プリキュア歴三年、過去に飛ばされました。 作:村正 ブレード
あんなとみくるの関係が元通り……どころか、より
距離を縮めるきっかけとなったあの一件から、早二週間が経とうとしていた。
その間、俺達は何事もなく平和な日々を過ごしていた……という訳では勿論無かった。
あんなとみくるが学校でゴウエモンの【からくり迷路】に囚われたり……。
『……しっかし、初日からファントムに襲われるなんて災難だったな』
『でも、楽しかったよ! 友達もいっぱい出来たし! ……あっ、そういえば、ハンニンダーと戦ってる時ずっと誰かに見られてる感覚があったんだよね』
『……へぇ。どんな視線だったか分かるか?』
『うーん……よく分からなかったけど、嫌な感じはしなかったよ』
ジェットの発明品を皆に知って欲しい、というあんなの提案から事務所の二階をコスメショップにリフォームしたり……。
『プリティホリックねぇ…えプリティホリック!?』
『うん! コスメショップといえばプリホリでしょ?』
『使って良いのかその名前…? 2027年も普通に続いてる店の名前なんだけど…』
『……うぅ…駄目ですか、先生…?』
『……まぁ、ウチが創業した事にすれば良いか…まだ出来てないだろ、多分…』
番組の収録の為にまことみらい学園に来た有名俳優の家入しるくとの交流、そして彼女と協力してアゲセーヌ(復活が早い!)から演劇部のドレスを取り返したり……。
『ロンドン以来ね、所長さん! また会えて嬉しいわ!』
『俺の方こそ、しるくさんに会えて嬉しいですよ』
『……もう! 貴方の方が年上なんだから敬語はナシ、って前にも言ったでしょ?』
『いや、そうは言っても……』
『良いじゃない! ほら、一回呼んでみて! し・る・く!』
『……ねぇみくる。しるくさんって前に事務所に来た事あったの?』
『ふっふっふ……よくぞ聞いてくれました! 実はわたし達、しるくさんのボディガードをした事があるの!』
『そうだったの!? はなまる凄い! ……でも、包さんに貰うまでサイン持ってなかったんだ』
『ぅ……だ、だってあの時は貰うタイミングが無かったんだもの! ……それに、今回はちゃんとあんなと一緒に書いてもらえたから良いの!』
……何で全部後語りなんだって? しょうがないだろ、俺は全ての件に関わってないんだから。学校で起こった二件は言わずもがな、プリホリの件の時俺は外に出てたから終わってから知ったんだ。
そして、今現在はというと……。
「い、いらっしゃいませ〜……」
「ジェット先輩、もう一回!」
「あ、ありがとうございました〜……」
「違うちがーう!」
「ポチポチ!」
「もっと可愛く!」
「自然な笑顔を作るのだ、ジェット殿! こう、ニマ〜っと!」
「ポチィ〜!」
事務所の応接室にて、あんなとみくる、ポチタンにネオンまで加えた四人がジェットに対し、何やらそれぞれアドバイスを送っている。特にポチタンとネオンは、自分の口を手で引き延ばして実演までしていた。
……あ、そろそろジェットがキレそう。
「いい加減にしろ! 何で僕がこんな事〜!」
我慢の限界を迎えたジェットが大声を出して抗議する。それにより四人の耳を塞がせる事に成功したは良いものの、直ぐに困った顔になった三人から特訓の理由が明かされる事となる。
「だって……」
「プリホリでの接客を見てると……」
「あまりにも酷い出来である。子供を怖がらせるなど、接客としては最悪の部類であるぞ」
「うんうん!」
「もっと愛想良く! 先生を見習って!」
……話に混ざらないで、俺は何をしているのかって? それは……。
「か、会計お願いします」
「畏まりました。合計で―――円になります。……ありがとうございました。またお越し下さい」
「は、はい! また来ます……!」
今そのプリティホリックで接客中だよ!
しかもワンオペ!
「すみませーん! ちょっと聞きたいんですけどー!」
「はい、ただいま!」
「この香水を試したいんですけど、出来ますか?」
「あぁ、サンプルが御座いますのでそちらをお使い下さい」
「いらっしゃいませ!」
「おぉ……噂通りおしゃれなお店…!」
「店員さんもイケメン…!」
「……どうも」
「これください!」
「はい、ありがとうございます。おまけのお菓子をどうぞ」
「あ、ありがとうございます。ほら、お礼言いなさい」
「ありがとう、お兄ちゃん!」
執事やらマネージャーやら、色々な仕事を叩き込まれたお陰で回せては居るけど……休日だからって朝から開店するんじゃ無かった! せめてあんなかみくるのどっちか来て手伝ってくれ〜!
内心でそう叫んだ所で、下の彼女達に届く訳もなく。次はどうやら少々強引な手段に出ていた。
「ほら、笑顔笑顔! こちょこちょ〜。これで自然な笑顔に~!」
「うわぁ!? や、やめろ! あははは! ははは! あははは…っ」
ポンッ!
