勇者をプロデュース!〜無名の田舎娘が、神さまイチ推しの勇者になるまで〜   作:朴月イチロ

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2-3:歪な魔物

 現れたボスはまず少し先にある巨大な木の半球体に目をやり、そこから目線をゆっくりとリツの方に向ける。大体の状況は理解できたのか、その目には底知れぬ悪意が宿っていた。

 

「……リツぅ、てめえ裏切ったな」

「ひっ」

「リツくんは悪くありません!」

 

 背後で怯えるリツから気を逸らそうと、アリシアは無理やり会話に割って入る。

 

「観念してください、あなたのお仲間はみんなあそこに捕まえました。今はもう、あなた一人です」

「うるせえぞ女……俺一人ダァ?」

 

 ボスは怯むどころか、下品にニタリと笑うと、おもむろに胸元ペンダントに手をやった。

 瞬間、アリシアに向かってペンダントの宝石から一気に瘴気が噴き出す。

 

「一人で十分さ……コイツがあるからなぁ!!」

 

 噴き出した瘴気は最初こそただの黒い霧だったが、一瞬でそれは形、輪郭を持ち――数頭の黒い魔狼に姿を変える。

「――っ!?」

 あまりにも突然のことでアリシアの息が詰まる。魔狼の爪が彼女に届く距離まで迫った刹那――。

 

「――《移動(ムーブ)》!!」

 そこにいたアリシアの姿はリツ共々消失した。その爪は空を切り、目標を失った魔狼たちは顕現した勢いのまま、その場に着地する。

 

 そこから一歩遅れ、数メートル離れた地点に再びアリシア達の姿があった。

 

「へぇ……魔法師がいやがるのか。こいつはいい実験台だ」

 ボスは驚くどころか、愉悦に歪んだ笑みを浮かべて、愛おしそうにペンダントを撫でる。

 

 一方では荒れる呼吸を整えつつ、ヴァルドは苦々しく悪態をつく。

「威勢がいいのは結構だがな……もうちょっと後先考えてモノを言え……」

「スミマセン、アリガトウゴザイマス……」

 あと少し転移が遅かったらと思うと……その先を想像したアリシアの声色は引きつっていた。

 

 目の前には改めてこちらを捕捉した魔狼の群れが、ジリジリと近寄ってくる。

 

「――ひとまず外に出るぞ。ここじゃボウルが邪魔だしな」

「りょーかいです……それにしてもあれ何なんでしょう。煙が魔物になっちゃいましたけど」

「それは魔物が生じる根幹にも関わる話になってくる……な!」

 

「――《衝撃(インパクト)》」

 ヴァルドは真横に杖を向けて“呪文(スペル)”を呟くと、その先の礼拝堂の石壁が外側に向かって何かに押し出されるような形で吹き飛んだ。爆風と共に石壁に外の景色が円形にくり抜かれた形であらわれる。

 

「あーっヴァルドさん!それ壊しちゃって大丈夫なやつですか!?」

「後で元通りにしておくから問題ない」

 出るぞ、一言で開いた大穴から飛び出した。石壁に遮られていた周辺の視界が一気にひらけ、リツはニーナを背負い、その片手をアリシアは強く引っ張り逃走を促す。

 

 その後に続いて大穴からは次々と魔狼が飛び出してくる――それは獰猛な獣による一方的な狩りの光景に見えたが、いつまでも獲物の立場に甘んじているつもりはない。

 

 ある程度、周りに自分たちの行動を阻害するものがないこと確認すると、アリシアとヴァルドは急停止して魔狼を迎え撃つ体制をとる。

 

 それに気づいたリツは不安げにアリシアを見上げる。

 

「ねーちゃん!?なにを……」

「リツくんはそのまま逃げて! できれば街まで戻って――自警団の人たちを連れてきてくれると嬉しいな!」

 

 そう言ってアリシアは胸元で両手を広げると、一瞬でその手元には彼女の得物――赤い柄のピッチフォークが握られた。

 

「“ここは俺たちに任せて先に行け”ってやつだ。道中気をつけろよ」

「――わかった!すぐに連れてくるから」

 

 自分がここに留まっていても、足手まといになるだけ。

 それでも今の自分に役割をもらったこと、何より出会って数時間しかたっていないスリの自分を信用してもらったことが、リツは嬉しかった。

 

 リツはそのまま駆け出しながら声を上げて二人に忠告する。

 

