勇者をプロデュース!〜無名の田舎娘が、神さまイチ推しの勇者になるまで〜 作:朴月イチロ
乾物屋、パン屋、薬屋——。
店をめぐるごとに、アリシアは片手の買い出しメモから、購入済みのものを丁寧に線を引いていく。
次なる目的の店へ足を運びつつ、手元の地図と周囲へ視線を泳がせていると、必然的に隣を歩く、レグナスが抱える紙袋の量が目に入った。
「荷物持ち、ありがとうございます。私も少し持ちましょうか?」
「大丈夫です。どこか人目の少ないところで、バックパックに詰め替えてしまいましょうか……次はこっちですね」
レグナスが通路脇の店看板を見つけて足を止める。
数歩通り過ぎてから気づいたアリシアは、「あっ」と声を漏らして慌てて戻ってきた。
通りから少し外れているせいか、そこだけ日差しが遮られ、薄暗い。
入口周辺には革製の水袋、鉄鍋、ロープ類、無骨なデザインの魔硝石のランタン——旅道具という旅道具が、ところ狭しと吊るされている。
軒先に掲げられた看板は、使い込まれた盾をそのまま再利用したものらしい。
『旅支度なら
——やたら実感のこもった一文まで刻まれている。
アリシアは看板と吊るされた旅道具を、興味津々といった様子で見上げた。
「……なかなか個性的なお店ですね」
「ヴァルド君も店選びが渋い……普通の人は入りづらいでしょうが、まあ、一般的な野営道具屋ですよ。行きますか」
「はい!」
そう言ってアリシアは、重たい鉄扉に体重をかけるようにして押し開けた。
ズズズ……と鈍い音を立て、扉が開く。
店内を照らすのは、いくつかの魔硝石ランタンだけ。
その薄明かりの下には、旅道具という旅道具が押し込められていた。
天井からはロープや革袋が吊るされ、壁際には鉄鍋や水樽が積み上がっている。棚には携帯食料や火打石などが隙間なく詰め込まれ、人ひとり通れる程度の細い通路が奥へ伸びている。
先ほどの武器屋が展示室なら、こちらは倉庫そのものだ。
油と鉄、それに革の匂いが混ざりあう。
店内の客層も、ほとんどが傭兵とおぼしき男性客ばかりであり、擦り切れた外套や武器を背負った戦士たちが、慣れた様子で商品棚を漁っている。
(……どこから見ればいいのか、全然わからない……)
アリシアは辺りを見回しながら、その密集度に圧倒されていると、奥から野太い声が聞こえた。
「いらっしゃ……おう《
商品棚に囲まれた隙間に、カウンターらしきところがある。
そこには小太りで眼鏡をかけた店主らしき男が、持っていた本から目線を上げた。
「はぁ!? 《
「本人か?」
店主の言葉に、店内の傭兵たちが一斉に振り返った。
その視線の数に、アリシアは思わずたじろぐ。
当人のレグナスは、まったく気にする素振りを見せない。
「どうも店主、相変わらずむさ苦しいですね、ここは」
「いいんだよ、どうせお前らみたいな野郎どもしか来ないんだから」
「そんなことはないでしょう」
レグナスの軽口もまったく気に留めず、自然と店主の視線はレグナスからアリシアへ移った。
わずかに眉が上がる。
この店に来る客のほとんどが、ギルドの傭兵だ。
ガタイのいい男性客が店内を歩き回る中、アリシアだけが場違いなほど浮いている。
だが店主は、普段の客とその態度を変えなかった。
「……何か入り用か?」
「は、はい! 野営用の消耗品を買いに来ました!」
アリシアは慌てて手元の買い物メモに目を通す。
「こだわりとかなければ、言ってくれれば見繕ってやるが」
「わあ、すみません、助かります! このメモのモノが欲しいんですけど――」
そう言ってアリシアは、小走りで商品棚をかいくぐりながら店主の元に向かう。
レグナスは口を挟まず、その様子を眺めていた。
あの店主なら、相手がアリシアでも傭兵でも扱いは変わらない。
ただ客が求める物を、真摯に売るだけだ。
だから彼は黙って紙袋を抱え直した。
店内では、傭兵たちがアリシアを見ながら、ヒソヒソと声を潜めて会話しているのが聞こえる。
(——気になるなら聞けばいいのに)
レグナスは内心でそう思いながらも、特に口は出さない。
代わりに店主がじろりと傭兵たちを睨む。
その視線を受けた途端、彼らは慌てて話題を変えた。
「そ、そうだ大将。最近ローグアナで妙な傭兵が現れたらしいんだが、知ってるか?」
「……妙な傭兵?」
店主は再びメモに目を落として応える。
棚からロープを引っ張り出し、続けて固形燃料の一式を手早く包んでいく。
アリシアも、何気なくその会話に耳を傾けた。
「ああ、なんでも——その傭兵、ピッチフォークを武器に魔物を倒すんだとよ」
ぴくり。
アリシアの肩がわずかに跳ねた。
思わず前で揃えた手に、ぎゅっと力がはいる。
「ピッチフォーク? 武器どころか農具じゃねえか。三叉の間違いじゃないのか?」
訝しげに声をかける店主に対し、傭兵たちが次々に口を開く。
「いやいや、それでローグアナでユキイタチの女王を、見事仕留めたって話よ」
「うちの知り合いから聞いたんだが、どうやらそいつ、女らしいな」
「なんでまた、ピッチフォークなんて扱いづらそうなもの使ってんだか……」
アリシアは慌てて近くの棚へ視線を逸らした。
(うわあああ……もしかしなくても、それって私のことですよね……!?)
