勇者をプロデュース!〜無名の田舎娘が、神さまイチ推しの勇者になるまで〜   作:朴月イチロ

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6-3:魔女とプロデューサーの共同作業

 アリシアとレグナスが買い出しに街を巡っていた頃。

 

 宿ではリュミエールとヴァルドが、傭兵ギルドへの報酬アップ用の報告書作りに取りかかっていた。

 

 書き物に集中するために、リュミエールは普段おろしている黒髪を高い位置でひとつに束ね、ヴァルドもいつもの丈の長い白いローブではなく、フード付きの室内用の軽装である。

 

 部屋備え付けのテーブルを挟んで互いに向かい合い、黙々とリュミエールが報告書に万年筆を走らせる一方、ヴァルドは作成済みの報告書の内容に目を落としている。

 

 床には書き損じの下書きや、メモに使用したクズ紙が散乱していた。

 

「……こうして振り返ると」

 

 自分で書いた報告書の文字を目で追いながら、リュミエールは独り言のように呟く。

 

「改めてこの目玉の魔物を生み出したやつの、異常さが際立つわね」

「……瘴気そのものから、あやつり人形を生み出す技術」

「そもそも瘴気自体、古代文明から持て余している代物(シロモノ)だっていうのに」

 

 リュミエールが肩をほぐすように、上半身を伸ばしながら眉をひそめる。

 

「身体の構成物として瘴気を固定化するどころか、“魔物”と見間違うレベルで内部の魔力が流れる回路まで作り込んで」

「俺もアレを最初、“魔物”として見てた」

「人間業(ワザ)とは思えないわ……」

 

 唸りながら頬杖をつくリュミエールを、ヴァルドはただ黙って眺める。

 そして少し間を置いてから、静かに口を開いた。

 

「……人間の業(ワザ)じゃなかったとしたら?」

「は?」

 

 リュミエールが訝しげにヴァルドを見る。

 

「どういう意味?」

「人間とはまた別の存在が、あの目玉の魔物を生み出したとしたら?」

「……人間とはまた別の存在って、なによ」

 

 ヴァルドは真剣に、それを言葉にする。

 

「――それこそ“魔(・)物(・)”とか」

 

 リュミエールが目を見開いた。

 

「……本気で言っているの?」

「魔物自体がそもそも、魔の土地の瘴気から生じているっていうのが、この国での通説だろう」

「それがなに?」

「自身の根源たる、瘴気の扱いに長けた魔物が生まれたとしても、不思議じゃない」

「……待って待って」

 

 淡々と言葉を紡ぐヴァルドに対し、リュミエールはこめかみを抑えて制する。

 

「……仮説としては、ぶっ飛びすぎてない?」

「そうだな」

 

 ヴァルドは呆気なく肯定した。

 

「根拠らしい根拠は何もない」

「そりゃあ、一定の知性を持つ魔物は、小鬼(ゴブリン)とか少なからずいるけど……“魔物”が意志を持って“魔物”を生み出すなんて――」

 

 そんなことが。

 仮にそんなことができるほどの、業(ワザ)と知性を獲得した“魔物”が現れたとしたら。

 

 リュミエールが押し黙る。

 

「……そんな存在、脅威なんてものじゃない」

「……」

「私たちが持つ、知識や常識が通用しない魔物を生み出されちゃ……対抗策を探すより前に、私たちが潰されちゃう」

 

 そう言って再び、報告書の文章に目を落とす。

 リュミエールにとって、ヴァルドの仮説は荒唐無稽な類(たぐい)の話だ。

 

 ――だが。

 

(……今までそういう前例が、ただなかっただけかもしれないわ)

 

 自分の理解を越えるような存在が、この国のどこかにいる。

 そんな存在が、果たしてどこに潜んでいるというのか。

 

 リュミエールの視線の先で、目玉の魔物が内包していた、瘴気量の予測値の記録が目に入った。

 

