武力だけは自信があります   作:GSP

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2試合目

 

 

放課後の帰り道。

 

俺と獅童は、消耗品や食料品の買い出しを終えた足で、ケヤキモール内の広い遊歩道を歩いていた。

 

他愛のない会話をしながらモールの中央広場を通りかかったとき、前方のベンチ付近に一人の女子生徒の姿があった。

 

「おっ、美少女発見」

 

獅童は立ち止まることもなく、まるで見知った幼馴染にでも遭遇したかのような軽い足取りで近づいていく。

 

「やっほー、一之瀬」

 

獅童が少しも悪びれずに手を振りながら声をかける。

 

振り返ったのは、夕日に透ける艶やかな亜麻色の髪に、誰もが目を奪われるプロポーションを持った女子生徒だった。

 

昼の食堂などで常に多くの男女の輪の中心にいる姿を見かける、『超』がつくほどの人気者だ。俺のような日陰者にとっては、本来なら一生関わることのない別世界の住人である。

 

そんな彼女が珍しく一人でベンチに座っているところへ、獅童は気負う様子もなく自然に歩み寄った。

 

 

「はい? って……あ、獅童くん。やっほ~って、もう、またからかって……。いつも大げさなんだから」

 

「事実なんだから仕方ないだろ。……っと」

 

 

そうゆるく笑いながら、獅童はごく自然な動作でベンチに腰を下ろし、一之瀬の隣に陣取った。

さらに「お前も座れよ」とばかりに俺の袖を軽く引き、自分の隣へと座らせる。

結果として、左から一之瀬、獅童、俺、という並びでベンチを占拠する形になった。

 

彼女は「あはは、またそんな適当なこと言って〜」と少し呆れたように笑いながらも、その顔は全く嫌がっておらず、むしろ満更でもなさそうだ。

 

どうやら俺の知らない間に、獅童はすでに、あんな華やかな人気者と自然に笑い合えるまでの関係値を築き上げていたらしい。

 

「あと、俺の友達の清隆。頼りになるいい奴だから、仲良くしてやってくれ」

 

獅童が俺の肩をポンと叩きながら、気負いのないフラットな流れで俺を彼女に紹介した。

 

 

(――ッ! 獅童……お前って奴は!)

 

 

俺は内心で、目の前の親友に向かって深く合掌した。

 

こんな俺を、誰もが憧れるトップクラスの美少女との会話の輪に、一切の不自然さゼロで引き入れてくれるとは。

 

しかも『頼りになるいい奴』という、これ以上ない好印象なオプション付きだ。

持つべきものは、気の利く陽キャの友達である。

 

「あー、……綾小路だ。よろしく」

 

一之瀬は獅童の紹介と俺の挨拶を聞くと、少し意味ありげに「なるほど」と何度か小さく頷いた。

 

「ふふっ。初めまして綾小路くん。Bクラスの一之瀬帆波です。二人とも、これから寮に帰るところ?」

 

(Bクラスの一之瀬帆波か。池や山内たちの噂話で聞いたことがある。入学直後から早くもBクラスをまとめ上げている、実質的なリーダー格の女子だそうだ。こいつ、いつの間に他クラスのそんな中心人物と接点を持っていたんだ……)

 

初めて至近距離で見る眩しすぎる笑顔に無難に頷き返しながら、俺は獅童の異常なコミュ力に密かに舌を巻いていた。

 

ふと、隣に座る獅童がごく自然な動作で俺の肩に腕を回し、体重を預けてきた。

俺が鬱陶しそうにそれを押し返すと、獅童はケラケラと笑う。

そんな遠慮のない俺たちのやり取りを見て、一之瀬が目を丸くした。

 

「それにしても、二人は本当に仲が良いんだね。同じ中学校だったの?」

 

「いや、ここで初めて会った。俺が勝手に絡んでるだけだけどな。清隆は聞き上手だから、つい色々話が弾んでさ」

 

「……だいたい、獅童が一人で話して一人で笑ってるだけだぞ」

 

「ほら、文句言いながらも冷静に付き合ってくれる、いい奴だろ?」

 

 

一之瀬は俺たちのやり取りを見て、微笑ましいものを見るようにクスリと笑った。

 

 

