勇者をプロデュース!〜無名の田舎娘が、神さまイチ推しの勇者になるまで〜 作:朴月イチロ
少年は名前をリツと名乗った。歳はまだ十歳。
両親を早くに亡くし、妹と二人路頭を彷徨っていたところ、
最初は妹を食べさせるために、仕方なくスリなどの悪事に協力していたが、この街のはずれにある廃教会でボスが“妙なモノ”を見つけてから、当人含めメンバー全員の様子がおかしくなったとのことだった。
リツに案内されながら町はずれの廃教会を目指す道中、アリシアとヴァルドは事の経緯に耳を傾けていた。
「妙なモノ?」
「――でっかい宝石のついたペンダント。最初は金になりそうだって言って喜んでたんだけど、それがただのペンダントじゃなくて……化け物を呼び出すんだ」
「化け物……」
アリシアのつぶやきに、リツはうん、と頷く。
「あいつら、その化け物が自分たちの命令を聞くのに気づいてから、やけに調子づいてさ。しまいにはその化け物をあの街にけしかけて、金目のものを根こそぎ盗ろうとか言い出して……俺、怖くなって妹と一緒に逃げ出そうとしたんだけど見つかって、言うこと聞かなきゃ妹共々、化け物の餌にするって……」
「とんでもない人たちだね!」
許せない! とアリシアが怒り心頭になっている反面、ヴァルドの方は感情が表に出ないばかりか、何か考え込んでいる。
「どうかしました?」
「――リツ。そのチンピラ共のボスは、魔法の扱いに長けてたりするのか?」
ううん、とリツは首を横に振る。
「魔法って確か、大きい学校行って勉強しないと使えないんだろ? あいつらに限ってそれはないと思う。使えるんだったらとっくに悪さに使ってると思うし」
「なるほど」
神々からの事前情報によればこの国『オルヴィル』は、遠い昔の“とある出来事”によって魔法技術が大きく衰退している状況だったはず。そんな技術水準で、果たして魔法知識がないド素人でも化け物(恐らく魔物のことなのだろうが)を使役できるほどの、魔道具を作り出せるのだろうか。
それに加えて、こんな街はずれの廃教会にそんなものが隠されていたのも、
――いずれにせよ、厄介であることには変わりない。チンピラどもには過ぎた“シロモノ”だ。
「……見えてきた。あれ」
リツが指差す方向、そこには木々に囲まれてその情景に溶け込む、尖った廃教会の屋根が見えた。
「奴らが拠点にしてる廃教会、中に大きな礼拝堂あって、奴らは大体そこでたむろしている」
「妹さんもそこに?」
「うん、そのはず」
「――《
目を伏せたヴァルドは一言“
礼拝堂エリアに、大人に混じって小さい反応がある。
「確かに礼拝堂にソレっぽいのがいるな。あと外に見張りが要所要所にいる」
「そんなことまでわかるんですか!?」
「……にーちゃん、マジで魔法師なんだな……俺、初めて見た」
アリシアとリツのこちらを見る目が、尊敬と心酔に満ちている……。
比較対象がないので致し方ないのだが、この世界の魔法技術を、
アリシアのためにも、早めにこの世界の正統な魔法師を仲間に加えてやろう。
「――で? 中の様子を把握できたところで、どうやって助けるつもりだ?」
「そーですね……」
アリシアむむっと考え込んだ後、「あ!」と声をあげた。
「ヴァルドさん、ちょっと試してみたいことがあるんですけど……」
少し背伸びをしてヴァルドにそっと耳打ちをする。その内容を聞いて少し乾いた笑いが出た。
――アリシアらしいといえば、らしい作戦だ。
「……問題ないがいいのか? 下手したらお前の方にリスクがあるぞ」
「ヴァルドさんのこと信じてますから」
そう言いながら、アリシアは背負っていたバックパックを下ろすと、中を探って料理用の木製ボウルを取り出した。
「うーん、このくらいのサイズだったらいけるかな」
「……? なあ、ねーちゃん」
現状の彼女の行動の意図が全く読み取れないリツは、不安げに問いかける。
「成り行きでここまで連れてきちゃったけど……本当に大丈夫なのか? にーちゃんの方はすごいっていうのはわかったけど」
「大丈夫、任せて! 絶対助けてあげるから!」
対してアリシアは、ふふ、とリツに対して目線を合わせて笑いかけた。
(……一体どこから来るんだ、その自信)
ヴァルドは内心、肩をすくめる。
――だが不思議なもので。
彼女の言葉と笑顔は、本当に“なんとかなる”と錯覚してしまうような。
そんな惹かれるものがあり。
「……」
ヴァルドの脳裏に、とある“誰か”の姿がよぎったが――。
すぐに消した。
◆◆◆
この廃教会がいつから存在しているのか定かではない。
その石造の外壁の一部は草木に覆われ、天井含め屋根に当たる部分の大部分は消失しており、文字通り青天井と化していた。
そんな廃教会の中から、場違いに元気な声が響き渡る。荒れ果てた礼拝堂の講壇付近で、人相の悪い男たちが十数人、賭け事に興じていた。
そんな中、外から複数人の足音と、何やら女性の騒ぐ声がこちらに近づいてくる。
「なんだあ?えらいやかましいな」
「おい、外に面白いのがいたぜ」