「「「あっ」」」
なんとかジェットから自然な笑顔を引き出そうとあんなが脇を擽っていると、笑い過ぎて耐えられなくなったジェットは妖精の姿に戻り気絶してしまった。
気の抜けた顔でその様子を見つめていた二人だったが、応接室の扉が開かれた音で正気に戻った。扉の向こうから顔を覗かせる女性の姿が見える。
「あの……」
「「はっ!?」」
「ポチ〜…!」
「は、早くジェット殿を隠すのである…!」
「あは……」
間の悪いタイミングでの来客の到来に驚くあんなとみくる。その影に隠れ、ポチタンとネオンがジェットを物陰へと運び緑光を浴びせる。妖精の存在に気付かれない様にするためか、二人は大仰に腕を振りながら女性に近付き、歓迎の一言を告げた。
「「ようこそ! キュアット探偵事務所へ!」」
おっと、俺も視てないでそろそろ下に行かないと。
依頼人が来た事もあり、早めに店を閉めて一階に降りる。勿論、お客さんは全員満足させた上で返したとも。
俺が応接室の扉を開けた時、全員サンルームに集まっていた。ジェットも既にネオンの手で意識を取り戻しており、何事も無かったかの様にあんなとみくるの隣に座っているのが見える。
「あっ、来た!」
「包、遅いぞ」
「悪い悪い、プリホリの方のお客さんを相手するのに時間がかかったんだ。…そちらの方が依頼人の?」
三人の対面に座っていた女性に視線を向けると、彼女はお辞儀の後に自己紹介した。
「
「所長代理の夜灯包です。…それで、早速依頼の内容についてお聞きしてもよろしいですか?」
「……この絵の謎を解いて欲しいんです」
そう言うと、萌絵は一枚の写真を俺達に見せた。金髪の女性が縦長に写った写真……と言うよりも、これは絵と言うのが正しいか。
「母が生前描いた自画像です。最近海外で見つかった物が家に届いて…」
「……この絵の特徴、どっかで…」
「はっ… クリスティーナ・ピポポヴィッチ文江だ!」
絵を見て頭を捻っていた所、ジェットが出した名前を聞いて、手をポンと叩き納得する。
「…あぁ、通りで見た事あると思った!」
「クリスティーナ…?」
「ピポポヴィッチ文江! 三十年位前に海外で人気だった画家だ! でも、彼女風景画しか描かなかった様な……?」
「正確には1930年代から90年代に活動していた風景画家だな繊細なタッチと多彩な表現技法特に大胆な色使いと巧みな陰影の付け方から一目見ただけで自然を感じられたとすら称される程の巨匠だとも言われているが実際の所注目を浴びたのはジェットの言う通り1960代後半からでそれまでは鳴かず飛ばずだったらしいが流行と共に過去の作品が再評価されてさっき言った評価に落ち着いたみたいだとはいえ未発表作品も多く彼女の没後暫くしてから寄贈された絵の中には―――」
無意識の内に、脳内にこびりついたままの蘊蓄を垂れ流していると、周りの全員が俺を見て呆気に取られているのに気が付いた。思わずハッとなって口を塞ぎ、次いで気恥ずかしさから頭を抱える。
(あー、やっちまった……)
「く、詳しいんだね包さん……」
「もしかして母のファンとか…?」
「……俺じゃなくて、友人が文江さんの熱心なファンでして。何度も聞かされている内に覚えたと言いますか覚えさせられたと言いますか…」
「は、はぁ…」
完全に言い訳だと思われてるな……本当の話なんだが…ここで話しても信じて貰えないだろうなぁ…。
……あれはそう、2025年の秋頃。未来にいるプリキュアの一人、文枝さんと同じ画家の少女から救援要請が来たのがきっかけだった。急いで現場に向かったものの
アトリエは画材や道具で散らかり、辛うじて二人が座れる程度のスペースがあるのみ。客を招くには余りにも向いていない場所だった。
俺は黄色い光の縄でふん縛られたまま、最奥のスペースに投げ捨てられた。
『おい! 何のつもりだ!』
『…………』
その娘は俺の抗議を無視しながら、釣られて視線を向けると、その行き先にあったのは布が被せられた“何か”だった。
『……これを見て』
彼女は勢い良く、だけど丁寧に布を取り払う。
そこにあったのは一枚の絵だった。
それはかつて、彼女が最高傑作だと語っていたものだった。
『良い? 今から貴方にはこの絵に並ぶ絵を一枚、描き上げて貰う。勿論一人でやれなんて言わない。私が付きっきり…マンツーマンで指導するから、安心して』
『はぁ……悪いが断る。俺にそんな時間は『黙って。貴方に拒否権は無い。言っておくけど私を納得させるまで此処から出られないから』…は?』
……その後どうなったかって?
監禁されたんだよ。
俺はアトリエに閉じ込められ、彼女の目の前でひたすら……手が痛くなる位に繰り返し絵を描かされた。またある時は芸術鑑賞と称し、美術品や絵画の講釈を延々と聞かされる羽目になった…そこで文江の事も聞かされたのだ。
脱出を諦めて絵の完成に取り組んだ結果、外に出られるまで一ヶ月も掛かってしまった。まあ、お陰で画力が大分付いたし探偵業にも大いに役立ってるけれど、もう二度とやりたく無い。
……回想終わり。思い出に耽るのはこれ位にして、萌絵の話に集中しよう。
「…お二人の言う通り、母が人を描いたのはその一枚だけ。どうして自画像なんて描いたのか……」
「その謎を解けば良いんですね!」
「因みに、絵のタイトルは?」
みくるの問い掛けに対し、萌絵は少し目を伏せながら答えた。
「……“最高の幸せ”といいます」
「最高の幸せ、か……」
「ふむ……」
…………ああ、はいはい。そういう事ね、なんとなく分かった。萌絵の反応を見るに余り家族仲は良く無かったのだろうし、文江の想いは上手く伝わらなかったのだろう。芸術家の愛情表現の結果なんてそんなもんだ。
「「…良し!」」
内心でそう納得していた所に、あんなとみくるが顔を見合わせるのが見えた。二人はこの依頼を引き受ける事に決めた様だ。