「ふふっ、本当にいいコンビ。確かに綾小路くん、獅童くんのペースに巻き込まれてもすごく落ち着いてて、大人っぽいもんね」

「だろ? 清隆はよく周り見ててさ。俺が適当やってると、さりげなくフォローしてくれるんだよ」

「……お前が適当すぎるせいで、俺がフォローせざるを得ないだけだ」

「あははっ。でも、獅童くんに振り回されてばかりじゃない? 綾小路くん、大丈夫?」

 

 

一之瀬が面白そうに目を細め、気遣うように俺へ視線を向けてくる。

 

 

「……まぁ、否定はしない」

「おい」

「でも、退屈しないから別にいい」

「これってツンデレってやつ?」

「さぁ? ふふっ、本当にいいコンビだね」

 

一之瀬はさらに表情を和らげて、今度は声を出して楽しそうに笑った。

隣に座る獅童も「まあな」と笑いながら、機嫌良さそうに俺の肩を軽く小突いてくる。俺も小さくため息をつきながら、この遠慮のない扱いを決して嫌がっていない自分に気づいていた。

 

 

(――ああ、なるほど。これが『普通の高校生』の放課後というやつか)

 

 

ふんわりと漂うシャンプーの甘い香りと、西日に照らされたベンチ。そして、他愛のない冗談で笑い合う同級生たち。

 

俺は内心で、静かな感動を噛み締めていた。

 

入学以来、どうにかして普通の学生生活を送ろうと模索していた俺だが、今、間違いなくその『理想の形(青春)』のど真ん中に座っている。

 

他クラスの美少女と、気の置けない親友。

俺のような日陰者が、こんなにも自然に会話の輪に加わり、息をするように『普通のやり取り』ができているのだ。

 

俺を置いてきぼりにせず、常に話題の中心に引っ張り上げてくれる獅童のさりげない気遣い。そして、誰に対しても分け隔てなく接し、俺の不器用な言葉も優しく拾い上げてくれる一之瀬の包容力。

 

この二人がいてくれるからこそ成立している、奇跡のような空間だった。

 

(獅童、お前にはマジで頭が上がらないな……。学園生活のスタートダッシュで、俺はとんでもないアタリを引いたのかもしれない)

 

俺が密かに親友への深い感謝と、少しずつ彼らと仲良くなれているという事実に胸を熱くしていると、獅童がふと思い出したように口を開いた。

 

「そういやさ、俺たちまだケヤキモールのことよくわかってなくてさ。一之瀬、どっかおすすめの場所とかある?」

 

「おすすめの場所? うーん、それなら新しくできたカフェかな。新作のドリンクがすごく美味しいんだよ」

 

 

一之瀬は身を乗り出して、楽しそうに教えてくれる。

 

 

「カフェか。へえ、美味そうだな。でも俺、そういう洒落た店ってあんまり慣れてないな……」

 

 

獅童は少し困ったように首を掻いた後、何かいいことを思いついたとばかりにポンと手を打った。

 

 

「そうだ、よかったら今度、一之瀬も一緒に行って案内してくれないか? もちろん、清隆も一緒にな」

 

「……俺もか?」

 

「当たり前だろ」

 

息をするように自然な流れで俺を巻き込む獅童。

一之瀬は唐突な誘いに少しだけ目を丸くした後、嬉しそうに微笑んだ。

 

 

「ふふっ。うん、私でよければ喜んで! ……あ、でも、クラスの友達も一緒に誘っていいかな? みんなもあのお店、気になってたみたいだから」

 

「もちろん。むしろ一之瀬みたいな人気者を男二人で連れ回したら、Bクラスの奴らに俺らが恨まれそうだしな。何人でも連れてきて」

 

「に、人気者なんて大げさだよ。ただクラスのみんなと仲良くしてるだけだから……。でも、ありがとう! みんなも絶対に喜ぶと思うな」

 

 

一之瀬は両手を顔の前でパタパタと振って謙遜しながらも、心底嬉しそうに目を細めた。

 

他クラスとの壁を作らない一之瀬の提案と、それを当然のように受け入れる獅童。

俺たちDクラスの人間からの誘いを、警戒するでも見下すでもなく、ただ純粋な好意として受け取ってくれる彼女の屈託のない笑顔を見て、獅童が深く感心したように息を吐いた。

 

「はー……マジ天使。他クラスで、俺たちDクラスの生徒相手にもこんなに分け隔てなく仲良くしてくれるなんて、ホントいい子すぎるだろ」

 

「あはは、て、天使って……! もう、獅童くんはすぐそういう大げさなこと言うんだから。クラスなんて遊びに行くのには関係ないでしょ?」

 

