プリキュア歴三年、過去に飛ばされました。 作:村正 ブレード
日本に居ない筈の妹を探せという真理子の依頼、そして学校に現れるという謎の幽霊騒ぎを解決してから瞬く間に数日が過ぎ、キュアット探偵事務所は休日の朝を迎えていた。
「「…………」」
『今朝のニュースです。まことみらい恐竜博物館開館10周年記念イベントが開催されて二日目の今日、開館前にも関わらず、入り口前には長蛇の列が出来ております―――』
いつもならば和気藹々とした空気が流れる事務所。しかしここ暫くはその光景がまるで幻だったかのように静まり返り、ただテレビの音声だけが鳴り響くばかりであった。
そんな重苦しい静寂を作り出した原因はそう、離れた位置に座って声一つ発さない二人―――あんなとみくるに他ならない。
『記念イベントの目玉は復元されたばかりのティラノサウルスの化石標本! それでは来館した子供達に話を聴きたいと―――』
そんな二人を包とジェット、ポチタンとネオンの四人は少し離れた場所へ身を寄せ、彼女達の様子を窺いながら小声で相談を交わしていた。
「……なぁ、あの二人まだ仲直り出来てないのか?」
「……みたいだな。俺もここまで長引くとは思ってなかった」
「ポチ…ポチポチ!」
「ポチタン殿も心配しておる様だし…何とかならぬか、包」
そうは言ってもな……、と包は改めて二人をまじまじと見つめる。結論から言えば、彼女達は喧嘩をしている訳ではないし、お互いを避けているわけでも無い、単純に気まずくて距離を置いているだけだ。
その証拠に、あんなはみくるの方に何度か視線を向けては逸らしているし、みくるもまた、腰を浮かせては座り直すのを繰り返しているのが見えている。
(きっかけさえあれば……って時に限って、依頼が一件も無いんだもんなぁ……)
「どうするんだ……この状況が続けば依頼どころじゃないぞ」
「ポチ……」
「…………しょうがない、二人が立ち直ってからのつもりだったけど…やるしかないか」
「おお!」
「何か策があるのであるな包!」
「ポッチィ!」
他の三人からの期待に満ちた眼差しと声援を背に受け、包が意を決して立ち上がる。彼は歩き出して部屋の中央に立つと、大きく二回手を叩いてあんなとみくるの意識を誘導した。
「はい、二人共注目!」
「包さん……?」
「先生?」
狙い通りに二人の視線を自分へ向ける事に成功した包は、間髪入れずに自らの提案を彼女たちへ切り出した。
「やるぞ、反省会!」
包が口にした提案に肩透かしを食らった事務所の面々は、顔を見合わせて困惑の声を漏らした。
『……反省会?』
「ポチ…?」
一方その頃、怪盗団ファントムの本拠地ではウソノワールの名の下、ニジーへの審判が始まろうとしていた。
「ニジー……貴様の罪は重い」
「……も、申し訳ありませんウソノワール様、マコトジュエルを二つも取り逃がしてしまい……!」
「そんな事はどうでもいい! 時空の妖精を出現させた事が問題なのだ!」
「は……?」
これまでの失態の積み重ねが原因だと考えていたニジーは呆気に取られるが、すぐに我に返り主に陳言する。
「お待ち下さいウソノワール様! あのオトモ妖精があの様な力を出したのは初めての事です! お、恐らく何らかの影響で力を失っていたか、或いは力を隠していたものと考えられますが……!」
「……時空の妖精に態々力を隠す必要などない筈……マコトジュエルが砕けた事が関係しているという事か……? しかし、その様な記述は
ニジーの言う事が正しければ、時空の妖精は今までの様に自由自在に時間と空間を移動出来ないという事になる。同時に、それもマコトジュエルが集まるまでの話だろう……そうウソノワールは思案していると、
「……
ウソノワールは
「はっ! 今回こそ、必ずマコトジュエルを手に入れて見せます! ウソノワール様!」
「アゲセーヌ、ゴウエモン」
「「はっ」」
「お前達はこれを使い、ニジーがマコトジュエルを手に入れる間キュアオーロラを時空の妖精から引き剥がすのだ」
ウソノワールが指を鳴らすと、アゲセーヌとゴウエモンの前に見覚えのある甲冑とカウボーイハットが出現する。それを目にした二人はウソノワールのやろうとしている事に気付き、驚きの声を上げた。
「こ、これは!?」
「ウソノワール様、マジ!?」
「それらに宿るマコトジュエルは、私自らが嘘で覆い尽くしてある」
二人に下賜されたのは、嘗てファントムが手に入れたコレクションであった。ウソノワールの強大な力を注ぎ込まれた二つのマコトジュエルは、変貌の時を待ち胎動を続けている。
「そして、キュアアルカナシャドウ」
「……わたしも?」
「お前はニジーと共に行動し、マコトジュエルを手に入れてくるのだ、良いな」
「…………分かった」
「とうとう出撃ね、るるか」
部下達に命令を下したウソノワールは、最後にもう一度ニジーの方を向いて宣告する。
「分かっているな、ニジー……次は無い」
「…………無論、承知の上です」
ニジーはその眼光に怯みながらも、何とか言葉を返して深く頭を垂れ……静かに顔を上げた彼の瞳には、恐怖を押し殺した先にある執念だけが宿っていた。
「キュアオーロラを足止めし、そして3つのマコトジュエルを必ず持ち帰るのだ! ライライサー!」
『ライライサー!』
包はあんなとみくるをそれぞれソファに座らせると、何処からともなく運んできたホワイトボードの前に立った。
「えー、ではこれから第一回反省会を始めます! 今回の議題は敗因の分析と対策の考察、この二つだな」
「……あの…先生?」
「何かなみくる君」
未だ困惑したままのみくるが、おずおずと手を挙げて口を開いた。
「どうして反省会なんてするんですか?」
「……今までそんな事一度もしなかったよね?」
みくるが抱いた素朴な疑問に続いて、あんなもまた首を傾げながら同じ問いをぶつけた。名探偵プリキュアになってからこれまで、勝利を収めた時や初めての依頼を解決した際に祝いの席を開いた事はあっても、この様な催しは初めてだったからだ。
二人のごく自然に湧き出た疑念を受け、包はあっけらかんと答えた。
「そりゃあ、上手くいった事を後からこうすれば良かった、ああすれば良かった…何て一々突っ込まれたら、モチベ下がるだろ」
「……じゃあ、何でまた?」
「二人が初めて負けたからな」
「「……っ」」
質問の答えを聞いたあんなとみくるは、脳裏に苦い思い出を蘇らせる。余りに自分勝手な自分達の行動と、不甲斐ない結果を思い返し唇を噛み締める。そうして俯く二人を見て、包は満足そうに頷いた。
「よろしい、二人共ちゃんと悔しがれるみたいだな。これであんまり気にしてない、なんて言われたらどうしようかと」
