俺の転生先、13歳女子で人生ハードモードなんだが   作:観測班

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第九話『同じ物を見て、異なる解釈に行き着く』

 

 

 

 ゆー君がこちらを見る。

 

 ちはやさんがゆー君の視線に気がついて、無理やり微笑む。

 

 ゆー君が耐えかねて視線を逸らし、ちはやさんが落胆。

 

 左手を猫から髪留めに移し、こっそりとため息をつく。

 

 

 さっきから、ずっとこの繰り返し。

 

 なんと微笑ましくも、もどかしい御二人である。

 

 

『ねえ、そう思うんなら助けてよ。わたし、おじさんが代わりに全部やってくれると思ったからOKしたんだけど?』

 

 

 そんなもんだから、ちはやさんもすっかり憔悴して俺を頼ってくる。

 

 

 むろん気持ちはわかる。

 

 なんといっても俺たちは一心同体も同然なわけだし、ちはやさんは分かりやすいからな。

 

 本当に困っているなら助力は惜しまないさ。

 

 

 でもね……。

 

 

『よく言うだろ。あとは若い二人に任せるって。ちはやさんもここらで自分の気持ちを整理しなよ』

 

『ひどいっ! そんなこと言われたって、わたし、どうしたらいいか分かんないのに……』

 

 

 ちはやさんはその後も平成の大エース(覚醒前)のようにこっち(ベンチ)を見てきたが、俺に投手交代を告げる気はこれっぽっちもなかったりする。

 

 

 だって、ちはやさんのラベリングは好き一色だ。

 

 家族、メイド、猫。学校、友達、先生。ぶいけんっ、セレスタ──全部同じラベルが貼られている。

 

 だから、“好き”はわかる。ゆー君もその内のひとつだ。

 

 

 しかし、どれも同じくらい好きかというとそうでもない。

 

 だからゆー君に新しいラベルを貼るのは、自分の気持ちを見つめ直したちはさんの役目だ。

 

 こればかりは俺が勝手に進めるわけにはいかないのである。

 

 

『うそつきっ! わたし分かるんだからね!? おじさんがさっきからサーニャやエミリアとおんなじ顔をしてるって……!!』

 

 

 うん。割と大好物だからね。

 

 命短し恋せよ乙女って言うだろ?

 

 ちはやさんも苦労するといいさ。

 

 

『ううっ、敵しかいないよ。しかも口喧嘩じゃ絶対勝てない……』

 

 

 

 まぁ、そう言いなさんな。

 

 俺の見たところ、少なくともゆー君だけは敵じゃないよ。

 

 あの子もちはやさんの再定義に苦労している真っ最中だとみた。

 

 

『……なんでゆー君まで?』

 

 

 そりゃ状況が出来あがっちゃったからだよ。

 

 

 今までは仲のいいクラスメイトの一人で良かった。

 

 でも君がVTuberのデザインを任せたことで、そうも言っておれなくなった。

 

 

 ……たぶん昨日までの彼は、スマホの写真か何かを頼りにちはやさんを描いてたんだろうね。

 

 でもそれじゃあ、どんなに頑張っても色褪せた写真以上のものは描けない。

 

 

 色や形は描ける。

 

 髪の流れも、瞳の色も、笑った時の口元も描ける。

 

 だけど──人が惹かれる理由だけは写真に写らない。

 

 

 だから必死に食らいついているのさ。

 

 君がどうしてこんなに愛されているのか。

 

 どうして誰もが君のことを放っておけなくなるのか。

 

 自分なりの答えを見極めなければ、万人が納得するちはやさんのデザインは完成しない。

 

 

 なんせ君の場合は普通のVTuberと違ってもう顔を知られているから、完全に別物ってわけにもいかないのが辛いところだ。

 

 彼はそのハンデを埋めるのに苦労してるんだと思うよ。

 

 

『それじゃあ、ゆー君があんな顔してるのって、全部わたしの所為なの……?』

 

 

 ううん、どっちかって言うと君のおかげ。

 

 だって、彼がこんなに頑張ることができるのは君のデザインだからなんだよ。

 

 もっと信じてあげなよ、ゆー君の好意を──。

 

 

『……うん。ありがとう、おじさん』

 

 

 どういたしまして。

 

 それじゃあそろそろゆー君に集中してあげな。

 

 あんまり気もそぞろだと、彼も落ち込んじゃうよ。

 