「ちょっと! 痛いじゃないですか!離してくださいよっ」
見張り役の仲間が数人、礼拝堂に戻ってきたようだが、その傍らには明らかに場違いな少女が一人、腕を掴まれて抗議の声を発していた。
「街まで案内してくれるって言うからついてきたのに、話が違うじゃないですか!」
「うるせえ!」
腕を掴んでいた男が乱暴に少女を前に押し出す。少女はバランスを崩し「ひゃあっ」と情けない声をあげて倒れ込むと、賭け事に興じていた男たちが一人、また一人と立ち上がり、少女のそばに寄ってくる。
「なんだぁこの小娘、どうしたんだ」
「ベルンを目指して迷ったんだとさ……案内してやるって言ったら、ノコノコついてきてやんの」
「はぁーそいつは仕方ねえ。“丁重に”ご案内して差し上げないとなぁ」
下品な笑いを浮かべながら、少女の周囲を十数人の男たちが完全包囲した。逃げ場はない。そしてその人だかりの隙間から、男たちが賭け事をしていた場所に一人、縄に縛られて横たわる小さい少女の姿があった。
この場にいた全員が、こちらに集まっている。
少女――アリシアは狙い通り、とニヤリと笑った。
「乱暴なみなさんには……コイツをプレゼントです!」
アリシアは瞬時に立ち上がり、背中に隠し持っていた木製ボウルを掲げた。
その手から一瞬のうちに電流がボウルに浸透し、不穏に赤く輝く。
《大きくな――》
真上を見据えて思いっきり力を込める。
《れ!!》
その掛け声――否、“
ボンッ!! と空気が爆ぜる音と共に、手のひらサイズだったボウルが、瞬時に直径数メートルのサイズに膨れ上がった。頭上を覆い尽くすほどの巨大な木の塊に、男たちが気づいた時にはもう遅い。
「は……? な、なに――」
「うわああああっ!?」
落下してくる巨大質量。その真下にいるのは、男たちと――逃げ場のないアリシア自身。 彼女もまた、ボウルの影に飲み込まれる。
怖さはなかった。
「――《
巨大な器が地面に激突するコンマ一秒前、 一言の“
――ズドォォォォォォンッ!!!
礼拝堂全体を揺るがすほどの轟音と共に、巨大ボウルが石床に伏せられた状態で叩きつけられる。 舞い上がる土煙。そして、ボウルの中からは男たちの断末魔……もとい、くぐもった悲鳴だけが微かに漏れ聞こえてくる。
その伏せたボウルの上に、目をぱちくりさせたアリシアがちょこんと座っていた。
「……うまくハマったな」
特製のボウルの檻の手前に、自身の《
「ありがとうございますヴァルドさん! タイミング、バッチリでした!」
作戦の成功にご満悦のアリシアは、嬉しそうにボウルのカーブを滑り台のように扱い降りてきた。パンパンと服の埃を払う。
――ヴァルドがアリシアに与えた《
旅の道中で検証した結果、巨大化の対象には直接触れる必要性があったり、使用回数は一日一回、大きさ維持は永続的ではなく時間経過で元のサイズに戻ってしまうなど、存外制限が多い力だが、今回のように使いようによっては伸び代は広い《
『救国の勇者』が扱う《
と、まだ心の底では割り切れていないヴァルドが、複雑な心境で傍らの巨大ボウルを見やる一方、礼拝堂の入り口からこちらの様子を伺う小さな影があった。
「あ、リツくん! 入ってきて大丈夫だよ! 妹さんを助けてあげて!」
アリシアの言葉にリツは恐る恐る礼拝堂に入ると、一目散に講壇へ向かって飛び出した。
「……ニーナ!」
「ん……」
リツは妹を抱き起こすと、懐から携帯ナイフを取り出して慌てて彼女の縄を切った。妹――ニーナは何事かと眠気瞼を擦りながらゆっくり目を開けると、見知った兄の顔を見て安堵の表情を浮かべた。
「にーにーおかえりぃ。お仕事はもう終わったの?」
「……仕事は、もういいんだよ」
怖い思いをさせてごめんな、と、リツはそのまま涙目でニーナを抱きしめた。
その背後でもらい泣きをしているアリシアがほっと胸を撫でおろす。
「よかったぁ。あとはあの中の人たちを街の自警団に引き渡してしまえば、万事解決ですね!」
「あほう。勝手に終わらせるんじゃない。」
手元の杖でヴァルドはアリシアの背中を小突く。
「え? え?」
「忘れたのか? 俺たちの相手はあんな雑魚じゃない。俺たちが相手すべきなのは――」
「騒がしいかと思ってきてみれば……誰だお前ら」
言葉を遮るように、礼拝堂の奥から足音と、不機嫌な男のぼやく声が聞こえた。だが、その声に含まれる
その声を聞くや否や、アリシアは慌ててリツとニーナを自分の背後に隠す。
「ようやく親玉のお出ましか」
暗い通路から光に照らされ、男の容姿が露わになる。身なりこそ薄汚れたチンピラのそれだが、異常なのはその顔色だ。生気を感じさせないほど土気色で、落ち窪んだ眼光だけがギラギラと異様な光を放っている。
そして何より――彼の胸元。そこに下がる親指大ほどの『黒い宝石』のペンダントが、見る者の視線を釘付けにした。
そこから澱みなく溢れでるのは――黒い瘴気。
「……なるほどな」
ヴァルドは目を細めて片手で杖を構えた。
「随分と趣味の悪い首飾りだ」