プリキュア歴三年、過去に飛ばされました。 作:村正 ブレード
「あ、あの!」
「ん?」
商店街に向かい歩き始めて暫く経った頃、俺達を一つの声が呼び止めた。背後を振り返ると、数メートル離れた位置にペンダントを首から下げた少女の姿がある。小豆色の髪に翡翠色の瞳、あどけなく可愛らしい顔立ち。誰が見ても美少女と称するだろう彼女は、緊張した面持ちでこちらを見つめている。
「ジェットの知り合いか?」
「いや……こっちに知り合いはいない。僕たちに何の用だ」
「え!? えっと…その…」
ジェットの言葉に少女は戸惑いながらも視線を左右に振る。俺の隣にはジェットしか居ないのに、俺を通り越してもっと
「…………っ」
(この娘…もしかして)
「……悪いが急いでるんだ。何もないなら僕たちは―――」
「あのっ!」
痺れを切らしたジェットが少女から遠ざかろうと声を掛けたその時、少女が口を開き俺に近づいてくる。
「……俺?」
彼女とは初対面だけど、と考えている間に少女は瞳をキラキラ光らせながら次の言葉を吐く。
「妖精を連れているということは…貴方はもしかして! キュアット探偵事務所の“名探偵”ですか!?」
足を更に踏み出し、顔をズイっと近づけてくる少女。思いがけない問いに困惑した俺はジェットに顔を向け、浮かんだ疑問をそのまま口にする。
「(名探偵って)そうなのか?」
「いや、(お前は)違うだろ」
「ええー!? そんなぁ…」
俺とジェットのすれ違いを感じるやり取りを見て、少女はショックを受けたのか項垂れる。あからさまに沈んだ表情をする少女を見て、何だか申し訳ない気持ちになってしまい声をかける。
「えぇっと…とりあえず、君は?」
「…はっ!? 申し遅れました! わたし、“小林みくる”と言います! 皆さんのお名前をお聞きしても?」
「俺は夜灯包、好きに呼んでくれ」
「僕はジェット、天才発明家だ」
「吾輩はネオンである!」
「ふむふむ…夜灯包さんにジェットさん、ネオンさん……」
みくるはそう言うと取り出した手帳に俺達の名前を書き込んでいく。
几帳面な娘だな……と感心するのも束の間、気になっていた事を質問する。
「やっぱり視えてるんだな、
「は、はい。はっきり視えていますけど……」
キョトンとした顔をしているみくるだが、光の妖精が視えるということは
(普通の人間には見えないんじゃなかったのか?)
(適性がある奴には見えるとも言った)
「あの、夜灯さん?」
「おっと、コホン…君はどうして名探偵を探してるんだ?」
「……! はい! わたし、いつか名探偵になるのが夢なんです! 街の案内図の所でネオンさんと一緒にいるお二人を見付けて、憧れの名探偵だと思ってしまって…。すみません」
「そうだったのか……なあ、君が名探偵に憧れたのはどうしてなんだ?」
「え……?」
みくるに目線を合わせるように屈んで言ったその言葉にみくるは顔を上げる。他人に思わず声をかけてしまう程の“夢”、それがどうしても気になってしまった。
「……わたし、ロンドンの名探偵に助けてもらったことがあるんです。あの人はわたしが困っている時に颯爽と現れて、華麗な推理で解決してくれて…。その時思ったんです、わたしもあの人みたいに、みんなを助けて笑顔にしてあげられたらって……それが、わたしが名探偵を目指した理由です」
「……そっか、良い夢だな。……それなら、一つお願い事をしても良いかな?」
「お願い事…ですか?」
「ああ。俺達まことみらい市に来たばかりでさ、慣れない場所でちょっと困ってたんだ。そこで君に、商店街まで案内して貰いたいんだ。勿論お礼はする、ジェットが」