まだ謎は解けてない様だったけど。謎が分かったと言って今推理を話しても、彼女は納得してくれるとは思えない。ここは二人に付き合ってあげた方が良いだろう。
「名探偵に任せて下さい! 良いですよね、先生!」
「勿論だ、断る理由も無い」
「じゃあ、早速調査に
「おおー!」「ポチー!」
あんなが依頼を引き受けた勢いのままとった音頭に、みくるとポチタンが乗っかる。
「ん?」
……突然聞こえてきた不審な声に萌絵が首を傾げ、同時にポチタンが冷や汗を流しているのが見えた。
「……ポチ?」
「あ、そうだ萌絵さん。この写真、撮っても宜しいですか?」
「…え? ええ、構いませんよ」
「ありがとうございます、それじゃあ…」
ポチタンのフォローついでに萌絵から絵の写真を撮る許可を貰い、懐からCCフォンを取り出す。そのままカメラアプリを起動し写真にピントを合わせていると、思惑通り萌絵がスマホに反応した。
「それ…カメラなんですか? 随分薄いですけど…」
「ええ。かなりマイナーなモデルなので、余り世の中には出回って無いですけど」
「スマホって言うの! お母さんも同じ物持ってるよ!」
「へぇ……」
あんなのアシストも光ったお陰で、萌絵の意識は完全にポチタンから逸れた様だ。これぞミスディレクション。
「じゃあ今度こそ、出発!」
気を取り直して再び音頭をとったあんなに続いて、俺達は情報収集の為に事務所を出た。
俺達は絵の謎を解き明かす為、古本屋“版来堂書店”に向かった。此処ならば文枝についての本があるだろう、という事で早速店長に聞いてみると、彼は文江の名前に喜色満面に反応した。
「く、クリスティーナ・ピポポヴィッチ文江じゃと!? 勿論、彼女の本は全て揃っておる! よもやよもや、お嬢さんの口からその名前を聞けるとは……! 彼女はわしの青春そのものじゃ!」
店長はそう言うと、老人とは思えぬ手際の良さで店内を回り軽く十数冊はある本を俺達の前に置く。どうやらかなりの当たりを引いた様だった。
「よーし! 画集を見れば、絵の描き方とか色使いで、自画像の謎を解くヒントがきっと見つかる筈!」
「……でも、ファッションにグルメ、旅行雑誌ばっかりで、肝心の画集が無いね」
「テレビにも良く出ておって、人気者じゃったからのう…」
俺も何冊手に取って読んでみたが、あんなの言う通り風景画は縮小されたものがほんの数ページ載っているだけで、それ以外はインタビューの内容が殆どだった。
パラパラと雑誌を読んでいると、みくるが俺に尋ねてきた。
「そうだ、先生は文枝さんの絵に詳しかったですよね? 何か手掛かりになりそうな事、知りませんか?」
「ん…ああ、そうだな……これは聞いた話だけれど、文江さんがメディア露出が多かった理由には、風景画をより多くの人に興味を持って貰う側面もあったらしい。実際、インタビューの中には幾つかそういった記述があった」
「おっ、探偵さん若いのによく知っておるな。何を隠そう、わしも彼女の影響を受けて風景画を始めた口なんじゃ」
「「へぇ〜…」」
「……そう、だったんですか? 母はそんな事一言も…」
俺と店長のやり取りを聞いて、萌絵が呆けた声を漏らす。
「まあ、親のインタビューなんて早々見る物じゃ無いですし、しょうがないですよ」
それはそれとしてファッションやグルメ好きな面や目立ちたがり屋な面もあったろうけど、と心の中で付け足す。
『……なぁ、なんでそんな事してたんだ?』
『さあ? 文江先生はもう亡くなってるから
『そうか…』
『…………誰か、絵を教えたい人でもいたんじゃない? それか一緒に描きたい人でも』
あの娘が言っていた事を思い出している間に、萌絵は静かに考え込み始めた。
「…………」
「……うーん。文江さんの人となりが少し分かったのは良いですけど…絵についてはよく分からないままですね」
「…だったら、あそこに行ってみようよ!」
そういう訳で俺達は、あんなとみくるが初依頼で訪れた“アトリエプレンティ”にやって来た。此処は絵画教室もやっていて、絵描きに勤しむ子供達の姿がよく見える。
アトリエに入ると、出迎えてくれた先生が開口一番に二人へお礼の言葉を口にした。
「この前はありがとうございました」
「また何かあればお任せ下さい!」
「それで、これなんですけど……。どうして風景画家の文江さんが自画像を描いたのか分かりますか?」
「うーん、そうですね……」
「あれ、包兄ちゃんにみくる姉ちゃんじゃん。何で此処にいんの?」
先生がみくるから手渡された絵を観察する様子を見ていると、背後から声を掛けられる。振り返った先には少年の姿があった。
「ん? あれ……
「久しぶり。今日は依頼の関係でちょっとな」
彼は仙堂亮。有名サッカー選手を両親に持ち、本人もまたその才能を受け継いでいる天才サッカー少年だ。才能の高さ故かサッカーに対する意欲を失っていた彼に不安を感じた両親の依頼で、俺とみくるが一時期面倒を見ていたのだ。今はサッカーの傍ら絵描きに勤しんでいる。プレンティにいるとは思っていなかったが、元気そうで良かった。
「ふーん…それよりもさ、俺の絵見てくれよ! すっげー上手に描けたんだぜ!」
「はいはい……おっ! 随分上手くなったじゃ無いか」
亮が見せてくれたのは林檎の絵。特筆して語る事の無い、言ってしまえば凡庸な作品だが、一月前まで筆を取った事のない少年が描いたと考えればかなり上達した方だろう。
「へへっ、だろ〜? みくる姉ちゃんより上手くなったと思うぜ!」
「んな…っ!? なぁんですってぇ!」
「ちょっ、みくる…!?」
「わはは! 悔しかったら絵上手くなれよ! じゃな〜」
みくるが顔を真っ赤にしてプンスコと怒り、あんなが苦笑いでそれを宥める。その様子に満足したのか、亮は快活に笑いながら席に戻っていった。
「みくるって、子供相手にムキになる事もあるんだね…」