「そういうところがだよな。……なぁ、清隆もそう思うだろ?」

 

「……あ、ああ。間違いなく天使だな」

 

突然話を振られた俺が真顔で即答すると、獅童が堪えきれずに「ぶっ! お前、それ真顔で言うなよ!」と吹き出した。

それに釣られて、一之瀬も顔をほんのり赤くして「あははっ! もう、綾小路くんまで!」とおかしそうに声を上げて笑う。

 

 

(……やらかしたかと思ったが、どうやらスベってはいないらしい)

 

 

陰キャ特有の間の悪さを発揮してしまったかと内心で焦ったものの、腹を抱えて笑う親友と、涙目になるほどウケている美少女を前に、俺は確かな手応えを感じていた。

冗談を言い合い、共に笑い転げる。これこそがまさに、俺の思い描いていた『青春』の1ページに他ならない。

 

ほんの少しの間、ベンチに並んだまま三人で他愛のない雑談を交わす。

一之瀬の誰に対してもフラットで優しい性格と、獅童の力みのない立ち回りと完璧なアシストのおかげで、初対面の俺でさえも一切の居心地の悪さを感じることなく、その場はどこにでもある平和な放課後の風景になっていた。

 

「じゃあ、俺たちはそろそろ戻るわ。またな、一之瀬」

「うん、じゃあね獅童くん。綾小路くんも、またね」

 

俺たちは立ち上がり、背を向けて歩き出そうとする。

だがその直後、獅童がふと足を止めて振り返った。

 

「あ、そうだ一之瀬」

 

獅童は片手を耳の横に当て、親指と小指を立てた『電話』のジェスチャーを作りながら尋ねた。

 

「今夜、電話していい?」

 

唐突な誘いに、一之瀬は少しだけ目を丸くする。

 

「いいけど……何か相談事?」

 

そう聞き返された獅童は、数秒ほど深刻そうな顔を作り、何か裏の事情があるような思わせぶりな沈黙を落とした。

そして、ふっと口角を上げて笑う。

 

「いや。ただ話したいだけ」

 

「……はいはい」

 

「いい? だめ?」

 

一之瀬は少し照れたように笑いながらも、隣にいる俺をちらりと見た。

 

「もう、綾小路くんの前でそういうからかい方やめてよ。恥ずかしいでしょ」

 

「ごめんって」

 

「よろしい。……後で連絡するね」

 

 

呆れたように笑う彼女に見送られながら、今度こそ俺たちはその場を離れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一之瀬の姿が見えなくなり、しばらく無言で歩いた後。俺は隣を歩く獅童に視線を向けた。

 

「……お前、すごいな」

 

「ん? 何がだ?」

 

「さっきの電話の件だ。一之瀬みたいな人気な女子を、『話したい』なんて理由だけで誘うなんて……普通は二の足を踏むような勇気がいることだろう?」

 

今の俺には真似出来ないことかもしれない。

だが、獅童はあっけらかんと言ってのけた。

 

「可愛い子と、話せるチャンスがあるなら話したくないか? 話したいって悩んでる時間があるならとりあえず俺は誘ったほうがいいなって思うんだよな、無理ならそれでいいし。時は金なりって言うだろ?」

 

打算も何もない、ただの素直すぎる欲求。

そのあまりにストレートで正論すぎる返しに、俺は思わず感心してしまった。

 

「……なるほど。一理あるな」

 

「だろ?」

 

屈託なく笑う獅童の横顔を見ながら、俺は再び小さく息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜。自室のベッドに寝転がりながら、獅童大和はスマホを耳に当てていた。

 

「――でさ、中学の頃にジムの仲間の家で数人でダラダラしてた時の話なんだけど。すっごい良い奴だけど、すっごい馬鹿な奴がいてさ」

『うんうん』

「なんとなく腹減ったから、棚にあったパスタ茹でようってなったんだけど、ソースがない。だからじゃんけんで負けた奴が、近所の『サン・キホーテ』ってでかいディスカウントストアにミートソースを買いに行くことになったんだよ」

『あはは、男子のノリだね。それで?』

「で、その馬鹿な奴が負けて買い出しに行ったんだけどさ。帰ってきたら、なぜかすっごい嬉しそうな顔してんのよ。もうすでに意味が分からなくて、何がそんなに楽しいんだって思ってたら、『買ってきたぞ!』って、テーブルに自信満々にデカいトマトを一個、ドン!って置くわけ」

