勇者をプロデュース!〜無名の田舎娘が、神さまイチ推しの勇者になるまで〜   作:朴月イチロ

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6-2:傭兵に大切なこと

 乾物屋、パン屋、薬屋——。

 

 店をめぐるごとに、アリシアは片手の買い出しメモから、購入済みのものを丁寧に線を引いていく。

 次なる目的の店へ足を運びつつ、手元の地図と周囲へ視線を泳がせていると、必然的に隣を歩く、レグナスが抱える紙袋の量が目に入った。

 

「荷物持ち、ありがとうございます。私も少し持ちましょうか?」

 

「大丈夫です。どこか人目の少ないところで、バックパックに詰め替えてしまいましょうか……次はこっちですね」

 

 レグナスが通路脇の店看板を見つけて足を止める。

 数歩通り過ぎてから気づいたアリシアは、「あっ」と声を漏らして慌てて戻ってきた。

 

 通りから少し外れているせいか、そこだけ日差しが遮られ、薄暗い。

 入口周辺には革製の水袋、鉄鍋、ロープ類、無骨なデザインの魔硝石のランタン——旅道具という旅道具が、ところ狭しと吊るされている。

 

 軒先に掲げられた看板は、使い込まれた盾をそのまま再利用したものらしい。

『旅支度なら鉄亀(テツカメ)商店』、さらにその下には『まずは寝ろ』。

 ——やたら実感のこもった一文まで刻まれている。

 

 アリシアは看板と吊るされた旅道具を、興味津々といった様子で見上げた。

 

「……なかなか個性的なお店ですね」

「ヴァルド君も店選びが渋い……普通の人は入りづらいでしょうが、まあ、一般的な野営道具屋ですよ。行きますか」

「はい!」

 

 そう言ってアリシアは、重たい鉄扉に体重をかけるようにして押し開けた。

 ズズズ……と鈍い音を立て、扉が開く。

 

 店内を照らすのは、いくつかの魔硝石ランタンだけ。

 その薄明かりの下には、旅道具という旅道具が押し込められていた。

 

 天井からはロープや革袋が吊るされ、壁際には鉄鍋や水樽が積み上がっている。棚には携帯食料や火打石などが隙間なく詰め込まれ、人ひとり通れる程度の細い通路が奥へ伸びている。

 

 先ほどの武器屋が展示室なら、こちらは倉庫そのものだ。

 油と鉄、それに革の匂いが混ざりあう。

 店内の客層も、ほとんどが傭兵とおぼしき男性客ばかりであり、擦り切れた外套や武器を背負った戦士たちが、慣れた様子で商品棚を漁っている。

 

(……どこから見ればいいのか、全然わからない……)

 

 アリシアは辺りを見回しながら、その密集度に圧倒されていると、奥から野太い声が聞こえた。

 

「いらっしゃ……おう《赤貂(セキテン)》の。久しいな」

 

 商品棚に囲まれた隙間に、カウンターらしきところがある。

 そこには小太りで眼鏡をかけた店主らしき男が、持っていた本から目線を上げた。

 

「はぁ!? 《赤貂(セキテン)》!?」

「本人か?」

 

 店主の言葉に、店内の傭兵たちが一斉に振り返った。

 その視線の数に、アリシアは思わずたじろぐ。

 当人のレグナスは、まったく気にする素振りを見せない。

 

「どうも店主、相変わらずむさ苦しいですね、ここは」

「いいんだよ、どうせお前らみたいな野郎どもしか来ないんだから」

「そんなことはないでしょう」

 

 レグナスの軽口もまったく気に留めず、自然と店主の視線はレグナスからアリシアへ移った。

 

 わずかに眉が上がる。

 

 この店に来る客のほとんどが、ギルドの傭兵だ。

 ガタイのいい男性客が店内を歩き回る中、アリシアだけが場違いなほど浮いている。

 だが店主は、普段の客とその態度を変えなかった。

 

「……何か入り用か?」

「は、はい! 野営用の消耗品を買いに来ました!」

 