「はっ!? ち、違うのよあんな! これには深い訳があってぇ……!」
「亮君ったら、お客さんになんて事を…すみません」
「…こちらこそ騒がしくしてすみません。萌絵さんも、お見苦しい所を見せてしまって……」
「いえ、わたしも子供の時は楽しく絵を描いていましたよ。……あの子みたいに絵を見せられたら、母は褒めてくれたのかしら」
その一言と共に、萌絵は過去を追想しているかの様に遠くを見つめた。その内容を推理しようとして…直ぐに止めた。野暮な考えはする物じゃ無い。
「「わぁ〜!」」
そんな時、子供達が俺達の傍を続々と駆け抜けていく。視線を動かすと、その先にある部屋に子供達が鮨詰め状態になっていた。
「ん?」
「何だろ?」
「……げっ」
気になった俺達が部屋に近付いて覗いてみると……子供達の目の前にある机の上で、ポチタンが綺麗なT字ポーズを取っていた。
「「う゛ぇっ!? ポチタン!?」」
「あちゃー…」
「ポチ〜!」
あまりにも堂々とした姿を見てあんなとみくるは思わず驚愕の声を上げ、俺は顔に手を当て天井を見上げた。自分が妖精である事を忘れているのか知らないが、ポチタンは子供達からの注目の視線に悦楽を感じている様だった。
こりゃまずいと判断した俺達は急いでポチタンをとっ捕まえ、先生から情報を得ると足早にアトリエを立ち去った。
アトリエを出た俺達は、次なる手がかりを求めて住宅街を歩いていた。先頭にはあんなとポチタン、その後ろに俺とみくるが並び最後尾に萌絵がいる形だ。
「ポチ〜……」
良い気分に水を刺されたポチタンがあんなの腰で不貞腐れているのを他所に、みくるが手に入れた情報を整理する。
「絵の構図や色使いに関してはおかしな点は無さそう、って言ってたけど……」
「はっきりとした手掛かりは中々見つからないね」
「少なくとも、絵そのものに謎が隠されている訳じゃ無いって事は分かったな」
絵を見た時から何となく想像は付いていた事だったが、その手のプロからお墨付きを得られたのは小さくない収穫だった。
……前を歩く二人には、その情報だけでは不十分であった様だが。こればっかりは先入観や経験の問題だろう。
「「はぁ……」」
「溜息吐かないの。絵に謎が隠されていないって事は、文江さんが絵に込めた思いこそが謎って事だからな」
「……それってつまり」
「振り出しに戻ったって事だよね…」
うーん、と頭を悩ませ始める二人を見ながら、俺はスマホで撮った絵の写真をくるくる回転させる。
……ふむふむ、やっぱり絵の向きは
「―――浮かない顔してどうしたんですか?」
突然、前から聞き馴染みのある声が聞こえてきた。目を向けると、パティシエの格好の少女がレジ袋を持ちながら此方を見つめている。その見覚えのある姿を見たみくるが嬉しそうに名前を呼んだ。
「くれあさん!」
「ちょっとぶりね、みくるちゃん、所長さん。あんなちゃんも」
「えっと…あっ! パティスリーの……」
ほとんど初対面のあんなが微かな記憶を呼び覚まそうとしていると、くれあは笑顔で自己紹介した。
「帆羽くれあです、よろしくね」
くれあの勧めで俺達は休憩がてら“パティスリーチュチュ”に立ち寄る事にした。
テラス席に案内されて暫くの後、ブルーベリータルトにミルフィーユ、チーズケーキにティラミスが運ばれてきた。
「うわぁ…!」
「はなまる可愛い…!」
(包、包。吾輩の分も欲しいのである〜!)
(萌絵さんがいるんだから待ってくれ。後で買ってやるから)
「お菓子を食べて、元気出してね!」
ネオンが袖を引いて頼み込んでくるのを抑えている間に、くれあが笑顔で踵を返し店の中へと戻っていった。
「…はむっ、ん〜〜♡」
「とっても美味ひい〜♡」
スイーツに舌鼓を打っている二人を見て俺も思わず顔が綻ぶ。そんな時、同じ様に笑みを浮かべていた萌絵が店内を眺めながら口を開く。
「……素敵な所ね。今度娘と来てみようかな」
「ケーキだけじゃなくて、ジェラートも絶品なんです。娘さんもきっと喜びますよ」
「へぇ……そうだ、プリホリにも一緒に行ったんですよ。探偵事務所を知ったのも、その時に」
「そうだったんですね!」
成程ね…そういえば、プリホリを開くメリットにそんな感じの事を挙げていたな…………ん?
ふと、向こう側の歩道を歩く大男の姿が目に入った。何やら大きな紙袋を持ってどら焼きを頬張っている。
(何でこんな所にゴウエモンが……? どら焼き食ってるし…プライベートか、それならほっといて良いな。ネオン)
(うむ)
そうはいっても敵は敵、ネオンの千里眼で周辺を探ると此処からそう遠くない位置にある噴水広場で座る少女と妖精の姿を発見した。
インテリアショップの時、アゲセーヌと話してた娘だな…やっぱりファントムの一員か? あのアイス、チュチュのだよな……後でメモしとこ。
「ぱく、ぱく…ポチポッチ!
あんなが萌絵から見えない位置でポチタンにミルクをやっていると、プレートを持ったくれあが店から出て来たのが目に入る。
「わたしが作った新作、良かったら食べて?」
「マカロンだ!」
「可愛い!」
くれあが持って来てくれたのは色とりどりのマカロン。一人につき三個ずつ配られたそれは綺麗に形作られており、彼女の腕が窺える。
「「はむ…ん〜♡」」
「おぉ……ジェットに後で自慢しよっと」
「包! 一つ頂くぞ!」
その出来栄えに感動した俺がCCフォンを構えていると、脇からネオンが顔を出しマカロンを一つ摘んでいった。
「お好きにどうぞ「わああああっ!!?」うおっ!?」
「きゃっ!?」「えっ?」
「どうしたの、あんな!?」
突然大声を出した為、何事かと思いあんなの方を見ると、彼女は萌絵とくれあの視界を覆おうと手をパタパタと動かしていた。全員がその行動に驚きを隠せないでいると、あんなが小声で何かを伝えてくる。
(は、早くネオンさんの事隠して! はやく〜!)