「……それこそ、アリちーが倒そうとしている、魔の土地のすごい魔物がソレなのかもね」

「どうしてそう思う?」

「不思議に思ってたのよ。この瘴気量、その辺の吹き溜まりじゃ到底調達しきれない。それこそ魔の土地でもなければ、あのオオトカゲのサイズは作れないわ」

 

 そう言ってうんざりするように肩を落とす。

 

「……改めて、とんでもない旅路に乗っかっちゃったみたいね、私」

「降りるか?」

「そんなワケないでしょっ」

 

 リュミエールは声を上げて、万年筆の先をヴァルドに向けた。

 

「魔の土地に生まれた魔物が、本当にそんな規格外なヤツだったら……ますます自分の手で正体を確かめなきゃ気がすまないわ。それが、アリちーの目的達成に一役(ひとやく)買えるなら尚更(なおさら)、ね」

「……」

「あなたがこの先、アリちーに妙なことさせないか、見張らなきゃだし」

「……妙なことってなんだ」

 

 それまで感情を表にしていなかったヴァルドの顔が、初めて歪む。

 ソレをみて見ぬふりをして、リュミエールは軽く報告書の表面を万年筆で叩いた。

 

「こうなってくると、もう少し魔の土地の今の状況が知りたいわね……そうすればもっと分析も捗るのに……アリちーに聞いたんだけど、あなた、王都にそういう情報のツテがあるんじゃないの?」

 

「簡単に言ってくれるな……」

 

 王都のツテというのは、ヴァルドがローグアナで使った即興のデタラメだ。

 星綾士の権限で、作ろうと思えば作れないこともないが、交流関係は無計画に増築すると、その分破綻のリスクも大きくなる。

 

「少し前に王都の方で秘密裏に調査して、桁違いの瘴気の反応が出たっていう話以降、続報はないな」

「なによぉ……期待してたのに」

 

 リュミエールが唇を尖らせながらうなった。

 

「うーん……最終的にどう取りまとめたものかしらね。書けないことばっかりだわ」

「第三者が操作する特殊生物による襲撃」

「ふわふわしてるわねえ……」

「現時点で判断できるのが、そこまでなんだから仕方がない……それに」

 

 そう言ってヴァルドは報告書をまとめて整える。

 向きを合わせて、軽く束を机上で叩いた。

 

「今回みたいな目玉の魔物が、あれ一匹とは思えない。次はおそらく、オオトカゲとは別の姿で出てくるだろうな。その時にまた調べればいい」

 

「あああ……でしょうね……っ! その可能性が高いのは、私もわかってるのよ。でも口に出さないで! オルヴィルじゃ言葉には力が宿るんだから、縁起でもないこと言わないの!」

 

「お前。正体を見極めたいのか、避けたいのかどっちなんだ」

 

「好き好んで何回も会いたい相手じゃないわよ」

 

 リュミエールは、再び万年筆のペン先を向けてじとっとした目を向けた。

 ヴァルドは目を細めてそれを一瞥した後、特に反応も示さず、報告書をめくって順番を確かめる。

 

 ちょうどその時。

 部屋にドアのノック音が響く。

 

「リュミエールさん、ヴァルドさん、お疲れ様でーす! ただいま戻りましたー」

 

 陰鬱とした空気を吹き飛ばすような、晴れやかな声。

 

「あ。帰ってきたわね」

 

 部屋の鍵を開けるべく、リュミエールは立ち上がって玄関へと向かった。

 ヴァルドはそれを横目で追って、すぐ報告書に目線を戻す。

 

「“魔物”を生み出す“魔物”――」

 

 自然と言葉がその場でもれた。

 

(案外、すんなり受け入れられたな)

 ヴァルドの口元が、人知れず緩む。

 

 魔の土地にいる『魔王』の存在。

 この時を境(さかい)に少しずつ、『旅灯(たびあかり)の徒(ともがら)』の中で輪郭を持ち始めていく。

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