「は!?」
「え、ええっと……? はい。良いですけど…」
思いがけないお願いに困惑したのか、みくるは首を傾げつつも承諾してくれた。ここで勘違いしてさよならするのは簡単だが、それではお互いの心にしこりが残ってしまう。それよりも、彼女の夢の一助になって“良い思い出”にして貰いたかった。
「よし! これで“依頼”は成立だな。よろしく頼むぞ、未来の名探偵みくる!」
「……っはい! お任せ下さい! 未来の名探偵、小林みくるが皆さんの依頼を万事解決してみせましょう! さあ、わたしに着いてきてください!」
みくるは表情を明るくすると、俺達を追い越して先頭に立つ。スキップするかの様に前に進んでいく彼女を追いかけようとすると、ジェットがジト目で囁く。
(……おい、どういうつもりだ。ごっこ遊びに付き合う暇はないぞ)
(まあまあジェット殿、包にも考えあっての事だと思うのだ)
(そうそう。それにしても非道い言い方だよな、それでも名探偵の仲間かよ。俺、みくるには素質あると思うんだよなぁ……名探偵の)
(はぁ? 何言ってるんだ、名探偵は子供に務まるものじゃない。それに……)
ジェットが前を指差し、釣られて前を見る。よく見ると、みくるは何故かくねくねしていた。
「…えへ。ふへ…えへへ〜っ♡ 名探偵っ、未来の名探偵だって〜♡ わたし、そんなに期待されちゃうなんて〜♡ うれし〜! えへへぇ〜♡」
誰が見ても浮かれているのがわかる様子を見るに、俺の煽てが随分琴線に触れたらしい。ちょっと心配になるくらいのチョロさに思わず顔を引き攣らせた。
(あのお調子者な性格を治さない限り、名探偵の資格はやれないな)
(あはは…ああ言う子供っぽい所はジェットそっくりだ。気が合うんじゃないか、天才発明家さん?)
(つ、包……)
(馬鹿にしてるだろ。それに僕は子供じゃない、222歳だ!)
「マジ?」
「ふんふふ~ん♡ ららら名探偵~♡ 名探偵みくる~♡」
見た目からは想像できない実年齢をカミングアウトされ思わず声を出したが、みくるは気付く事なく小躍りし始めていた。その光景を見た俺達は、これ以上はまずいと判断して歩調を速めた。
十数分後、俺達はみくるが近道を知っていたお陰で予想よりずっと早く商店街に近付いていた。
「さあ、この公園を越えれば商店街は直ぐそこですよ!」
「これなら夕方迄には帰れそうだな、ジェット」
「ああ。みくるに案内を頼んで正解だった」
「いえ、名探偵を目指す者としてこの街の隅々まで知り尽くすのは当然のことです!」
先程までのミーハー疑いは何処へやら、ジェットも俺に同調してみくるを褒める。その言葉にみくるは謙虚に返すが、彼女の顔は緩みを隠せていない。
「……あれ? あの子…」
「ん? あっおい! 何処に行くんだ!」
ふと、みくるが何かを見つけたかと思うと、一人で公園まで駆け出した。それに気づいたジェットは制止の声を掛けつつ追いかける。それに続いて俺達も公園に入ると、みくるがしゃがみ込んでいるのが見える。
「お前なぁ…、依頼人を置いて行く探偵が何処にいる」
「でも、この子が……」
「ぐすっ……う、うぅ…っ」
「……子供?」
よく見ると、みくるの側には小学生くらいの女の子が居た。全身を白一色の防寒着で包んでいる女の子はしかし、その純白の衣を土で汚していた。不審に思い辺りを見渡すが、白い雪が覆う公園には一種類の小さな足跡しか残っていない。
(暴行とか虐めの線は無い…か?)