 

『うんっ!!』

 

 

 いい返事だ。

 

 ちはやさんは納得したのかそれ以降、俺という傍観者を気にかけることはなくなった。

 

 いつもと逆だが、良い傾向である。

 

 

 さて、俺もちはやさんを通してゆー君ウォッチングと洒落込むが、こやつ、相変わらず模範的な男子中学生をしておりますな。

 

 女のコトなんざ知るか──そう言わんばかりにクラスの女子を視界から排除していたのに、笑顔で話しかけてきたちはやさんを好きになったのもそうならば、寝室に通されても「もしやワンチャン?」と思わないのもそれらしい。

 

 

 ……どっちも頑張れよ。

 

 君たちの初めての【共同作業】は俺も見ないように気をつけるから、せいぜい励むといいさ。

 

 

「──できたぞ、ちー(・・)

 

「『にゃっ』」

 

 

 なんて少しばかり下世話なことを考えたら、ゆー君が言葉を口にする直前にちはやさんの膝から猫が逃げだした。

 

 直後の突進ぶりを思えばさすがの危機管理能力である。

 

 

「どれどれ………うわっ、よく描けてるねー。まるでわたしをAiPadの中に閉じ込めたみたいだよ」

 

 

 ゆー君は無言で、しかし明らかに狼狽中。

 

 直前の満更でもなさそうな顔を思えば、「まぁな」と素っ気なく応じるくらいはしそうだったが、今のゆー君は目を白黒させるばかりだ。

 

 無理もない。ゆー君の身体をよじ登るようにして手元のAiPadを覗き込んでるからな……うん、何もかもちはやさんが悪い。

 

 

 せめてゆー君の膝を跨ぐ太ももだけでもなんかしようと思うが、ちはやさんのテンションがすごいコトになってるからか、なかなか割り込めない。

 

 おかげで目のやり場に困ったゆー君の視線はぎこちなく右へ流れ、なぜか反転して左へと跳ねた。

 

 

 ……なんだろう。

 

 枕元から覗く紙袋に何かあるのか……?

 

 

「うんうん。これならわたしの写真を生成AIに渡して、アニメっぽく塗り直してもらったなんて誰も言わないんじゃない?」

 

「……それを言ったのはオマエだけどな」

 

 

 と、そっちも気になるが、さすがはゆー君。

 

 渾身のツッコミを機に手番を勝ち取り、こう続けた。

 

 

「だがまぁ、生成AIっぽさは消えたが、これも失敗作だ。今回も本質的にはいつものように見たものを見たままにしか描けちゃいない。美術のデッサンなら100点だが、VTuber葛葉ちはやの基礎デザインとしてはどうだかな……」

 

「う〜ん、厳しい自己評価だね」

 

 

 ……これにはちはやさんも少し不満顔だが、ここは誤解されかねないので俺のほうから説明させてほしい。

 

 

 ちはやさんの不満はただ一点。

 

 彼女は普段は使わない髪飾りを身につけており、ゆー君もそれを見逃さずしっかり描き込んでいる。

 

 なのに彼の口から、そのことに言及する気配はまだない。

 

 

 これがちはやさん的には少しだけ残念だった。

 

 好きな相手に選んだものを褒めてほしい。

 

 女の子なんて案外それだけなのだ。

 

 

 でも、今のゆー君にそこまで求めるのは酷だろう。

 

 俺はその理屈を飲み込めるが、それをちはやさんに求めるのもまた難しい。

 

 どちらも自分のことで精一杯。

 すれ違ってばかりでなかなか進展しない。

 それも青春だ。

 

 あまり気にせず、もっと長いスパンで考えてほしいところだ。

 

 

 俺がそんなふうにちはやさんを励ますと、もともと細かいことは気にしない子だ。

 

 ゆー君と二人だけの時間を過ごせたことに満足して、「そうだね」と微笑(わら)った。

 

 

「じゃ、今日はこの辺にして、ゆー君の修行の成果をみんなにも見てもらうのはどうかな? みっちゃんもそういうのを解決するのがぶいけんっの趣旨だって言ってたし、次の配信のネタになるかもだしね」

 

「まぁ、俺らがありもしない知恵を絞るよか上等だな」

 

 

 ゆー君も苦笑して立ち上がり、枕元のほうで“何か”が跳ねた。

 