「……? えっと、怒ったりしないんですか?」
「…なんで?」
「だって、私達喧嘩して…ハンニンダーに負けて、マコトジュエルを盗られそうになったのに…」
「……喧嘩の原因が俺にもある以上、それを俺はどうこう言える立場じゃない。それに……敗北は避けるものであって、許されないものではないよ、二人共」
包の要領を得ない言葉にまた、二人が首を傾げた。
「「……?」」
「…簡単に言えば、負けを軽く見ても、重く受け止め過ぎてもいけないって事だ。負けを気にしない奴は勝つ事にも執着しないし、逆に勝利だけに価値を見出す奴は、たった一度の敗北で簡単に心を折ってしまう。
……そういう風にはなって欲しくないんだ」
最後の一言は、それまでの諭すような口調とは違い、どこか切実な願いが滲んでいた。
「……先生」
その声音に宿る重みと哀愁を帯びた眼差しに、みくるは思わず息を呑む。まるで、そうなった者を何人も見届けてきたと物語っているかの様だった。
「…はい、この話は終わり! 敗北を見つめ直して、自分の力にするって事が目的って事で、いいか?」
「……わかりました」
「うん…」
二人は師が初めて見せた物憂げな顔に少なからず思う所はあったものの、詮索する事を良しとはしなかった。
「では改めて。先ずは前の戦いを振り返る所から始めよう。味方はキュアアンサーとキュアミスティック、敵方は燕のハンニンダーが二体の編成だったな」
あんなとみくるから向けられる感傷的な視線を気にせず、包はホワイトボードに可愛らしくデフォルメされたアンサーとミスティック、ハンニンダーを描き、イラストの下にそれぞれの必殺技を書き込んでいく。
「えー、アンサーの技が【アンサーアタック】で……ミスティックの技って何だ?」
「【ミスティックリフレクション】ですよ先生! こう、バーっと四角形を描いて盾を出す技です!」
「へー……良いじゃないか。今度見せてくれ」
「……技を書く理由ってあるの?」
「あるとも。自分や仲間の手札を理解していれば、戦術の組み立てに役立つ。推理における“証拠”みたいな感じでね」
「なるほど……」
合間に飛んでくる質問に探偵とも紐付けて答えながら情報を書き記し終えると、包は戦局について話し始める。
「…戦闘が始まって直ぐ、ハンニンダーが先手を打ってきた。二人はその攻撃を回避しようとして…互いに衝突したな。これは俺も目を疑ったよ」
「ぅ……はい」
「ぶつかった衝撃で動きを止めた二人は、ハンニンダーの攻撃をモロに受けた。そして体勢を立て直す前に追撃を食らってしまった訳だ」
「うん…」
「で、次に漸くアンサーが【アンサーアタック】で攻撃を仕掛けたが回避され、反撃を受けた。それを受け止めようとして失敗したミスティックもそのダメージを受ける事になったと」
「……私達、その後に二人で一斉に攻撃したけどハンニンダーにはあっさり止められて、また反撃されたんだよね」
「…そういえば、あんながあの後取り出してたプリキットって……?」
「あっ!? 忘れてた!」
みくるのふと湧いて出た疑問を聞き、ミラールーペの存在を思い出したあんな。勢い良く立ち上がった彼女はそそくさとジェットの方へ駆けていく。
「ジェット先輩! あのプリキットって今何処?」
「そそっかしいな…僕が持ってたんだ、ほら」
「ありがとう!」
「悪いが幾ら見ても、使えなかった理由も分からなければ、ポチタンが力を使ってから光った理由もさっぱりだった」
「そっか……」
ジェットに預けていた二人分のミラールーペを受け取ったあんなは、ソファに戻ってその内の一つをみくるに手渡した。
「はい、みくるの分! 前に渡しそびれちゃって…ごめんね」
「わたしの分もあったんだ…ううん、わたしがあの時急に居なくなったから悪いのよね…ごめんなさい」
話の流れであれだけ引き摺っていた謝罪をあっさり交わし合った二人。包はその光景を微笑ましく見ていたが、気を取り直して話を続ける。
「……。コホン、話を続けるぞ。そのプリキットで状況の打開を狙ったアンサーだったけど、そう都合の良い事は起こらなかった。……で、止めを刺されそうになった所で俺が登場して、ハンニンダーを倒した…って流れだな」
「……あれ? 最後はあっさりですね?」
「まあ俺の話は二人の事には関係ないし」
「それで良いんだ……」
自分の活躍をばっさりカットした包に苦笑する二人。
「……振り返りはこんな所だな。じゃ、このまま敗因の分析に移ろう。
……ズバリ、二人の敗因はなんだと考えられる?」
「それは……やっぱり、連携が取れていなかった事でしょうか」
「…確かにあの時の二人は、連携どころかお互いを碌に見れていなかった。俺はニジーにあれこれ言ったが、二人はそれ以下だったな」
「……はい」
「……うん」
燕のハンニンダー達との戦いにおけるあんな達といえば、先程も言った通り直前の喧嘩を引き摺って文字通りぶつかり合い、闇雲に攻撃を繰り返しては簡単にあしらわれるという、余りにも酷いものであった。
みくるの回答に少し目を細めた包は、それが間違いであると語る。
「……ただ、それは直接の敗因とは言い辛い」
「え……? どういう事ですか?」
「『連携が取れなかった』、或いは『自分達が弱かった』っていうのは負けの大前提に過ぎないんだ。
これを敗因にしてしまうと、対策は『もっと強くなる』しかなくなる。外付けの力も含めてね」
「……それだと駄目って事…だよね」
「うん。そんな当たり前の事を対策とは言えない。それに……敵も“次”を待ってくれる程甘い相手じゃない」
前回の戦いでは、それこそ包―――キュアオーロラが居たからマコトジュエルを取り返せたものの、あのままではニジーに奪われ逃げられてしまっていただろう。それではいけない、と包は言いたいのだ。
「だから今考えるべきなのは、今日や明日に敵と戦ったとしても活かせる戦術や戦法についてだ。それを踏まえて、改めて敗因を考えてみよう」
「うーん……そう言われても…」
「わたし達、まともに戦ったとは言い辛いですし…」
「……まあ、今回は俺が答えようか。一言で言うなら、『環境や地形を利用しなかった』事、これに尽きると思う」
「……環境を…利用?」
「そうだ。仕切り直しの権利を相手が持つ以上、空を飛べる敵に対して広い場所で戦おうとするのは不利にしか働かない」
「そっか…いくら追い詰めても、空に逃げられちゃうんだもんね」
「…それをされたら、空を飛べないわたし達が追いかけるのは難しい……あっ、でも! 先生がやったみたいに空中に足場を作れば追えるのでは!? プリキットライトを使って!」