「……あっ」
そういえば、あんなにはネオンの事を教えていなかったな。みくるとアイコンタクトを取り、頷いたのを確認してから口を開く。
「心配いらないよ、あんな」
「……へ? でも……、みくる?」
(大丈夫! ポチタンやジェット先輩とは違って、ネオンさんは普通の人には見えないの)
(ええ…? そ、そうなの?)
みくるがネオンの事を説明している間に、俺は他の二人を相手する。ついでに本人には、あんなの前で実演して貰おう。
「あー、なんか虫を見つけたみたいなんですけど、もう追い払ったので大丈夫です」
「む、虫? はぁ……」
「……あんなちゃんって、意外と虫が苦手なのね」
「〜〜〜♪」
困惑、或いは苦笑する二人の目の前を、ネオンが優雅に飛び回る。しかし、目と鼻の先まで近付いても気にも留めない……否、そもそも気付いていない。
(……ね?)
(ほ、本当だ……)
一先ず、誤魔化すのはこれくらいで充分だろうと考え、萌絵の手元を見て浮かんだ疑問を口にした。
「……マカロン、召し上がらないんですか? もしかしてあまり好きではない…とか?」
萌絵に配られた皿の上にあるマカロンは、一つも手をつけられていなかった。俺の質問に対し、彼女はくれあの顔をチラリと一瞥してから答えた。
「……そう、ですね。海外に居た頃、母がよく買ってきてくれたんですけれど……正直、余り美味しいとは思えなくて。何だか形も歪でしたし…」
「…………」
「萌絵さん……?」
歪ね……。その様なマカロンを、商品として出す店が本当にあるのだろうか。
萌絵の傍らに佇むくれあが大人びた美貌に憂いを滲ませているのを見て、その考えがいっそう強まった。
「…あの! 文江さんの事について教えてくれませんか?」
「え?」
「お母さんが実際にどんな人だったのか、萌絵さんがどう思っていたのかなって」
あんなが真剣な目でそう口にすると、萌絵は写真を手に取りながらポツポツと語り出した。
「……母は、美とお洒落を愛した人でした。ファッションや食べ物、住む場所…何もかも全てに拘る人でした」
「…芸術家らしいですね」
「わたしも、そういった物に触れてその良さを知る事も出来ました。……でも、わたしは…そんな物より……」
母親である文江と、家族としての時間をもっと過ごしたかった。勝手な推測でしかないが、当たらずとも遠からずといった感じだろう。
「母は我が道を進み、好きな様に生きた……そう、考えていました」
「…今は、違うと?」
「だって、母が風景画を広める活動をしていたなんて、今まで知りませんでした。……一緒に調べていく内に、母の事が…少し、分からなくなって来たんです」
そう言って、萌絵は俺を見つめた。……何となく、彼女が次に言おうとしている事が分かった気がする。
「探偵さんの方が、わたしなんかよりもずっと母の事を理解している……そんな風に考えてしまって」
「萌絵さん……」
……そう考えさせてしまったのは、完全に俺の所為だろう。最初に出会った時と古本屋の時に、俺は萌絵の目の前で文江についての蘊蓄を語った。
赤の他人が、自分も知らない母の事について当然の様に語っている様子を見れば、娘としては不甲斐なさや不安を感じてしまうのは、当然の事かも知れない。
先程までの行動が完全に迂闊なものであった事を、俺はここに来て漸く理解した。俺が何も口にしなければ、今頃はあんなとみくるの手により謎が解かれ、事件を無事に解決出来ていたかもしれない。
……もし、萌絵が絵の謎を解明する事を諦めてしまったら、彼女が文江の事を理解する機会はこれから先やって来ない……そんな気がする。
ならばこの状況で俺はどうするべきか。そう考えて行動に移そうとした時、くれあが口を開いた。
「……あの。マカロン、少しで良いので召し上がってみて貰えませんか? もし、お口に合わない様でしたらそう言って下さって構いませんので」
「…ええ、少しだけなら」
くれあの懇願に萌絵は僅かに逡巡した後、マカロンをほんの少しだけ齧り……驚愕する様に目を見開いた。
「……美味しい! どうして…?」
「萌絵さんが食べていたマカロン、本当に買った物だったんでしょうか?」
「…そうか! くれあさんのお陰でピンと来た! きっとマカロンはお母さんの手作りだったんだよ! だからお店の物に比べると味や形がいまいちだったのかも」
「……で、でも、母が作っている所なんて一度も見た事無いですし…」
「この絵と同じですよ! 風景画ばかり描いていた文江さんの自画像だって、誰も見た事なんて無かった」
「うん! もしかしたら、隠された本当の姿があるのかも!」
「文江さんが手作りのマカロンを何度もプレゼントしていた事は、貴女しか知りません。それと同じ様に、文江さんがこの絵に込めた想いを理解する為に必要なものは、貴女の記憶の中にきっとある筈です」
そう言って俺はみくるから写真を受け取り、萌絵に見せた。
「……!」
「萌絵さん! 実際の絵を見せてくれませんか?」
「写真だと分からない事が、謎を解く手掛かりが見つかるかも知れません! それに先生の言う通り、文江さんとの思い出だって思い出せるかも!」
