの顔は綻ぶ。

 

「じゃあ! 無事にパーティー名も決まったことだし! これからの“旅灯の徒”の門出も祝って——」

 

 リュミエールの音頭に。

 四人が杯を持つ。

 

「かんぱーいっ」

 

 四人の杯が、豪快に打ち合った。

 

 杯のエールをそのまま喉へ流し込みながら、ヴァルドは目の前の三人を眺めた。

 

 リュミエールはすでに次の酒へ意識が向いている。

 アリシアはまだ嬉しそうに笑っていて。

 レグナスは、そんな二人を面白そうに見ていた。

 

 相変わらず騒がしい。

 

 ——自分だけ、どこか半歩外側にいる感覚は、まだ消えない。

 

 異物である以上、それはきっと、この先も完全にはなくならないのだろう。

 それでも。

 今はただ、彼女たちと共にある一介の“魔法師”として、この場に立っていればいい。

 

 そんなふうに考えていた矢先。

 

「さーて、ちょっと見回しただけでも、いろんなお酒があったし! 飲み比べるわよ〜」

 

 上機嫌なリュミエールの声が飛ぶ。

 

「そんなこと言って、明日は追加報酬分の、報告書作成があるんですよね? 二日酔いで期限に間に合わなくなっても知りませんよ」

 

「誰が私一人で作るなんて言ったのよ」

 

 レグナスの言葉に、リュミエールはヴァルドの腕を掴むと、ぐいっと引き寄せた。

 途端に、ヴァルドの顔から感情が抜け落ちる。

 それを見たリュミエールの瞳が、鋭く射抜く。

 

「……どーせあんたのことだから、あの目玉の魔物について、独自になにか掴んでるんでしょ? 明日、包み隠さず吐いてもらうから。覚悟しなさいよ」

 

「ええ……」

 

 ヴァルドの“素”の声が漏れる。

 とはいえ、勘のいいリュミエールに対し、いつまでも隠し通せるとも思っていなかった。

 

 今回得た重要な情報。

 目玉の魔物の背後にいたのは、魔の土地にいる『魔王』そのものである。

 

(これを星綾士(ステラリスト)の掟(ルール)に反せず、なおかつ不自然にならないよう共有するのか……)

 

 考えただけで頭が痛い。

 自然と眉間に皺が寄った、その時。

 

「ヴァルドさん!」

 アリシアが、さっきの花型のデザートを皿ごと差し出してきた。

 

「頭をいっぱい使う時は、甘いもの食べるといいらしいですよ! レグナスさんが言ってました。これ、残り全部どうぞ!」

 

「……それは今摂(と)っても意味がないやつなんだよ」

 

 そこまで言ってからヴァルドは、じとっとした目をレグナスへ向ける。

 

「そしてそこのお前。安全圏で笑ってるんじゃねえ」

 

 視線の先では、レグナスが吹き出すのを必死に堪えていた。

 

 ——ついこの間まで、何の接点もなかった四人。

 この無名の灯火が、やがて国全土を揺るがすことになるのは。

 

 もう少し先の話である。

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