「どうしたの…大丈夫? 何があったの…?」
「ふっ…、うっ…わ、私のマフラーが、ぐすっ…な、失くなっちゃったの…。お母さんが、あ、編んでくれたマフラー……うぇぇん!」
「ああ…っ、な、泣かないで…! ……大丈夫、わたしが絶対見つけてあげるからね!」
「……ほんとう? お姉ちゃん」
「本当! わたしを信じて……って、あ…」
そこまで言ってから、みくるは俺達の存在を思い出したかの様に振り向く。まあ確かに、依頼の最中に他の事に気を取られるのは探偵としては如何なものか? とは少し思ったりするが……。
「僕達の事は今は気にするな。人助けに文句は言わない」
「そうそう、まずはその子を助けるのが先決……だろ?」
「……あ、ありがとうございます! それじゃあ、マフラーの特徴と、失くした時の事を話してくれる…?」
みくるが少女の話を聞いている間に、俺もマフラーを探そうと動き出す。公園の全体図を把握するべく、ネオンに高く飛んでもらい公園を俯瞰する。中心部は土、それを囲む様に芝生の地面が広がっており、芝生ゾーンには木や低木、生垣が設置されている。特筆すべきは公園全体が雪を薄く被っている事だ。
「えっとね……真っ白なマフラーで、とってもあったかいの」
「そうなんだ……白、好きなの?」
「うん!」
白いマフラーか。そう積もってはいないとはいえ、雪で染まった公園の中でそれを探すのは小学生には辛いだろう。足跡を見て、女の子が探していない場所に目を走らせる。
「じゃあ次に、失くした時の話を聞かせて?」
「う、うん……公園で遊ぼうとしたら入口のところで転けちゃって、マフラーが取れちゃったの。そしたら急に風が吹いてきて向こうまで飛んでいっちゃったの!」
「ふむふむ…。転んだ拍子に風で飛ばされた、と……」
「…………」
二人の会話を聞いて風を感じてみようとするが、今は風が殆ど吹いていない。これならそこまで遠くへは行かず、公園内の何処かに引っ掛かっている可能性が高いと考えていいが…………よし、当たり。マフラーを見つけたら、ネオンに戻ってきてもらう。
「……教えてくれてありがとう。待っててね、わたし達が絶対に―――「はい、これで合ってたかな?」…えっ?」
「うん! それ! もう見つけてくれたの!? すごい!」
「日頃の行いがきっと良かったんだね、《汚れ一つ無かったよ》」
そう言いながら、彼女の首にマフラーを巻いてあげる。もう外れたりしない様にしっかり結んで。
「苦しくない?」
「うん!」
「よし。もう飛んで行かない様に、今度からはしっかり巻くようにするんだよ」
「うん、ありがとうお兄ちゃん! お姉ちゃん!」
「お礼なんてそんな……わたし、何もしてないよ」
「そうなの?」
みくるの言葉に首を傾げた女の子は、視界に映った時計を見て大きな声を上げる。
「……あっ、もう帰らなきゃ!」
「えっ……大丈夫? 一人で帰れそう?」
「うん。マフラーも見つかったし、もう大丈夫!」
「そうか…。転ばない様に気をつけて帰るんだよ」
「うん! 今日は本当にありがとう! お兄ちゃん、お姉ちゃん! ばいばーい!」
心配な気持ちもありつつ、俺達は笑顔で手を振りながら去っていく女の子を見送った。
「さて。俺達も行こう二人とも」
「……あの、夜灯さんって本当に名探偵じゃないんですか?」
「ん? ……違うけど、なんで?」
みくるは顎に手を当てながら俺を見て言う。推理なんて一つもしていないのに、なぜそう思ったのだろうか。
「だって……わたしがあの子から話を聴いている間にマフラーを見つけるなんて……どうやって推理したんですか?」
「…僕も気になっていた。聞かせてくれないか」
みくるに続いて、静かにしていたジェットまで質問してくる。その意外な展開に少しだけ困惑しながらも答える。
「あんなの推理じゃない。ネオンの力と、みくるのおかげさ」
「…? よく、わからないのですが」
「そういえば、そいつを高く飛ばせてたな」
「ネオンに空から公園を見てもらってたんだ」
「うむ。吾輩と包は視界を共有することが出来るのだ。それを活用したのである」
「へぇ……それで?」
「ネオンが俯瞰した公園の全体図と、俺から見える公園の様子を同期させて、不自然な点が無いか観察したんだ。中心部の方はあの子が探していたみたいだから、その周りの芝生の部分をメインにな」
「だが、この雪景色で白いマフラーは映らないだろう」
「木に引っかかっていたとしたら、わたし達にも、あの子にも見えそうですけど……全部枯れてますし」