 アリシアは慌てて手元の買い物メモに目を通す。

 

「こだわりとかなければ、言ってくれれば見繕ってやるが」

「わあ、すみません、助かります! このメモのモノが欲しいんですけど――」

 

 そう言ってアリシアは、小走りで商品棚をかいくぐりながら店主の元に向かう。

 

 レグナスは口を挟まず、その様子を眺めていた。

 あの店主なら、相手がアリシアでも傭兵でも扱いは変わらない。

 ただ客が求める物を、真摯に売るだけだ。

 だから彼は黙って紙袋を抱え直した。

 

 店内では、傭兵たちがアリシアを見ながら、ヒソヒソと声を潜めて会話しているのが聞こえる。

 

(——気になるなら聞けばいいのに)

 レグナスは内心でそう思いながらも、特に口は出さない。

 

 代わりに店主がじろりと傭兵たちを睨む。

 その視線を受けた途端、彼らは慌てて話題を変えた。

 

「そ、そうだ大将。最近ローグアナで妙な傭兵が現れたらしいんだが、知ってるか?」

「……妙な傭兵?」

 

 店主は再びメモに目を落として応える。

 棚からロープを引っ張り出し、続けて固形燃料の一式を手早く包んでいく。

 アリシアも、何気なくその会話に耳を傾けた。

 

「ああ、なんでも——その傭兵、ピッチフォークを武器に魔物を倒すんだとよ」

 

 ぴくり。

 アリシアの肩がわずかに跳ねた。

 思わず前で揃えた手に、ぎゅっと力がはいる。

 

「ピッチフォーク? 武器どころか農具じゃねえか。三叉の間違いじゃないのか?」

 

 訝しげに声をかける店主に対し、傭兵たちが次々に口を開く。

 

「いやいや、それでローグアナでユキイタチの女王を、見事仕留めたって話よ」

「うちの知り合いから聞いたんだが、どうやらそいつ、女らしいな」

「なんでまた、ピッチフォークなんて扱いづらそうなもの使ってんだか……」

 

 アリシアは慌てて近くの棚へ視線を逸らした。

(うわあああ……もしかしなくても、それって私のことですよね……!?)

 内心冷や汗をかきつつ、そこに並んでいる革水袋や携帯鍋を、さも興味深そうに眺める。

 

 それを後ろで眺めていたレグナスから見ても、彼女の姿勢は不自然に固まっていた。

 

 店主の視線も、一瞬だけアリシアへ向く。

 彼女の目が異常に泳いでいるのを見て、小さく鼻を鳴らすと、今度はレグナスへ視線を向けた。

 

「……お前さん知ってるか?」

「いえ」

 

 レグナスはその笑顔を崩さず、即答する。

 

「実にユニークな物を扱いますね。縁が合えば是非ともお会いしたい」

「そう言って会った途端、手合わせとか言って喧嘩ふっかけるんだろうが」

「……店主? あなたの中での僕への認識、存外ひどすぎません?」

 

 眉をひそめて苦笑するレグナスに対し、店主は構う素振りもなく、買い物メモに沿って詰め込んだ袋を、アリシアの目の前に差し出した。

 

「……ざっと銀貨一枚と銅貨三十枚ってところだな」

「ありがとうございます!」

 

 アリシアはポーチから代金を取り出そうとすると、店主は急に声をひそめる。

 

「その若さで傭兵稼業なんざ、気苦労も多いだろうが……うまくやんなよ」

「え」

 

 つい、「どうして」と口が出そうになる。

 

「身のこなしとか見て、なんとなくだ。《赤貂(セキテン)》が連れてるくらいだしな……まあ、長生きしてくれや」

「……はい。ありがとうございます」

 

 そう言ってアリシアは少し頭を下げると、そのまま代金をカウンターの上に置いた。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 「鉄亀(テツカメ)商店」を後にしたアリシアとレグナスは、路地の脇へ移動すると、アリシアが背負っていたバックパックを下ろした。