内心冷や汗をかきつつ、そこに並んでいる革水袋や携帯鍋を、さも興味深そうに眺める。
それを後ろで眺めていたレグナスから見ても、彼女の姿勢は不自然に固まっていた。
店主の視線も、一瞬だけアリシアへ向く。
彼女の目が異常に泳いでいるのを見て、小さく鼻を鳴らすと、今度はレグナスへ視線を向けた。
「……お前さん知ってるか?」
「いえ」
レグナスはその笑顔を崩さず、即答する。
「実にユニークな物を扱いますね。縁が合えば是非ともお会いしたい」
「そう言って会った途端、手合わせとか言って喧嘩ふっかけるんだろうが」
「……店主? あなたの中での僕への認識、存外ひどすぎません?」
眉をひそめて苦笑するレグナスに対し、店主は構う素振りもなく、買い物メモに沿って詰め込んだ袋を、アリシアの目の前に差し出した。
「……ざっと銀貨一枚と銅貨三十枚ってところだな」
「ありがとうございます!」
アリシアはポーチから代金を取り出そうとすると、店主は急に声をひそめる。
「その若さで傭兵稼業なんざ、気苦労も多いだろうが……うまくやんなよ」
「え」
つい、「どうして」と口が出そうになる。
「身のこなしとか見て、なんとなくだ。《
「……はい。ありがとうございます」
そう言ってアリシアは少し頭を下げると、そのまま代金をカウンターの上に置いた。
◆◆◆
「
その見かけの大きさに反して、バックパックは紙袋を生き物のように次々と飲み込んでいく。
もはや驚きもしないアリシアは、買い物メモと照らし合わせながら中身を確認し、一つずつ放り込んでいった。
やがて最後に「
「——よーし買い忘れなし! 買い出し終了です!」
「おー、それはなにより」
レグナスが緩い返事をする中、アリシアはバックパックの口を閉じて背負う。
あれだけの紙袋の量を詰めたにも関わらず、重量は一切感じない。
「じゃあ帰りましょうか! 宿で頑張っているヴァルドさんとリュミエールさんに、差し入れ買ってもいいですか?」
「どうぞ。お任せしますよ」
路地裏から軽やかに出るアリシアにレグナスも黙って続く。
日は頂点を過ぎてはいるものの、まだまだ明るい。
「いろんなお店をまわれて楽しかったですね! ローグアナでも思いましたけど、レグナスさんって本当、有名人なんですね!」
「まあ、傭兵にとって存在を覚えてもらえることは、悪いことではないですから」
レグナスにとっては実力を示した分、危ない橋を渡るような依頼が、傭兵ギルドから舞い込むことが多い。死線を好んでいた彼にとって、それはむしろ歓迎すべき傾向だった。
名前の知名度は、傭兵にとっては武器である。
だからこそレグナスは、アリシアの心境を理解しきれずにいた。
「——さっきはどうして、黙ってたんですか?」
「え?」
アリシアが首を傾げる。
「言えばよかったのに」
「なにをです?」
「さっきの道具屋。『ピッチフォークの傭兵は私です』って」
「あ……」
アリシアの歩調がわずかに鈍った。
「だ、だって人違いだったら、恥ずかしいじゃないですか」
「ここ最近で『ローグアナでユキイタチをピッチフォークで倒した傭兵』がもう一人いるなら、僕はぜひ会ってみたいですね」
「うぐぅ……」
反論できない。
アリシアが視線を逸らすと、レグナスは肩をすくめた。
「別に、自慢しろと言ってるわけじゃないですよ。ただ、必要以上に隠す意味もないんです」
アリシアは少しだけ考え込んだ。
「でも、私ひとりで倒したわけじゃないのに、私の手柄みたいになってしまっているのが……」
「最後にトドメを刺したのは、アリシアさんでしょう?」
「それは……」
「昨日の鎧蜂も、目玉の魔物の時もそうです」
彼の口元がわずかに緩む。
それはいつもの彼の笑顔には見えなかった。
「たとえパーティーでも僕は、自分がやったことまで他人の手柄にはしませんよ。それはきっと、リュミエールもヴァルド君も同じです」
レグナスは少しだけ言葉を選ぶように間を置いた。
「だからアリシアさんも、自分がやったことくらいは認めてあげてください」
「……いいんでしょうか」
「当然です」
その言葉を飲み込むように、アリシアは少しの間押し黙った後、なぜかまた唸り声を上げながら顔を覆った。
「あああ……そうは言っても、さっきみたいな話の中に居合わせた時、やっぱり名乗れる気がしません……っ」
「ははは、そのうち慣れますよー」
なんでもないというように、レグナスは軽やかに笑い飛ばす。
——ついこの間まで、存在すら知らなかった少女。
自分がいろいろ失ってしまったものを、彼女はまだ持っている。
どこまでそれが通用するのか。
それとも、いつか自分と同じものを失うのか。
——その先にあるものが見たい。
(……お願いですから、僕を退屈させないでくださいね)
そう願いながらレグナスは、前方に焼き菓子屋を見つけてはしゃぐアリシアを見つめていた。