妙案を浮かべたとばかりにみくるは瞳を輝かせたが、包はその案をやんわりと却下する。
「そういう手もあるが……それも結局、敵のテリトリーに近づくのは変わりない以上得策とは言えない。足場を作る手間や時間、壊されて落下した時のリスクがある…俺みたいに敵より速く動けたり、足場を自由に出せるなら話は別だけど」
「……じゃあ、どうすれば良いんですか?」
拗ねて顔をムスッとするみくるを尻目に、包はホワイトボードに学校を描いて指す。
「校舎の中に逃げ込む、これが一番効果的だ。室内なら敵の動きや手札にかなり制限を掛けられるし、一対一に持ち込むことも難しくない。
あの時のニジーはプリキュアを倒そうともしていたから、逃げられる心配も無かった」
「…でもそれじゃあ、学校が壊れちゃうよ!」
「フィールドがある以上はその心配はないよ」
当たり前だが、学校を巻き込む事に抵抗のあるあんなはその作戦に否定的だ。しかし、包はその心配は無用だと語る。
「ファントムがハンニンダーを出す時に一緒に展開されるフィールドには、判明しているだけで二つ効果がある。一つは“プリキュアや妖精以外を隔離する”効果、もう一つは“フィールド内で起こった破損を無かった事にする”効果だ。
ファントムは前者を隠遁のために、後者を証拠隠滅のために利用している」
「ふむふむ……あれ? それって……わたし達が壊しても治るって事ですか?」
「その通り。試しに何度か検証してみたが、フィールド内ならいくら壊しても、それこそ更地にしたとしても全部元通りになった」
「そんな事してたの!? ……でも、それが分かっても何か嫌だな…」
「別に壊せって言ってる訳じゃない、“周りを考えない戦い方をある程度覚えろ”って事だ。巻き込む人も、壊しちゃいけない物も無い、そういう状況で力をセーブしてしまうのは無駄の一言に尽きる。そういう戦い方は自由に全力を出せるようになってから覚えればいい話だ。
折角遠慮なく戦える場所を提供してくれるんだ、俺達も利用させて貰わないと損だろ?」
「「えぇ……?」」
言いたいことは分かるが、余りにプリキュアらしくない思考回路を表に出してくる包に思わず引いてしまうあんなとみくる。一体何が彼をこの様な非情漢にしてしまったのだろうか……と二人が憐れみすら感じていると、彼はバツが悪そうに眼を逸らした。
ネオンはそれまで口を挟む事なく反省会を静かに見守っていた。しかし三人の間に気まずい雰囲気が流れ始めたのを見過ごせず、小さく息を吐いて己の相棒に声を掛けた。
「包、ここは先達として二人に戦い方の助言を与えるのが良いのではないか?」
「……え? あ、あぁ…そうだな、そっちの方が良いか」
ネオンの一言で、包は僅かに沈んでいた思考をするりと切り替える。
「そ、そうですね、それなら…!」
「う、うん! 私もその話聞きたいな~……!」
重苦しい空気から逃れる口実を得た二人は、どこかぎこちない笑みを浮かべながらも包の提案に頷く。
ネオンの巧みな機転によって、居心地が悪くなりかけていた場の空気も少しだけ和らぐのだった。
「じゃあ気を取り直して…まずはあんな。
君は戦闘において攻撃の要だ。だからこそ、ただ闇雲に斬り込めばいい訳じゃない。
自分から仕掛ける積極性は当然として、敵の姿形や動き、得意な戦法、弱点、癖……一挙手一投足に至るまで、その全てを目に焼き付けろ。常に観察し、その中から勝機へと繋がる鍵を探し続けるんだ。
……やるべき事は、事件の捜査と何も変わらない。
現場に残された僅かな証拠を拾い集め、関係者や犯人が思わず零した些細な違和感や綻びを見逃さない様に神経を研ぎ澄ませる…それと同じ要領だ」
「……や、やってみる!」
「次にみくる。盾を担う君は、戦闘中に誰よりも広い視野を持たないといけない。敵だけじゃなく、味方の状態や立ち位置、周囲の地形、巻き込まれた民間人―――戦場にある全てへ意識を巡らせるんだ。
敵が何を狙い、次にどう動くのか。それを瞬時に読み取り、仲間に指示を飛ばし、作戦を組み立てる…それが君の役目だ。それだけじゃない、万が一に備えて身を隠せる場所や、安全に退却できる経路まで頭に入れておくのも忘れないように。
……これも探偵の仕事と同じだ。
現場に残された証拠や証言、事件が起きた場所の構造、時代背景……そうした無数の情報を整理し、一つの答えへと結び付ける。散らばった欠片の中から真実を見つけ出し、犯人が言い逃れできない証拠を突きつける…それが君の役目だ」
「はい!」
二人の気持ちの良い返事を聞いて、包は満足する様に頷いて微笑む。
「最後に一つだけ、覚えておいて欲しい事がある。
……プリキュアとして戦う中で、自分よりも強い相手と戦う機会が必ずやって来る。今ある手札や編み出した作戦、弱点を突いたとしても勝つ事の出来ない理不尽な敵だ。
その時に、奇跡を求めてはいけない」
「……どういう事ですか?」
「奇跡ってのはただ待つだけ、ただ耐え忍んでいるだけじゃ幾ら経ってもやって来ない。どんなに辛くても、どんなに苦しくても、時間だけが過ぎていくだけで勝手に全てが解決する事は決してない。
その事を、絶対に忘れないで欲しい」
あんなとみくるは、真剣な眼差しと共に告げられたアドバイスを受け、再び頷いた。
「……反省会はここまでにしとこうか。二人共、付き合ってくれてありがとう」
「いえ、こちらこそありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
「そんなに畏まらなくていいのに……」
「よーし…これからも頑張ろうね、あんな!」
「うん! あ……」
みくるが心機一転といった感じに立ち上がりやる気を漲らせていると、同じ様に立ち上がったあんながモジモジとし始めているのに気付いた。
「どうしたの?」
「その……えっとね…?」
「……じゃあ、俺はちょっと散歩に行って来るから。
あんな、頑張れよ」
「え? 先生どういう事ですか?」
「…………んと、ね…」
「ジェット先輩後よろしく〜」
「は? ちょ、ちょっと待て…!」
いきなり巻き込まれる形になったジェットの制止の声も聞かず、包は足早に応接室を出て行ってしまうのだった。
「アイツ…! 僕に丸投げしたな!?」
「ポチ…?」
同時刻、まことみらい恐竜博物館前。
その入り口にニジーと紫色のぬいぐるみを抱えた少女―――“森亜るるか”の二人が立っていた。既に博物館の利用客に扮しているニジーは、隣でくすんだベージュ色の髪を靡かせ佇むるるかに視線を向けて呟く。
「……まさかキミと組む事になるとはね」
「それはこっちの台詞……」