『……っふ、えっ? と、トマト?』

 

スピーカーの向こうから、ぷっ、と吹き出すような小さな音が漏れた。

 

「そう。いや何これ? ってなるじゃん。でも俺たちがツッコむ前に、そいつがすっごく心底悔しそうな顔してさ。『いやでもぉ、ひき肉がなかったんだよね。ひき肉さえあればなぁ……』って言い出して」

 

『……っっ! ぁ、はははっ!』

 

「いや、もうどこからツッコむかって話でさ。ちゃんと説明しろって問い詰めたら、『店にミートソースは取り扱ってなかった』って言い張るんだよ。嘘つけよ、あんな何でも売ってる店でミートソース扱わないわけないだろ。百歩譲って売り切れならわかるけど、扱ってないってなんだよって」

 

『ひゃははははっ! む、無理っ、お腹痛い……っ! ト、トマト一個で、ひき肉さえあればって……んっ、ふふっ、あははははっ!』

 

電話越しに、バタバタとベッドの上で身悶えしているような気配が伝わってくる。

一之瀬は想像以上にこのエピソードがツボに入ったようで、寮の深夜だからと声を押し殺そうと必死に堪えているものの、完全に腹筋崩壊を起こしていた。

 

「 あいつ、『ひき肉さえあればなぁ』ってずっと言ってたから、たぶん何も分かってなかったわ」

 

『あはははっ! 苦しい、もうやめて獅童くんっ……ふふっ、あーっ、涙出てきた……』

 

ひとしきり笑い転げた後、一之瀬が「ふぅーっ」と深呼吸をして、ようやく少しだけ落ち着きを取り戻した。

 

 

『ふふっ……あー、面白かった。……ねえ、獅童くん』

 

「ん? どした」

 

 

一之瀬が少しだけトーンを落として、ふと不思議そうな声を出した。

 

 

『この前も通話誘ってくれたけど……なんでなの?』

 

「んー? 迷惑だったりするか?」

 

『あ、ううん! 迷惑とかじゃなくて! ただ、なんで私なんだろうって……』

 

 

少し言葉をためらいながら、こちらの様子を探るような気配が声に滲んでいる。

そんな彼女の戸惑いに、獅童は誤魔化すこともなくあっけらかんと答えた。

 

「なんでって、気になるから」

 

『き、気になるって……』

 

「帰り道で清隆にも似たような雰囲気のこと言われた気がするな。気になるからこうして話して、一之瀬のこと知りたいって思うんだけど、そういうの、一之瀬からしたら困ったりするか?」

 

電話口でパニックになっているのが目に浮かぶような、見事な狼狽えぶりだった。

 

『こ、困るわけじゃないけど……』

「一之瀬、動揺しすぎ」

『もうっ……! またそうやってからかって楽しんでる!』

 

耳まで赤くしていそうな一之瀬の拗ねた声に、獅童は声を上げて笑う。

純粋な反応を返してくれる女の子とのやり取りは、獅童にとってひどく心地の良いものだった。

 

『あ……もうこんな時間。ごめんね、そろそろ私、お風呂に入らなきゃ』

「あ、了解。じゃあ、今日はこの辺にしとくか。また明日学校でな」

『うん。ありがとうね、……おやすみなさい』

「おやすみ」

 

通話を切り、獅童はスマホをベッドに放り投げる。

 

一之瀬との他愛のない時間。それはとても楽しく、いまの彼を満たしてくれるものだ。

 

「……ふむ」

 

獅童はゆっくりと上体を起こし、首を左右にコキリと鳴らした。

 

甘いものを食べた後には、しょっぱいものが食べたくなる。

それと同じように、平和で温かい時間を過ごした後は――ひどく、ヒリヒリとするようなスリルが恋しくなる。

 

身体の奥底で燻る、生粋の闘争心。

獅童はそれを宥めるように、ベッドの上に座ったまま軽く肩を回した。

 

「……このくすぶったもん、早く消化できるといいんだけどな」

 

窓の外の静寂を見つめながら、獅童は一人、誰に言うでもなく静かに息を吐き出した。

 

 

 




武力しかないからすぐ退学しそうだなって

皆さんの「格闘技への関心・知識」はどれくらいですか?

  • 国内外の試合を日常的に見ている
  • 国内の有名団体を見ている
  • 漫画やニュースでなんとなく知っている程度
  • 普段は全く見ないし、知識もほぼない
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