勇者をプロデュース!〜無名の田舎娘が、神さまイチ推しの勇者になるまで〜 作:朴月イチロ
6-1:勇者さまと赤貂の街歩き
屋台市から一夜が明けた後。
アルセインの大通りは、日が高くなるのと合わせて、再び活気に満ちていた。
積荷を満載した荷車がひっきりなしに行き交い、路地の露店からは威勢のいい掛け声が飛んでくる。
南方から流れ込む物資の集積地というだけあって、雑貨から食品まで並んでおり、大抵の物はここで揃う。
その通りの一角に店を構える武器屋『シルバークロウ』。
店内には、剣や斧、ナイフといった刃物から、棍棒やメイスの類まで——魔物討伐用の武器が、壁や棚に整然と並べられている。
他の客が棚へ触れるたび、吊るされた武器同士が乾いた金属音を鳴らした。
アリシアから見て、ここに揃うものは傭兵としての生活道具ではなく、“危なくて怖いもの”であるはずなのだが、 店内を興味深そうに見回している。
どれひとつを取っても、同じ意匠の武器はない。
刃の反り方、革の巻き方に至るまで、職人ごとの癖が滲んで見える。
(剣とかナイフだけでも、こんなに違うんだなぁ……)
一方でレグナスは、カウンター越しに淡々と消耗品を注文している。
「
「《
白髪が混じり始めた店主の男性は、慣れた手つきで商品を紙袋へ詰めながら笑う。
「たまには新しいナイフの一本でもどうだい? また職人からいいのが入ってるんだ」
そう言って、カウンター脇の引き出しから一本のナイフを取り出した。
レグナスは受け取ると、静かに鞘を払う。
銀色の刃が、店内の灯りを鈍く反射した。
重心位置、刃の質、ハンドルの掴み心地も悪くない。
「——なるほど、いいモノですね」
そう言いつつ、そのまま静かにナイフを鞘に納める。
「でも遠慮しておきます。どうせすぐ傷だらけにしちゃうので」
「ここの武器は、そんな簡単にヘコたれるほど、ヤワじゃないんだけどねえ」
店主は肩をすくめると、不意に視線をレグナスの後ろへ向ける。
その先には、店内の武器をきらきらした目で眺めているアリシアがいた。
武器屋にはどうにも場違いな少女を、《
それだけで十分珍事だった。
店主は身を乗り出し、アリシアに見えない角度で小指を立てる。
「……聞いちゃまずいやつかね? まさか、お前さん、そっちの趣味で——」
「違いますよ」
レグナスは笑顔のまま、ばっさり切った。
「彼女は、僕の所属するパーティーのリーダーです」
「……は?」
店主が素で固まる。
「お前さんが? パーティーに?」
「あ、そうそう。これから北方へ向かう予定なので、当面こちらには顔を出せなくなくなりそうです」
店主がさらに何か言うより先に、レグナスは代金をカウンターへ置いた。
封をされた紙袋を両手で抱えると、そのまま踵を返す。
「それでは、生きてたらまたお会いしましょう」
「お、おい! 相変わらず縁起でもないことを、さらっと言うな——」
背後から飛んできた店主の声に、レグナスは振り返りもせず片手だけ軽く振った。
その後に続くアリシアは、小首を傾げる。
「? お店の人となにかあったんですか?」
「大したことじゃないですよ。すみませんね、買い出しの前に寄り道してしまって」
「全然! 武器のお手入れは大事ですもん! それに、いろんな種類の武器があって面白かったです!」
店の戸を閉める間際。
アリシアの目に、壁へずらりと並んだ武器類が再び映る。
「レグナスさんって、槍の他にもいろんな武器を使いますよね。ナイフとか杭とか」
「まあ、一番手に馴染むのが槍ってだけで、正直武器はなんでもいいんですよね」
歩き出す前に紙袋を抱え直しながら、レグナスはさらりと続けた。
「魔物の種類に応じて、倒すための手段と道具を変えているってだけです」
「え? 全然『だけ』じゃないですよっ」
歩み出しかけたところで、アリシアは思わず振り返ってレグナスを見上げる。
「状況に合わせて、いろんな戦い方ができるって事ですよね? やっぱりレグナスさんはすごいなぁ……私はピッチフォーク君だけで精一杯ですもん……」