続くあんなとみくるの提案を聞いて、萌絵はゆっくりと頷いた。
一時間程経った頃、俺達は萌絵の家に到着した。案内されたリビングの壁には、サイズだけが写真と異なる文江の自画像が掛けられていた。
「……どうぞ」
「ありがとうございます」
萌絵から絵を受け取り、三人で絵をじっくりと観察する。
「ん〜……?」
「写真と違う部分は特に無いね…」
ま、予想通りと言えば予想通りだな。……ただ、サイズが大きくなった事で見え易くなった部分もある。そういった所を二人が気付ける様に助言するのも俺の役目だ。
「だったら、もう一度絵をくまなく調べてみよう。色々な角度から調査すれば、今まで気付かなかったおかしな部分が見つかるかも知れない。
……これはちょっとしたアドバイスなんだけど、人物画に限らず、絵画は描かれている物全てに意味がある。人だけじゃなく、背景に描かれている物にも注目してみるのも良いかもしれない。
萌絵さんに絵を見て貰うのは、謎を解いた後にしよう」
「成る程…人以外にも注目する……」
「…だったらアレを使おう!」
あんなとみくるは顔を見合わせると、腰元のリボンチャームに括り付けられたミラールーペを取り出した。
「「オープン! “プリキットミラールーペ”!」」
二人に少し遅れて、俺もミラールーペを展開する。黒曜石の様な艶やかな漆黒色のルーペは、ジェットに頼んで作って貰った物だ。
『はぁ…? まあ作るのは良いが、必要か?』
『要る要る。
『ふーん……』
頼んだ時はそっけない態度だったものの、次の日には完成品が机の上に置いてあったのだから、アレはツンデレの一種だろうと納得した。
過去を回想しながら絵を覗いていると、額縁に無数の指紋が浮かび上がる。
「はなまる発見! これは絵を持っている時についた手の跡かも!」
「所謂指紋ね! ……あれ、上と下にも指紋がある」
みくるの言う通り、額縁には上下左右に指紋が付いている。更に良く見ると、左右には指紋が多く付いているのに対して上下に付いている指紋は一対だけ、しかも左手の小指部分が欠けている奇妙なものだ。
…これは文江の指紋で間違いないだろう。何故なら、絵に描かれている文江の左手の小指には指輪が付いており、額縁の指紋と一致するからだ。
「……そうか! 上と下の指紋は文江さんのものだよ! ほら、絵の文江さんは左手の小指に指輪をしてるでしょ? だから下の同じ箇所が途切れてるんだ!」
俺が口を出すより先にみくるが気付いた様だし、ここから先は黙っていても大丈夫だろう。
「でも、なんで上と下を持ったの? 絵を持つなら普通横側を持つよね?」
「うーん……」
「「……見えた! これが、答えだ!」」
考え込んだのはほんの一瞬、直ぐに閃いた様に二人は顔を見合わせた。多分行けるとは思うが、念の為擦り合わせは済ませておこう。
「じゃあ、二人の推理を聞かせて貰おうか」
「うん! この絵の正しい向きは…横向きだよ!」
「成程…なんでそう考えたんだ?」
「始めてこの絵を見た時、靴を履いていた事に少し変だなとは思っていたんですけど…萌絵さんと文江さんが住んでいた海外では家の中でも靴は脱がないですし、寝ていても不自然ではありません」
「そう考えると、文江さんの背景に描かれているのはソファだと思う。何より、額縁の上と下に文江さんの手の跡が付いていた事が一番の証拠だよ!」
……話し合った訳でも無いのに、お互いの推理に齟齬や相違点がないのはいつ見ても凄いな。
「……うん、俺もそれでほぼ間違い無いと思う。二人共流石だな」
「えへへ…先生のお陰ですよ」
「それじゃあ、萌絵さんに伝えよう!」
謎を解いた事を報告するべく、少し離れたソファに座っていた萌絵に声を掛ける。彼女は俺達を待っている間、家に置いてあった文江の写真を見て過去を思い出そうとしていた様だった。
「……というのが、この絵の謎なんです!」
「…確かに、母は良くこの色のソファで……」
あんなとみくるの口から推理を伝えると、萌絵は少しの間口を閉じ……何か、大切な事を思い出したかの様にか細く呟いた。
「……そうだ、母は…母はあの時。
一緒にマカロンを食べて…美味しくないねって笑い合って……!」
彼女は胸の内から湧き上がる郷愁を涙に変え、文江の写真に落としていった。
「あの頃を思い出しました…。そっか…『最高の幸せ』って、あの瞬間の事だったのね…お母さん……」
「……こういう事を言うのは野暮かもしれませんが…。この絵は、文江さんから萌絵さんへのメッセージなんだと思います。マカロンの時に限らず、貴女を傍で見守る時間こそが“そう”なんだと……貴女に知って貰う為の。……勝手な想像で申し訳ないですけれど」
「……いいえ、きっとそうだと思います。そうじゃなきゃこんな…わたししか知らない母の姿を絵にしたりはしない。もっと煌びやかに、完璧に拘った絵を描いていた筈……そういう人でしたから」
萌絵は、まるで憑き物が取れた様に笑いながらそう言った。彼女の中に巣食っていた母に対する蟠りは完全に消え去った、そう感じられる位に良い笑顔だった。
(これで解決だねっ!)
(ふふっ…そうね!)