「仕方ないでしょ、ウソノワール様がそう命じたんだから!」
短い会話を交わしながら少しピリ付いた空気感を醸し出すニジーとるるかの二人を、ぬいぐるみのふりをした占いの妖精“マシュタン”が宥める。ファントムに入団してまだ日が浅い彼女達は、先輩風を吹かせ何かと構ってくるゴウエモン以外との交流は少ないが、ニジーとの関係はあまり良好とは言えなかった。
「ウソノワール様には申し訳無いが、今回キミの助けは必要ない。マコトジュエルはボクが一人で手に入れる。キミは…これでアイスでも舐めて待っていれば良い」
「好きにすれば…………」
るるかはニジーが指で弾き渡して来たコインをジッと見つめて黙り込む。ニジーは固まったままの新人が気になり、その顔を覗き込んだ。
「…どうかしたのかい?」
「……足りない、これじゃ一段しか買えないわ」
「はぁ!? チッ……これで足りるかいベイビー!?」
「あら、太っ腹ね」
傲岸不遜なるるかの一言にニジーは舌を打つと、その手に更に金を握らせた。彼の思わぬ親切にマシュタンは目を丸くして驚いてしまう。
「……うん、これなら良い。それで……どうするつもり?」
「
「あら、ウソノワール様はプリキュアと戦えなんて命じて無かったけど」
マシュタンの発した素朴な疑問に、ニジーは鋭い目付きでその思惑を話し始める。
「……マコトジュエルを一つ手に入れた程度では、ほんの僅かに奈落行きが遠のくだけ。汚名を濯ぐ為には名探偵プリキュアを倒し、奴等が持つマコトジュエルを纏めて持ち帰らなければならないのさ」
「上手くいくと良いわね」
「心配は無用だよ、とっておきの秘策がある。アゲセーヌとゴウエモンがキュアオーロラを抑えてくれている間に、キュアアンサーとキュアミスティック…あの二人を華麗に倒してみせるよ」
「ふーん……」
覚悟を決めた表情を浮かべるニジーを横目で見つめたるるかは、気紛れに彼に助言を与えることにした。
「…なら、アイスのお礼に協力してあげる」
「ボクの話を聞いていなかったのか、助けは必要ないと―――」
「貴方の邪魔はしない……あの娘達を誘き出す、良い方法がある」
予想だにしなかった方向からのるるかの助け舟を耳にし、ニジーは目を見開いた。
「それは……一体?」
「―――メッセージを残すの」
キュアット探偵事務所に場面は移る。
包が出掛けた後、あんなとみくるは座り直し、改めて向き合っていた。二人の間には、今朝まで続いていた気まずい雰囲気は既に消え失せている。反省会のお陰……というよりも、皆で話し合う機会を得た事が大きかったのだ。
「……ねぇ、あんな。さっき先生が言ってたのって?」
「……えっと、その…」
とはいえ。わだかまりが解かれたといって、全てがすんなり解決する訳ではなかった。元の調子を取り戻したみくるとは対照的に、あんなの方は未だきまりが悪そうに身じろぎを繰り返していた。
見かねたみくるは徐に立ち上がり、あんなの隣に腰掛ける。彼女はそのまま膝の上で握り締められたあんなの手に、自分の掌を包み込む様に重ねた。
「あんな、何か話したい事があるんでしょ? わたしじゃ頼りないかもしれないけど…ちゃんと、話して欲しいの」
「みくる……」
安心感を覚える優しい声色、手の甲から感じられるみくるの温かさ、そして何よりも助けになりたいと語りかけてくる彼女の眼が、あんなの心を解きほぐしていく。
「僕にもその話、聞かせてくれ。キュアット探偵事務所の一員として、僕にも知る権利がある」
「ポチィ!」
「ジェット先輩、ポチタン……」
包に言われるまでもなく、あんなの様子を気に掛けていたジェットもまた、彼女の話を聞こうとソファに座った。ポチタンもジェットの腕の中で元気付けようと笑顔を見せた。
あんなは事務所の仲間たちの暖かさを感じた事で、すんなりと自らの心の内を打ち明ける決心がついた。
「……その、この前みくるに何も言わずに依頼を引き受けたでしょ? あの時の理由をちゃんと伝えたくて……」
「依頼人の真理子さんが困ってたから……ってだけじゃ、ないのよね…?」
「うん……」
みくるの察しの良さから出た一言を聞き、あんなは僅かに目を伏せて頷く。
「……みくるに傘を届けに行ったんだ。そしたら、友達といるみくるを見つけて…結局、渡せなかった」
「え……ど、どうして?」
「みくるの邪魔しちゃ、駄目だって思って……」
「……あんな」
自分の知らない間にあんなを思い悩ませた出来事があったと聞き、ジェットは一人で行かせた自分の行動を恥じた。包の様に後から……いや、そもそも最初から彼女に着いていきさえしていれば、フォローなんて幾らでも出来た筈だ。
「……でも、あの時何よりも思ったのは……私はこの時代で、この世界で…ひとりぼっちなんだって事かな…っ」
「―――っ!?」
あんなが涙ぐみながら零した寂しさを耳にして、みくるは息を呑んだ。
「だから、みくるに何も言わずに調査して……ごめんねっ」
「……そうだよね。1999年に、この時代に来て…心細かったよね…、不安だったよね…っ。なのに、わたし……気が付けなくて……。
私の方こそ、ごめん」
「……みくる」
そしてみくるはあんなの手を両手で包み込み、自らの偽りない本心を伝える。
「わたし、探偵も学校もどっちも大切だってあんなに言ったよね。
けど、それと同じ位…ううん、それ以上にあんなの事を大切だと思ってる! だから…寂しくなったら、いつでもわたしを頼って? 絶対、傍にいるから!」
「みくる……」
「僕がいる事も忘れるなよ。発明位でしか力になれないかもしれないけど……キュアット探偵事務所の一員なんだからな」
「ジェット先輩…」
「ポッチ! ポチポチ、ポチ〜!」
「…あははっ、何言ってるか分からないよポチタン…っ」
皆からの真っ直ぐな想いを受け取ったあんなは涙を流しながらも、花が咲く様な笑顔を浮かべた。
「みんな……ありがとう!」
「……そうだ! 二人は包さんが私と同じ2027年から来たって事知ってたの?」
「えっ?」
「ああ、初めて会った時に聞いた。アイツの存在があったから、僕はあんなの事もすんなり信じられたんだ」
「…そうだったんだ……あれ、みくる?」
あんなはそう言いながら顔の前で何度か手を振ってみるも、みくるは表情を硬直させたまま動かない。一体どうしたのだろうか……、とジェットと二人で顔を見合わせていると、みくるはふるふると体を震わせ始めた。
「……ぅ、うぇぇえええっ!?!? せ、先生が…未来から来たぁ!? わ、わたし知らなかった……」
「えぇっ!?」
「なんだ、アイツまだ話してなかったのか? みくるが探偵になったら伝えるとは言ってたけど……」
「そんなの!