 

 その見かけの大きさに反して、バックパックは紙袋を生き物のように次々と飲み込んでいく。

 もはや驚きもしないアリシアは、買い物メモと照らし合わせながら中身を確認し、一つずつ放り込んでいった。

 やがて最後に「鉄亀(テツカメ)商店」での購入分を詰め込むと、満足そうに両手を上げる。

 

「——よーし買い忘れなし! 買い出し終了です!」

「おー、それはなにより」

 

 レグナスが緩い返事をする中、アリシアはバックパックの口を閉じて背負う。

 あれだけの紙袋の量を詰めたにも関わらず、重量は一切感じない。

 

「じゃあ帰りましょうか! 宿で頑張っているヴァルドさんとリュミエールさんに、差し入れ買ってもいいですか?」

「どうぞ。お任せしますよ」

 

 路地裏から軽やかに出るアリシアにレグナスも黙って続く。

 日は頂点を過ぎてはいるものの、まだまだ明るい。

 

「いろんなお店をまわれて楽しかったですね! ローグアナでも思いましたけど、レグナスさんって本当、有名人なんですね!」

 

「まあ、傭兵にとって存在を覚えてもらえることは、悪いことではないですから」

 

 レグナスにとっては実力を示した分、危ない橋を渡るような依頼が、傭兵ギルドから舞い込むことが多い。死線を好んでいた彼にとって、それはむしろ歓迎すべき傾向だった。

 

 名前の知名度は、傭兵にとっては武器である。

 だからこそレグナスは、アリシアの心境を理解しきれずにいた。

 

「——さっきはどうして、黙ってたんですか?」

「え?」

 

 アリシアが首を傾げる。

 

「言えばよかったのに」

「なにをです?」

「さっきの道具屋。『ピッチフォークの傭兵は私です』って」

「あ……」

 

 アリシアの歩調がわずかに鈍った。

 

「だ、だって人違いだったら、恥ずかしいじゃないですか」

「ここ最近で『ローグアナでユキイタチをピッチフォークで倒した傭兵』がもう一人いるなら、僕はぜひ会ってみたいですね」

「うぐぅ……」

 

 反論できない。

 アリシアが視線を逸らすと、レグナスは肩をすくめた。

 

「別に、自慢しろと言ってるわけじゃないですよ。ただ、必要以上に隠す意味もないんです」

 

 アリシアは少しだけ考え込んだ。

 

「でも、私ひとりで倒したわけじゃないのに、私の手柄みたいになってしまっているのが……」

「最後にトドメを刺したのは、アリシアさんでしょう?」

「それは……」

「昨日の鎧蜂も、目玉の魔物の時もそうです」

 

 彼の口元がわずかに緩む。

 それはいつもの彼の笑顔には見えなかった。

 

「たとえパーティーでも僕は、自分がやったことまで他人の手柄にはしませんよ。それはきっと、リュミエールもヴァルド君も同じです」

 

 レグナスは少しだけ言葉を選ぶように間を置いた。

 

「だからアリシアさんも、自分がやったことくらいは認めてあげてください」

「……いいんでしょうか」

「当然です」

 

 その言葉を飲み込むように、アリシアは少しの間押し黙った後、なぜかまた唸り声を上げながら顔を覆った。

 

「あああ……そうは言っても、さっきみたいな話の中に居合わせた時、やっぱり名乗れる気がしません……っ」

「ははは、そのうち慣れますよー」

 

 なんでもないというように、レグナスは軽やかに笑い飛ばす。

 

 ——ついこの間まで、存在すら知らなかった少女。

 自分がいろいろ失ってしまったものを、彼女はまだ持っている。

 

 どこまでそれが通用するのか。

 それとも、いつか自分と同じものを失うのか。

 

 ——その先にあるものが見たい。

 

(……お願いですから、僕を退屈させないでくださいね)

 

 そう願いながらレグナスは、前方に焼き菓子屋を見つけてはしゃぐアリシアを見つめていた。

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