「そうだな。だから、俺が見つけられたのも運が良かったんだろう」
次に俺は、公園内に配置されていた複数の低木をそれぞれ指し示す。
「……どういうことだ? 低木がどうかしたのか?」
「この公園の低木は同じ高さで作られているんだ。雪の被り方も、偶然同じだった」
「……もしかして、マフラーの厚さ?」
「みくるは分かったみたいだな。その通り、マフラーが低木に被さっていたんだ。その低木は他よりも少し高くなっていたから、すぐにマフラーの所為だと分かった……ってところだな」
考えてしまえば簡単なことだ。誰かに奪われていたわけではないんだから、少しの捜索で見つかる。あの子だって、もう少し時間を掛ければ自分一人でも発見出来ただろう。
「…それでも、やっぱり凄いです。わたしだったらもっと時間がかかっていたと思います」
「みくるがあの子から話を聴いてくれて、目的が白いマフラーだって分かったからこそだ。じゃなかったら流石にあんなに早く見つけられなかった」
「役割分担といったところであるな。みくるが情報を引き出し、包が見つける。二人いたからこそ出来たことである」
「……そうでしょうか?」
まだ納得いっていない様子のみくるに視線を合わせ、俺の正直な気持ちを伝える。
「それに…さっきも言ったけど、みくるがあの子を見つけてくれなかったら助けられなかったんだ。みくるの優しさが、解決に寄与した一番の要因だよ」
「…………ふふっ。なんですか、それ」
みくるがそう言って笑う姿を見て、クサいセリフを言った甲斐があったというものだ。
「……じゃ、みくるの元気が戻ったところで、出発!」
商店街に到着した俺達は、何事も無く買い物を終えることが出来た。途中、ジェットがお菓子を大量に購入しようとしていたのを止めた時はたいそう激怒されたが、まあ些事だろう。
日用品や食料品を詰めた袋を両腕に抱えた俺達は、みくると向かい合う。
「いや~、本当にありがとうなみくる。おかげで助かったよ」
「いえ、こちらこそありがとうございました。夜灯さんのおかげでいい経験が出来ましたから」
「そうか…? それはともかく、依頼を完了してくれたわけだし、お礼をしなくちゃな」
「……そういえば、お前僕に支払いを押し付けてたよな!? 買い物でお金使ってもう手持ちないぞ!?」
「えっ」「なんと」
「それもこれも、お前が調理器具買いすぎたのが悪い! あんなに要らないだろうが!」
「はぁ!? あれが必要最低限だ! 買うのはジェットも賛成してただろ!」
「まぁまぁ二人とも! みくる殿の前でする話ではないであろう」
お互いに責任を押し付けあっていた俺とジェットは、ネオンの仲裁の言葉を聞いていたたまれない気持ちになる。流石に年下の女の子の前でするやりとりじゃなかった。
「……いえ、報酬は要りません」
「え? あいや、別にゴネてたわけじゃないんだ」
「そうではなくて……よくよく考えてみたら、わたしはまだ探偵ではないですし報酬を貰うのは違うかなって」
「そうかぁ? 人助けしたんだし、それくらいいいと思うけどな俺は」
「他人事みたいに言いやがって……帰ったら覚悟しておけよ…!」
ジェットから向けられた怒りの視線をひしひしと感じながらも、俺は折角だしと疑問に思っていたことをみくるに質問する。
「そういえば、みくるが付けてるペンダントって…」
「これですか? このペンダントは、祖母からもらったものなんです。なんでも、代々受け継がれてきたものなんだとか」
唐突な質問にも関わらず、みくるはそれに答えてくれると同時にペンダントを見せる。ネオンも興味を持ったのか、俺の肩から離れて近付いて見る。
「ほぉ……。不思議と力を感じる代物だと思っていたが、それほど年季の入ったものであったとは…」
「何だって…? 悪い、僕にも少し良く見せてくれないか」
それまで興味なさそうに話を聴いていたにも関わらず、年代物であるという発言に反応したジェットがペンダントを覗き込んだ。
「お、ジェットも興味あるみたいだな」
「み、皆さんどうしたんですかいきなり」
「……確かによく手入れされているな。長い間人の手を渡り歩いてきた物特有の気配を感じる。もしかしたら……」
「ああ。マコトジュエルが宿ってやがるな」
「何だそれ…って、誰だあんた」
知らない声が知らない単語を発したので気になって声のした方を向いてみれば、何やら歌舞伎役者の様な格好の、白髪に赤目の大男がいた。
「―――その男、妖精である!」
警戒の色を含ませたネオンの声が、それまでの空気を一変させた。