うがーーっ! と怒り心頭といった様子を見せるみくるを見て、あんなは私もあれ位分かりやすく感情を表した方が良いのかな……などと考えている間に、状況が動き出した。
「ポ、ポッチィィーー!?」
ピピピピピピ!
「「……!」」
突然ポチタンが悲鳴を上げたかと思うと、ほぼ同時にみくるのボイスメモが着信を知らせた。
「ポチーー!!」
「うわぁっ!? ちょ、ちょっと待ってポチタン! ジェット先輩も手伝って…っ!?」
「えぇ!? わ、分かった…!」
慌てるポチタンは居ても立っても居られないという様子で、いつもの様にあんなを連れて飛び出そうとする。あんなは連絡の内容が気になるのか、ジェットの手を借りながらも引き摺られない様に力一杯堪えていた。
「もしもし、こちらみくるです!」
『もしもし、こちら包。話は終わったか?』
「うん! もう、大丈夫……っ! ポ、ポチタンもうちょっと待って…!」
「ポ、チィィ……!」
「んぐぐぎぎぎ……っ!」
「どうされたんですか、先生?! こっちも突然、ポチタンが慌て出して…! もしかして事件ですか!?」
みくるは言いたい事が山程あったものの、一旦傍に置いて電話に出た。包がポチタンと示し合わせたかの様に連絡して来た、という事は何か厄介事が舞い込んだに違いない……その予感は、やはり的中した。
『やっぱりな……二人共、今テレビ見られるか?』
「テレビ…? は、はい!」
ボイスメモを片手にテレビまで駆け出し、電源を付けた。画面にはニュース番組が映し出され、焦った様子のニュースキャスターが原稿を読み始める所だった。
『―――ここで臨時ニュースが入りました! まことみらい恐竜博物館に展示されていた恐竜の化石が、忽然と姿を消してしまいました!』
「きょ、恐竜の化石が!?」
「うんしょ…っ! うんしょ…っ! みくる! これって…!?」
ニュースの内容に驚愕するみくるの後ろで、ポチタンを引っ張って来たあんなもテレビを覗き込んで同様のリアクションをとった。
『更に、現場に残された一通のメッセージカードによれば、怪盗団ファントムを名乗る人物が化石を盗んだと言うのです!』
「ファントムの仕業だ!」
キャスターの一言が終わると、画面にメッセージカードの写真が映し出される。
“恐竜の化石はいただいた
取り返したければ、始まりの地まで来るがいい
怪盗団ファントム ”
『怪盗団ファントムと言えば、最近巷を騒がせている犯罪集団ですね。なんでも、年代物を好んで盗みを働くとか……今回化石を盗んだのも、同様の動機からでしょうか』
『しかし、盗まれた化石はかなりの大きさです。そう簡単に館内から持ち出すことが出来るとは到底思えません』
「メッセージカード……?」
「ファントムって、そんな事した事あったかしら…?」
「ポチ……」
あんなとみくるは今までと異なるファントムの行動が理解できず、頭を悩ませ始めた。そんな風に、二人にまるで相手にされなくなり、ポチタンは意気消沈してしまった。
『メッセージの内容は兎も角、二人に向けられたもので間違いないだろう。あんな、みくる…二人はメッセージを解読して、急いでその場所へ向かうんだ』
「「……!