「気をつけろよ! あいつが出す化け物はあんなものじゃない――もっとでっかい“隠し玉”を持ってるからな!」

 

 二人はそれに対し片手を上げて応えると、飛びかかってきた魔狼に対し、アリシアはフォークで腹を一突、ヴァルドは杖の先端から火球を直撃させて魔狼を瞬時に焼き尽くす。

 

「――特訓の成果を見せる時ですね!」

「あまり無茶するなよ」

「わかってます――」

 

 よっと、アリシアは一突きした魔狼をそのまま地面に叩きつける。ギャンッと獣の断末魔があがり、魔狼は再び黒い瘴気となって霧散した。

 

「――なんかちょっと、道中で会ってきた魔物と違いますね? 倒したら黒い霧になっちゃいます!」

「おそらく魔物としては存在が不完全なんだろう――根本的な原因は間違いなくアレだ」

 

 目線の先には、魔狼の群れに守られるように佇むボスと、その胸元にある不穏なペンダント。

 

「あのペンダントの石はただの宝石じゃない、瘴気の携帯用保存ケースってところか。魔の土地の瘴気から魔物が生まれるまでのプロセスを、自前で再現しようとしていたって感じか。どこのバカだ、あんなもの作りやがったのは」

「あのペンダント、壊しちゃいます?」

「それができれば話が早いんだがな!」

 

 二人が確実に一手ごと魔狼の頭数を潰していくが、ボスの狂気に満ちた笑みは一向に崩れる様子がなかった。

「――所詮は雑魚だ。いくらでも増やせるんだよぉ!」

 

 ボスがペンダントを鷲掴みにすると、黒い宝石が再び脈打ち、溢れ出た瘴気が次々と新たな魔狼を形作った。 その数、およそ二十。黒い奔流が、波のように二人へ押し寄せる。

 

「まだ増えるんですか!?キリがないですね……それにあの人、さっきより目つきがおかしくなってるような……」

「完全に瘴気にあてられてるな……とりあえず近づかなきゃ話にならん。フォローする、突っ走れ」

「りょーかいです!」

 

 真正面から迫る魔狼。アリシアはピッチフォークを構え、一歩前へと踏み込んで走り出した。

 ボスの元へ続く道をこじ開けるべく、鋭いフォークの穂先が、次々と魔狼の頭や顎を捉えては、瘴気へと還していく。

 

(……大したやつだ。まさかこの数週間でここまで動けるようになるとはな)

 彼女の無双っぷりを見て、ヴァルドは素直に感心していた。

 村から出て以降、ある程度魔物との実戦経験は積ませてきたが、元々彼女の身体能力の高さも相まって、このレベルの魔物であれば彼女の敵ではないだろう。

 

「《雷光(ライトニング)》」

 アリシアの攻撃から討ちもれた分、死角から飛びかかろうとしていた魔狼達が、紫電の一撃に貫かれて霧散する。ボスの元へあと数メートルまで差し掛かった頃、彼の顔を見たアリシアは少し恐怖した。

 

 恍惚とした表情を浮かべたボスの眼は完全に血走り、もはやアリシアたちを見ていない。

 

「思ってたよりやるじゃねーか!だがよぅ!そんな雑魚の狼だけだと思ったら大間違いだぜ!」

 

 再びボスが胸元に手をかけるのを見るや否や、ヴァルドは声を荒げて警告する。

 

「もうよせ!! それ以上瘴気にあてられたら、お前の精神(なかみ)が……」

「ごちゃごちゃうるせぇ!! とっておきのヤツをくれてやる! 簡単に喰われてくれるなよ?悲鳴を聞かせやがれぇぇッ!!」

 

 ブワッ――。

 

 魔狼を顕現した時とは比較にならないほどの量の黒い瘴気が石から噴き出す。

 それは風に霧散することなく天をのぼり、やがて“ソレ”は細長い形態をとって固定化され、アリシアの頭上から巨大な影を落とした。

 

「あれがリツくんが言っていた“隠し玉”……?」

 アリシアが緊張で息を呑む。

 

「……これまためんどくさいモンを出してくれたもんだ」

 ヴァルドは杖を構えたまま、心底気だるそうに呟く。

 

 蛇がごとく長い体躯と全身を覆う鱗、その体の節々から生える虹色に光る翼、尾の先には扇子のような尾羽が揺れている。

 過去にプロデュースした箱庭世界で、ヴァルドはソレに近い生き物を見た記憶があった。

 

 ――ケツァルコアトルだ。

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