二人は達成感を共有する様に、小さくタッチを交わす。可愛いとか尊い、ってのはこういうのを言うんだろうな。
「…………ポチッ!」
その時、あんなの腰でポチタンが何かに反応する。この子が反応するという事は……と頭上を見上げると、天井近くに光が集まっていくのが見えた。
「先生? ……あっ!」
「みくる? ……何の光?」
集まった光は不定形の塊と化し、ふよふよと文江の絵に吸い込まれていった。
「あんなは初めて見るよね。今、この絵にマコトジュエルが宿ったのよ」
「わぁ……! 萌絵さんの想いとお母さんの想いが重なったって事なんだね!」
「俺も見たのは久々だ。こうやって行動が結果に繋がるのが見えると、嬉しくなるんだよな……」
―――今、ネオンの探知にゴウエモンの気配が引っ掛かった。見れば奴は、玄関の前で段ボールを担いでいる。
……鼻のいい奴だ、相変わらずどっから嗅ぎつけたのやら。
ピンポーン
「…? はー「待って下さい」えっ?」
ゴウエモンが鳴らしたインターホンの音がリビングに届く。音に反応した萌絵が玄関に行こうとするが、それを引き留める。
「ファントムだ。玄関前にゴウエモンが居る」
「…この絵に宿ったマコトジュエルを狙って来たんだ!」
「どうしましょう、先生! 此処には萌絵さんも居るのに…!」
「先手を打って逃げる。……萌絵さん、今玄関の前でこの絵を狙っている輩が待ち構えています。絵を守る為に、少しの間この絵をお借りしたいのですが、宜しいでしょうか」
「ええっ!? ……分かりました、お願いします」
困惑しつつも借用を了承してくれた萌絵に頷きで返す。信頼に応える為にも絶対に守らなくっちゃな。
「行こう、二人は俺の後ろから着いてきてくれ」
「うん!」「はい!」
「……出てくるのが遅ぇな」
ゴウエモンは
一番弟子(彼はそう認識している)のるるかにどら焼きを買ってやった帰路、チュチュで休憩中のキュアット探偵事務所の面々を発見した彼は追跡を開始。その甲斐あってかマコトジュエルの出現を確認する事が出来た。
その好機を逃すまいと、いつもの如く真正面から突入しようと試みた……が、呼び鈴を鳴らしても住人が反応しないときた。
「聞こえてなかったのか? どれ、もう一度……あん?」
……はて。少し目を離した隙に、玄関の扉が
「このドア、こんな色だったか?」
ガチャ
彼がその違和感に勘付くより早く、扉が解錠された。
「おっ、何だ聞こえてたんじゃねぇか―――」
彼はドアの色の意味に勘付く事なく、意気揚々と手を伸ばす。
手がドアノブに触れようとした、その瞬間。
ーーー勢い良く蹴破られたドアが、ゴウエモンの顔面目掛け襲い掛かった。
「うごぁ―――っ!!??」
無警戒、無防備な状態で質量の塊に衝突されたゴウエモンは、どら焼きを詰めた段ボール諸共アパートの手すり壁まで吹き飛ばされた。
「あっごめ…………走れ!」
想定以上のクリーンヒットに若干の後ろめたさを感じた包だったが、敵だしと開き直り意識を切り替えて駆け出す。
あんなとみくるは目の前で目を回すゴウエモンを目撃しギョッとするも、そのまま包の後を追った。
「…………はっ!? 待ちやがれ〜!」
ゴウエモンは意識を取り戻すと段ボールを担ぎながら三人を追い掛け始めた。
「ねぇ包さん! 玄関のドア蹴破っちゃったけど良かったの!? 壊してないよね!?」
ゴウエモンから逃げている最中に、あんなが大声でそう叫ぶ。
「大丈夫、前にネオンが見せただろ! ドアに掛けた藍色の光は、防御力とか耐久力を底上げさせるんだ! あれ位じゃ傷一つ出来ないよ!」
「そっか! 分かった!」
素直! いい娘だ!
ちょっと語気が強めだったけどよかった。そんな話をしている間に、目的地である噴水広場に到着した。
えーっと……良し、居るな。
チュチュで見つけた女の子がまだ広場にいる事を千里眼で確認する。敵っぽいしリスクもあるが、近くで監視できるメリットの方が大きいと判断してここまできた来たのだ。あわよくば、
「ハァ…っ! ハァ…っ!」
「だ、大丈夫あんな?」
そんな事を考えていると、背後から荒い呼吸音が聞こえてきた。振り返ると、息を切らせたあんながみくるに背中を摩られていた。日課のランニングで体力が付いてきたのか、みくるの方は汗を滲ませる程度だった。
「ご、ごめんみくる、包さん…!」
「いや、あんなの体力を考えずにペースを早めた俺が悪い。…ネオン、頼む」
「任せよ! あんな殿、失礼する」
ネオンは俺の意図を汲み取り、あんなに緑の光を当てる。修復の力は彼女の疲労と体力を回復させ、呼吸も整っていく。
「……疲れが全部取れた!」
「言い忘れてたけど、緑の光は疲労や体力も回復できるんだ。……来たな」
そうこうしている間に、ゴウエモンが俺達に追いついて来たみたいだ。重荷だったのか、段ボールは持ってきていない。
「さっきはよくもやってくれたな。だがもう逃がさねぇぞ!」
「はっ、望むところ―――「私に任せて! オープン!」あれっ」
俺が変身しようとCCフォンを構えるより速く、あんなが再びミラールーペを取り出して叫ぶ。出鼻を挫かれる形となった俺は思わずずっこけそうになる。
「…先生?」
「いやぁ……はは」
みくるに変な目で見られてしまった、ちょっと恥ずかしい……。
「プリキットミラールーペ! はなまる【コピー】!」
ミラーモードの鏡面に文江の絵を映し、クリスタルを一回転。するとミラールーペが光り出し、そっくりな複製を五つ生成した。
「ミラールーペのコピー機能! どんな物でもそっくりそのまま増やせちゃう!」
「なぁっ!? な、なんだと!?」
計六つとなった絵を俺達がそれぞれ抱えているのを見たゴウエモンは驚愕し、何度も顔を右往左往させる。
意外と効果覿面? だったら、このままあんなの作戦に乗っかった方が良いか……。
「よし、一旦散開!」
「うん!」「はい!」
元気のいい返事の後、俺達は三手に分かれて駆け出した。あんなは左にみくるは右に、そして俺は
……ゴウエモンが居るから前に行くのはリスクだって思うだろ? ところが意外とそうでもないんだな、これが。
「本物がどっちか分かるか、ゴウエモン!」
「うおおお!? ど、どっちだ!?」