『悪いが俺は今手が離せない、こっちの用事を片付けたらすぐに合流する。それまで……』
包は最後まで言い切らず、そこで言葉を打ち切る。あんなは彼の様子を不思議に思い、声を掛けた。
「包さん?」
『……いや、違うか。良いか二人共、
「…
『いい返事だ、期待してるぞ』
その一言を最後に、包との通話が切れる。ボイスメモをしまったあんなとみくるは顔を突き合わせ、暗号の解読を始める。
「始まりの地……みくるは心当たりある?」
「うーん…文章をそのまま読めば、まことみらい市で最初に建てられた所って意味なんだろうけど…そうなると街中で待ってる事にならない? ファントムがそんな場所で待ってるなら、簡単に見つかると思うの」
「そっか……私達とファントムだけにしか分からないメッセージって事なんだもんね……」
二人はその他にも候補を上げてみるものの、いまいちしっくり来ない。その時すぐ傍で話を聞き、自らもその意味を考えていたジェットが脳内に浮かび上がった疑問を口にした。
「…そういえば、二人が最初にプリキュアになった時の事は知らなかったな」
「え?」
「だって僕が初めて変身する所を見た時、二人にとっては二回目の変身だったんだろ? もしかしたら、初めてプリキュアになった時の状況がヒントになるんじゃないかと思ったんだが…」
「わたし達が、初めて変身した時……」
あの時の状況は、あんなもみくるも昨日の事の様に思い出せる。あんなにとってはこの時代にやって来て初めての出来事であり、みくるにとっては念願の名探偵プリキュアに成った記念すべき出来事であったからだ。
二人は探偵事務所の前で出会い、結婚式場で共に謎を解き、そして―――。
ジェットの発した一言と経験が手掛かりとなり、二人に閃きを授けてくれた。
「「見えた! これが、答えだ!」」
「始まりの地は、あそこだ!」
「そして化石を盗んだ犯人は……ニジー!」
あんな達が謎を解き始めたのと時を同じくした頃、包はビル街の中心に立っていた。既に外界から隔離されたビル街には、包とネオンを含めたった六つに影だけが残されていた。
「さて……」
『笑顔プリーズ!』
桜とハイビスカスが舞い散る中、包はボイスメモを懐に戻す。
呼吸をする様な滑らかさでキュアオーロラへと変身した彼は、眼前に並ぶ二人の怪盗、二体のハンニンダーに向けてセイバーをゆったりと構えた。
「悪いけど急いでいるの―――さっさと始めましょう」
あんな達が推理した通り、ニジーはかつて名探偵プリキュアと最初に対峙した森林広場で彼女達を待ち構えていた。昨日までの雨模様のせいか、その地面はぬかるみ、湿り気が強い。
広場にはニジーとるるか、マシュタンしか居らず、ハンニンダーの姿は何処にも見当たらない。静寂が支配する中、るるかの腕に抱えられたマシュタンが黙ったままのニジーに声を掛けた。
「あの娘達、ここに来るかしらね」
「……来るさ、その為にメッセージまで残したんだ。あの程度の謎、名探偵プリキュアならすぐに解ける筈だよ」
「随分買ってるのね、あの二人の事」
「……そうでなければ、ああも煮湯を飲まされる事もなかったさ」
「そう……」
るるかはマシュタンを抱える腕とは反対の手に持った10段アイスを舐めつつ、ニジーの後ろ姿を見つめる。目の前の彼はいつもの様にキザな口調をしているが、言葉の節々からは焦燥感が滲み出ているのが手に取る様に分かった。
「貴方の望み通りお膳立てはしてあげた。後は好きにすればいい」
「…一応礼は言っておくよ。だけど、ここからは一切手出し無用だ」
「……負けた時のバックアップ位はしてあげる」
「―――っ!」
その一言にプライドが傷つけられたニジーは、るるかをキッと睨みつけようと振り向く。だが、背後には既に彼女の姿はなかった。
「……どの道、ボクにもう後はない。キミの助けなんて必要ないさ…」
「ポチイイィィイイイーー!!」
「「わぁぁぁぁあああーーーっ!!?」」
森林に木霊するプリキュア達の声がニジーの耳に届き、彼は決戦の時が来た事を悟った。彼が声のする方に向くと程なくしてプリキュア達とそのオトモ妖精が広場に降り立った。
「来たか……待ちくたびれたよ」
「ニジー! やっぱり…!」
「恐竜の化石を返しなさい!」
開口一番にそう告げる二人に対し、ニジーは不敵な笑みを浮かべて答えた。
「待っていたよ名探偵プリキュア! 今日こそ、キミ達を倒しマコトジュエルを全ていただく!」
「そんな事させない! あんな!」
「うん!」
焦る様子を微塵も見せずに吼えるニジーを前に、二人は怯む事なくジュエルキュアウォッチを握り締めた。
「「オープン! ジュエルキュアウォッチ!」」
光の柱に包まれた二人はプリキュアへと変身し、勇ましくその名を叫んだ。
「どんな謎でも、はなまる解決! 名探偵キュアアンサー!」
「重ねた推理で笑顔にジャンプ! 名探偵キュアミスティック!」
「「名探偵プリキュア!」」
「私の答え、見せてあげる!」
悩みを解消し調子を取り戻したアンサーとミスティックは正に気炎万丈、どんな敵が来ようとも負けないと言わんばかりだ。
「ハンニンダーは何処!? ニジー!」
「おや…ボクがマコトジュエルをこの手で抱えているとは考えないのかい?」
「ニュースで見た恐竜の化石はとても大きかった! それを盗み出した方法はきっと燕の像の時と同じ、そうでしょ!?」
犯人がニジーだと確信してからの二人は既に、彼が化石を盗んだ方法に既に当たりを付けていた。彼女等の推理を聞いて、ニジーは口角を更に上げる。
「ふっ……キミ達の言う通り、ボクはマコトジュエルをハンニンダーに変えて持ち出した。そして既に! ハンニンダーはキミ達のすぐ近くに居るのさ!」
「えっ……!?」
「ポチ…!?」
「…ど、何処に隠れてるの!?」
ニジーの一言に二人と一匹は広場や森林、空中にまで視線を走らせる。しかしプリキュアとなった事で飛躍的に強化された視覚を以てしても、ハンニンダーの姿を見つけられはしなかった。
では―――いったい何処に隠れているのか。
「さぁ……出でよ、ハンニンダー!」
ニジーがハンニンダーの名を叫びながら指を鳴らすと、それに呼応するかの様に大地が震え始めた。
ゴゴゴゴゴゴゴッ!
「な、何!? 地震!?」
「……ま、まさか…ハンニンダーは…!」
ミスティックがハンニンダーの居場所を推理するが……もう遅い。
大地が砕け、地面の下から古代の残滓が姿を現す。
「……ぇ」
それは泥と岩盤を周囲に撒き散らしながら立ち上がり、アンサーとミスティックの二人を完全に覆いつくしてなお
「……うそ」
大災害によってその命を散らし、1億4500万年間の眠りから遂に目覚めたその巨影は……喉の奥、腹の底より自らの再誕を祝福した。
「―――HANNINDAAAAAAA!!!」
「くぅ…っ!?」
「ううっ……!」
「ポ、ポッチィーー……!!?」
轟々と放たれた咆哮は空気を揺るがし、衝撃波と化してプリキュア達を襲う。アンサーとミスティックは歯を食いしってなんとか耐えられたものの、ポチタンは敢えなく森まで吹き飛ばされてしまった。
「ポチタン!」
「どうだい、これが…これこそが! 太古の時代にその強さと恐怖を轟かせ、嘘の力で今ここに蘇った恐竜界の王!