「……すごい?」
レグナスは一度だけ瞬きをした。
その紫紺の瞳に、一切の揺らぎはみられない。
「使えなくて困ったモノを、ただ使えるように増やしていっただけなんですけどね……アリシアさんもやればできますよ。普通のことです」
そう言って、レグナスは前に向き直って歩き出す。
「ふ、普通……? そうですかね……? 普通とは一体……」
アリシアは思わず眉を下げつつも、その後を追った。
そんなやりとりの中、二人は武器屋を離れて人で賑わう大通りへ入る。
足を進めつつ、アリシアは腰元のポーチから二枚の紙を取り出した。
出立に向けた、買い出しメモと地図。
彼女は記載された項目を指でなぞりながら、必要なものを一つずつ確認していく。
「えーっと、干し肉と塩漬け魚……あと野営用の消耗品と、傷薬……」
小さく唸る。
「四人分ってなると、やっぱり結構な量になりますねー」
「本来なら大荷物ですが……無尽蔵に詰め込めるあのバックパックは、本当に助かりますね」
レグナスがふと、上から買い物メモを覗き込んだ。
『塩魚は通り二本奥の店の方が安い』
『乾パンは赤看板の店が一番食べやすい』
そんな補足が、地図のあちこちに細かく書き込まれている。
妙に生活感のある筆跡には、見覚えがあった。
「……まさか、その買い出し先の指定、全部ヴァルド君が?」
「買い出しメモ作ってたら、急にこれ渡されて」
アリシアは苦笑しながら地図をひらひらさせる。
「ヴァルドさん、こういう街ごとのお店情報とかやたら詳しいんですよねー。初めて来た街のはずなのに、いつ調べてるんだろう……こういうのも魔法なんですかね?」
眉を寄せて悩むアリシアを見ながら、レグナスは喉から小さく息が漏れた。
「……お人好しを通り越して、もはや過保護というか」
「え?」
「いえ、なんでも。せっかく段取り組んでくれてるなら、乗っからせてもらいましょうか」
はい! とアリシアはレグナスの顔を見上げながら、力強くうなづいた。
話している間にも、二人は大通りを奥へ奥へと進んでいく。
通りに並ぶ店は、傭兵向けのものばかりではない。
衣服、香辛料、家庭用の食器、装飾品――視界に入るものすべてが、アリシアには新鮮だった。
そんな中。
「——あ」
不意に目についた暖色の灯りに、彼女の足が止まる。
その視線の先にあったのは、一軒のランプ屋だった。
(わあ……すごいキレイ……)
窓越しに見える店先の棚には、室内用の魔硝石ランプがいくつも並んでいる。
花のつぼみを模した傘、きのこ型の丸いランプ。
色ガラスをモザイク状にはめ込んだものは、店内の光を受けて宝石みたいに輝いていた。
中にいる客も、どこか上等な身なりの人ばかりだ。
商人か街の貴族だろうか。
その様子を見ただけで、アリシアはなんとなく値段を察してしまう。
「ランプが入り用ですか?」
不意にかけられた声に、アリシアはハッと振り返った。
そこにはレグナスが、同じ店先の商品に視線を向けて笑う。
「ここに置いてあるものは、いずれも野営には不向きだと思いますよ」
そこには茶化すような意図は、微塵も感じられない。
純粋に実用品として判断した結果らしい。
「あ、いえ! 欲しいとかではなくて!」
アリシアは慌てて両手を振った。
「ああいうのって、絵本に出てくる貴族のお屋敷とかにありそうじゃないですか? 小さいころ、ちょっと憧れてたんですよー。そういうのって、ありません?」
「……なるほど」
彼の返答には少しの間があった。
それを気にした素振りもなく、アリシアは誤魔化すように再び地図に目を落とす。
「すみません、時間取っちゃって! 今日はいろんなお店をまわらないといけないのに。次行きましょう、次!」
ぱたぱたと歩き出す背中を見送りながら、レグナスは一瞬だけランプ屋へ視線を戻した。
店内には家族連れらしき客が、卓上ランプを囲んで談笑しているのが見える。
「……もう、わからないかな」
ぽつりともらした後、彼は静かにアリシアの後を追った。