俺が二つの絵を掲げながらそう問いかけると、混乱したままのゴウエモンは予想通り、本物を探す事に意識を取られた。絵を奴の視界から外さない様に、宙返りしながら跳躍してやれば……この通り、飛び越すのはとっても簡単。
「……し、しまった!?」
仰け反った姿勢で固まったゴウエモンを置き去りにする。驚愕か屈辱か何かは分からないが、ゴウエモンは俺を追いかけてはこずに唸っている様だった。
「何やってんだ…? お、あの娘に助けを求めてる」
千里眼にまたもや妖精を連れた少女の姿が映る。ゴウエモンの近くに寄り、何やら話している様子だ。やっぱり仲間で間違いないな。
……
「わぁっ!?」
「くっ…きゃあっ!?」
突然、あんなとみくるの悲鳴が聞こえた。慌ててそちらを向くと、二人が水流に襲われていた。恐らく絵を盾にして防いだのだろう二人には傷が見られなかったものの、その代わりに持っていた絵は四つともただの光へと
「あんな! みくる!」
倒れ込み、或いは尻餅を付いた二人を助け起こそうと動こうとしたが、無数の水流が迫ってくるのが見えた。
「チッ…! ゴウエモンか!」
ゴウエモンが噴水の水を操り俺に撃ち放っている様子を視界に捉える。先程二人が襲われた水流も奴の仕業で間違いないだろう……あの少女に何か入れ知恵されたに違いない。
変身すれば水流程度、回避や迎撃は造作もない。しかし、両手が塞がっている状態ではCCフォンを取り出す事は出来ないし、かと言って片手を開ける為に水流を防いでしまうと残った方……つまり、俺が持っている絵が本物だと敵にバレてしまう。
つまり、避け続けるしかない。
「上等だ…我慢比べは得意なんだ…!」
「るるかの言う通り、彼が本物を持ってたわね」
「一番強い人が守るのは当然の事、だから考えるまでもなかった。……あの二人に危険を負わせる選択を、夜灯包が選ぶとも思えなかったし」
るるかはアイスを味わいながら冷静に包を観察する。あっさりやられた二人とは異なり、包は両手を塞がれながらも巧みな体捌きで水流を躱し、絵に一滴たりとも掠らせていない。
見事なものだ、と彼女が感心して見ているとマシュタンが何やら色めき立っているのに気付く。
「……何? マシュタン」
「るるか、もしかして彼が気になってるのかしら…!?」
「…………はぁ。そんな訳ないでしょ」
「あら、そうなの? 珍しく熱心に見ているから、つい……」
るるかは様子のおかしな相棒に溜息を吐きつつ、一口で残りのアイスを食べ切る。そのまま指に付いたコーンを舐め取り、林の中へ入っていった。
「手伝うの?」
「ええ。あの様子じゃ明日になっても続きそうだから」
そう言うとるるかは徐に首元へ手を差し入れ、服の中に隠していた小さな杖状のアイテムを取り出した。
「……
その瞬間、彼女は黒紫色の光に包まれる。
……あれ、私…何してたんだっけ……?
確か、文江さんの絵を持って逃げて…その最中に、水流に襲われて咄嗟に絵で防いで…それから……。
「あんな! 大丈夫!?」
遠くから微かにみくるの声が聞こえてくる。それに、近付いてくる足音も。
「起きて、あんな! あんな!」
「………う、うぅ…ん」
みくるの声が私の意識を段々とはっきりさせてくれる。
……目を開けると、みくるが心配そうに私を見ていた。
「みくる……?」
「…よかったぁ…! 怪我はない? あんな」
「……うん、大丈夫。ちょっと眠ってただけ」
「そ、そっかぁ…! それなら早く起きて! 先生がピンチなの!」
「えっ!?」
みくるが指差した方を向くと、包が今まさに水流に襲われ続けていた。両腕に抱えた絵は無事だったけど、あのままじゃ捉えられるのも時間の問題…!
「急いでゴウエモンをなんとかしないと!」
「うん! すぐに変身して―――」
ウォッチを構えたその時だった。
私達と包を林の中が黒紫色に光り、同じ色の光線が放たれた。
十本以上の光線が横一列に空中を奔り、包の無防備な背中を狙う。
「包さん、後ろ!」
「危ない!」
危険を知らせるべくみくると一緒に叫ぶと、包は私達の声に反応して後ろを振り向いた。
「来たな…!」
包は高く飛び上がり、勢い良く後ろに宙返りする。光線は彼の背中スレスレを通り抜け、勢いを失った様に掻き消える。
私は…ううん、私達には、その攻撃に見覚えがあった。
「ほっ……」
「……みくる、今の見たよね!」
「はっ…ええ! 恐竜の化石の時に見たのと同じものね!」
そう話している間にも二射目が放たれ、包の周囲に着弾し土煙を巻き上げた。
「上手いな…!」
「目眩し…!?」
「―――先生ッ!!」
攻撃の意図を図りかねていた所に聞こえてきた、みくるの切羽詰まった声。それに合わせて空を見上げると、山なりに落下してくる水流と光線が視界に入った。
煙で視界を塞がれている状態では、あの攻撃は避けられない!
「包さん!! うえっ!!」
包に危機を知らせようとして、悲鳴にも似た声が漏れる。だが、無情にも光線と水流は煙の中に突っ込んでいった。
「……そ、そんな……」
……生身であの攻撃を受けたのなら、タダでは済まない。ボロボロになった包の姿を、嫌でも想像してしまう。
「―――心配ご無用!」
脳裏に過った悲惨な光景。
それを晴らす様に、土煙の中から無傷の包が飛び出した。
「良し! さっすが先生!」
「ほっ……」
本当に良かった……。
ガッツポーズを取るみくるの隣で、私はそう安堵の息を吐いた。さっきとは真逆のリアクションを取った気がするなぁ……って、そんな事考えてる場合じゃない!
急いで変身しないと!
「みくる!」
「ええ!」
みくると頷き合い、ウォッチを構える。
「「オープン! ジュエルキュアウォッチ!」」
ウォッチを展開し、マコトジュエルをセットする。
「「プリキュア! ウェイクアップタイム!」」
みくると二人で息を合わせて変身を完了させ、キュアアンサーとキュアミスティックとなって地面へと降り立つ。
「ミスティックはゴウエモンの方をお願い!」
「任せて!」
ミスティックは頼もしい返事と共に走り出した。
「待っててね、包さん! すぐになんとかするから!」
私もまた攻撃を避け続けている包に向かってそう告げると、返事を待たずに林の中へと飛び込んだ。
「…ネオン、頼めるか!?」
「任せよ!」