―――ティラノサウルス! そのハンニンダーさ!」
「HANNINDAAAA!!!」
ニジーの讃美を浴びた
……だが、今の二人はその程度の威圧に臆する程弱くはない。
「……行くよ、ミスティック!」
「ええ! アンサー!」
二人はお互いの名前を呼び合い、息を合わせて跳躍し何十倍も大きなTハンニンダーに飛び掛かる。
「「はぁぁぁっ!!」」
己を倒さんと迫り来るプリキュアに対し、Tハンニンダーは獰猛な笑みを浮かべてそれに応えた。二人は音の壁にすら手が届きうる速さでその鼻根に衝突した。
……今までのハンニンダーならば確実に痛恨となる一撃。
それを受けても、Tハンニンダーは仰け反り一つする事は無かった。
「「―――えっ」」
「HANNINDAA!!」
Tハンニンダーは緩慢な動作で頭部を下げたかと思うと、大地を踏みしめその反動を使って弾丸の様な速さで跳ね上げた。
「「きゃあああっ!?」」
「ポチ!?」
全力の攻撃の直後で無防備だった二人は回避する事が出来ず、大きく吹き飛ばされ地面を転がる。木陰で戦闘を見守っていたポチタンも、その光景に悲鳴を上げた。
「くっ……!」
「さあ、まだまだ幕は上がったばかりだよ! ハンニンダー!」
「HANNINDA!」
意気揚々なニジーの号令を受け、Tハンニンダーは倒れるアンサーとミスティック目掛けて突進を仕掛ける。
『直ぐに次が来るぞ!』
「……アンサー!」
「うん…!」
足音を立てながら近づく中、包の言葉を思い出したミスティックはアンサーの手を引いて立ち上がる。必死に体勢を立て直した二人は、突進を避けるべく別方向に走り出した。
「HAN…!?」
Tハンニンダーは標的を見失った事に気付くと、踵で制動を掛ける。巨体故に小回りの効かないTハンニンダーは、完全に静止するのに数秒を要した。
「…今だ!」
「はぁぁっ!」
そのあからさまな隙を見逃す二人ではなく、つんのめった体勢のままのTハンニンダーに左右から襲い掛かった。
「【アンサーアタック】!」
アンサーはウォッチを取り出して技を繰り出すと、その頬に光る拳を直撃させた。彼女が確かな手応えを感じた次の瞬間、Tハンニンダーの爬虫類の如き瞳が彼女に向けられた。
「……っ!」
「HAN!!」
「うああっ!?」
その眼光に怯んだアンサーを、Tハンニンダーは頭突きする様に跳ね飛ばした。その反対側で攻撃しかけていたミスティックは、アンサーの悲鳴を聞いて声を上げる。
「アンサー!?」
「NIN!!」
「きゃあぁっ!?」
Tハンニンダーは頭突きの勢いのまま長い尾を振り回し、狼狽して隙を晒したミスティックにぶち当てた。瞬く間に行われた攻防の結果、プリキュアの二人はまたもや痛手を負う事となった。
「ハハハハハッ! どんな攻撃を繰り出そうが、ハンニンダーの硬い鱗の前では無駄だよ!」
「…ま、まだまだぁ…っ!」
「これくらいで…ぇっ!」
ニジーの煽るような台詞に負けじと立ち上った二人は、Tハンニンダーの直下に集合した。そして彼女達はウォッチを構え、共に心のマコトジュエルの力を最大限に引き出す。
「「これが
二つの拳を光らせたプリキュアは、Tハンニンダーの腹部に全力全開のアッパーカットを放った。
二条の閃光は敵を貫かんと立ち昇り、その巨体を僅かながら浮ばせる事に成功した。
「「はぁぁーーーっ!!!」」
「ポチーーー!!」
その勢いのままTハンニンダーを浄化する為に、アンサーとミスティックは渾身の力を込める。戦いを見つめるポチタンもまた、相棒達にエールを贈り続けた。
しかし。
「……無駄だと言ったのが聞こえなかったのかい! 名探偵プリキュア!」
「HANNINDAAAAA!!!」
決死の一撃もまた、Tハンニンダーにダメージを与えるには至らなかった。器用に尻尾を振り上げて自らの背中に叩きつけたTハンニンダーは、呆気なく地面に足を付ける。
「「ああっ…!?」」
「HANNINDAA!!」
攻撃が効かなかった事に歯痒さを感じる暇もなく、続け様に放たれたTハンニンダーの後ろ足が二人の身体に直撃した。
「「っああああーー!!?」」
全身に強烈なダメージを喰らった二人は吹き飛ばされ、木の幹へと叩きつけられてしまう。
「ぐ……っ」
「ふ……っ、ああっ…」
「ポ、ポチィ……!」
全身に奔る痛みに身悶える二人を心配し、ポチタンが近寄って来る。泣きそうな目で彼女達を見つめるポチタンに気付き、アンサーが笑顔を作って安心させようとする。
「だい、じょうぶ…だよ、ポチタン…!」
「わたし達は…もう、諦めたりなんかしない…っ!」
「ふっ……見事な虚勢だと褒めたい所だけど…キミ達には万に一つも勝ち目はないよ」
「ポチ……っ!」
傷付きながらも諦める様子を見せない二人を見て、ニジーは嘲る言葉を吐く。対してポチタンは、彼女等の役に立つべくその身を戦場へと躍らせた。
「ポチタン…っ!?」
「ポチィ―――!!!」
「っこれは……!」
「HANNIN……!?」
学校での一件の焼き増しの様に、ポチタンは額のシンボルから虹の光を放つと同時に不可視の壁を形成した。ポチタンは空間の固定範囲を一気に広げ、Tハンニンダーとその先にいるニジーを食い止めようとする。
これなら……! とプリキュアが一抹の望みを掛ける。
「……だが、その力も対策済みさ!」
「ポチっ!?」
「このハンニンダーの力ならば…その程度! 無理矢理突破する事も可能だ!」
「HAN…NIN…DAAA!!!」
ニジーの言葉通り、Tハンニンダーはその強靭な足を踏み込み、じわじわとポチタンとの距離を縮めていく。ポチタンもまた全力で力を解き放つが、その抵抗も虚しく終わりが近付いてきてしまう。
「ポ、ポチィィィ……っ!!」
「こ、このままじゃポチタンが…!」
「―――オープン! “プリキットライト”!」
「……! オープン!」
ポチタンが苦しそうにする様子を見て表情を歪めるアンサーの隣で、ミスティックがプリキットライトの光を放った。その意図を即座に理解した彼女は、同様にライトを顕現させて眼前に翳した。
「HANNINNDA!?」
「ちぃ……小癪な真似を…!?」
三つの光を同時に浴びせられる形となったファントムの面々は、その輝きに目を眩ませてしまう。光が収まり視界が元に戻った頃には、プリキュア達の姿はそこから消え失せていた。
「……ふん、逃げ出したか…(……いや、プリキュアがマコトジュエルを諦める筈がない、すぐ近くに隠れているだけか。……そうすると)…何処かの岩陰に隠れているのかな?」
「「……っ!」」
ニジーの読み通り、プリキュア達はミスティックの先導の下、Tハンニンダーが現れる際に広場に撒き散らされた岩盤の一つを盾にし、その身を隠していた。状況を打開出来なかった事に責任を感じるポチタンが、二人に謝罪する様に囁く。
(ポ、ポチ……)
(大丈夫、ポチタンのお陰で助かったよ)
(……でも、このまま隠れてても埒が開かない……! 一体どうすればいいの…!?)
