勇者をプロデュース!〜無名の田舎娘が、神さまイチ推しの勇者になるまで〜 作:朴月イチロ
アリシアとレグナスが買い出しに街を巡っていた頃。
宿ではリュミエールとヴァルドが、傭兵ギルドへの報酬アップ用の報告書作りに取りかかっていた。
書き物に集中するために、リュミエールは普段おろしている黒髪を高い位置でひとつに束ね、ヴァルドもいつもの丈の長い白いローブではなく、フード付きの室内用の軽装である。
部屋備え付けのテーブルを挟んで互いに向かい合い、黙々とリュミエールが報告書に万年筆を走らせる一方、ヴァルドは作成済みの報告書の内容に目を落としている。
床には書き損じの下書きや、メモに使用したクズ紙が散乱していた。
「……こうして振り返ると」
自分で書いた報告書の文字を目で追いながら、リュミエールは独り言のように呟く。
「改めてこの目玉の魔物を生み出したやつの、異常さが際立つわね」
「……瘴気そのものから、あやつり人形を生み出す技術」
「そもそも瘴気自体、古代文明から持て余している
リュミエールが肩をほぐすように、上半身を伸ばしながら眉をひそめる。
「身体の構成物として瘴気を固定化するどころか、“魔物”と見間違うレベルで内部の魔力が流れる回路まで作り込んで」
「俺もアレを最初、“魔物”として見てた」
「人間
唸りながら頬杖をつくリュミエールを、ヴァルドはただ黙って眺める。
そして少し間を置いてから、静かに口を開いた。
「……人間の
「は?」
リュミエールが訝しげにヴァルドを見る。
「どういう意味?」
「人間とはまた別の存在が、あの目玉の魔物を生み出したとしたら?」
「……人間とはまた別の存在って、なによ」
ヴァルドは真剣に、それを言葉にする。
「――それこそ“
リュミエールが目を見開いた。
「……本気で言っているの?」
「魔物自体がそもそも、魔の土地の瘴気から生じているっていうのが、この国での通説だろう」
「それがなに?」
「自身の根源たる、瘴気の扱いに長けた魔物が生まれたとしても、不思議じゃない」
「……待って待って」
淡々と言葉を紡ぐヴァルドに対し、リュミエールはこめかみを抑えて制する。
「……仮説としては、ぶっ飛びすぎてない?」
「そうだな」
ヴァルドは呆気なく肯定した。
「根拠らしい根拠は何もない」
「そりゃあ、一定の知性を持つ魔物は、
そんなことが。
仮にそんなことができるほどの、
リュミエールが押し黙る。
「……そんな存在、脅威なんてものじゃない」
「……」
「私たちが持つ、知識や常識が通用しない魔物を生み出されちゃ……対抗策を探すより前に、私たちが潰されちゃう」
そう言って再び、報告書の文章に目を落とす。
リュミエールにとって、ヴァルドの仮説は荒唐無稽な
――だが。
(……今までそういう前例が、ただなかっただけかもしれないわ)
自分の理解を越えるような存在が、この国のどこかにいる。
そんな存在が、果たしてどこに潜んでいるというのか。
リュミエールの視線の先で、目玉の魔物が内包していた、瘴気量の予測値の記録が目に入った。
「……それこそ、アリちーが倒そうとしている、魔の土地のすごい魔物がソレなのかもね」
「どうしてそう思う?」
「不思議に思ってたのよ。この瘴気量、その辺の吹き溜まりじゃ到底調達しきれない。それこそ魔の土地でもなければ、あのオオトカゲのサイズは作れないわ」
そう言ってうんざりするように肩を落とす。
「……改めて、とんでもない旅路に乗っかっちゃったみたいね、私」
「降りるか?」
「そんなワケないでしょっ」
リュミエールは声を上げて、万年筆の先をヴァルドに向けた。
「魔の土地に生まれた魔物が、本当にそんな規格外なヤツだったら……ますます自分の手で正体を確かめなきゃ気がすまないわ。それが、アリちーの目的達成に
「……」
「あなたがこの先、アリちーに妙なことさせないか、見張らなきゃだし」
「……妙なことってなんだ」
それまで感情を表にしていなかったヴァルドの顔が、初めて歪む。
ソレをみて見ぬふりをして、リュミエールは軽く報告書の表面を万年筆で叩いた。
「こうなってくると、もう少し魔の土地の今の状況が知りたいわね……そうすればもっと分析も捗るのに……アリちーに聞いたんだけど、あなた、王都にそういう情報のツテがあるんじゃないの?」
「簡単に言ってくれるな……」
王都のツテというのは、ヴァルドがローグアナで使った即興のデタラメだ。
星綾士の権限で、作ろうと思えば作れないこともないが、交流関係は無計画に増築すると、その分破綻のリスクも大きくなる。
「少し前に王都の方で秘密裏に調査して、桁違いの瘴気の反応が出たっていう話以降、続報はないな」
「なによぉ……期待してたのに」
リュミエールが唇を尖らせながらうなった。
「うーん……最終的にどう取りまとめたものかしらね。書けないことばっかりだわ」
「第三者が操作する特殊生物による襲撃」
「ふわふわしてるわねえ……」
「現時点で判断できるのが、そこまでなんだから仕方がない……それに」
そう言ってヴァルドは報告書をまとめて整える。
向きを合わせて、軽く束を机上で叩いた。
「今回みたいな目玉の魔物が、あれ一匹とは思えない。次はおそらく、オオトカゲとは別の姿で出てくるだろうな。その時にまた調べればいい」
「あああ……でしょうね……っ! その可能性が高いのは、私もわかってるのよ。でも口に出さないで! オルヴィルじゃ言葉には力が宿るんだから、縁起でもないこと言わないの!」
「お前。正体を見極めたいのか、避けたいのかどっちなんだ」
「好き好んで何回も会いたい相手じゃないわよ」
リュミエールは、再び万年筆のペン先を向けてじとっとした目を向けた。
ヴァルドは目を細めてそれを一瞥した後、特に反応も示さず、報告書をめくって順番を確かめる。
ちょうどその時。
部屋にドアのノック音が響く。
「リュミエールさん、ヴァルドさん、お疲れ様でーす! ただいま戻りましたー」
陰鬱とした空気を吹き飛ばすような、晴れやかな声。
「あ。帰ってきたわね」
部屋の鍵を開けるべく、リュミエールは立ち上がって玄関へと向かった。
ヴァルドはそれを横目で追って、すぐ報告書に目線を戻す。
「“魔物”を生み出す“魔物”――」
自然と言葉がその場でもれた。
(案外、すんなり受け入れられたな)
ヴァルドの口元が、人知れず緩む。
魔の土地にいる『魔王』の存在。
この時を