 それは安っぽい薬局が使いそうな、茶色い紙袋──それを目敏くみつけたちはやさんが「忘れ物だよ、ゆー君」と飛びつく。

 

 ここでお互いに余計なことをしなければ今日は平和に終わったが、残念ながらそうはならなかった。

 

 

「……いや、違うぞ、ちー(・・)。それは俺のじゃないからな」

 

 

 ゆー君が早くから余計なことを言ってしまい、ちはやさんの興味が紙袋の中身に行ってしまう。

 

 これさえなければ、ちはやさんも他人の物を勝手に見る子じゃないから、最悪の誤解だけは避けられたのに──。

 

 

「…………」

 

 

 短く、袋の中身を検めた俺の顔が熱くなる。

 

 無自覚の同居人が俺をそうさせるのだ。

 

 

 ……無論、赤面の原因がちはやさんにあるのだから、彼女もこれが“何”かは理解している。

 

 仲良く赤面したちはやさんは、そそくさと俺の背中に逃げ込み──って、俺がこれにケリを付けなきゃならんの!?

 

 

 ……いいぜ。このリア充ども。

 

 彼女いない歴イコール実年齢のこの俺が、最高の一言を進呈してやるよ。

 

 

「──する?」

 

「するかッ!!」

 

 

 ハハハ、何を恥ずかしがってるんだいキミタチ。

 

 もうさ。君らのお仲間やぶいけんっの視聴者あたりは、そろそろこう思ってるのは確実だと思うから、いい加減覚悟を決めたら?

 

 

 さっさと結婚しちまえよ、このバカップルってね。

 

 

 俺は意地悪くウブな二人を見守る。

 

 その時間だけは、“俺”も昔に戻れた──。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 ぶいけんっの復帰配信から二日が経った。

 

 当初は気のせいだと思い込もうとしたが、そろそろ苦しくなってきた。

 

 

 居間のテレビに、ちーちゃんたちの合同記者会見が映っている。

 

 和気藹々の記者会見は、同じ代表選手から猫背を指摘されたちーちゃんが「そう思うんだったら金メダル半分貰ってくれない?」と口にしたことで大盛り上がりだ。

 

 

 ……そこまでは問題なかった。

 

 あたしもまだ気掛かりなものの、純粋にちーちゃんのボケを楽しめた。

 

 

 だから問題は、それを見たお母さんの反応だった。

 

 

「やっぱりすごいねえ、ちーちゃんって。あんたも同世代として鼻が高いだろ」

 

 

 母は何でもないようにちーちゃんの話を振ってくる。

 

 あたしにも家族や友人とちーちゃんの話をした記憶がある。

 

 

 なのに。

 

 なのにお兄ちゃんとだけは、ちーちゃんの話をした記憶がない。

 

 

 そのことに気づいたあたしは、クーラーが回ってるのに嫌な汗をかいた。

 

 電話、Line、帰省──話す機会は多々あるのに、不自然なほどその話をしない。

 

 

「……お母さんさ、お兄ちゃんとちーちゃんの話をしたことある?」

 

「なに言ってんだい。男子供が女親にそんな話をするわけないし、この前のゴールデンウイークはあんたに付きっきりだったからね。話し足りないってこともなかったんじゃないかい」

 

「そっか。そうだよ、ね──」

 

 

 ……やっぱりそうだ。

 

 母さんはこう言うけど、この前のゴールでウィーク、あたりは一人でぶいけんっの配信を見ていた。

 

 

 だから辻褄が合わないし、あまりにも不自然だ。

 

 

 あの兄が。

 

 ちーちゃんと同じ、セレスタの大ファンであるあの兄が。

 

 あたしの前でちーちゃんの話を避ける理由──そんなものはあたしの記憶をひっくり返しても思い当たらない。

 

 

 あり得ない。

 

 そんな想像、あり得ない。

 

 

 ルナステラの限定ストラップ。

 

 あの兄ならではの“キモい”への反応。

 

 そして不審な記憶。

 

 それらすべてに説明を付けようとすると、あり得ない結論になる。

 

 

 だから、あり得ない──今もそう必死に言い聞かせているのに、あたしは確かめたいと思ってしまう。

 

 

 ……確かめる方法は簡単だ。

 

 もしそうなら、ちーちゃんは必ず反応する。

 

 

 あたしの手は無意識のうちにスマホを操作して、ちーちゃんの自宅に当たりをつけるのだった。

 

 

 

 

 

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