「まあいい……すぐに誘き出してやるさ……ハンニンダー!」
「HANNINDAAAA!!」
ニジーの命令を聞いて咆哮を上げたTハンニンダーは、その牙や爪、尻尾を使い岩盤を破壊し始める。岩をバターの様に切り裂き、プリンの様に噛み砕くハンニンダーを視界に入れながら、ニジーは隠れるプリキュア達に向けて言った。
「キミ達の師匠はボクに天啓を授けてくれたよ……! 強不尽な強さの前には、死力もありとあらゆる抵抗も無意味! 恐怖と絶望を前にして、キミ達は成すすべなくやられるしかないのさ!」
「く……っ!」
「……秘策って、ただの力押しじゃない……」
「でもこのまま行けば、ニジーの勝ちで決まりね」
るるかとマシュタンは、木の枝に立ってその戦いを観戦していた。ニジーの脳筋っぷりに呆れてしまうるるかだったものの、マシュタンの言葉には内心で同意していた。ダメージを一切与えられないプリキュアに対してニジー達は着実に稼いでいるこの状況、勝敗の目は明らかに見える。
それでも尚、るるかが二人のプリキュアに向ける視線の中には。
「さて……この状況をどう切り抜けるのかしら…名探偵さん?」
「どうしようミスティック…! このペースだと、この場所もすぐに見つかっちゃうよ…!?」
「ポチ……!?」
「……んんん〜っ」
アンサーが岩陰から顔を覗かせてTハンニンダーの暴れ具合に焦る様子を見せる中、ミスティックはこめかみに両手の人差し指を当てながら、必死に頭脳を働かせて打開策を練っていた。
『万が一に備えて身を隠せる場所や、安全に退却できる経路まで頭に入れておくのも忘れないように』
(先生に教えて貰った通りにして、岩陰に隠れたのはいいけど……このままじゃハンニンダーには勝てない…!)
ティラノサウルスを模したハンニンダーの能力を総浚いしてみる。プリキュアを簡単に吹き飛ばすパワー、二人の協力技でもダメージ一つ与えられない強固な防御力、それらの引き換えなのか突進の時以外は鈍重なスピード……。
パワーは良い、スピードも対処可能な程度、問題はやはり防御力の高さ。今の二人の手札ではいくら攻撃したとしても、あの強靭な皮膚を突破する事は不可能だった。
(何か弱点でもあれば……っ!)
そこでミスティックは、ふとアンサーの方を見た。自分が頭をこねくり回して考えている間にも、その視線はTハンニンダーから離れていなかった。
「……ごくっ」
頭に浮かんだ作戦に、ミスティックは無意識の内に唾を飲み込む。あまりに危険な賭けだと、自分でも思う作戦ではあるが……背に腹は代えられない。
目の前の相棒を信じるしか、他にも道はない。
「アンサー」
「……ミスティック? 何か思いついたの?」
「……ええ。危険だけど……これしか方法はないわ」
「教えて。私は何をすれば良いの?」
まるで危険を引き受けるのは自分だとばかりに近付いてくるアンサーを見て、ミスティックは思わず笑ってしまった。
「……危険なのはわたし。わたしがハンニンダーの攻撃を引きつけている間に、アンサーは弱点を探して欲しいの」
「…でも、それじゃあミスティックが……!」
「大丈夫、守りに専念する戦いならわたしの方が適してる。その代わりに、絶対アイツの弱点を見つけて! なるべく早めに…ね?」
「……ミスティック」
心配そうな表情で見つめてくるアンサーの手を取って、ミスティックがウィンクをする。心配をかけない為なのか、自らを鼓舞する為なのかはアンサーには分からなかったが……その覚悟を、彼女は汲み取ってみせた。
「……分かった、任せて。……絶対! 見つけるから!」
アンサーの返事を受けて、ミスティックは手を離してゆっくりと立ち上がった。大きく深呼吸した後に頬を何度か叩いた彼女は、暴れ続けるTハンニンダーに向かって岩陰を飛び出して行った。
プリキュアが動いたのをいち早く察知したるるかは、ミスティックの表情を見て呟いた。
「……顔つきが変わった」
「ニジー!」
「ん……?」
Tハンニンダーの背に立っていたニジーは、飛び出してきたミスティックの声を拾った。彼はTハンニンダーを操り、ゆっくりと背後を振り返させる。
「おや……キミ一人かい? キュアアンサーはどうしたのかな?」
「貴方達なんて、わたし一人で十分よ! かかってきなさい!」
「ふっ……昔は怯えていたのに、随分強がるじゃないか」
(……そうだ。プリキュアになるまでは…ううん、あんなに出会う迄のわたしなら、絶対に怖くて動けなかったでしょうね)
だが、しかし。今のミスティックにハンニンダーへの恐怖はこれっぽっちもなかった。そうさせたのは、そう…今もすぐそばにいるアンサーに他ならない。
(あんながわたしに、恐怖に立ち向かう勇気をくれた。今のわたしは……どんな敵が相手でも、怖くなんてない!)
「さぁやれ! ハンニンダー! 奴を食い千切れ!」
「HANNINDAAAA!!!」
Tハンニンダーの牙がミスティックに向けられる。絶死を齎すものが迫る状況の中で、彼女はウォッチを構えて叫んだ。
「【ミスティックリフレクション】!」
さぁ、ここからが正念場だ。